雄信内駅

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雄信内駅
駅舎(2005年5月)
駅舎(2005年5月)
おのっぷない
Onoppunai
W67 糠南 (5.7km)
(6.0km) 安牛 W69
所在地 北海道天塩郡幌延町大字雄興小字雄信内
駅番号 W68
所属事業者 JR logo (hokkaido).svg北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 183.7km(旭川起点)
電報略号 オノ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1925年(大正14年)7月20日
備考 無人駅
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雄信内駅(おのっぷないえき)は、北海道宗谷総合振興局天塩郡幌延町大字雄興(ゆうこう)小字雄信内(おのぶない[1])にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線である。駅番号W68電報略号オノ

歴史[編集]

1977年の雄信内駅と周囲約500m範囲。左が稚内方面。国鉄型配線の2面3線。駅舎横の稚内側に貨物積卸場と引込み線。駅舎横の名寄寄りと駅裏のストックヤードは共に久しく使用されていない様子。かつては木材が山のように積まれていたこともあった。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

駅名の由来[編集]

当駅が所在する幌延町から対岸の天塩町にかけての地名より。

地名は、アイヌ語で「オヌウンナイ[5]」(川尻に・原野・のある・川)に由来する[6][7][8]。なお、当駅の対岸付近で、雄信内川が天塩川に合流する。

なお、アイヌ語地名研究家の山田秀三は、旧図には「ヲヌフナイ」とあることから、当時は「オヌナイ[9]」と略して呼ばれたと推察しており[6]、「雄信内」はこの「オヌナイ」に字をあてたものであると考えられる。

なお、天塩町側との区別のため、天塩町側の字名が「オヌプナイ」となっているのに対し、駅が所在する幌延町側は大字「雄興」の下に、小字「雄信内(おのない)」としている[1]

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、列車交換可能な交換駅となっている[10]。互いのホームは駅舎側ホーム東側と対向側ホーム東側を結んだ構内踏切で連絡している[10]。駅舎側(南側)が下りの1番線、対向側ホームが上りの2番線となっている[10]。そのほか1993年(平成5年)3月時点では1番線の稚内方から分岐し駅舎西側に至る行き止りの側線を1線有していた[10]。また、1983年(昭和58年)4月時点では対向側ホーム外側への副本線を1線有していた(この時点で旭川方・稚内方両側の分岐器は撤去されていた)[11]この旧副本線は1993年(平成5年)3月までには撤去された[10]

駅舎は構内の南側に位置し、1番線ホーム中央部分に接している[10]。1953(昭和28)年11月に改築された木造駅舎[1][11]が修復を加えながら継続使用されており、ホーム側には縦書きの駅銘板が掲示されている[7]。当駅は1986年(昭和61年)以降、完全に無人駅となっているが、駅舎は冬季は除雪担当の職員が常駐するための詰所として利用されている[12]。駅舎内のトイレは閉鎖されているが、駅舎とは別棟でプレハブのトイレ棟を有する[7]

利用状況[編集]

  • 1981年度(昭和56年度)の1日乗降客数は44人[11]
  • 1992年度(平成4年度)の1日乗降客数は16人[10]
  • 2011 - 2015年(平成23 - 27年)の乗降人員調査(11月の調査日)平均は「1名以下」[13]

駅周辺[編集]

駅前には廃屋が多く[7]、全く人が住んでいないという[14]。なお、国勢調査平成22年版(2010年10月1日調査)によると、当駅を含む雄興地区の人口は2世帯6人である[15]

白樺の疎林が多い[11]

  • 北海道道302号雄信内停車場線
  • 北海道道256号豊富遠別線
    • 雄信内大橋 - 天塩川に架かり、対岸の天塩町オヌプナイと当駅の所在する幌延町雄興を結ぶ。
  • 幌延町道雄興1号線[16]
    • 下平橋 - 上雄信内駅跡 - 当駅間に存在する旧線を転用した道路橋[10]。「その他」の項を参照。
  • 天塩川 - 河川改修により人工的に生成された三日月湖)が多く存在する。
  • 雄興集会所 - 幌延町立雄信内小学校跡地。
  • 天塩町オヌプナイ地区 - 漢字表記は「雄信内」。
    • 天塩町役場雄信内支所(読みは「おのぶない」。以下同じ)
    • 天塩警察署雄信内駐在所
    • 雄信内郵便局
    • 天塩町立啓徳小中学校
    • 天塩町立雄信内へき地保育所
    • 天塩町農業協同組合雄信内支所
    • Aコープ雄信内店

その他[編集]

1965年(昭和40年)7月以前、宗谷本線は上雄信内駅跡 - 当駅間にかけ、天塩川右岸に沿って敷設されていた。

しかし、1961年(昭和36年)1月26日に、雪崩で川岸の山肌に架けられていた下平陸橋(全長154.2m)がすべて落橋する[17]など、雪崩や地滑りなどの度重なる自然災害によって大きな被害を受けていた。

このため、下平トンネル(全長1,256m)[18]を含む2.4kmの新線が1965年(昭和40年)7月15日より使用開始された。

旧線の大部分は、その後幌延町道雄興1号線[16]として利用され、下平陸橋は「下平橋」として転用された。上雄信内駅跡周辺への唯一のアクセス道路として機能しているが、下平橋の老朽化から2017年(平成29年)現在、居住者移転も視野に代替路線が検討されており、今後橋梁点検の結果から方針を検討していくこととなっている[19][16]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
宗谷本線
糠南駅 (W67) - 雄信内駅 (W68) - 安牛駅 (W69)
かつて糠南駅と当駅との間に上雄信内駅が存在した(2001年(平成13年)7月1日、下中川駅芦川駅とともに廃駅)[7]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d nobuカワシマ (2015年10月17日). “駅前の風景は生い茂る草木と廃屋、雄信内駅”. 北海道Likers. 2017年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月4日閲覧。
  2. ^ a b c 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)179-180ページより。
  3. ^ 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 1 北海道』(監修:今尾恵介新潮社2008年5月発行)47ページより。
  4. ^ 書籍『無人駅探訪』(監修:西崎さいき、文芸社2011年6月発行)149ページより。
  5. ^ アイヌ語ラテン翻字: o-nup-un-nay
  6. ^ a b アイヌ語地名リスト オニシベ~キタ P31-40P”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2017年10月19日閲覧。
  7. ^ a b c d e 書籍『北海道鉄道駅大図鑑』(著:本久公洋、北海道新聞社2008年8月発行)219ページより。
  8. ^ 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、(2004年2月発行))124ページより。
  9. ^ アイヌ語ラテン翻字: o-nup-nay
  10. ^ a b c d e f g h 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)149ページより。
  11. ^ a b c d 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)184ページより。
  12. ^ 書籍『すごい駅』(著:横見浩彦牛山隆信メディアファクトリー新書、2010年10月発行)14-15ページより。
  13. ^ 極端にご利用の少ない駅(3月26日現在) (PDF)”. 平成28年度事業運営の最重点事項. 北海道旅客鉄道. p. 6 (2016年3月28日). 2017年9月25日閲覧。
  14. ^ 書籍『もっと秘境駅へ行こう!』(著:牛山隆信小学館文庫2003年8月発行)124-125ページより。
  15. ^ 北海道天塩郡幌延町字雄興の基本情報”. 人口統計ラボ. 人口統計ラボ. 2017年11月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月4日閲覧。
  16. ^ a b c 第6回まちづくり常任委員会報告(議会だより 第99号)”. 広報誌 ほろのべの窓 2017年11月号. 幌延町. p. p.8 (2017年11月). 2017年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月3日閲覧。
  17. ^ 福山 幹基 (1961). “下平陸橋の雪崩事故について”. 雪氷 (日本雪氷学会) Vol. 23 (No.2): pp.30-31. https://www.jstage.jst.go.jp/article/seppyo1941/23/2/23_2_70/_pdf. 
  18. ^ 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 1 北海道』(監修:今尾恵介、新潮社、2008年5月発行)6ページより。
  19. ^ ほろのべ議会だより 第99号”. 広報誌 ほろのべの窓 2017年11月号. 幌延町. p. p.3 (2017年11月). 2017年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月3日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]