塩狩駅

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塩狩駅
JR Hokkaido Shiokari Station.jpg
駅舎正面(2009年7月)
しおかり
Shiokari
W36 蘭留 (5.6km)
(7.9km) 和寒 W38
所在地 北海道上川郡和寒町字塩狩
駅番号 W37
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 28.4km(旭川起点)
電報略号 シリ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1924年大正13年)11月25日
備考 無人駅
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塩狩駅(しおかりえき)は、北海道上川郡和寒町字塩狩にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線である。駅番号W37電報略号シリ

歴史[編集]

1977年の塩狩駅と周囲約500m範囲。上が名寄方面。千鳥式ホーム2面2線であるが、上下線の真ん中に、今は撤去されて無くなった待避線が見える。貨物積卸場は無い。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

駅名の由来[編集]

天塩国石狩国の国境にであることから[1]

駅構造[編集]

隣の蘭留駅と同じく、相対式ホーム型がずれた形の千鳥式ホーム2面2線を有する列車交換可能な地上駅構内踏切で結ばれている。現在は永山駅管理のであるが、木造駅舎は残されている。

以前は駅舎側本線の旭川側のみ片開分岐であったが、現在は高速化にあわせて稚内側も片開分岐に敷き直され(旭川側の片開分岐も駅舎側ホームの位置に設置場所を変更)、駅舎側本線が一線スルー状になっている。また、かつては上下線の中央に待避線が1本あったが、無人化に伴い撤去された。

利用状況[編集]

  • 2011 - 2015年(平成23 - 27年)の乗車人員(11月の調査日)平均は「1名以下」[3]
  • 2013 - 2017年(平成25 - 29年)の乗車人員(特定の平日の調査日)平均は0.2人[4]
  • 2014 - 2018年(平成26 - 30年)の乗降人員調査(11月の調査日)平均は「1名以下」[5]

駅周辺[編集]

塩狩峠記念館(2009年7月)

塩狩峠の頂上にある駅。山の中にあるため、周辺は自然が多い。後述の事故をモデルとした三浦綾子の小説『塩狩峠』のクライマックスの舞台でもある。

その他[編集]

長野政雄の殉職[編集]

長野政雄顕彰碑(2009年7月)

1909年(明治42年)2月28日8100形蒸気機関車牽引の名寄駅旭川駅行き最終急行列車が塩狩峠の頂上付近(事故当時、当駅は未開業)に差し掛かった時最後尾の客車の連結器が外れ[注釈 1]、逆行・逸走する列車分離事故が発生した。乗り合わせていた鉄道院国鉄の前身)旭川鉄道運輸事務所庶務主任[注釈 2]・長野政雄が、デッキ上のハンドブレーキを操作して暴走する客車の停止を試みるもデッキから転落し、床下に巻き込まれ殉職した。しばらく走行したあと客車は停止し[6]、乗客にけが人や犠牲者はなかった[2][7]

のちに三浦綾子によってこの話を元にした小説『塩狩峠』が発表され、映画化もされた。作品中では主人公・永野信夫が暴走する客車を停止させる最後の手段として、みずからの体を車輪の歯止めにするべくデッキから車両の前に飛び込んで殉職しているが、実際の事故では当事者死亡につき顛末の詳細は不明である[7]

現在は当駅付近に長野政雄の顕彰碑と塩狩峠記念館・文学碑が立てられている。

ふるさと納税[編集]

2020年より、当駅が所在する和寒町は、2021年度以降は町が負担して維持する方針を示しており、和寒町独自で作成した「塩狩駅カード」を返礼品としたふるさと納税を活用する資金集めを実施している[8]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
宗谷本線
快速「なよろ」(2・4・5号のみ停車)
比布駅 (W34) - (2・5号は蘭留駅 (W36)) - 塩狩駅 (W37) - 和寒駅 (W38)
普通
蘭留駅 (W36) - 塩狩駅 (W37) - 和寒駅 (W38)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 当時の本路線を運営していた北海道官設鉄道は道内他線と異なりねじ連結器を使用していた。道内全線自動連結器化は本事故の起きた1909年である。連結器#自動連結器化参照。
  2. ^ いわゆる事務方職員で、車両の機器類の操作は専門外である。

出典[編集]

  1. ^ a b c 『北海道 駅名の起源』日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、第1版、174頁。
  2. ^ a b c d e 曽根悟(監修)『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』20号・宗谷本線/留萌本線、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集)、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年11月2日、34頁。
  3. ^ 極端にご利用の少ない駅(3月26日現在) (PDF)”. 平成28年度事業運営の最重点事項. 北海道旅客鉄道. p. 6 (2016年3月28日). 2017年9月25日閲覧。
  4. ^ 駅別乗車人員(【別添資料】(2)宗谷本線(旭川・稚内間)の状況) (PDF)”. 宗谷線(旭川~稚内間)事業計画(アクションプラン). 北海道旅客鉄道. pp. 11-12 (2019年4月). 2019年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月18日閲覧。
  5. ^ 駅別乗車人員 (PDF)”. 全線区のご利用状況(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. 2020年1月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月20日閲覧。
  6. ^ 受難の地 21線踏切付近 2013年9月19日 合田俊幸 編(PDF)2018年4月2日閲覧。長野政雄の転落地点からおよそ1マイル(約1.609km)程度走行して停止した。
  7. ^ a b おのつよし 1991, p. 94-96.
  8. ^ “塩狩駅維持にふるさと納税 和寒町 返礼品に独自カード”. 北海道新聞. (2020年6月25日). オリジナルの2020年6月25日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/6UTjt 2020年6月25日閲覧。 

参考文献[編集]

  • おのつよし『日本の鉄道100ものがたり』文春文庫、1991年5月10日、初版第1刷。ISBN 978-4167536015

関連項目[編集]

外部リンク[編集]