宗谷本線

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Camera-photo Upload.svg 画像提供依頼:252.5kmポスト付近で利尻富士と列車をからめた構図の画像提供をお願いします。2011年5月
JR logo (hokkaido).svg 宗谷本線
宗谷本線の特急「スーパー宗谷」
宗谷本線の特急スーパー宗谷
基本情報
日本の旗 日本
所在地 北海道
種類 普通鉄道在来線地方交通線
起点 旭川駅
終点 稚内駅
駅数 一般駅:2駅
旅客駅:51駅
貨物駅:1駅
信号場:0か所
路線記号 A(旭川 - 新旭川間)
W(永山 - 稚内間)
路線記号については当該記事も参照
開業 1898年8月12日(天塩線→宗谷線)
1922年11月8日(天塩線→天塩南線)
1924年6月25日(天塩北線)
全通 1926年9月25日
民営化 1987年4月1日
所有者 JR logo (hokkaido).svg 北海道旅客鉄道(JR北海道)
運営者 JR logo (hokkaido).svg 北海道旅客鉄道(JR北海道)
(全線 第一種鉄道事業者
JR logo (freight).svg 日本貨物鉄道(JR貨物)
(旭川 - 名寄間 第二種鉄道事業者
車両基地 旭川運転所宗谷北線運輸営業所
使用車両 使用車両の節を参照
路線諸元
路線距離 259.4 km
軌間 1,067 mm狭軌
線路数 複線(旭川 - 北旭川間)
単線(北旭川 - 稚内間)
電化方式 交流20,000 V・50 Hz 架空電車線方式
(旭川 - 北旭川間)
非電化
(北旭川 - 稚内間)
最大勾配 20
最小曲線半径 200 m
閉塞方式 自動閉塞式CTCPRC付帯)
(旭川 - 北旭川間)
自動閉塞式(特殊)(CTC・PRC付帯)
(北旭川 - 永山間)
特殊自動閉塞式(電子符号照査式)
(永山 - 南稚内間)
特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
(南稚内 - 稚内間)
保安装置 ATS-SN
最高速度 120 km/h(旭川 - 名寄間)
95 km/h(名寄 - 稚内間)
路線図
JR Soya Main Line linemap.svg
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宗谷本線(そうやほんせん)は、北海道旭川市旭川駅から名寄市名寄駅を経て、稚内市稚内駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線地方交通線)である。

北方領土を含めない日本最北の地に至る鉄道で、地方交通線としては日本最長である(幹線を含めると山陰本線が日本最長)。

山間部を走行する路線のため、野生動物との接触事故が発生することがしばしばある。

路線データ[編集]

全区間がJR北海道旭川支社の管轄である。

歴史[編集]

宗谷本線は、樺太(サハリン)への連絡鉄道として、建設が進められたものである。終点の稚内からは、大泊(コルサコフ)への鉄道連絡船稚泊航路)が太平洋戦争終戦時まで就航していた。このため、全国的に列車本数の削減がたびたび行われた太平洋戦争当時にあって、北海道内で最後まで急行列車が運行されていた。また、次第に延伸されるに従い、沿線を流れる天塩川舟運に代わり、沿線及び道北各地で産出される木材や石炭等の鉱物、水産物を輸送する重要な貨物輸送路線としての使命も担うことになった。

建設は、1898年明治31年)8月12日の旭川 - 永山間が北海道官設鉄道によって開業したのに始まり[2][3][4]1903年(明治36年)9月3日には名寄に到達[2][3][4][5][6][7]。以降は官設鉄道によって建設が進められ、1922年(大正11年)11月1日に稚内まで全通した[2][8][4][新聞 1]。この時に開業したのは、後に天北線となる浜頓別経由のルートであった。現在の幌延経由のルートは1922年(大正11年)11月8日[2][9][10][4][5][6][7][11]から1926年(大正15年)9月25日[2][9][10][10][4][5][6][7][11]にかけて天塩線(てしおせん)として建設されたもので、1930年(昭和5年)4月1日に幌延経由の天塩線が宗谷線に編入され[2][9][3][10][4][5][6][7]、浜頓別経由のルートは北見線(天北線)として分離された[2][9][8][5]

太平洋戦争後は樺太連絡の使命を失い、合理化のため早くも1955年(昭和30年)から多くの普通列車の気動車化が為されたが、道北の主要幹線として1958年(昭和33年)10月1日[10]以降一貫して優等列車が運転され続けている。2000年平成12年)3月11日には、旭川駅 - 名寄駅間の高速化改良工事が完成し、特急列車の運転が開始された[報道 2][新聞 2][新聞 3]

1995年(平成7年)9月4日までに天北線・深名線など接続する支線がすべて廃線となり、稚内に至る唯一の鉄道となっている。

年表[編集]

旭川 - 名寄 - 音威子府間[編集]

北海道官設鉄道天塩線[編集]
国有鉄道天塩線(初代)→宗谷線[編集]
  • 1905年(明治38年)4月1日:天塩線が逓信省鉄道作業局国有鉄道)に移管[13][4]。旭川駅・剣淵駅の読みを「あさひわ」・「けぬふち」から「あさひわ」・「けんぶち」[14]に変更。
  • 1909年(明治42年)
  • 1911年(明治44年)11月3日:天塩線の名寄駅 - 恩根内駅間が延伸開業[2][10][4][5][6][7]。同区間に智恵文駅(一般駅・直営駅)[12][15]、美深駅(一般駅・直営駅)[12][4][5][6][7]、紋穂内駅(一般駅・直営駅)[12][4][5][6][7]、恩根内駅(一般駅・直営駅)[12][4][5][6][7]を開設。美深駅の当初の読みは「ぴうか」。
  • 1912年大正元年)
  • 1916年(大正5年)9月5日:蘭留駅 - 和寒駅間に塩狩信号所(有人)を開設[4]
  • 1919年(大正8年)10月20日:旭川駅 - 音威子府駅( - 浜頓別駅)間が宗谷線から宗谷本線に改称[2][10][8][4]
  • 1921年(大正10年)10月5日:旭川駅 - 音威子府駅( - 鬼志別駅)間が宗谷本線から宗谷線に再改称[4]
  • 1922年(大正11年)
    • 4月1日:塩狩信号所が塩狩信号場に改称。
    • 11月4日:旭川駅 - 音威子府駅( - 浜頓別駅 - 稚内駅(初代))間が宗谷線から宗谷本線に再改称。旭川駅 - 永山駅間に新旭川駅(一般駅・直営駅)を開設[12][4][5][6][7]。当初の読みは「しんあさひわ」。
  • 1924年(大正13年)
    • 6月1日:名寄駅 - 智恵文駅間に智東駅(一般駅・直営駅)を開設[12][15]函館駅 - 稚内駅(初代)間の急行1・2列車の急行区間が従来の函館駅 - 滝川駅間から函館駅 - 名寄駅間に延長され[3]、当路線初の優等列車が運転開始。名寄駅 - 浜頓別駅 - 稚内駅(初代)間は引き続き普通列車として運転。
    • 11月25日:塩狩信号場が旅客駅に変更され、塩狩駅(直営駅)となる[12][4]
  • 1926年(大正15年)9月25日:天塩線の幌延駅 - 兜沼駅間の延伸開業[2][10]に伴い、それまで浜頓別経由だった急行1・2列車が幌延経由に変更[10]。また、夏季は全区間を急行列車として運転[16]
  • 1927年昭和2年)9月1日:塩狩駅における貨物の取り扱いが開始(一般駅となる)。
  • 1928年(昭和3年)9月10日:急行1・2列車が通年で全区間急行として運転開始[16]

音威子府 - 浜頓別 - 南稚内間[編集]

国有鉄道宗谷線[編集]

※ 詳細については「天北線」参照のこと。

音威子府 - 幌延 - 稚内間[編集]

国有鉄道天塩線(2代目)[編集]
  • 1922年(大正11年)11月8日:国有鉄道天塩線の音威子府駅 - 誉平駅間が開業[2][9][10][4][5][6][7][11]。同区間に筬島駅(一般駅・直営駅)[9][12][11]、神路駅(一般駅・直営駅)[18][19][11]、佐久駅(一般駅・直営駅)[12][11]、誉平駅(一般駅・直営駅)[9][12][11]を開設。
  • 1923年(大正12年)11月10日:天塩線の誉平駅 - 問寒別駅間が延伸開業[2][9][10][11]。同区間に宇戸内駅(一般駅・直営駅)[12][11]、問寒別駅(一般駅・直営駅)[9][12][11]を開設。
  • 1924年(大正13年)6月25日:国有鉄道天塩北線の兜沼駅 - 稚内駅(初代)間が開業[2][10][11][4]。同区間に兜沼駅(一般駅・直営駅)[9][12][11]、勇知駅(一般駅・直営駅)[12][4]、抜海駅(一般駅・直営駅)[9][12][11]を開設。これに伴い、音威子府駅 - 問寒別駅間を天塩線から天塩南線に線名改称[9][4]
  • 1925年(大正14年)7月20日:天塩南線の問寒別駅 - 幌延駅間が延伸開業[2][9][10][11]。同区間に雄信内駅(一般駅・直営駅)[9][12]、安牛駅(一般駅・直営駅)[9][12][11]、上幌延駅(一般駅・直営駅)[9][12][11]、幌延駅(一般駅・直営駅)[12][4][5][6][7]を開設。
  • 1926年(大正15年)9月25日:幌延駅 - 兜沼駅間が延伸開業[2][9][10][11]し、音威子府駅 - 幌延駅 - 稚内駅(初代)間が全通。天塩南線と天塩北線が統合され、天塩線に改称[9][10][4][5][6][7]。新設区間に下沼駅(一般駅・直営駅)[9][12][11]、豊富駅(一般駅・直営駅)[12][4][5][6][7]、徳満駅(一般駅・直営駅)[12][4][5][6][7]、芦川駅(一般駅・直営駅)[19][4][5][6][7]を開設。それまで浜頓別経由だった急行1・2列車が幌延経由に変更[10]。また、夏季は全区間を急行列車として運転[16]
  • 1928年(昭和3年)
    • 9月10日:急行1・2列車が通年で全区間急行として運転開始[16]
    • 12月26日:稚内駅(初代) - 稚内港駅間が延伸開業[2][10][5]。同区間に稚内港駅(一般駅・直営駅)を開設[12][5]

天塩線編入以後[編集]

  • 1930年(昭和5年)4月1日:天塩線が宗谷本線に編入され、旭川駅 - 幌延駅 - 稚内港駅間 (258.9km) が宗谷本線となる[2][9][3][10][4][5][6][7]。同時に、それまで宗谷本線だった音威子府駅 - 浜頓別駅 - 稚内駅(初代)間 (149.9km) が分離され、北見線(後の天北線)に改称[2][9][8][5]。なお、メートル法施行時に、稚内駅(初代) - 稚内港駅間の営業距離を1.5 Mから1.2 kmに修正。
  • 1938年(昭和13年)10月1日:稚内桟橋駅を開設(稚内港駅構内の仮乗降場扱い)[5]
  • 1939年(昭和14年)2月1日:稚内駅(初代)が南稚内駅[2][20][5]、稚内港駅を稚内駅(2代目)[2][20][5]に改称。
  • 1945年(昭和20年)8月25日:稚泊航路が運航停止。これに伴い、稚内桟橋駅も休止(実質的に廃止)[5][6]
  • 1946年(昭和21年)10月10日:恩根内駅 - 咲来駅間に豊清水仮乗降場を開設[5]。旅客のみ取り扱い。
  • 1947年(昭和22年)12月:永山駅 - 比布駅間に北永山仮乗降場(設定)を開設(月日不詳)[5]。旅客のみ取り扱い。
  • 1948年(昭和23年)6月:美深駅 - 紋穂内駅間に初野仮乗降場(局設定)を開設[5]。旅客のみ取り扱い。
  • 1949年(昭和24年)6月1日公共企業体日本国有鉄道(国鉄)に移管。
  • 1950年(昭和25年)1月15日:豊清水仮乗降場が一般駅に昇格し、豊清水駅(直営駅)となる[12]。同駅における貨物・荷物の取り扱いが開始。
  • 1951年(昭和26年)
    • 7月14日:美深駅の読みを「ぴうか」から「びふか」に変更。
    • 7月20日:誉平駅が天塩中川駅[20][11]、宇戸内駅が歌内駅[20][11]に改称。
  • 1952年(昭和27年)11月6日:南稚内駅[5]、稚内駅(2代目)[5]が移転。これに伴い、抜海駅 - 南稚内駅 - 稚内駅(2代目)間を改キロ (+0.5km) [5]
  • 1955年(昭和30年)
    • 12月1日:名寄駅 - 智恵文駅間に日進乗降場[21]を開設。
    • 12月2日:新旭川駅 - 永山駅間に西永山仮乗降場[4][5][6][7]、北永山仮乗降場 - 比布駅間に南比布仮乗降場(局設定)[4][5][6][7]、比布駅 - 蘭留駅間に北比布仮乗降場(局設定)[4][5][6][7]、士別駅 - 多寄駅間に下士別仮乗降場(局設定)[15]、佐久駅 - 天塩中川駅間に琴平仮乗降場[19][4][5][6][7][11]、天塩中川駅 - 歌内駅間に下中川仮乗降場(局設定)[4][5][6][7]、問寒別駅 - 雄信内駅間に糠南仮乗降場(局設定)[11]を開設。
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月:和寒駅 - 剣淵駅間に東六線仮乗降場(局設定)を開設[15]
    • 2月26日:旭川駅 - 名寄駅間の客貨混合列車を廃止し、客貨分離[3]。同区間で気動車が運行開始[3]
    • 5月1日:糠南仮乗降場 - 雄信内駅間に上雄信内仮乗降場(局設定)を開設[19][22]
    • 7月1日:智恵文駅 - 美深駅間に南美深仮乗降場(局設定)[15]、豊清水駅 - 咲来駅間に南咲来仮乗降場を開設。いずれも旅客のみ取り扱い。
    • 9月1日:多寄駅 - 風連駅間に瑞穂仮乗降場(局設定)を開設[15]
    • 9月20日:風連駅 - 名寄駅間に東風連駅(旅客駅・簡易委託駅)を開設[3][12][4][5][6][7]
    • 11月19日:名寄駅 - 稚内駅間の客貨混合列車を廃止し、客貨分離[10]。同区間で気動車が運行開始[10]
  • 1957年(昭和32年)2月1日:旭川駅 - 新旭川駅間に旭川四条仮乗降場(局設定)、幌延駅 - 下沼駅間に南下沼仮乗降場(局設定)[11][5]を開設。
  • 1958年(昭和33年)10月1日:札幌駅 - 稚内駅間に夜行準急「利尻」が新設され、優等列車が復活[10]
  • 1959年(昭和34年)11月1日:剣淵駅 - 士別駅間に北剣淵仮乗降場(局設定)[15]、智東駅 - 智恵文駅間に北星駅(旅客駅・無人駅[23][10][12][15]、智恵文駅 - 南美深駅間に智北仮乗降場(局設定)[15][11]、安牛駅 - 上幌延駅間に南幌延駅(旅客駅・無人駅[24][9][10][12][11]を開設。西永山仮乗降場、北永山仮乗降場、南比布仮乗降場、北比布仮乗降場、東六線仮乗降場、下士別仮乗降場、日進乗降場、南美深仮乗降場、初野仮乗降場、下中川仮乗降場が旅客駅に昇格し、西永山駅(無人駅)[19][4][5][6][7]、北永山駅(無人駅[23][3][12][4][5][6][7]、南比布駅(無人駅[注釈 4][23][3][12][4][5][6][7]、北比布駅(無人駅[23][12][4][5][6][7]、東六線駅(無人駅[注釈 5][23][3][12][15]、下士別駅(無人駅[23][3][12][15]、日進駅(無人駅[23][10][12][15]、南美深駅(無人駅[23][10][12][15]、初野駅(無人駅)[10][12][5]、下中川駅(無人駅[23][24][10][19][4][5][6][7]となる。
  • 1960年(昭和35年)7月1日:札幌駅 - 稚内駅(2代目)間に準急「宗谷」が運行開始[27]
  • 1961年(昭和36年)10月1日:準急「宗谷」を函館駅 - 稚内駅(2代目)間の運転とし急行に格上げ[27]
  • 1965年(昭和40年)7月15日:雄信内駅 - 上雄信内駅間を経路変更[6]。地すべり・雪崩多発地点を回避するため下平トンネル(全長1,256m)を含む付け替え新線を建設したことによる[6]
  • 1967年(昭和42年)
  • 1968年(昭和43年)10月1日:新旭川駅 - 永山駅間(西永山駅跡地)に北旭川駅(貨物駅・直営駅)を開設[28][6]
  • 1973年(昭和48年)9月29日:旭川駅 - 新旭川駅間を複線化・高架化[3][29]。旭川四条仮乗降場が旅客駅に昇格し、旭川四条駅(簡易委託駅)となる[3][12]
  • 1974年(昭和49年)(昭和49年)10月1日:北旭川駅における小荷物の取り扱いを開始(一般駅となる)[28]。蘭留駅、塩狩駅、豊清水駅、神路駅[28]における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
  • 1975年(昭和50年)
  • 1977年(昭和52年)5月25日:紋穂内駅、筬島駅、歌内駅、安牛駅、上幌延駅、下沼駅、徳満駅、抜海駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。神路駅が信号場に変更され、神路信号場となる[18][19][11](仮乗降場として旅客の取り扱いを継続[28])。
  • 1978年(昭和53年)12月1日:比布駅[13]における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。新旭川駅における車扱貨物の取扱いを専用線発着のものに限定。永山駅における貨物の取り扱いを専用線発着の車扱貨物に限定。
  • 1981年(昭和56年)7月:南咲来仮乗降場を天塩川温泉仮乗降場に改称[6]
  • 1982年(昭和57年)
    • 3月29日:雄信内駅、兜沼駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
    • 11月15日:和寒駅、剣淵駅[14]、多寄駅、風連駅、美深駅、恩根内駅、咲来駅、佐久駅、天塩中川駅、問寒別駅、勇知駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
  • 1983年(昭和58年)
    • 1月10日:旭川駅 - 永山駅間に自動列車制御装置 (CTC) を導入。
    • 4月1日:南稚内駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
  • 1984年(昭和59年)
    • 2月1日:名寄駅 - 稚内駅(2代目)間の貨物営業廃止[10]。永山駅[6]、音威子府駅、幌延駅[4][5][6][7]、豊富駅[4][5][6][7]、稚内駅(2代目)[6]における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。北旭川駅[28]における小荷物の取り扱いが終了(貨物駅に戻る)。新旭川駅、永山駅[6]、比布駅[13]、蘭留駅、塩狩駅、和寒駅、剣淵駅[14]、多寄駅、風連駅、美深駅、紋穂内駅[4][5][6][7]、恩根内駅[4][5][6][7]、豊清水駅、咲来駅、音威子府駅、筬島駅、佐久駅、天塩中川駅、歌内駅、問寒別駅、雄信内駅、安牛駅、上幌延駅、幌延駅[4][5][6][7]、下沼駅、豊富駅[4][5][6][7]、徳満駅[4][5][6][7]、兜沼駅、勇知駅、抜海駅における荷物の取り扱いが終了。
    • 11月10日:通票閉塞廃止に伴い、永山駅、士別駅、名寄駅、美深駅、音威子府駅、幌延駅、南稚内駅、稚内駅(2代目)を除くすべての29駅で出札・改札業務を終了(無人駅となる)[24][6]。そのうち、新旭川駅、比布駅、和寒駅、剣淵駅、風連駅、東風連駅(引き続き)、天塩中川駅[30]、豊富駅は簡易委託駅となる。ただし、連査閉塞運転要員については配置を継続。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:神路信号場を廃止[28][11][6]。同信号場の交換設備が廃止され、棒線化される。士別駅、南稚内駅における荷物の取り扱いが終了。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:永山駅 - 南稚内駅間に列車集中制御装置 (CTC) を導入し、電子閉塞化。これに伴い、上記29駅がすべて駅員無配置となる[24]。筬島駅[24]、上幌延駅、芦川駅の交換設備を廃止。旭川駅、士別駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。旭川駅、名寄駅における荷物の取り扱いが終了。稚内駅(2代目)における荷物の取り扱いを新聞紙に限定。名寄駅 - 稚内駅(2代目)間で各駅停車が5往復に削減され、夜遅い時間の便を廃止。

民営化以後[編集]

  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)が第一種鉄道事業者として全線を承継[7]。日本貨物鉄道(JR貨物)が旭川駅 - 名寄駅間の第二種鉄道事業者となる[28][4][5][6][7]。智東駅を臨時駅に変更(冬季は全列車通過)[10]。北剣淵仮乗降場、瑞穂仮乗降場、智北仮乗降場、天塩川温泉仮乗降場、琴平仮乗降場、糠南仮乗降場、上雄信内仮乗降場、南下沼仮乗降場が旅客駅に昇格し、北剣淵駅(無人駅[23][3][12][15]、瑞穂駅(無人駅[23][3][12][15]、智北駅(無人駅[23][12][15][11]、天塩川温泉駅(無人駅)[10][12]、琴平駅(無人駅)[4][5][6][7][11]、糠南駅(無人駅[24][10][12][11]、上雄信内駅(無人駅[24][10][22]、南下沼駅(無人駅[31][10][12][11]となる。
  • 1988年(昭和63年)3月13日:旭川駅の読みを「あさひわ」から「あさひわ」、新旭川駅の読みを「しんあさひわ」から「しんあさひわ」に再変更。
  • 1990年平成2年)
    • 3月10日:北剣淵駅、瑞穂駅、智北駅、天塩川温泉駅、糠南駅、上雄信内駅の営業キロを設定。
    • 4月7日:北永山駅の移転に伴い、永山駅 - 南比布駅間が改キロ。
    • 7月1日以前[26]:南比布駅の簡易委託が終了し、無人駅となる。
    • 9月1日:琴平駅を廃止[10][19][4][5][6][7][11]
  • 1991年(平成3年)
  • 1992年(平成4年)
    • 4月1日:新旭川駅、和寒駅の簡易委託が終了し、完全な無人駅となる。和寒駅は士別駅派遣により出札業務を継続。
    • 10月1日:旭川駅 - 名寄駅間の普通・快速列車をワンマン運転化[7]
  • 1993年(平成5年)3月18日:名寄駅 - 稚内駅間の普通列車をワンマン運転化[7]。これに伴い、急行を除くすべての列車がワンマン運転となる[7]
  • 1995年(平成7年)4月1日:和寒駅における士別駅派遣による出札業務が終了。
  • 1996年(平成8年)9月1日:北旭川駅 - 名寄駅間の貨物列車が運行を終了。JR貨物の名寄駅は自動車代行駅となり、同区間にトラック便が運行開始。
  • 1997年(平成9年)9月:新旭川駅における貨物列車の発着が終了。ただし、戸籍上はJR貨物の駅も存続。
  • 1998年(平成10年)2月25日:旭川駅 - 永山駅間に自動進路制御装置 (PRC) 導入[新聞 5]
  • 1999年(平成11年)
    • 同年頃:旭川四条駅の簡易委託が終了し、完全な無人駅となる。
    • 7月:多寄駅が旭川寄りに約20m移転(改キロはしない)。
  • 2000年(平成12年)3月11日:旭川駅 - 名寄駅間の高速化工事が完成し、同区間の最高速度が130 km/hに向上。特急「スーパー宗谷」・「サロベツ」・「利尻」が運行開始。これに伴い、当路線初の特急列車が新設される[報道 2][新聞 2][新聞 3]
  • 2001年(平成13年)7月1日:下中川駅[10][19][4][5][6][7]、上雄信内駅[10][19]、芦川駅[10][19][4][5][6][7]を廃止。
  • 2002年(平成14年)11月4日:新旭川駅 - 北旭川駅間を複線化[7]
  • 2003年(平成15年)
    • 5月10日:旭川駅 - 北旭川駅間を電化(交流20,000 V・50 Hz)[4][5][6][7]。ただし、旭川運転所への回送車両が使用するのみで、営業列車は使用しない。
    • 9月1日旭川運転所が旭川駅構内から北旭川駅構内へ移転[新聞 6]。これに伴い、旭川駅 - 塩狩駅間のダイヤを修正。乗務員交代のため、北旭川駅に一部の普通列車が運転停車するようになる[報道 3]
    • 11月1日:風連駅における乗車券販売(簡易委託)が終了(無人駅となる)。
  • 2004年(平成16年)
    • 3月13日:南稚内駅が稚内駅(2代目)の被管理駅となる。南稚内駅の運転部門を宗谷北線営業所に統合。
    • 3月17日:美深駅が名寄駅の被管理駅となり、駅長が廃止。
  • 2005年(平成17年)
    • 月日不詳:南稚内駅の駅長が廃止され、同駅が稚内駅長の管理となる。
    • 6月9日:天塩中川駅の駅業務(簡易委託)が終了。
  • 2006年(平成18年)
    • 3月18日:智東駅[15][報道 4]、南下沼駅[11][報道 4]を廃止。
    • 4月1日:名寄駅構内にJR貨物の名寄オフレールステーションを開設。
  • 2007年(平成19年)10月1日:全区間で駅ナンバリングを実施[報道 5]。旭川駅 - 名寄駅間で最終を5分繰り下げ。
  • 2010年(平成22年)
    • 1月31日:稚内駅が棒線駅となり、南稚内駅 - 稚内駅(2代目)間が1閉塞となる。
    • 10月10日:旭川駅が高架化。
  • 2012年(平成24年)5月28日本輪西駅 - 北旭川駅間の石油輸送列車が廃止。
  • 2014年(平成26年)3月15日:「スーパー宗谷」の減速に伴い、旭川駅 - 名寄駅間の最高速度が120 km/hに変更[報道 1]
  • 2015年(平成27年)3月:天塩中川駅におけるJAでの簡易委託、保線基地での指定席の扱いが終了(完全な無人駅となる)。
  • 2016年(平成28年)
    • 3月26日:名寄駅 - 稚内駅間の普通列車を削減[報道 6]
    • 5月1日:美深駅が簡易委託駅となる[32][報道 7][新聞 7]
    • 9月8日台風13号接近に伴う降雨災害の影響で、音威子府駅 - 稚内駅(2代目)間が不通となる[新聞 8][新聞 9]。特急「スーパー宗谷」・「サロベツ」についても全区間運休。
    • 9月9日:「スーパー宗谷」1往復(1・4号)が札幌駅 - 幌延駅間で運転再開。幌延駅 - 稚内駅間は代行バスで連絡。「スーパー宗谷」1往復(2・3号)と「サロベツ」、普通列車の音威子府駅 - 稚内駅間は引き続き運休[報道 8]

運行形態[編集]

広域輸送[編集]

札幌駅 - 稚内駅間を直通する特急が3往復運転されている。うち、2往復は車体傾斜機能を備えた261系気動車を使用した最速達列車「スーパー宗谷」、1往復は183系気動車を使用した「サロベツ」である。このほか夜行特急として「利尻」が運転されていたが、2006年(平成18年)・2007年(平成19年)は臨時列車となり、2007年(平成19年)度限りで廃止されている。

なお、「サロベツ」は2013年(平成25年)7月6日に起きた同じく183系気動車を使用する特急「北斗14号」車両火災の影響で、2013年(平成25年)7月7日から2014年(平成26年)7月31日まで長期運休が続いた。その代替として2013年(平成25年)8月1日から、旭川駅 - 稚内駅間でキハ40系による臨時快速列車が1往復運行されていた。宗谷本線の普通・快速列車はワンマン運転となっているが、この列車に限り車掌が乗務するツーマン運行だった。編成は2両で旭川方がキハ400形のお座敷車両、稚内方が通常のワンマン普通列車と同じくキハ40形700・1700番台となっている。名寄以北で快速列車が運行されるのは初めてのことである。なお、前述の特急「北斗」の車両火災(エンジントラブル)の原因究明と対策が講じられたことから、2014年(平成26年)7月31日をもってこの臨時快速列車の運転を終了し、翌8月1日より「サロベツ」の運転が再開された[報道 9]

地域輸送[編集]

名寄駅を境に南北に運転系統が分かれている。

旭川駅 - 名寄駅間は4往復の快速「なよろ」・普通列車がおおむね1 - 2時間に1本運行されており、旭川駅 - 永山駅・比布駅間の区間列車も運行されている。1日1往復、旭川駅 - 稚内駅間を直通で結ぶ普通列車が設定されている。

名寄駅 - 稚内駅は1991年(平成3年)11月13日に設置された宗谷北線運輸営業所が管轄する区間で、普通列車の運転本数は大幅に減少し、2016年(平成28年)3月26日改正時点では名寄駅 - 音威子府駅間が1日下り4本・上り5本、音威子府駅 - 稚内駅間では1日下り3本・上り4本(うち上り1本は稚内駅 - 幌延駅間の運転)となり、日中は最大約8時間運行がない。2往復は旭川駅発着で、この列車の旭川駅 - 名寄駅間では旭川運転所の運転士が担当する。

車両は、旭川駅 - 名寄駅間にはキハ40系キハ54形気動車が、名寄駅 - 稚内駅間にはキハ54形気動車が使われているが、名寄駅 - 音威子府駅間は始発・最終とその回送の上下各2本には旭川駅からの直通でキハ40系気動車も使われている。過去には、旭川駅 - 永山駅・比布駅間には富良野線用のキハ150形気動車が使われることもあったが、現在は旭川駅 - 北旭川貨物駅・旭川運転所間の回送列車のみの運転となっている。快速・普通はすべてワンマン運転であり、ドアは前側のみ(前乗り前降り)開く。旭川駅・稚内駅は終日改札を行うため最終列車まですべてのドアが開くが、永山駅・士別駅・名寄駅・美深駅・音威子府駅・幌延駅・南稚内駅は終日改札は行わないため、みどりの窓口の営業時間外に発着する列車は前側のドアのみ開く(特急列車は除く)[注釈 6]。通常は1-2両編成で運転されるが、5時台の名寄発旭川行きの上り一番列車や回送列車・キハ40系を使用した団体専用列車では3両編成で運転される。

旭川駅 - 北旭川貨物駅・旭川運転所間には貨物列車(DD51形DF200形牽引)・回送列車(気動車電車)も数多く運転されている。そのうち、旭川駅 - 新旭川駅間は前述の列車に加えて石北本線の普通列車・特別快速きたみ」・特急「オホーツク」(特別快速と特急は旭川駅以外に停車駅はなし)も運転されていてこの区間では運転本数が多い。

当線の音威子府駅は、キハ40系気動車系列のキハ400・480形気動車で運転されていた「宗谷」、「サロベツ」・「利尻」の急行列車特急格上げによる使用車両変更にともない、現在定期列車でキハ40系気動車が運転される北限の駅となっている[注釈 7]。国鉄末期にキハ54系500番台が投入されるまで、音威子府駅 - 稚内駅間の普通列車にもキハ40系が使われていた[注釈 8]。廃線となった天北線も同様であった。

貨物列車[編集]

旭川駅 - 北旭川駅(貨物駅)間は、函館本線および室蘭本線に直通する形で高速貨物列車および専用貨物列車が運行されている。高速貨物列車のうち上り2本は室蘭本線岩見沢駅 - 苫小牧駅間を経由する本州への直行便で、残りは函館本線札幌貨物ターミナル駅行き。専用貨物列車は室蘭本線経由で室蘭とを結ぶ石油輸送列車である(下りは3本、上りはタンクが空の状態である返空列車として2本)。さらに毎年秋から翌年春にかけては石北本線の臨時貨物列車が北旭川駅と北見駅の間に3往復運行されている。新旭川駅と遠軽駅で方向転換するため、先頭と最後尾に機関車が連結されるプッシュプル運転が行われている。

輸送密度[編集]

JR北海道は輸送密度を全区間とも公開していなかった。2013年(平成25年)度にようやく名寄駅 - 稚内駅間のみ輸送密度が公表された[報道 10]。2016年(平成28年)には全区間について発表され、それによると2014年(平成26年)度の旭川駅 - 名寄駅間の輸送密度は1,512人である[報道 11][新聞 10]

旭川駅 - 名寄駅間
名寄駅 - 稚内駅間

使用車両[編集]

現在の使用車両[編集]

旅客列車はすべて気動車で運転されている。

過去の使用車両[編集]

駅一覧[編集]

  • 駅名 … (貨):貨物専用駅、◇・■:貨物取扱駅(貨物専用駅を除く。◇は定期貨物列車の発着なし、■はオフレールステーション
  • 停車駅
    • 普通・快速「なよろ」…●印の駅は全列車停車、▲印の駅は一部の列車が通過、|印の駅は全列車通過
    • 特急(スーパー宗谷・サロベツ)…「宗谷 (列車)」参照
  • 線路 … ∥:複線区間、∨:ここより下は単線、◇・|:単線区間(◇は列車交換可能)
  • 全駅北海道内に所在
電化/非電化
番号
駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 普通列車 快速なよろ 接続路線 線路 所在地
交流電化 A28 旭川駅 - 0.0 北海道旅客鉄道函館本線富良野線 上川管内 旭川市
A29 旭川四条駅 1.8 1.8  
A30 新旭川駅 1.9 3.7 北海道旅客鉄道:石北本線[* 1]
  (貨)北旭川駅 2.9 6.6  
非電化 W31 永山駅 2.7 9.3  
W32 北永山駅 2.1 11.4  
W33 南比布駅 3.3 14.7   上川郡 比布町
W34 比布駅 2.4 17.1  
W35 北比布駅 3.1 20.2  
W36 蘭留駅 2.6 22.8  
W37 塩狩駅 5.6 28.4   和寒町
W38 和寒駅 7.9 36.3  
W39 東六線駅 5.1 41.4   剣淵町
W40 剣淵駅 3.8 45.2  
W41 北剣淵駅 5.0 50.2  
W42 士別駅 3.7 53.9   士別市
W43 下士別駅 4.4 58.3  
W44 多寄駅 3.4 61.7  
W45 瑞穂駅 2.8 64.5  
W46 風連駅 3.6 68.1   名寄市
W47 東風連駅 4.5 72.6  
W48 名寄駅 3.6 76.2  
W49 日進駅 4.0 80.2    
W50 北星駅 9.1 89.3    
W51 智恵文駅 1.9 91.2    
W52 智北駅 2.1 93.3    
W53 南美深駅 2.3 95.6     中川郡 美深町
W54 美深駅 2.7 98.3    
W55 初野駅 3.6 101.9    
W56 紋穂内駅 3.1 105.0    
W57 恩根内駅 7.1 112.1    
W58 豊清水駅 5.8 117.9    
W59 天塩川温泉駅 3.6 121.5     音威子府村
W60 咲来駅 3.2 124.7    
W61 音威子府駅 4.6 129.3    
W62 筬島駅 6.3 135.6    
W63 佐久駅 18.0 153.6     中川町
W64 天塩中川駅 8.3 161.9    
W65 歌内駅 8.4 170.3    
W66 問寒別駅 5.5 175.8     宗谷管内 天塩郡 幌延町
W67 糠南駅 2.2 178.0    
W68 雄信内駅 5.7 183.7    
W69 安牛駅 6.0 189.7    
W70 南幌延駅 1.9 191.6    
W71 上幌延駅 3.0 194.6    
W72 幌延駅 4.8 199.4    
W73 下沼駅 7.8 207.2    
W74 豊富駅 8.7 215.9     豊富町
W75 徳満駅 5.0 220.9    
W76 兜沼駅 10.0 230.9    
W77 勇知駅 5.8 236.7     稚内市
W78 抜海駅 8.3 245.0    
W79 南稚内駅 11.7 256.7    
W80 稚内駅 2.7 259.4    
  1. ^ 石北本線の旅客列車はすべて旭川駅へ乗り入れる。
  • 北永山 - 南比布間で上川郡当麻町を経由するが、同町内に宗谷本線の駅は存在しない。

廃駅・信号場[編集]

括弧内は旭川駅からの営業キロ。(臨)は臨時駅を表す。

過去の接続路線[編集]

宗谷トンネル計画[編集]

稚内から先の宗谷海峡にトンネルを掘り、サハリンの鉄道と連絡させる計画があるが、推進しているのはほとんどロシア側のみであり、日本政府やJR北海道などでこの計画をまともに取り上げた前例がない。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 貨物列車の運行は旭川駅 - 北旭川駅間のみで、北旭川駅 - 名寄駅間はすべてトラック自動車による代行輸送となっている。
  2. ^ 宗谷本線所属の駅・信号場に限定した場合、起点の旭川駅(函館本線所属[1])が除外され、一般駅が1駅、旅客駅が51駅、貨物駅が1駅、信号場が0か所となる。
  3. ^ 本線上での電化架線・複線区間は北旭川駅・旭川運転所の分岐点までだが、実際には旭川運転所構内まで架線が続いている(向かい側の北旭川駅構内は非電化)。この区間はJR最北端かつ最東端の電化区間である。2003年(平成15年)9月1日、旭川駅周辺の高架化事業により、旭川運転所が北旭川駅隣接地に移転したのに伴う出入庫列車の運転のためのもので、通常、営業運転には使用されない。ただし、2009年(平成21年)10月3日には、711系電車を使用した団体臨時列車が旭川駅 - 北旭川駅間に乗り入れており、電車としては初めて旭川四条駅に停車した。
  4. ^ 正確な期間は不明だが、南比布駅は簡易委託駅だった時期がある。少なくとも1962年(昭和37年)6月発行の軟券の常備券が確認されており[25]、1990年(平成2年)7月1日時点では完全な無人駅となっている[26]
  5. ^ 正確な期間は不明だが、東六線駅は簡易委託駅だった時期がある[25]
  6. ^ 例外として、終日無人駅である比布駅と旭川四条駅では通勤・通学客が多い名寄発旭川行きの上り一番列車に限りすべてのドアが開く。このため車掌を2名程度、朝6時の旭川発稚内行きの下り一番列車で蘭留駅まで乗車させ、いったん降りた後に6時55分ごろに名寄発旭川行きの上り一番列車に乗務して対応している。
  7. ^ 南限は駅単位では九州旅客鉄道(JR九州)指宿枕崎線西大山駅、路線単位では同線全区間である。
  8. ^ ただし、2013年(平成25年)8月1日から2014年(平成26年)7月31日まで、前述で触れている特急「サロベツ」運休による代替の臨時快速列車(運転区間・旭川駅 - 稚内駅間)でキハ40系が音威子府駅を越えて稚内駅まで乗り入れている。

出典[編集]

  1. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 I』
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  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk bl bm bn bo bp bq br 『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 通巻20号 宗谷本線/留萌本線 16頁
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  14. ^ a b c d e 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』 898頁
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  26. ^ a b 小冊子『HANDBOOK 1990』「駅は旅の出発点」(発行:北海道旅客鉄道、1990年発行)
  27. ^ a b 『日本鉄道旅行歴史地図帳―全線・全駅・全優等列車―』 1号・北海道 51頁
  28. ^ a b c d e f g 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』
  29. ^ 『鉄道ピクトリアル』 通巻287号 87頁
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報道発表資料[編集]

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  12. ^ a b “平成27年度第2四半期決算 社長談話/平成27年度 第2四半期決算と通期業績予想/平成28年3月期 第2四半期決算短信〔日本基準〕(連結)/平成27年度第2四半期決算について(平成27年4月1日から9月30日まで)” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2015年11月6日), オリジナル2015年11月8日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20151108072104/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2015/151106-1.pdf 2015年11月8日閲覧。 
  13. ^ “平成26年度決算 社長談話/平成26年度決算のポイント/平成27年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)/平成26年度決算について” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2015年5月8日), オリジナル2015年6月24日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20150624035503/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2015/150508-2.pdf 2015年6月24日閲覧。 

新聞記事[編集]

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  6. ^ フォト北海道(道新写真データベース) (2003年8月26日). “新しい旭川運転所お披露目*防音、有害物除去にも配慮*JR北海道” (日本語). 北海道新聞 (北海道新聞社). オリジナル2016年9月5日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20160905092138/http://photodb.hokkaido-np.co.jp/detail/0090314478 2016年9月5日閲覧。 
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参考文献[編集]

書籍[編集]

雑誌[編集]

  • 鉄道ピクトリアル』第23巻第12号(通巻287号)、電気車研究会、1973年12月、 87頁、 ISSN 0040-4047
  • 『北海道鉄道百年史』下巻、日本国有鉄道北海道総局(編集・発行)、1981年3月、67-68頁。
  • 曽根悟(監修) 『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』20号・宗谷本線/留萌本線、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集)、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年11月2日、5-17頁。