羽幌線

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Japanese National Railway logo.svg 羽幌線
力昼付近の橋梁(2011年7月28日)
力昼付近の橋梁(2011年7月28日)
概要
現況 廃止
起終点 起点:留萠駅
終点:幌延駅
駅数 駅:27、仮乗降場:9
運営
開業 1927年10月25日 (1927-10-25)
全通 1958年10月18日
廃止 1987年3月30日 (1987-3-30)
所有者 National Railway Symbol of Japan.png 鉄道省運輸通信省運輸省Japanese National Railway logo.svg 日本国有鉄道(国鉄)
路線諸元
路線総延長 141.1 km (87.7 mi
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
最小曲線半径 300 m (984 ft)
電化 全線非電化
最急勾配 20
路線図
JNR Haboro Line linemap.png

羽幌線(はぼろせん)は、日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線地方交通線)。北海道留萌市留萠駅留萠本線から分岐して日本海に沿って北上し、天塩郡幌延町幌延駅宗谷本線に接続していた。

国鉄再建法の施行により1984年(昭和59年)6月22日に特定地方交通線(第2次)に選定され、北海道旅客鉄道(JR北海道)へ承継されることなく、国鉄分割民営化直前の1987年(昭和62年)3月30日廃止[新聞 1]。本路線の廃止が、国鉄最後の路線廃止の事例となった。

なお、「留萠駅」「留萠本線」は羽幌線営業時・廃止当時の表記で、羽幌線廃止後の1997年にそれぞれ「留萌駅」「留萌本線」に変更されている。

路線データ(廃止時)[編集]

  • 管轄:日本国有鉄道
  • 路線距離(営業キロ):留萠駅 - 幌延駅間 141.1 km[1]
  • 駅数:36(起終点駅を含む。駅:27、仮乗降場:9)
  • 軌間:1,067 mm狭軌
  • 全線単線
  • 電化方式:全線非電化
  • 閉塞方式:タブレット閉塞式
    • 交換可能駅数:7(小平、鬼鹿、古丹別、羽幌、初山別、遠別、天塩)

歴史[編集]

留萠 - 羽幌間は、軽便鉄道法により計画され、留萠線の支線として開業した路線である。羽幌 - 幌延間は、改正鉄道敷設法別表第144号に規定する「天塩国羽幌ヨリ天塩ヲ経テ下沙流別付近ニ至ル鉄道」として、南北から建設が進められた。太平洋戦争により一時中断したものの、1958年に全通した。

もともとは羽幌町の炭鉱開発と運炭、そしてニシンの輸送を主な目的として建設された路線だった。しかし、炭鉱の閉山とニシン漁の不振、沿線人口の減少によって貨物・旅客の輸送量が減り、道路(国道232号)もよく整備されていたため存在意義を失い、国鉄再建法による第二次廃止対象路線となった。

留萠駅 - 初山別駅間(留萠線→羽幌線)[編集]

  • 1927年昭和2年)10月25日国有鉄道留萠線として、留萠駅 - 大椴駅間 (19.6km) が開業[2]。同区間に三泊・小平・大椴の各駅[3]および東留萠信号場を新設。
  • 1928年(昭和3年)10月10日:留萠線の大椴駅 - 鬼鹿駅間 (8.9km) が延伸開業[2]。同区間に鬼鹿駅を新設[3]
  • 1931年(昭和6年)
  • 1932年(昭和7年)9月1日:古丹別駅 - 羽幌駅間 (16.5km) を延伸開業[2]。同区間に上平・苫前・羽幌の各駅を新設[3]
  • 1941年(昭和16年)12月9日:羽幌駅 - 築別駅間 (6.78km) を延伸開業[2]。同区間に築別駅を新設[3]。留萠駅 - 三泊駅間 (2.3km) の経路を変更し[2]、東留萠信号場を廃止。
    • 三泊駅付近の線路付替前は、羽幌線の列車は、留萠駅を発車した後は東留萠信号場まで深川方面へ1.3 km 進み、同信号場でスイッチバックして羽幌方面に向かっていた。これを解消するため、留萠駅 - 三泊駅間に新線が敷設された。また、留萠駅 - 東留萠信号場間は留萠本線・羽幌線の二重戸籍区間であったが、この線路付替により解消された[2]
  • 1947年(昭和22年)12月25日:臼谷仮乗降場を新設。
  • 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に移管。
  • 1950年(昭和25年)1月15日:臼谷仮乗降場を駅に変更[3]
  • 1955年(昭和30年)3月26日:番屋ノ沢仮乗降場を新設[4][3]
  • 1956年(昭和31年)
  • 1957年(昭和32年)11月6日:築別駅 - 初山別駅間 (14.5km) が延伸開業[2]。同区間に天塩有明・天塩栄・初山別の各駅を新設[3]

幌延駅 - 遠別駅間(天塩線)[編集]

  • 1935年(昭和10年)6月30日:国有鉄道天塩線として、幌延駅 - 天塩駅間 (18.9km) が開業。同区間に振老・北川口・天塩の各駅を新設[3]
  • 1936年(昭和11年)10月23日:天塩線の天塩駅 - 遠別駅間 (18.9km) が延伸開業[2]。同区間に更岸・丸松・遠別の各駅を新設[3]
  • 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に移管。
  • 1955年(昭和30年)12月2日:干拓・作返の各仮乗降場を新設[3]
  • 1956年(昭和31年)5月1日:啓明[3]・中川口[3]・西振老の各仮乗降場を新設。

全通後[編集]

大沢トンネル
羽幌線の橋梁
橋台が残っている
  • 1958年(昭和33年)10月18日:初山別駅 - 遠別駅間 (23.8km) が延伸開業[2]。天塩線を羽幌線に編入し、留萠駅 - 幌延駅間が全通[2]。同区間に豊岬・天塩大沢・共成・歌越・天塩金浦の各駅を新設[3]
  • 1961年(昭和36年)
  • 1962年(昭和37年)5月1日:準急「るもい」が増毛行となり、羽幌線内での運行がなくなる[注釈 1]。札幌駅 - 幌延駅間に急行「はぼろ」を2両編成で1往復運転開始[2]客貨混合列車を廃止し、客貨分離を達成[2]。すべての列車が気動車による運行となる[2]
  • 1963年(昭和38年)
    • 6月1日:千松仮乗降場を新設[3]
    • 12月1日:旭川発着列車として、準急「るもい」を2往復設定(2両編成)。上り列車と、下り2号は幌延行、下り1号は築別行。いずれも羽幌線内は普通列車
  • 1966年(昭和41年)3月5日:準急「るもい」を急行に格上げ。築別行と幌延行を、それぞれ1往復とする。
  • 1967年(昭和42年)10月1日:急行「るもい」のうち、下り1号を留萠止まりとし、羽幌線直通は下り2号と上り1・2号とする。
  • 1968年(昭和43年)10月1日:急行「るもい」の羽幌線直通を2往復に戻す。
  • 1970年(昭和45年)9月7日:北里・西振老の各仮乗降場を廃止。天塩有明・豊岬・歌越・丸松・更岸・北川口・振老の各駅を無人化。同日以降、急行「はぼろ」は築別駅・豊岬駅を通過とする。
  • 1972年(昭和47年)
    • 2月8日:下ノ滝仮乗降場を廃止。三泊・臼谷・大椴・力昼・上平の各駅を無人化。
    • 3月:急行「るもい」のうち、下り1号を再び留萌止まりに戻し、羽幌線直通は下り2号と上り1・2号となる。
  • 1982年(昭和57年)
    • 3月30日:築別駅を無人化。
    • 11月22日:第2次特定地方交通線として、廃止承認を申請[2]
  • 1984年(昭和59年)
    • 2月1日:全線 (141.1km) の貨物営業を廃止[2]。急行「るもい」は、旭川→留萠間下りのみの運行となり、羽幌線内での運行がなくなる(1986年廃止)。
    • 6月22日:第2次特定地方交通線として、廃止承認。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:急行「はぼろ」を廃止[6]
  • 1987年(昭和62年)3月30日:全線 (141.1km) を廃止[新聞 1]し、沿岸バスのバス路線に転換[1]

運行形態[編集]

1962年5月1日から札幌駅 - 深川駅 - 留萠駅 - 羽幌駅 - 幌延駅間を直通する急行「はぼろ」が1往復運行されていたが、1986年11月1日のダイヤ改正により廃止された。さらに、観光シーズンには臨時急行「天売」も運行されていた。それ以外に普通列車は全線を通じて5往復、そして羽幌駅を境にして区間列車が運行されていた。

鬼鹿開業時の運行本数(1928年)
  • 全線直通列車:3往復
  • 区間列車:なし
※駅は留萠、三泊、小平、大椴、鬼鹿。
築別開業時の運行本数(1941年)
  • 全線直通列車:4往復
  • 区間列車:なし
※駅は留萠、三泊、小平、大椴、鬼鹿、力昼、古丹別、上平、苫前、羽幌、築別。
廃止直前の運転本数(1986年11月1日改正)
  • 留萠駅 - 幌延駅間(全線直通):6往復
    うち4往復は留萠本線直通、さらにそのうち1往復は急行「はぼろ」に代わって運転された主要駅停車列車で、当該列車に快速マークは付されていなかった[7]
  • 留萠駅 - 羽幌駅間:下り朝1本、上り2本(朝夕1本ずつ)
  • 留萠駅 → 鬼鹿駅間:夜1本
急行「はぼろ」廃止時の停車駅
札幌駅 - 岩見沢駅 - 美唄駅 - 砂川駅 - 滝川駅 - 深川駅 - 石狩沼田駅 - 留萠駅 - 小平駅 - 鬼鹿駅 - 古丹別駅 - 苫前駅 - 羽幌駅 - 初山別駅 - 遠別駅 - 天塩駅 - 幌延駅
  • 上り列車の幌延駅 - 羽幌駅間は普通列車として運行されていた。

駅一覧[編集]

  • 接続路線の事業者名・駅の所在地は、羽幌線廃止時点のもの。全線北海道内に所在。
駅名 駅間
キロ
営業
キロ
接続路線 所在地
留萠駅 - 0.0 日本国有鉄道:留萠本線 留萌支庁 留萌市
三泊駅 2.7 2.7  
臼谷駅 4.0 6.7   留萌郡 小平町
小平駅 2.0 8.7  
花岡仮乗降場 - (11.9)  
大椴駅 8.6 17.3  
富岡仮乗降場 - (21.6)  
鬼鹿駅 8.8 26.1  
千松仮乗降場 - (29.3)  
力昼駅 6.9 33.0   苫前郡 苫前町
番屋ノ沢仮乗降場 - (35.1)  
古丹別駅 8.7 41.7  
上平駅 4.9 46.6  
苫前駅 3.9 50.5  
興津仮乗降場 - (54.6)  
羽幌駅 7.8 58.3   羽幌町
築別駅 6.7 65.0 羽幌炭礦鉄道線(1970年12月25日廃止)
天塩有明駅 4.8 69.8   初山別村
天塩栄駅 3.8 73.6  
初山別駅 5.9 79.5  
豊岬駅 6.0 85.5  
天塩大沢駅 2.5 88.0  
共成駅 3.6 91.6  
歌越駅 2.6 94.2   天塩郡 遠別町
天塩金浦駅 4.8 99.0  
遠別駅 4.3 103.3  
啓明仮乗降場 - (106.8)  
丸松駅 5.1 108.4  
更岸駅 7.6 116.0   天塩町
干拓仮乗降場 - (118.6)  
天塩駅 6.2 122.2  
中川口仮乗降場 - (125.3)  
北川口駅 6.5 128.7  
振老駅 5.2 133.9  
作返仮乗降場 - (137.2)  
幌延駅 7.2 141.1 日本国有鉄道:宗谷本線 宗谷支庁 天塩郡 幌延町

※仮乗降場には、営業キロが設定されていなかった。括弧内に実キロを記す。

路線廃止前の廃駅・信号場[編集]

  • 東留萠信号場 - 1941年(昭和16年)12月9日廃止。留萠駅 - 三泊駅間(留萠本線大和田駅‐留萠駅間)留萠駅から深川方へ1.3km。
  • 下ノ滝仮乗降場 - 1972年(昭和47年)2月8日廃止。羽幌駅 - 築別駅間。
  • 北里仮乗降場 - 1970年(昭和45年)9月7日廃止。丸松駅 - 更岸駅間。
  • 西振老仮乗降場 - 1970年(昭和45年)9月7日廃止。北川口駅 - 振老駅間。

名羽線[編集]

羽幌駅と、宗谷本線名寄駅間には、苫前炭田が産出する石炭の輸送や、沿線の森林開発などを目的として企図された名羽線計画があったが、結局開通することはなかった。詳細は、深名線#名羽線の項を参照。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 「るもい」は1963年に準急「かむい」に統合されて廃止。

出典[編集]

新聞記事[編集]

  1. ^ a b “羽幌線にもお別れ列車 60年の歴史閉じる”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1987年3月30日)
  2. ^ a b c “鉄道省告示第186号”. 官報国立国会図書館デジタルコレクション) (内閣印刷局). (1931年8月8日). http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2957851/3 2015年8月13日閲覧。 
  3. ^ “鉄道省告示第269号”. 官報(国立国会図書館デジタルコレクション) (内閣印刷局). (1931年10月3日). http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2957898/2 2015年8月13日閲覧。 

参考文献[編集]

書籍[編集]

雑誌[編集]

関連項目[編集]