鬼鹿駅

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鬼鹿駅
おにしか
Onishika
富岡仮乗降場 (4.5 km)
(3.2 km) 千松仮乗降場
所在地 北海道留萌郡小平町字鬼鹿港町
北緯44度8分58秒 東経141度39分21.5秒 / 北緯44.14944度 東経141.655972度 / 44.14944; 141.655972
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 羽幌線
キロ程 26.1 km(留萠起点)
電報略号 オカ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1928年昭和3年)10月1日[1]
廃止年月日 1987年昭和62年)3月30日[1]
備考 羽幌線廃線に伴い廃駅
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1977年の鬼鹿駅と周囲約500m範囲。上が羽幌方面。貨物取扱廃止2年後の姿で、相対式ホーム2面2線と駅舎横の貨物ホームに引込み線、駅裏に副本線と留置線が残っている。駅裏の北側にはストックヤードがあったが、新たな踏切と2車線の道が作られて潰されている。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

鬼鹿駅(おにしかえき)は、かつて北海道留萌管内留萌郡小平町字鬼鹿港町1区に設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)羽幌線廃駅)である。電報略号オカ事務管理コードは▲121607[2]

1986年(昭和61年)10月まで運行されていた、急行「はぼろ」の停車駅であった。

歴史[編集]

駅構造[編集]

廃止時点で、単式ホーム島式ホーム(片面使用)複合型2面2線を有する地上駅で、列車交換可能な交換駅であった[3]。互いのホームは、駅舎側ホーム中央と島式ホーム南側を結んだ構内踏切で連絡した[3]。駅舎側単式ホーム(西側)が下り線、島式ホーム(東側)が上り線となっていた(番線表示なし)[3]。島式ホームの外側1線は、側線として残っており、そのほか島式ホームの外側の側線から分岐した側線を1線、また下り線の幌延方から分岐し駅舎北側の切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線有していた[3]

職員配置駅となっており、駅舎は構内の西側に位置し、単式ホーム中央部に接していた。

駅名の由来[編集]

当駅が所在する地名より。地名は、アイヌ語の「オ・ニウシ・カ・ペツ」(川下の森を流れる川)に由来する。

利用状況[編集]

  • 1981年度(昭和56年度)の1日乗降客数は160人[3]

駅周辺[編集]

駅跡[編集]

1999年(平成11年)時点で、町営住宅の敷地になっている[4]

また、2011年(平成23年)時点で駅附近の小種子川にはコンクリート造りの橋台及び翼壁が残存している[5]

隣の駅[編集]

日本国有鉄道
羽幌線
大椴駅 - <富岡仮乗降場> - 鬼鹿駅 - <千松仮乗降場> - 力昼駅

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日、871頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  2. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、230頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362022年12月10日閲覧 
  3. ^ a b c d e f g h 宮脇俊三 編『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』原田勝正、小学館、1983年7月、199頁。ISBN 978-4093951012 
  4. ^ 宮脇俊三 編『鉄道廃線跡を歩くVI』JTBパブリッシングJTBキャンブックス〉、1999年3月、26頁。ISBN 978-4533031502 
  5. ^ 本久公洋『北海道の鉄道廃線跡』北海道新聞社、2011年9月、213頁。ISBN 978-4894536128 

関連項目[編集]