美唄駅

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美唄駅
両側の丸い部分が市建設の自由通路階段の間が橋上駅舎(2004年7月西口側から撮影)
両側の丸い部分が市建設の自由通路
階段の間が橋上駅舎
(2004年7月西口側から撮影)
びばい - Bibai
A15 光珠内 (3.9km)
(4.4km) 茶志内 A17
所在地 北海道美唄市東1条南2丁目3番1号
駅番号 A16
所属事業者 JR logo (hokkaido).svg北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 函館本線
キロ程 343.7km(函館起点)
電報略号 ヒハ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
1,300人/日(降車客含まず)
-2014年-
開業年月日 1891年明治24年)7月5日
備考 社員配置駅
みどりの窓口
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美唄駅
びばい - Bibai
(3.7km) 東明
所属事業者 三菱美唄炭鉱
所属路線 三菱鉱業美唄鉄道線
キロ程 0.0km(当駅起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1915年(大正4年)10月11日
廃止年月日 1972年(昭和47年)6月1日
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美唄駅
びばい - Bibai
(3.0km) 南美唄
所属事業者 日本国有鉄道
所属路線 函館本線南美唄支線
キロ程 0.0km(当駅起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1931年(昭和6年)12月1日
廃止年月日 1971年(昭和46年)9月9日
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美唄駅(びばいえき)は、北海道美唄市東1条南2丁目3番にある北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線駅番号A16電報略号ヒハ

美唄市の代表駅で、エル特急スーパーカムイ」の全列車と「オホーツク」の2往復(下り1・7号、上り2・8号)、「スーパー宗谷」1号、「サロベツ」が停車する。

歴史[編集]

 
1976年の美唄駅と周囲約1㎞範囲(上段)及び駅南側周囲約1㎞範囲(下段)。上段、上が函館本線旭川方面(左)及び常盤台へ向かっていた三菱鉱業美唄鉄道線の軌道跡(右上)。美唄駅の駅裏正面の空き地には三菱鉱業の機関庫が設けられていたが、転車台跡だけが残されている。駅裏滝川側に放置されている転車台は南美唄支線用のもの。下段、下が函館本線札幌方面(左)及び三井鉱山美唄炭鉱へ向かっていた南美唄支線の軌道跡(本線右側、下端中央)。ちなみに上端の美唄駅に近い方のカーブは大正年間に設けられていた沼貝炭鉱の積込設備への引込線軌道跡で、国鉄線からの分岐ではなく三菱美唄鉄道から延長されていた[1]。また、同じく後に三井美唄の一部となる村井鉱区の七号の沢(中の沢川)に坑口を持っていた錦旗炭鉱も、同じ大正年間に、後に三井美唄事務所南端(新富町)となる位置に設けた手積所から当駅まで馬車軌道を敷設して運炭していたが[1]、右下の用水路脇の市営墓地内に見える斜めの軌道跡以外は一切残っていない。
上段下段共に国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

駅構造[編集]

2面2線の相対式ホームを持つ橋上駅で、2線の間に中線もある。エレベータ設置有り。

社員配置駅みどりの窓口(営業時間5時40分 - 24時00分)、自動改札機Kitaca非対応)設置。

駅名の由来[編集]

「美唄」はアイヌ語のピパ=イまたはピパ=オ=イ(カラス貝のいる所)に当て字をしたもの。この地域はかつては沼が多く、カラス貝が沢山生息していた事から来ている。当鉄道の工事と同時期の明治23年に村が設置されたが、旧村名の「沼貝」はこのアイヌ語を意訳したもので、当駅開設後の明治25年に駅周辺が字ピパイと付けられた。地区の字名が駅名と同じ漢字の「美唄」に改められたのは明治33年である。つまり「美唄」は行政より駅名が先行して付けられた[8]

駅周辺[編集]

市の主要な施設は西口側に多いが、東口側も貨物ヤード跡が再開発され、商業施設などが建設されている。

西口

東口

バス路線[編集]

待機中の路線バス

バス停は西口広場に集約して置かれている。

北海道中央バス「美唄駅前」[注釈 2]

美自校バス「美唄駅」

  • 南美唄線 官舎前経由南美唄6丁目
  • 南美唄線 国道12号線経由南美唄6丁目
  • 南美唄線 労災病院経由南美唄6丁目・下3条1丁目・共和会館
    • 一部の便は美唄市役所、生協前(コープさっぽろびばい店)、またはその両方を経由。

美唄市民バス「美唄駅」

  • 東線 右回り循環(東明通り先廻り)・左回り循環(旭通り先廻り)
  • 西線
    • 進徳・拓北線 21線・上美唄
    • 進徳・拓北線 図書館・美唄中学校
    • 一般客混乗スクールバス各路線(一部予約制)

利用状況[編集]

2014年(平成26年)度の1日平均乗車人員1,300人である[9]

各年度の1日平均乗車人員は以下の通り。

年度 1日平均
乗車人員
1951年 4,491[10]
1960年 5,219[11]
2000年 1,435
2001年 1,462
2002年 1,567
2003年 1,523
2004年 1,454
2005年 1,418
2006年 1,348
2007年 1,323
2008年 1,357
2009年 1,280
2010年 1,243
2011年 1,312
2012年 1,381
2013年 1,378
2014年 1,300

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
函館本線
光珠内駅 (A15) - 美唄駅 (A16) - 茶志内駅 (A17)

かつて存在した路線[編集]

三菱美唄炭鉱
三菱鉱業美唄鉄道線
美唄駅 - 東明駅
日本国有鉄道(国鉄)
函館本線南美唄支線
美唄駅 - 南美唄駅

参考資料[編集]

  • 北海道鉄道百年史 中巻 日本国有鉄道北海道総局 1980年(昭和55年)10月発行
  • 美唄市史 1970年(昭和45年)7月発行
  • 美唄市百年史 1991年(平成3年)9月発行
  • 「足跡」三井美唄35年史 三井美唄鉱業所臨時事務所 1964年(昭和39年)5月発行

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 大正13年3月に日本石油が買収。昭和3年8月1日に三井鉱山と共同保有、経営は三井側となる。日石は沼貝炭鉱の施設を改良し、引き続き美唄鉄道側線を利用した。三井については南美唄支線開通迄これを使用したかどうか不明。
  2. ^ 2006年(平成18年)10月9日まで、北海道中央バスの便は駅から少し離れた北海道中央バス美唄ターミナルで乗降を扱っていた。廃止後、北海道中央バスも駅前発着での運行となった。

出典[編集]

  1. ^ a b c d 『足跡』三井美唄35年史 P3-17及びP18図。
  2. ^ a b 北海道鉄道百年史 下巻 年表
  3. ^ a b 美唄市百年史 通史編 P468。
  4. ^ 美唄市百年史 通史編 P473。
  5. ^ a b 美唄市史 1970年版 P565。
  6. ^ 北海道鉄道百年史 中巻 P161。
  7. ^ a b “きょう美唄新駅舎開業 街づくりへ高まる期待 駅前復活の起爆剤に/新通路できれば便利/人呼び込むもの必要”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2002年2月5日)
  8. ^ 美唄市史 昭和45年7月発行、及び「駅名の起源」 札幌鉄道局 昭和14年発行。
  9. ^ 美唄市統計書(平成27年版) (PDF)
  10. ^ 美唄市百年史 資料編 平成3年9月発行、市制申請書による年間乗車 総数の365日平均
  11. ^ 美唄市百年史 資料編 平成3年9月発行、美唄駅統計資料による年間乗車 総数の366日平均

関連項目[編集]

外部リンク[編集]