石北本線

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JR logo (hokkaido).svg石北本線
特急「オホーツク」
厳冬の石北本線を走行する特急「オホーツク
2004年1月12日 安国駅 - 生野駅
概要
起終点 起点:新旭川駅
終点:網走駅
駅数 40駅
路線記号 A
路線記号については当該記事も参照
運営
開業 1912年10月5日 (1912-10-05)網走本線
1912年11月18日(湧別軽便線
1922年11月4日(石北線)
全通 1932年10月1日
民営化 1987年4月1日
所有者 National Railway Symbol of Japan.png 鉄道院→鉄道省
運輸通信省運輸省
Japanese National Railway logo.svg 日本国有鉄道(国鉄)→
JR logo (hokkaido).svg 北海道旅客鉄道(JR北海道)
運営者 JR logo (hokkaido).svg 北海道旅客鉄道(JR北海道)
(全線 第一種鉄道事業者
JR logo (freight).svg 日本貨物鉄道(JR貨物)
(新旭川駅 - 北見駅間 第二種鉄道事業者
使用車両 使用車両の節を参照
路線諸元
路線総延長 234.0 km (145.4 mi
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
過去の軌間 762 mm (2 ft 6 in)
(遠軽駅 - 留辺蘂駅間、1912年11月18日 - 1916年11月6日)
電化 全線非電化
運行速度 最高95 km/h (59 mph)
路線図
JR Sekihoku Main Line linemap.svg

石北本線(せきほくほんせん)は、北海道旭川市新旭川駅から北見市北見駅を経て、網走市網走駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線地方交通線)である。

路線データ[編集]

全区間が北海道旅客鉄道旭川支社の管轄である。

運行形態[編集]

新旭川駅が起点だが、すべての普通・快速列車が旭川駅まで、特急列車は札幌駅まで乗り入れている。

※運行本数は2007年10月1日現在。

地域輸送[編集]

おおむね、「旭川駅 - 上川駅間」・「上川駅・白滝駅 - 遠軽駅間」・「遠軽駅・留辺蘂駅 - 北見駅 - 網走駅間」で運行系統が分けられる。特別快速「きたみ」を含むすべての列車がワンマン運転を行っている。

旭川駅 - 上川駅間[編集]

線路名称上の起点は新旭川駅だが、列車は旭川駅を起点に運転される。上川までは旭川市の近郊区間で、1日8往復程度の普通列車が設定され、日中を除き1 - 2時間に1本の運行となっている。また旭川駅 - 東旭川駅当麻駅伊香牛駅間の系統もある。上川駅への留置は行わないため、朝・夜には旭川運転所 - 新旭川駅 - 上川駅間に回送列車が設定されている(新旭川駅で進行方向が変わる)。

上川駅 - 白滝駅 - 遠軽駅間[編集]

上川駅 - 白滝駅間は、特急「オホーツク」と特別快速「きたみ」を除くと、普通列車が1日1往復(上川発網走行きと、遠軽発旭川行きが各1本)の運転である。石勝線とは異なり、乗車券のみで特急に乗れる特例は設定されていない。この区間は人口希薄地帯で、民営化後に3駅が廃止または信号場に格下げとなっている。白滝駅 - 遠軽駅間は普通列車と「きたみ」で合わせて5往復の運転があるが、旧白滝駅・下白滝駅は1日下り1本、上り3本しか停車しない。

遠軽駅 - 北見駅 - 網走駅間[編集]

遠軽駅 - 北見駅・網走駅間に普通列車が4往復あり、ほかに遠軽駅 - 生田原駅間の区間列車が設定されている。生田原駅 - 金華駅間は、普通列車と「きたみ」で1日5往復の運転である。

金華駅以東は、北見・網走を中心としたダイヤになっており、金華駅・留辺蘂駅・東相内駅から北見駅または網走駅まで運行する系統も多い。金華駅折り返しは西留辺蘂駅を使う生徒の便宜を図って、折り返し設備を活用して運行している。留辺蘂駅 - 網走駅間では日中を除き1 - 2時間に1本の運行となっている。また一部の列車は釧網本線知床斜里駅緑駅まで直通する。「きたみ」は上下ともに北見駅で網走・知床斜里方面の普通列車と接続するダイヤが組まれている。

1990年9月1日から1995年の間、遠軽駅 - 北見駅 - 網走駅間で快速「あばしり」が1日1往復運転されていた。

かつて運行されていた快速「あばしり」 - 網走駅(1993年2月)

広域輸送[編集]

札幌駅 - 網走駅間に特急「オホーツク」が4往復運転される。観光シーズン時にはさらにリゾート車両などで臨時特急が運転される場合がある。旭川駅 - 北見駅間には特別快速「きたみ」が1往復運転されており、この列車は当麻駅に停車する。

貨物列車[編集]

DD51牽引時代の貨物列車(生野 - 金華間)

毎年秋から翌年春にかけて、沿線で収穫された農産物輸送用として臨時貨物列車が北見 - 新旭川間に運行されている(新旭川駅より宗谷本線に乗り入れ北旭川駅まで運行)。牽引機関車はDF200形ディーゼル機関車[新聞 1][新聞 2]。かつては重連牽引だったが、途中遠軽・新旭川両駅で2度進行方向が変わるため、遠軽・新旭川両駅で機回し(機関車を後方から先頭部へ付け替えること)が必要だった。現在はその手間を省くためコンテナ車の前後に機関車を連結する「プッシュプル方式」に改められている。かつては1日3往復運転されていたが、機関車の老朽化などの問題により2010年度より2往復に減便され、2011年度からは1往復体制となっている。また、2012年春をもって当列車を廃止にすることがJR貨物で検討されていたが、2014年まで存続させることが発表され[5]、2014年3月には収支改善を条件に2014年度以降も運行を継続することがオホーツク圏活性化期成会に通知されている[新聞 3]。牽引機関車は2013年度までDD51形ディーゼル機関車が使用されていた[新聞 4]

使用車両[編集]

現在の使用車両[編集]

旅客列車はすべて気動車で運転されている。

過去の使用車両[編集]

気動車[編集]

客車[編集]

  • 14系:急行「大雪」・特急「オホーツク9・10号」のB寝台に使用。
  • 50系51形:旭川 - 上川間の普通列車に使用。

歴史[編集]

特別快速きたみが越える春の常紋峠付近(金華 - 常紋信号場間)、複雑な地形を縫うように走る(2006年4月8日)

石北本線は、北見・網走を目指して建設された複数の路線を繋ぎ合わせたものである。一つ目は名寄から興部、遠軽を経て北見に至る湧別線ルート、二つ目は十勝地方の池田から北見、網走に至る網走本線ルート、三つ目は旭川から北見峠を越えて遠軽を短絡する石北線ルートである。1932年に難所だった北見峠を越える石北線が全通して、旭川から北見・網走方面を結ぶ最短経路の鉄道が開通した。

当初、札幌方面と北見を結ぶルートは札幌駅 - 旭川駅 - 富良野駅 - 池田駅 - 北見駅のルートであり、その後根室本線滝川駅 - 富良野駅間の開通でさらに短絡化された。のち名寄本線が開通して少し短絡され、その後石北本線の全通により現在のルートが最短となった。

石北本線が名実ともに現在の形となるのは、1961年に線区の整理統合[6]が行われてからである。現在も遠軽駅の線形スイッチバックであることが、石北本線の複雑な生い立ちを物語っている。

留辺蘂町(現在の北見市)から生田原町(現在の遠軽町)にかけての常紋トンネルの工事では、建設にあたって人柱が立てられ、実際にトンネル内から人骨が発掘されたという報告があり、それに纏わる怪談話も少なからず伝えられている。

年表[編集]

新旭川駅 - 中越駅間(石北西線)[編集]

中越駅 - 遠軽駅間(石北東線)[編集]

  • 1927年(昭和2年)10月10日:国有鉄道石北東線として、遠軽駅 - 丸瀬布駅間が開業[1][7][新聞 7]。同区間に瀬戸瀬・丸瀬布の各駅を新設[4][8]
  • 1929年(昭和4年)8月12日:石北東線の丸瀬布駅 - 白滝駅間が延伸開業[1][7][新聞 9]。同区間に下白滝・白滝の各駅を新設[4][8]
  • 1932年(昭和7年)10月1日:石北東線の中越駅 - 白滝駅間が延伸開業[1][7][新聞 10]。同区間に上越・奥白滝・上白滝の各駅を新設[8]。同時に、湧別線の遠軽駅 - 野付牛駅間を編入し、新旭川駅 - 野付牛駅間を石北線と改称[7][新聞 10]

遠軽駅 - 野付牛駅(北見駅)間(湧別線)[編集]

常紋トンネル工事殉職者追悼碑
  • 1912年(大正元年)11月18日湧別軽便線の野付牛駅 - 留辺蘂駅間が開業し[1][9][新聞 11]、同区間に相ノ内・上相ノ内・留辺蘂の各駅を新設[4][8]
  • 1914年(大正3年)10月5日:野付牛駅 - 留辺蘂駅間を留辺蘂軽便線と改称[新聞 12]湧別軽便線(軌間:762 mm)の留辺蘂駅 - 下生田原駅間が開業[1][9][新聞 12]。同区間に奔無加・上生田原・下生田原の各駅[8]および常紋信号所を新設[4]
  • 1915年(大正4年)11月1日:湧別軽便線(軌間:762 mm)の下生田原駅 - 遠軽駅( - 社名淵駅)間が延伸開業[1][9][新聞 13]。同区間に遠軽駅を新設[4][8]
  • 1916年(大正5年)11月7日:留辺蘂駅 - 遠軽駅間を1,067 mm に改軌[9]。野付牛駅 - 遠軽駅 - 社名淵駅間を湧別軽便線として路線統合[新聞 14]
  • 1922年(大正11年)
  • 1932年(昭和7年)
    • 10月1日:湧別線の遠軽駅 - 野付牛駅間を区間分離し、石北線に編入[9][新聞 10]

野付牛駅(北見駅) - 網走駅間(網走本線)[編集]

  • 1911年(明治44年)9月25日網走線の淕別駅 - 野付牛駅間開業[10]に伴い、野付牛駅を新設[8][新聞 16]
  • 1912年(大正元年)
    • 10月5日:網走線の野付牛駅 - 網走駅(初代)間が延伸開業し[1][9][新聞 17]、池田駅 - 野付牛駅 - 網走駅(初代)間が全通。同区間に端野・緋牛内・美幌・女満別・網走(初代)の各駅を新設[4][8]
    • 11月18日:池田駅 - 野付牛駅 - 網走駅(初代)間を網走本線に改称[10][新聞 11]
  • 1923年(大正12年)9月1日:呼人駅を新設[4][8][新聞 18]
  • 1932年(昭和7年)12月1日:網走駅(初代)を(貨)浜網走駅に駅名改称し[11]、網走駅(2代)を既設線上に新設[4][8][新聞 19]。網走駅 - 浜網走駅間 (0.8km) を網走本線の貨物支線として区間分離[新聞 19]

全通後[編集]

常紋峠付近を走る蒸気機関車(1971年4月)
  • 1934年(昭和9年)2月5日:上相ノ内駅を相ノ内駅、相ノ内駅を東相ノ内駅にそれぞれ改称[4][11][新聞 20]
  • 1942年(昭和17年)10月1日:野付牛駅を北見駅に改称[4][11]
  • 1946年(昭和21年)
    • 3月1日:下生田原駅を安国駅、上生田原駅を生田原駅にそれぞれ改称[4][11]
    • 7月:美野仮乗降場を新設[4]
    • 12月1日:野上・生野の各仮乗降場を新設[4]
  • 1947年(昭和22年)2月11日:旧白滝・旭野の各仮乗降場を新設[4]
  • 1948年(昭和23年)11月1日:鳥ノ沢仮乗降場を新設[4]
  • 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に移管。
  • 1950年(昭和25年)
    • 1月15日:旭野仮乗降場を西女満別駅に変更・改称[4][8]
    • 10月1日:函館駅 - 網走駅間に準急列車1往復新設[7]
    • 11月1日:下相ノ内仮乗降場を新設[4]
  • 1951年(昭和26年)7月20日:奔無加駅を金華駅に改称[4][11]
  • 1955年(昭和30年)8月20日:留辺蘂駅 - 北見駅間で気動車レールバス)が運行開始[9]
  • 1956年(昭和31年)
    • 11月1日:伊奈牛仮乗降場を新設[4][8]
    • この年以降(時期不詳):美野仮乗降場を廃止[4]
  • 1957年(昭和32年)12月1日:柏陽仮乗降場を新設[4]
  • 1959年(昭和34年)9月22日:旭川駅 - 網走駅間に準急「オホーツク」を新設[7]
  • 1960年(昭和35年)5月2日:北日ノ出・将軍山・愛山・東雲の各仮乗降場を新設[4]
  • 1961年(昭和36年)
    • 4月1日:石北線と網走本線の北見駅 - 網走駅間および網走駅 - (貨)浜網走駅間(貨物支線)を統合し、新旭川駅 - 網走駅間 (234.0km)、貨物支線 (0.8km) を石北本線に改称[6][7]
    • 10月1日:函館駅 - 網走駅間に急行「オホーツク」を新設[7]
  • 1964年(昭和39年)10月1日:函館駅 - 網走駅間に特急「おおとり」を新設[7]
  • 1967年(昭和42年)
    • 10月1日:下相ノ内仮乗降場を廃止[4]
    • 11月15日:野上仮乗降場を新栄野駅に改称[4]
  • 1969年(昭和44年)11月1日:網走駅 - 浜網走駅間(貨物支線)を改キロ(0.8km→1.3km)。
  • 1971年(昭和46年)
  • 1972年(昭和47年)10月2日:札幌駅 - 網走駅間に特急「オホーツク」を新設[9]
  • 1975年(昭和50年)
    • 5月31日:北見駅 - 網走駅間で「SLさよなら列車」を運行(C58 418牽引)[9]
    • 12月25日:上越駅を信号場(仮乗降場)に変更[4][7][8](のち仮乗降場扱いも停止)。
  • 1980年(昭和55年)10月1日:東旭川駅 - 北旭川駅間の貨物支線 (6.2km) 開業[12]客貨混合列車を全面廃止し、客貨分離を達成[7]
  • 1983年(昭和58年)1月10日:新旭川駅 - 網走駅間で列車集中制御装置 (CTC) の使用を開始[13]。同時に、桜岡・伊香牛・中愛別・天幕・中越・奥白滝・上白滝・下白滝・瀬戸瀬・安国・金華・緋牛内・西女満別・呼人の各駅を無人化
  • 1984年(昭和59年)
    • 2月1日:網走駅 - (貨)浜網走駅間の貨物支線を廃止 (-1.3km)[4][9]。同区間の(貨)浜網走駅を廃止[8]
    • 11月10日:東旭川・当麻・愛別・安足間・白滝・丸瀬布・生田原・相ノ内・東相ノ内・端野・女満別の各駅を無人化。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:東旭川駅 - (貨)北旭川駅間の貨物支線を休止 (-6.2km)。南永山[7]・西北見[9]・愛し野[9]の各臨時乗降場を新設[4][8]。上川駅 - 白滝駅間で普通列車を1往復に削減、白滝駅 - 遠軽駅間の最終を2時間近く繰り上げ。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)が第一種鉄道事業者として全線を承継。日本貨物鉄道(JR貨物)が新旭川駅 - 北見駅間および美幌駅 - 網走駅間の第二種鉄道事業者となる。南永山・西北見・愛し野の各臨時乗降場を駅に変更[4]。北見駅 - 美幌駅間の貨物営業を廃止。東旭川駅 - 北旭川駅間の貨物支線を廃止 (-6.2km) 。北日ノ出[7][8]・将軍山[7][8]・愛山[7][8]・東雲[7][8]・旧白滝[7][8]・伊奈牛・新栄野[7][8]・生野[9][8]・柏陽[9][8]の各仮乗降場を駅に変更[4]
  • 1990年(平成2年)9月1日:伊奈牛駅を廃止[4][8]
  • 1992年(平成4年)3月14日:全線で普通列車のワンマン運転開始[14]
  • 1997年(平成9年)4月1日:相ノ内駅を相内駅、東相ノ内駅を東相内駅にそれぞれ改称[4][9][11][新聞 21]
  • 2000年(平成12年)4月1日:西留辺蘂駅を新設[4][9][8]
  • 2001年(平成13年)7月1日:天幕駅を廃止[4][7][8]。中越・奥白滝の各駅を信号場に変更[4][7][8]
  • 2002年(平成14年)4月1日:JR貨物の美幌駅 - 網走駅間の第二種鉄道事業を廃止 (-27.9km)。
  • 2003年(平成15年)3月1日:旭川駅 - 上川駅間で最終を5分ほど繰り上げ。
  • 2006年(平成18年)3月18日:新栄野駅を廃止[4][報道 1]
  • 2007年(平成19年)
    • 3月1日:緋牛内駅 - 美幌駅間の踏切内に進入したトレーラーに普通列車が衝突して脱線。卒業式に向かう乗客・乗務員ら51人が負傷する事故が発生[報道 2]
    • 10月1日:全線で駅ナンバリングを実施[報道 3]
  • 2015年(平成19年)

駅一覧[編集]

便宜上、新旭川側の全列車が乗り入れる宗谷本線旭川駅 - 新旭川駅間も合わせて記載する。

  • 駅名 … ◇:貨物取扱駅(定期貨物列車の発着なし)
  • 停車駅
    • 普通・特別快速「きたみ」…●印の駅は全列車停車、▲印の駅は一部の列車が停車、|印の駅は全列車通過
    • 特急…「オホーツク (列車)」参照
  • 線路 … ∥:複線区間、∨:ここより下は単線、◇・◆・|:単線区間(◇は列車交換可能、◆はスイッチバック駅)
  • 全駅北海道内に所在
路線名 駅番号 駅名 駅間営業キロ 新旭川
からの

営業
キロ
普通 特快きたみ 接続路線・備考 線路 所在地
A28 旭川駅 - 3.7 北海道旅客鉄道函館本線富良野線 上川総合振興局 旭川市
A29 旭川四条駅 1.8 1.9  
A30 新旭川駅 1.9 0.0 北海道旅客鉄道:宗谷本線名寄方面)
石北本線
A31 南永山駅 2.5 2.5  
A32 東旭川駅 2.7 5.2  
A33 北日ノ出駅 2.1 7.3  
A34 桜岡駅 2.9 10.2  
A35 当麻駅 3.7 13.9   上川郡 当麻町
A36 将軍山駅 3.5 17.4  
A37 伊香牛駅 2.1 19.5  
A38 愛別駅 6.4 25.9   愛別町
A39 中愛別駅 6.1 32.0  
A40 愛山駅 4.0 36.0  
A41 安足間駅 2.0 38.0  
A42 東雲駅 2.4 40.4   上川町
A43 上川駅 4.5 44.9  
  中越信号場 - 57.2  
  上越信号場 - 64.9  
  奥白滝信号場 - 73.9   オホ丨ツク総合振興局 紋別郡遠軽町
A44 上白滝駅 34.0 78.9  
A45 白滝駅 3.3 82.2  
A46 旧白滝駅 6.1 88.3  
A47 下白滝駅 4.4 92.7  
A48 丸瀬布駅 9.2 101.9  
A49 瀬戸瀬駅 7.8 109.7  
A50 遠軽駅 11.1 120.8  
A51 安国駅 8.0 128.8  
A52 生野駅 3.9 132.7  
A53 生田原駅 5.0 137.7  
  常紋信号場 - 148.0 使用停止中 北見市
A54 金華駅 15.0 152.7  
A55 西留辺蘂駅 3.5 156.2  
A56 留辺蘂駅 2.0 158.2  
A57 相内駅 10.9 169.1  
A58 東相内駅 4.6 173.7  
A59 西北見駅 2.6 176.3  
A60 北見駅 4.7 181.0  
A61 柏陽駅 2.7 183.7    
A62 愛し野駅 2.2 185.9    
A63 端野駅 1.4 187.3    
A64 緋牛内駅 7.3 194.6    
A65 美幌駅 11.5 206.1     網走郡 美幌町
A66 西女満別駅 7.0 213.1     大空町
A67 女満別駅 5.0 218.1    
A68 呼人駅 7.8 225.9     網走市
A69 網走駅 8.1 234.0   北海道旅客鉄道:釧網本線
  • ※:旭川駅 - 新旭川駅間は宗谷本線

かつて旅客駅だった信号場[編集]

  • 中越信号場:旧・中越駅。2001年7月1日旅客扱い廃止[4][7][8]
  • 上越信号場:旧・上越駅。1975年12月25日旅客扱い廃止[4][7][8]
  • 奥白滝信号場:旧・奥白滝駅。2001年7月1日旅客扱い廃止[4][7][8]
  • 常紋信号場:旧・常紋仮乗降場。1975年7月1日旅客扱い廃止。

廃駅[編集]

括弧内は新旭川駅からの営業キロ。

廃止区間[編集]

貨物支線(短絡線)
東旭川駅 - (貨)北旭川駅 (6.2km)
1986年11月1日休止。1987年4月1日廃止。実際には国道39号陸橋下の地点から北旭川駅までの数百メートル程度の短絡線で、スノーシェルターがあった。
貨物支線
網走駅 - (貨)浜網走駅 (1.3km)
1984年2月1日廃止[4][9]

過去の接続路線[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 網走本線時代に廃止となった駅だが、ここでは石北本線の起点である新旭川駅を起点として計算した距離を表記する。

出典[編集]

報道発表資料[編集]

  1. ^ a b “平成18年3月ダイヤ改正について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2005年12月22日), オリジナルの2005年12月30日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20051230090557/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2005/051222.pdf 2005年12月30日閲覧。 
  2. ^ “鉄道事故/鉄道重大インシデントの概要 北海道旅客鉄道株式会社 石北線 美幌駅〜緋牛内駅間 第4基線道路踏切道 列車脱線事故(踏切障害に伴うもの)” (プレスリリース), 運輸安全委員会, (2008年1月25日), オリジナルの2015年8月14日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20150814154452/http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/railway/detail2.php?id=1723 2015年8月14日閲覧。 
  3. ^ “駅番号表示(駅ナンバリング)を実施します” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2007年9月12日), オリジナルの2007年9月30日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20070930015220/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2007/070912-3.pdf 2007年9月30日閲覧。 
  4. ^ “石北線 上川駅〜遠軽駅間における路盤流出について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2015年8月1日), オリジナルの2015年8月14日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20150814161908/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2015/150801-1.pdf 2015年8月14日閲覧。 
  5. ^ “石北線 下白滝〜丸瀬布間における路盤流出について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2015年8月3日), オリジナルの2015年8月14日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20150814161443/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2015/150803-4.pdf 2015年8月14日閲覧。 
  6. ^ “石北線 下白滝〜丸瀬布間における路盤流出について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2015年8月3日), オリジナルの2015年8月4日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20150804031209/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2015/150803-5.pdf 2015年8月4日閲覧。 
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新聞記事[編集]

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参考文献[編集]

書籍[編集]

雑誌[編集]

関連項目[編集]