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網走市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
あばしりし ウィキデータを編集
網走市
天都山と網走湖
博物館網走監獄能取湖のサンゴ草
オホーツク海の
流氷
モヨロ貝塚
向陽ケ丘から見た網走市中心市街地
地図
市庁舎位置
網走市旗 網走市章
網走市旗
1968年7月29日制定
網走市章
1940年3月22日制定
国 日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道(オホーツク総合振興局)
市町村コード 01211-4
法人番号 2000020012114 ウィキデータを編集
面積 470.84km2
総人口 30,930人 [編集]
(住民基本台帳人口、2026年8月31日)
人口密度 65.7人/km2
隣接自治体 北見市、網走郡大空町、斜里郡小清水町
市の木 カツラ
市の花 エゾムラサキツツジ
マスコット ニポネ
網走市役所
市長 水谷洋一
所在地 〒093-8555
北海道網走市南5条東1丁目10番地[1]
外部リンク 公式ウェブサイト

網走市位置図

■ ― 政令指定都市 / ■ ― 市 / ■ ― 町・村

ウィキプロジェクト

網走市(あばしりし)は、北海道北東部にある市。オホーツク総合振興局の振興局所在地でオホーツク圏における中核都市である[2]。1994年(平成6年)には近隣4市町とともに「オホーツク北網地方拠点都市地域」に指定されている[2]。

概要

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地名について

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「網走」という地名の由来は諸説あり不明であるが、いずれもアイヌ語に漢字にあてたものとされている[3][4]。

アイヌ語 意味 由来
カタカナ表記(アコㇿイタㇰ) ラテン翻字
アパシリ apa-siri 漏る・地 洞窟があり、その口から滴が落ちていて雨漏りのようだったため。
チパシリ cipasiri - 岩神が「チパシリ チパシリ」と歌い舞った、
あるいは鳥が「チパシリ チパシリ」と鳴き飛んだという伝説から。
チパシㇼ ci-pa-sir 我らが・見付けたる・岩 かつて網走湖の南岸に、笠をかぶり立つ人の形をした白い岩があり、
アイヌが信仰の対象としたとされることによる。
松浦武四郎は『戊午日誌』において、
網走湖口の幣場であった立岩「ヂバシリ」を名の起源としている。
我ら発見したる土地
cipa-sir 幣場(のある)・島 かつて漁に出る時に網走川河口沖にある帽子岩[5]へ、
イナウを捧げて祈ったことに由来する。
cipaは「祭壇」を意味する古語であり、
後のアイヌにその意が理解されなくなりci-pa-sirの解釈が生じたとされる。

地理

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オホーツク総合振興局東部に位置し、オホーツク海に面している。丘陵地が多く、市街地は網走川河口付近とその南側に続く海岸段丘上の平地にある[6]。北西部に能取湖、中部に網走湖、東部に藻琴湖、濤沸湖があり、内陸部は森や農村地帯が広がり、市域は「網走国定公園」の一部となっている[7]。美岬にあるヤチダモの木は「森の巨人たち百選」に選定され[8]、濤沸湖は2005年(平成17年)に「ラムサール条約湿地」に登録された[9]。能取湖や濤沸湖のサンゴ草(アッケシソウ)群落は秋になる湖岸を真っ赤に染め、卯原内のサンゴ草群生地は「日本紅葉の名所100選」に選定されている。

地形

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地勢は、網走川右岸の一部にある沖積土地帯を除きほとんど泥炭地で構成される平野で、網走湖は南から網走川が流れ込み、女満別川などを集めて北東部から再び網走川としてオホーツク海に流れている[10]。網走湖は網走川で、濤沸湖は北浜地区で海と繋がっているため汽水湖となっている[10]。濤沸湖の西にある藻琴湖周辺は三角州性低地を形成している[10]。また、市北西部にはオホーツク海に通じる海跡湖の能取湖があり、砂礫台地と岩石台地に囲まれている[10]。市街地南部は岩石台地で形成されている[10]。

山地

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主な山
  • 三眺山(198 m)
  • 地位問山(217m)
  • 天都山(207 m)
  • 大観山(190 m)
  • 北能取山(76 m) - 山名の通り能取湖の北側にあるオホーツク海に面する半島上に位置する山で、三等三角点「北能取山」が設置されている。登山道は存在しないが山頂標識が設置されている。

河川

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主な川
  • 卯原内川
  • 網走川
  • 車止内川
  • 藻琴川
  • 浦士別川

湖沼

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主な湖

海岸

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主な岬
  • 能取岬

人口

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網走市と全国の年齢別人口分布(2005年) 網走市の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 網走市
■緑色 ― 日本全国
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
網走市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 43,904人
1975年(昭和50年) 43,825人
1980年(昭和55年) 44,777人
1985年(昭和60年) 44,283人
1990年(平成2年) 44,416人
1995年(平成7年) 44,176人
2000年(平成12年) 43,395人
2005年(平成17年) 42,045人
2010年(平成22年) 41,006人
2015年(平成27年) 39,077人
2020年(令和2年) 35,759人
2025年(令和7年) 32,737人
総務省統計局 国勢調査より

消滅集落

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2015年国勢調査によれば、以下の集落は調査時点で人口0人の消滅集落となっている[11]。

  • 網走市 - 能取港町、北1条西

地名の変遷

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1926年1月1日に網走町の市街地の発展に伴い大字の一部を廃止して新しく字を設けた。その内容は以下の通りであり、小字は存在していなかったとされる[12]。なおここで完全に廃止となり消滅して大字は北見町のみであり、正式な小字ではないが一般的に大字北見町は「北通」「中通」「南通」という地名が使われていた。また当時の告示から市街地周辺の大字網走村・大字最寄村も一部は廃止したという内容が見られるものの、1934年に行われた測量調査による土地実測図では2つの大字は残っていた[13]。また『網走郡網走町字地番改正調書』には正式な字名としてはほとんど大字北見町を廃止した部分のみが記載されている[14]ため大字網走村と大字最寄村の廃止は実態がほとんど伴っていなかったと考えられる。

1926年の市街地字名設定
新たに画する町・字 区域(旧大字)
北六条東一丁目 最寄村
南一~十条東 北見町
南一~八条西
北通
中通
南通

1938年2月5日に北海道庁告示115号をもって字名改正が告示、同月20日に施行された[注 1]。これにより市街地以外に残っていた大字と小字が消滅し新しく字名が設定されたほか、1926年に設定された市街地の条町丁も改正の対象となり一部の町が消滅した。またこの改正で新しく設定された字のうち字東藻琴・末広・山園・福富・千草・西倉・大進・明生・新富・清浦の9字全域と字栄・清浦の各一部が東藻琴村として分立した。各9字と字栄・清浦の東藻琴村域にあたる部分については「東藻琴村#地名の変遷」を参照。字栄・清浦は現在の網走市にあたる部分のみ掲載する。

字名改正対照表[14]
旧大字小字一覧
(大字なし) 北六条東一丁目、南一条東一丁目、南一条西一丁目、南二条東一~三丁目、南二条西一~二丁目、南三條東一~三丁目、南三条西一~三丁目、南四条東一~六丁目、南四条西一~三丁目、南五条東一~六丁目、南五条西一~三丁目、南六条東一~六丁目、南六条西一~三丁目、南七条東一~六丁目、南七条西一~三丁目、南八条東一~六丁目、南八条西一~二丁目、南九条東二~六丁目、南十条東三~四・六丁目、中通一~二・七丁目、北通一丁目、南通一~二・四~八丁目、南通裏一~四・七丁目
大字網走村字 網走川、網走川沿、東網走、東網走原野、シマカ、シユマカ、ポンモイ、ボンモイ、ボンモイリツタ、モセウシナイ、モウシナイ、ニクル、ニクル山、オシヨツプ、ヲシヨツプ、オビオシヨプ、ヲビヲシヨプ、ヲビヲシヨブ、オビオシヨツプ、オビヲシヨツプ、オビヲシオツプ、ヲビヲシヨツプ、オビオシヨツプ一~二線、オヒオシヨツプ一線、オビヲシヨツプ二~四線、ヲビヲシヨツプ一~五線、藻琴原野、モコト原野、中藻琴本通二丁目、中藻琴市街本通二~三丁目、中藻琴市街東一条通二丁目、中藻琴市街地、中藻琴市街地本通一~三丁目、中藻琴市街地横通、クルマトマナイ、クルマトマナイ原野、呼人、ヨビト、女満別原野、メマンベツ原野、イシミシナイ、大曲、勇仁、トリランケモイ、ノツヱト、チヱツプサクモコト、フシココタン、アシリコタン、クツチヤロ
大字勇仁村字 勇仁、イザニ、藻琴、藻琴原野、モコト原野、藻琴原野西四線南、ヲシヨツプ
大字新栗履村字 ニクリバケ、ニクリパケ、ニクルバケ、ニクルパケ、藻琴、モコト、藻琴原野、モコト原野、藻琴原野西一線南三号、藻琴市街、藻琴市街地、メモロ、勇仁、チヱツプサクモコト
大字最寄村字 最寄、モヨロ、モヨロ山ノ上、山ノ上、最寄原野、最寄原野密居宅地、能取新道、ノトロ新道、能取新道山ノ上、能取本道、ノトロ本通、ヒトカリ、ビトカリ、ビツトカリ、ビツトカリ山ノ上、フリシ井、フリ井シ、バイラギ、バイラゲ、バヱラケ、バイラキ、バヱラギ、ホンバイラゲ、ポンバヱラキ、タンネシラリ、タン子シラリ、タンネヒラリ、タン子ヒラリ、ボビソ、ボヒソ、ボビフ、ボビヲ、能取、ノトロ、礼文尻、レブンシリ、木禽、キキン、ウバラナイ、東卯原内、モヤサン、ワラビウシナイ、レウシ、カタヤマ、越歳、リヤウスナイ、マルヤマ、ヒトチビヤニ、網走川、ホロニタツ、ドベンヒラ、オンネナイ原野
大字能取村字 能取、ノトロ、ドロ、能取岬、ビスマトマナイ、ビストマナイ、ヒスマトマナイ、ヒシマトマナイ、オンネナイ、オン子ナイ、ヲン子ナイ、オンネナイ原野、オン子ナイ原野、オンネナイ奥、卯原内、ウバラナイ、ウハラナイ、オハラナイ、ウバラナイ川上流、東卯原内、トコタン、モセウシナイ、ブトウエンナイ、シヽユナイ、ヒラウトルオマナイ、ポン子ナイ、トーブト、オンネポント、メチヤコマナイ、モイワ、ルーオフツ、ニタテヨコツ、プトセウシナイ
大字藻琴村字 藻琴、モコト、藻琴原野、モコト原野、藻琴原野東二線、モコト原野西三~四線、藻琴原野西二線南三号、藻琴原野西四線、ウシココタン
大字娜寄村字 ナヨロ、藻琴、藻琴原野、モコト原野、フシコタン
大字涛沸村字 涛沸、トウフツ、トウブツ、涛沸市街地、藻琴、藻琴原野、モコト原野、南藻琴原野、丸万、マルマン、ウラシベツ、ウカルシベツ、オン子ナイ、ポンパラコツ
新たに画する町 丁目 区域(旧大字:網走郡網走町大字) 区域(旧小字)
南1条東 1丁目 -- 南一~二条東一丁目
網走村 網走川、網走川沿
2丁目 -- 南一条東二丁目、北通二丁目
網走村 網走川沿
南1条西 1丁目 -- 南一条西一丁目
2丁目 (字なし)
南2条東 1丁目 -- 南一~二条東一丁目
2丁目 南二~三条東二丁目、北通一丁目
網走村 網走川沿
3丁目 -- 南二条東三丁目
網走村 網走川沿
南2条西 1丁目 -- 南一~三条西一丁目
2丁目 南二~三条西二丁目
3~4丁目 (字なし)
南3条東 1~2丁目 -- 南三条東一~二丁目(各丁目は一致)
3丁目 南三条東三丁目
網走村 網走川沿
4丁目 -- 南三条東四丁目
網走村 網走川沿
5丁目 網走川沿
6~7丁目 (字なし)
南3条西 1丁目 -- 南二~三条西一丁目、中通七丁目
2丁目 南三条東二丁目、南三~四条西二丁目
3丁目 南三条西三丁目
網走村 クルマトマナイ
4丁目 (字なし)
南4条東 1丁目 -- 南四~五条東一丁目
2~3丁目 南四条東二~三丁目(各丁目は一致)
4丁目 南四条東四丁目
網走村 網走川沿
5丁目 -- 南四条東五丁目、中通七丁目
網走村 網走川沿
6丁目 -- 南四条東六丁目、中通一丁目
7丁目 (字なし)
南4条西 1丁目 -- 南三~四条西一丁目、中通七丁目
2丁目 南四~五条西二丁目
3丁目 南四~五条西三丁目
網走村 クルマトマナイ
4丁目 クルマトマナイ
南5条東 1丁目 -- 南四~五条東一丁目、南五条東二丁目、南通六丁目
2丁目 南五条東二丁目
3丁目 南五条東三丁目、南通四丁目
4丁目 南五~六条東四丁目
5丁目 南五条東五丁目、中通二丁目、南通二丁目
6丁目 南五~六条東六丁目、中通一丁目、南通一丁目
7丁目 (字なし)
南5条西 1丁目 -- 南五条西一丁目、中通七丁目
2丁目 南四~六条西二丁目、南通八丁目
3丁目 南四~五条西三丁目
網走村 クルマトマナイ
4丁目 クルマトマナイ
南6条東 1丁目 -- 南六~七条東一丁目、南通六丁目
2丁目 南六条東二丁目、南通五丁目
3丁目 南六条東三丁目、南通四丁目
4丁目 南五~六条東四丁目、南通裏二丁目
5丁目 南六条東五丁目、南通二丁目
6丁目 南六条東六丁目、南通一丁目
7丁目 (字なし)
南6条西 1丁目 -- 南六条西一丁目、南通七丁目
2丁目 南六条西二丁目、南通七~八丁目
3丁目 南六条西三丁目
網走村 クルマトマナイ
4丁目 クルマトマナイ
南7条東 1丁目 -- 南六~七条東一丁目
2丁目 南七~八条東二丁目、南通五丁目
3丁目 南七条東三丁目、南通四丁目、南通裏四丁目
4丁目 南四~五条東三丁目、南六~七条東四丁目、南通裏二~三丁目
5丁目 南七条東五丁目、南通二丁目
6丁目 南七~八条東六丁目、南通一丁目、南通裏一丁目
7丁目 (字なし)
南7条西 1丁目 -- 南七条西一丁目、南通七丁目、南通裏七丁目
2丁目 南六~八条西二丁目、南通七丁目
3丁目 南七条東三丁目、南七条西三丁目
網走村 クルマトマナイ
4丁目 クルマトマナイ
南8条東 1丁目 -- 南八条東一丁目、南九条東二丁目
2丁目 南七~八条東二丁目
3丁目 南八条東三丁目、南通裏四丁目
4丁目 南八~九条東四丁目、南通裏三丁目
5丁目 南八~九条東五丁目
6丁目 南七~八条東六丁目、南通一丁目、南通裏一丁目
7丁目 南通一丁目
網走村 シマカ、シユマカ
南8条西 1丁目 -- 南七~八条西一丁目、南通七丁目、南通裏七丁目
2丁目 南八条西二丁目
網走村 クルマトマナイ
3~4丁目 クルマトマナイ
南9条東 2丁目 -- 南八~九条東二丁目
3丁目 南九~十条東三丁目、南通裏四丁目
網走村 イシミシナイ
4丁目 -- 南九条東四丁目
5丁目 南八~九条東五丁目
6丁目 南九条東六丁目
南9条西 2~4丁目 網走村 クルマトマナイ
南10条東 3丁目 -- 南十条東三丁目
網走村 イシミシナイ、ニクル
4丁目 -- 南九~十条東四丁目
5丁目 南十条東六丁目
南10条西 2~4丁目 網走村 クルマトマナイ
南11~14条西 2~3丁目
北1条東 1丁目 網走川
最寄村 (小字なし)
2丁目 網走村 網走川
最寄村 最寄
北1条西 1丁目 (字なし)
2~4丁目 最寄村 (小字なし)
5丁目 (字なし)
北2条東 1丁目 最寄村 モヨロ
2丁目 (小字なし)
北2条西 1丁目 モヨロ
2丁目 (小字なし)
3~4丁目 モヨロ
5丁目 (字なし)
6~7丁目 最寄村 モヨロ
北3条東 1~2丁目
北3条西 1丁目 モヨロ、ノトロ新道
2~3丁目 モヨロ
4~5丁目 (字なし)
6丁目 最寄村 (小字なし)
7~8丁目 モヨロ
北4条東 1~2丁目
北4条西 1丁目 モヨロ、ノトロ新道
2丁目 モヨロ
3丁目 モヨロ、ノトロ新道
4~5丁目 ノトロ新道
6丁目 (字なし)
7~8丁目 最寄村 最寄、モヨロ
北5条東 1~2丁目 モヨロ
北5条西 1丁目 ノトロ新道、ノトロ本通
2丁目 モヨロ、能取新道、ノトロ新道
3丁目 モヨロ、ノトロ新道
4~5丁目 ノトロ新道
6丁目 最寄、ノトロ新道
7丁目 最寄
8丁目 (字なし)
北6条東 1丁目 -- 北六条東一丁目
最寄村 モヨロ、能取本道
2丁目 モヨロ
北6条西 1丁目 モヨロ、ノトロ新道
2丁目 モヨロ、能取新道、ノトロ新道
3~5丁目 ノトロ新道
6丁目 最寄、モヨロ、ノトロ新道
7~8丁目 最寄、モヨロ
北7条東 1丁目 -- 北六条東一丁目
最寄村 モヨロ
2丁目 最寄村 モヨロ
北7条西 1~2丁目
3丁目 モヨロ、ノトロ新道
4丁目 ノトロ新道
5丁目 能取新道、ノトロ新道
6丁目 モヨロ、ノトロ新道
7丁目 モヨロ
8丁目 最寄、モヨロ
北8条東 1丁目 モヨロ
北8条西 1~2丁目
3~4丁目 モヨロ、ノトロ新道
5丁目 能取新道、ノトロ新道
6丁目 モヨロ、能取新道
北9条東 1丁目 最寄、モヨロ
北9条西 1~2丁目 モヨロ
3丁目 モヨロ、ノトロ新道
4丁目 モヨロ、能取新道、ノトロ新道
5~6丁目 能取新道、ノトロ新道
北10条東 1丁目 最寄、モヨロ
北10条西 1~3丁目 モヨロ
4丁目 モヨロ、能取新道、ノトロ新道
5丁目 最寄、能取新道、ノトロ新道
6丁目 能取新道、ノトロ新道
北11条東 1丁目 最寄
北11条西 1~2丁目 モヨロ
3丁目 モヨロ、能取本道
4丁目 最寄、モヨロ、能取本道、ノトロ新道
5丁目 最寄、ノトロ新道
北12条東 1丁目 最寄
北12条西 1丁目 モヨロ、能取新道
台町 網走村 イシミシナイ、ニクル、クルマトマナイ、ポンモイ、ボンモイ、ボンモイリツタ
桂町 イシミシナイ、ニクル、ニクル山、クルマトマナイ
新町 クルマトマナイ、モセウシナイ、モウシナイ、大曲
緑町 最寄村 最寄、モヨロ、ラウスナイ
浦士別 涛沸村 藻琴原野、モコト原野
藻琴村 藻琴原野
栄 涛沸村 藻琴、藻琴原野、モコト原野、ウラシベツ
藻琴村 藻琴、藻琴原野
清浦 涛沸村 藻琴、藻琴原野、南藻琴原野、ウラシベツ
音根内 涛沸村 オン子ナイ、マルマン、藻琴原野、モコト原野、ウカルシベツ
藻琴村 藻琴原野
実豊 涛沸村 丸万、マルマン、藻琴原野、モコト原野
娜寄村 藻琴原野
丸万 網走村 藻琴原野
新栗履村 藻琴原野
娜寄村 藻琴原野、モコト原野
藻琴村 藻琴原野、モコト原野
涛沸村 藻琴原野、モコト原野
北浜 藻琴村 藻琴、モコト、藻琴原野、藻琴原野東二線、ウシココタン
娜寄村 ナヨロ、藻琴、藻琴原野、モコト原野、フシコタン
涛沸村 涛沸、トウフツ、トウブツ、涛沸市街地、ポンパラコツ、マルマン、藻琴原野
藻琴 網走村 勇仁
勇仁村 イザニ
新栗履村 ニクリバケ、ニクリパケ、ニクルバケ、ニクルパケ、勇仁、藻琴、モコト、藻琴原野、藻琴市街、藻琴市街地、メモロ
藻琴村 モコト
鱒浦 網走村 オビヲシヨツプ、ヲビヲシヨツプ、ヲビヲシヨブ、オシヨツプ、ヲシヨツプ、トリランケモイ、ノツヱト
勇仁村 勇仁、イザニ、ヲシヨツプ
豊郷 網走村 藻琴原野、モコト原野
新栗履村 藻琴原野、モコト原野
勇仁村 勇仁、イザニ、藻琴原野、モコト原野
藻琴村 藻琴原野、藻琴原野西四線
昭和 網走村 藻琴原野
勇仁村 藻琴原野
藻琴村 モコト、藻琴原野、モコト原野西三~四線、藻琴原野西二線南三号
新栗履村 藻琴、藻琴原野、モコト原野、藻琴原野西一線南三号
山里 網走村 藻琴原野
娜寄村 藻琴原野
涛沸村 藻琴原野
藻琴村 藻琴、モコト、藻琴原野、モコト原野
新栗履村 藻琴原野、モコト原野
中園 網走村 ヨビト、藻琴原野、モコト原野、中藻琴本通二丁目、中藻琴市街本通二~三丁目、中藻琴市街東一条通二丁目、中藻琴市街地、中藻琴市街地本通一~三丁目、中藻琴市街地横通、チヱツプサクモコト
藻琴村 藻琴原野
新栗履村 藻琴原野、モコト原野、チヱツプサクモコト
勇仁村 藻琴、藻琴原野
稲富 網走村 藻琴原野、モコト原野、チヱツプサクモコト
新栗履村 藻琴原野、モコト原野、チヱツプサクモコト
藻琴村 藻琴、藻琴原野、モコト原野
涛沸村 藻琴原野
娜寄村 藻琴原野、モコト原野
駒場 網走村 ニクル、フシココタン、アシリコタン、ヲビヲシヨプ、トリランケモイ
潮見 オビオシヨツプ、オビヲシヨツプ、オビヲシオツプ、ヲビヲシヨツプ、ヲビヲシヨブ、オビオシヨプ、オビオシヨツプ一~二線、オヒオシヨツプ一線、オビヲシヨツプ二~四線、ヲビヲシヨツプ一~五線、クルマトマナイ、クルマトマナイ原野、ニルク、トリランケモイ、藻琴原野、モコト原野
八坂 ヨビト
東網走 東網走、東網走原野、ヨビト、藻琴、モコト原野
呼人 呼人、ヨビト、女満別原野、メマンベツ原野
大曲 大曲、クツチヤロ、モセウシナイ
天都山 クルマトマナイ、モセウシナイ、大曲、ニクル、ヲビヲシヨツプ
向陽 最寄村 モヨロ、モヨロ山ノ上、山ノ上、能取新道、ノトロ新道、能取新道山ノ上、ワラビウシナイ、ヒトカリ、ビトカリ
明治 最寄、最寄原野、ビトカリ、ビツトカリ、ビツトカリ山ノ上、フリシ井、フリ井シ、モヤサン、バイラギ、バヱラギ、ホンバイラゲ、ポンバヱラキ
二ツ岩 最寄原野、最寄原野密居宅地、バイラゲ、バヱラケ、バイラキ、タンネシラリ、タン子シラリ、タンネヒラリ、タン子ヒラリ、東卯原内、レウシ
美岬 ボビソ、ボヒソ、ボビフ、ボビヲ、能取、ノトロ
能取村 能取、ノトロ、ドロ、能取岬、トコタン、ビスマトマナイ、ビストマナイ、ヒスマトマナイ、ヒシマトマナイ、モセウシナイ、ブトウエンナイ、オンネナイ、ヲン子ナイ、シヽユナイ、ヒラウトルオマナイ
能取 ウバラナイ、ウハラナイ、ポン子ナイ、トーブト、オンネポント、メチヤコマナイ、モイワ、ルーオフツ
平和 オンネナイ、オンネナイ原野、オンネナイ奥、卯原内、ウバラナイ、ポン子ナイ
卯原内 最寄村 カタヤマ、越歳
能取村 卯原内、ウバラナイ、ウハラナイ、オハラナイ、ニタテヨコツ、オンネナイ、オン子ナイ、オンネナイ原野、オン子ナイ原野
二見ヶ岡 プトセウシナイ、東卯原内
最寄村 東卯原内
嘉多山 カタヤマ、礼文尻、レブンシリ、リヤウスナイ、マルヤマ、越歳、ヒトチビヤニ、木禽、キキン
越歳 越歳、ウバラナイ、礼文尻、カタヤマ
能取村 ウバラナイ、ウハラナイ、ウバラナイ川上流
三眺 (国有地のため大字・小字なし)
改正不能地 最寄村 網走川、ホロニタツ、ドベンヒラ、オンネナイ原野
勇仁村 藻琴原野西四線南

その後も市街地の拡大によって字名改正が実施されている。

字名改正対照表[15]
実施年 新たに画する町・字 区域 内容
(年代不詳) 南2条西5丁目 ? 南二条西四丁目の一部か?
1950年 海岸町 向陽 字向陽の一部から成立。
1968年 港町 台町 台町の一部から成立。
1971年 つくしヶ丘1~6丁目 駒場・鱒浦 各字の一部から成立。
大曲1~2丁目 大曲 字大曲の一部から成立。
1972年 台町1~3丁目 台町 台町の全域に丁目が新設。
新町1~3丁目 新町 新町の全域に丁目が新設。
1973年 錦町 天都山 字天都山の一部から成立。
向陽ヶ丘 向陽 字向陽の全域から成立。
1974年 潮見1~11丁目 潮見 字潮見の一部から成立。
1975年 能取港町1~4丁目 -- 能取湖沿岸の埋め立て地に新設。
1982年 駒場南1~8丁目 駒場・潮見 各字の一部から成立。
駒場北1~6丁目 駒場 字駒場の一部から成立。
1985年 桂町1~5丁目 桂町 一部に丁目が新設。
1996年 向陽ヶ丘1~7丁目 向陽ヶ丘 向陽ヶ丘の一部から成立。
2002年 鱒浦1~5丁目 鱒浦 字鱒浦の一部から成立。
実施年 廃止する町・字 新たな区域 内容
1973年 北6条西8丁目 緑町 七丁目と併せて緑町に編入。その後北六条西七丁目が復活している。
北7条西7~8丁目 緑町 緑町に編入。
向陽 向陽ヶ丘 字が廃止され新たな町として向陽ヶ丘が成立。
現在の網走市内の字町
南1条東1~2丁目、南1条西1~2丁目、南2条東1~3丁目、南2条西1~5丁目、南3条東1~7丁目、南3条西1~4丁目、南4条東1~7丁目、南4条西1~4丁目、南5条東1~7丁目、南5条西1~4丁目、南6条東1~7丁目、南6条西1~4丁目、南7条東1~7丁目、南7条西1~4丁目、南8条東1~7丁目、南8条西1~4丁目、南9条東2~6丁目、南9条西2~4丁目、南10条東3~5丁目、南10条西2~4丁目、南11条西2~3丁目、南12条西2~3丁目、南13条西2~3丁目、南14条西2~3丁目、北1条東1~2丁目、北1条西1~5丁目、北2条東1~2丁目、北2条西1~7丁目、北3条東1~2丁目、北3条西1~8丁目、北4条東1~2丁目、北4条西1~8丁目、北5条東1~2丁目、北5条西1~8丁目、北6条東1~2丁目、北6条西1~7丁目、北7条東1~2丁目、北7条西1~6丁目、北8条東1丁目、北8条西1~6丁目、北9条東1丁目、北9条西1~6丁目、北10条東1丁目、北10条西1~6丁目、北11条東1丁目、北11条西2~5丁目、北12条東1丁目、北12条西2丁目、つくしヶ丘1~6丁目、桂町1~5丁目、 緑町、海岸町、浦士別、栄、清浦、音根内、実豊、丸万、北浜、藻琴、鱒浦、豊郷、昭和、山里、中園、稲富、駒場、明治、潮見、八坂、東網走、呼人、大曲1~2丁目、大曲

気候

[編集]

ケッペンの気候区分によると、網走市は湿潤大陸性気候・亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属する。降雪量が多く、豪雪地帯に指定されている。

年平均気温は6.9℃である。平年値では猛暑日が0.4日、真夏日が4.4日、夏日が27.0日、真冬日が71.4日、冬日が146.2日となっている[16]。また、12月から3月にかけて日平均気温が氷点下となっている。

冬季は、近年でも-20℃付近の気温が観測され、2019年2月9日に-19.8℃を観測している[17]。

年平均降水量は844.2mmである。また、年平均降雪量は312cmである。

年平均日照時間は1850.0時間である。

極値[18] 観測値 観測年月日
日最高気温 37.6℃ 1994年8月7日
日最低気温 -29.2℃ 1902年1月25日
網走地方気象台(網走市台町、標高37.6m)の気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
最高気温記録 °C (°F) 11.8
(53.2)
14.1
(57.4)
19.7
(67.5)
31.9
(89.4)
35.4
(95.7)
34.0
(93.2)
37.0
(98.6)
37.6
(99.7)
32.8
(91)
30.4
(86.7)
21.7
(71.1)
17.6
(63.7)
37.6
(99.7)
平均最高気温 °C (°F) −2.2
(28)
−2.0
(28.4)
2.3
(36.1)
9.1
(48.4)
14.6
(58.3)
17.7
(63.9)
21.4
(70.5)
23.3
(73.9)
20.7
(69.3)
15.0
(59)
7.6
(45.7)
0.7
(33.3)
10.7
(51.3)
日平均気温 °C (°F) −5.1
(22.8)
−5.4
(22.3)
−1.3
(29.7)
4.5
(40.1)
9.8
(49.6)
13.5
(56.3)
17.6
(63.7)
19.6
(67.3)
16.8
(62.2)
10.9
(51.6)
4.0
(39.2)
−2.4
(27.7)
6.9
(44.4)
平均最低気温 °C (°F) −8.9
(16)
−9.6
(14.7)
−4.9
(23.2)
0.6
(33.1)
5.8
(42.4)
10.2
(50.4)
14.6
(58.3)
16.6
(61.9)
13.4
(56.1)
7.0
(44.6)
0.4
(32.7)
−6.0
(21.2)
3.3
(37.9)
最低気温記録 °C (°F) −29.2
(−20.6)
−25.7
(−14.3)
−23.2
(−9.8)
−12.4
(9.7)
−5.4
(22.3)
0.1
(32.2)
2.8
(37)
4.1
(39.4)
3.3
(37.9)
−4.6
(23.7)
−11.3
(11.7)
−18.0
(−0.4)
−29.2
(−20.6)
降水量 mm (inch) 53.8
(2.118)
41.9
(1.65)
39.3
(1.547)
51.2
(2.016)
64.1
(2.524)
68.1
(2.681)
85.8
(3.378)
115.3
(4.539)
115.0
(4.528)
88.2
(3.472)
58.1
(2.287)
63.6
(2.504)
844.2
(33.236)
降雪量 cm (inch) 90
(35.4)
69
(27.2)
52
(20.5)
15
(5.9)
1
(0.4)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
13
(5.1)
71
(28)
312
(122.8)
平均降水日数 (≥0.5 mm) 17.8 14.0 12.2 11.6 12.0 11.0 11.0 12.1 12.7 12.2 13.4 15.1 155.0
平均降雪日数 27.0 23.5 22.2 15.2 4.1 0.0 0.0 0.0 0.0 1.9 14.5 24.1 132.1
% 湿度 72 73 70 68 73 80 82 81 76 71 68 69 74
平均月間日照時間 111.5 137.9 172.4 178.6 187.1 172.2 167.6 163.9 162.9 157.4 121.2 117.4 1,850
出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1889年 - 現在)[19][20]

歴史

[編集]

網走地方において人類の活動が確認できるのは約2万年前とされている[21]。北海道が続縄文時代にあった5世紀ころ、オホーツク海沿岸ではオホーツク文化が栄えていた。それは擦文時代からアイヌ文化の成立に至る13世紀ころまで約800年続き、樺太や千島列島もオホーツク文化圏にあった[22]。少数民族のニヴフによって樺太南部ではじまったとされ[22]、北方民族の生活スタイルを継承して北東アジアの影響を受けている[22]。オホーツク文化後期(9世紀から13世紀ころ)になると擦文文化の影響を受け、両方の文化が融合したトビニタイ文化が生まれ[22]、それまでの海岸居住に留まらず、内陸部への居住も見られるようになった[22]。なお、道北では9世紀ころにオホーツク文化が擦文文化に吸収されたとしている[22]。最寄貝塚(モヨロ貝塚)はオホーツク文化最大の遺跡として国の「史跡」に指定されている。

ウィルタは樺太の先住民族でアイヌからは「オロッコ」と呼ばれ、ニヴフは「ギリヤーク」とも呼ばれていたが[22]、それぞれ独自の言語を持っており、アイヌとも近い関係にあった[22]。終戦後、日本領土であったサハリン(樺太)にいて日本国籍を持ち旧日本軍に徴用された両民族の一部の人達は日本へ強制送還された。その先の1つが網走市であった[22]。ミス網走といえる網走市の「流氷パタラ」のパタラとは、ウィルタ語に由来しており、「お嬢さん」の意味がある[22]。

沿革

[編集]
旧網走市役所(2010年)

「あばしりの年譜」「網走市統計書 平成26年版 年表」参照[23][24]

  • 1798年(寛政10年):谷口青山の「自高島至舎利沿岸二十三図」の第二十二図にアバシリ沿岸および番屋が描かれる。
  • 1812年(文化9年):藤野喜兵衛、アバシリ川河口右岸に弁天社を創祀(祭神は弁才天、のちに町民が譲り受けて厳島神社となる)。
  • 1857年(安政4年):網走初のストーブ(宗谷製)、毛布、コーヒー使用。
  • 1858年(安政5年):松浦武四郎がアバシリ川を溯り『戊午日誌』(西部安婆之利日誌)を著わす。
  • 1864年(元治元年):藤野家、アバシリ川河口右岸に稲荷社を創祀(明治28年にオショップに移築)。
  • 1869年(明治 2年):蝦夷地を北海道と改称し北海道で国郡里制が施行される。当地には北見国および網走郡が設置される。
  • 1869年(明治2年):トーマス・ブラキストン来網、ポンモイの柱状節理を見る。
  • 1871年(明治4年):アイヌがすべて平民に編入され、身分上の差別撤廃。
  • 1872年(明治5年):網走郡下にアバシリ村、エチャニ村、ニクリバケ村、ノトロ村、モヨロ村、モコト村、ナヨロ村、トウフツ村が成立。
  • 1873年(明治6年):アバシリ村に開拓使根室支庁網走出張所を置き、紋別・常呂・網走・斜里の各郡および釧路国網尻郡を所轄、紋別郡に分局設置。
  • 1875年(明治8年):各村名に漢字を当て、網走村、勇仁村、新栗履村、能取村、最寄村、藻琴村、娜寄村、濤沸村とする。
  • 1876年(明治9年):アイヌに苗字を与えて待遇上の差別を取り除き、特別保護を廃止。
  • 1877年(明治10年):開拓使根室支庁網走分署廃止。支庁直轄となる。
  • 1880年(明治13年):網走外三郡役所開庁。紋別・常呂・網走・斜里の各郡を所轄。網尻郡は厚岸外六郡役所の所轄となる。
  • 1881年(明治14年):釧路国網尻郡を北見国網走郡に編入。
  • 1881年(明治14年):網走村網走川河口部右岸に市街地を区画し「北見町」と命名、宅地の払い下げ開始。
  • 1882年(明治15年):町田孫六が川向の橋のたもとを開墾し、網走で初めて専業農家を始める(馬鈴薯、大根、麻など)。
  • 1884年(明治17年):宮部金吾、クルマトマナイに漆樹林発見(安政6年前後に宮崎三右衛門によって会津から移植されたものと推定)[注 2]。
  • 1890年(明治23年):釧路監獄署網走囚徒外役所(網走刑務所の前身)開設。
  • 1891年(明治24年):釧路集治監網走分監設置。後に北海道集治監網走分監となる。収容者の強制労働により北見方面への道路開通。
  • 1897年(明治30年):北光社移民団が網走に上陸、野付牛村(現在の北見市)の北光社農場へ向かう。網走に船便で屯田兵の第1陣到着。
  • 1897年(明治30年):郡役所を廃し網走支庁を設置。郡役所が兼掌していた北見町外八箇村の戸長事務を継承。
  • 1900年(明治33年):網走支庁より戸長事務を分離し、北見町外八箇村戸長役場を設置。
  • 1902年(明治35年):網走郡北見町、網走村、勇仁村、新栗履村を合併し二級町村制施行、網走郡網走町となる。同じく二級町村制を施行した能取村(能取村・最寄村)及び藻琴村(藻琴村・娜寄村・涛沸村)との1町2村による網走町外二箇村組合役場を大字北見町に設置。
  • 1906年(明治39年):私設網走新聞雑誌従覧所開設(翌年に網走図書館と改称)。
  • 1908年(明治41年):広島県にある厳島神社の分霊を迎えニクル(桂町)に網走神社創祀[注 3]。
  • 1910年(明治43年):クルマトマナイ の造園工事で応永の年号がある板碑発見[注 2]。
  • 1912年(大正元年):網走—野付牛間の鉄道開通し、網走駅開設。
  • 1913年(大正2年):米村喜男衛がモヨロ貝塚を発見し網走に移住。電話交換業務開始。
  • 1915年(大正4年):能取村、藻琴村を編入し一級町村制施行。東洋捕鯨会社が大字最寄村タンネシラリ(二ツ岩裏)に網走事業場開設[注 4]、オホーツク海での捕鯨開始。
  • 1917年(大正6年):能取岬灯台完成。
  • 1921年(大正10年):網走町から女満別村(後の女満別町、現在の大空町)分村。
  • 1922年(大正11年):庁立網走中学校(北海道網走南ヶ丘高等学校の前身)、庁立網走高等女学校(かつてあった北海道網走向陽高等学校の前身)開校。
  • 1923年(大正12年):帽子岩ケーソンドック完成。
  • 1925年(大正14年):網走支庁長渡辺勘一が「天都山」(てんとさん)命名。釧網本線の網走 - 斜里間開通。
  • 1926年(大正15年):大字北見町(全域)、大字網走村(一部)の旧町村名を廃し、市街地に条・丁目制施行(北見町→南1~8条東・西、南9~11条東、網走村(一部)→南4~14条西)。
  • 1931年(昭和6年):女満別村との境界変更。越歳の一部(現在の大空町女満別住吉)を女満別村へ編入。
  • 1936年(昭和11年):湧網東線の網走 - 卯原内間開通(1987年湧網線廃止)。北見郷土館(現在の網走市立郷土博物館)開館。
  • 1938年(昭和13年):網走町の字名・字界・地番・南北条・東西丁目を改正[注 5]
  • 1942年(昭和17年):網走水産指導所(現在の北海道立総合研究機構水産研究本部網走水産試験場)設置。
  • 1945年(昭和20年):米軍機が網走に襲来(北海道空襲)。
  • 1947年(昭和22年):市制施行、網走市となる。東藻琴村分村。戦後初の統一地方選挙で中川イセ(本名:いせよ)が、初の女性議員として網走市議会議員当選。
  • 1949年(昭和24年):網走消防本部・消防署開庁式。網走漁業協同組合設立。
  • 1954年(昭和29年):8月に昭和天皇、香淳皇后が市内を行幸[25]。
  • 1956年(昭和31年):オホーツク水族館開館(2002年閉館)。
  • 1958年(昭和33年):「網走国定公園」指定。
  • 1960年(昭和35年):網走熱帯植物園開園(1971年閉園)。
  • 1963年(昭和38年):水没遺跡の網走湖底遺跡で日本国内初の潜水発掘調査が行われる。日本国内では20世紀最後となる皆既日食観測。北海道冷凍魚肉協会(現在の全国すり身協会)設立[26]。
  • 1966年(昭和41年):『オホーツク流氷まつり』初開催。モヨロ貝塚館開館。
  • 1967年(昭和42年):網走市民会館開館。
  • 1972年(昭和47年):網走市立美術館開館。網走市開基100年・市制施行25年記念式。
  • 1974年(昭和49年):北海道網走養護学校開校。
  • 1978年(昭和53年):網走港が「重要港湾」指定。
  • 1979年(昭和54年):天都山展望台開設。
  • 1980年(昭和55年):能取漁港開港。
  • 1983年(昭和58年):博物館網走監獄開館。
  • 1985年(昭和60年):オホーツク流氷館開館。
  • 1986年(昭和61年):カナダポートアルバーニ市と姉妹都市提携。
  • 1987年(昭和62年):国鉄湧網線が全線廃止。
  • 1989年(平成元年):東京農業大学生物産業学部(オホーツクキャンパス)開学。
  • 1991年(平成3年):流氷砕氷船「おーろら」就航。北海道立北方民族博物館開館。市内3農協が合併しオホーツク網走農業協同組合(JAオホーツク網走)設立。網走スポーツ・トレーニングフィールドオープン。
  • 1992年(平成4年):網走市水産化学センター完成。
  • 1993年(平成5年):網走市保健センターオープン。
  • 1994年(平成6年):オートキャンプ場「てんとらんど」オープン。
  • 1996年(平成8年):北海道立オホーツク公園全面開園。
  • 1998年(平成10年):オホーツクドームオープン。
  • 1999年(平成11年):網走市農業協同組合が解散し、オホーツク網走農業協同組合と合併。
  • 2000年(平成12年):オホーツク・文化交流施設(エコセンター2000)オープン。
  • 2001年(平成13年):沖縄県糸満市と友好都市提携。
  • 2002年(平成14年):レイクサイドパーク・のとろオープン。
  • 2004年(平成16年):山形県天童市と観光物産等相互交流協定締結。
  • 2005年(平成17年):神奈川県厚木市と友好都市提携。
  • 2006年(平成18年):網走港帽子岩ケーソンドックが「土木学会選奨土木遺産」選定。
  • 2007年(平成19年):3月末時点の人口が、市制施行以来初めて4万人を割り込む(39,983人)。翌月末に4万人台に回復するも2008年3月末に再び4万人を割り込む(39,557人)。
  • 2009年(平成21年):道の駅流氷街道網走オープン。北海道網走向陽高等学校と網走高等学校が統合し、新設校北海道網走桂陽高等学校開校。
  • 2010年(平成22年):「みなとオアシス」登録(みなとオアシス網走)[27]。支庁制度改革の一環により網走支庁がオホーツク総合振興局と改称。
  • 2012年(平成24年):濤沸湖水鳥・湿地センターオープン。「健康都市連合」加盟[28]。
  • 2017年(平成29年):日本体育大学附属高等支援学校開校。
  • 2019年(平成31年):コミュニティ放送「FM ABASHIRI」開局[29]。
  • 2020年(令和2年):新型コロナ感染症の拡大に伴い、学校の臨時休校が行われた[30]ほか、オホーツク網走マラソンなどのイベントが中止となった[31]。
  • 2023年(令和5年):能取湖でホタテの稚貝約1億8千万個が大量死し、被害額は約7億円に上った。[32]。
  • 2024年(令和6年):網走市が「日本サッカー協会100周年表彰(感謝表彰)」を受ける[33]
  • 2025年(令和7年)2月25日:市役所新庁舎完成し網走市南5条東1丁目10番地に移転[1]。

政治

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行政

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役所

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市長

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歴代市長
歴代市長[34]
氏名就任年月日退任年月日
代理大島光雄(おおしま みつお)1947年(昭和22年)2月11日1947年(昭和22年)4月4日
初代吉田栄吉(よしだ えいきち)1947年(昭和22年)4月5日1955年(昭和30年)4月29日
2代有末三郎(ありすえ さぶろう)1955年(昭和30年)4月30日1959年(昭和34年)4月29日
3代遠藤熊吉(えんどう くまきち)1959年(昭和34年)4月30日1963年(昭和38年)12月20日
4代佐藤忠吉(さとう ちゅうきち)1964年(昭和39年)2月2日1974年(昭和49年)10月17日
5代安藤哲郎(あんどう てつお)1974年(昭和49年)12月1日1998年(平成10年)11月30日
6代大場脩(おおば おさむ)1998年(平成10年)12月1日2010年(平成22年)11月30日
7代水谷洋一(みずたに よういち)2010年(平成22年)12月1日現職

市民憲章・宣言

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網走市民憲章

わたしたちは、母なるオホーツクの海に抱かれ、湖と森の美しい自然にかこまれた網走の市民です。

わたしたちには、遠いむかしから風雪にたえぬいて、この地を切り拓いてきた、たくましい先人の心がうけつがれています。

わたしたちは、このまちの市民であることに、かぎりない喜びと誇りをもち、のびゆく網走の良い市民となる願いをこめて、ここに市民憲章を定めます。

1、うみやまの深いみどりをいつまでも美しく、心豊かなまちをつくりましょう。
1、うけついだ文化にまなび、世界の人々と手をつなぎ、新しいオホーツク文化のまちをつくりましょう。
1、たがいにまごころをもってつきあい、老人を大切にし、子どもの夢をそだてるしあわせなまちをつくりましょう。
1、元気で仕事にはげみ、いきがいのあるまちをつくりましょう。
1、みんなが力をあわせ、人のいのちをだいじにする、明るく住みよいまちをつくりましょう。
— 昭和47年7月17日制定[35]
都市宣言

「都市宣言」参照[36]

  • 交通安全都市宣言(昭和39年9月30日)
  • 人権擁護都市宣言(昭和48年12月20日)
  • 平和都市宣言(平成3年9月17日)
  • 健康・スポーツ都市宣言(平成21年9月15日)

議会

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市議会

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「網走市議会」参照[37]

  • 議員定数16人
  • 議会
    • 定例会(年4回)
    • 臨時会
  • 委員会
    • 常任委員会(総務経済委員会・文教民生委員会)
    • 特別委員会
    • 議会運営委員会
  • その他
    • 会派代表者会議
    • 会派代表者会議
    • 議員全員協議会

国家機関

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官公庁

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裁判所

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独立行政法人・特殊法人等

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地方独立行政法人

  • 北海道立総合研究機構水産研究本部
    • 網走水産試験場
    • さけます・内水面水産試験場道東内水面室(網走市水産科学センター内)

道の機関

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  • オホーツク総合振興局
    • 北海道教育庁オホーツク教育局
    • 北海道網走保健所
    • 網走農業改良普及センター網走支所
    • 網走海区漁業調整委員会
    • 北海道選挙管理委員会事務局オホーツク支所
  • オホーツク総合振興局東部耕地出張所
  • 北海道立向陽ケ丘病院

施設

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警察

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消防

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本部
消防署
  • 網走消防署
出張所
  • 南出張所

医療

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主な病院

郵便局

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  • 網走駅前郵便局
  • 網走大曲郵便局
  • 網走北六条郵便局
  • 網走駒場郵便局
  • 網走南四条郵便局
  • 卯原内郵便局
  • 浦士別郵便局
  • 北浜郵便局
  • 鱒浦郵便局
  • 藻琴郵便局
  • 呼人郵便局
  • 網走潮見簡易郵便局
  • 網走つくしヶ丘簡易郵便局
  • 桂町簡易郵便局
  • 二ツ岩簡易郵便局

公共施設

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  • オホーツク・文化交流施設(エコーセンター2000)
  • 網走市民会館
  • 網走市立美術館
  • 網走市立郷土博物館
  • モヨロ貝塚館
  • 網走市立図書館
  • 網走市保健センター
  • 網走市総合福祉センター
  • 網走市こども発達支援センター『ふわり』
  • 網走女性センター
  • 網走市市民活動センター
  • 網走市食品加工体験センター「みんぐる」
  • 網走市勤労者総合福祉センター(ソレイユ)
  • 網走市勤労青少年ホーム
  • 網走市地域子育て支援センター「ひまわり」
  • 網走市地域子育て支援センター「どんぐり」
  • 網走市水産科学センター
  • 網走青果地方卸売市場
  • 網走市農村環境改善センター
  • 網走市農業総合管理センター
  • 網走市農産物高次加工研究所
  • 網走小麦集出荷施設
  • 網走市営美­岬牧場
  • 網走市廃棄物処分施設
  • 網走市八坂火葬場

運動施設

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網走市の夏は晴れの日が多く、日照時間が長いのが特徴となっている[38]。1988年(昭和63年)に気候やトレーニング環境が評価され、4種目(ボート競技、バドミントン、体操競技(女子)、陸上競技(長距離))でソウルオリンピックの事前合宿地となったことをきっかけにスポーツ合宿への取り組みがスタートした[39]。ラグビーはじめ陸上競技、車いすマラソン、バスケットボール、野球、ボート競技、バイアスロン、スキーなどの合宿が行われているほか[38]、北見市と連携して周辺自治体でスポーツ合宿誘致に向けた取り組みを行っている[39]。網走スポーツ・トレーニングフィールドは天然芝フィールド7面、全天候型テニスコート16面、野球場、ソフトボール場、アーチェリーー場、投てき競技専用の練習場を備えており[40]、毎年夏には観戦可能なラグビー練習試合『網走ラグビーフェスティバル』を開催している。網走市営陸上競技場では陸上競技の大会『ホクレンディスタンスチャレンジ』を開催しており、2013年(平成25年)には長距離競歩における日本オリンピック委員会(JOC)認定競技別強化センターとなった[41]。

  • 網走運動公園
    • 網走市総合体育館
    • 網走市民健康プール
    • 網走市営野球場
    • 網走市営陸上競技場
    • すぱーく網走(屋内ゲートボール場)
    • 網走運動公園パークゴルフ場
  • 網走市営桂町球技場
  • 網走スポーツ・トレーニングフィールド
    • フィールドスポーツエリア
    • テニスコート
    • アーチェリー場
    • 投てき練習場
    • オホーツクドーム
  • 網走レークビュースキー場
  • 網走市営スケート場
  • 網走湖ボート場
  • レイクサイドパーク・のとろ

対外関係

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姉妹都市・提携都市

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「姉妹都市・友好都市」参照[42]

海外

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姉妹都市

国内

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姉妹都市
提携都市

経済

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クリオネ通り(2011年9月)

産業別人口は第三次産業の割合が最も高く、次いで第二次産業、第一次産業となっている[43]。

組合

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  • オホーツク網走農業協同組合(JAオホーツク網走)
  • 網走地区森林組合
  • 網走漁業協同組合
  • 西網走漁業協同組合
  • 北見漁船保険組合
  • 網走地方卸売市場買受人組合
  • 網走地区左官組合

第一次産業

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農業

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農業では北海道内有数の畑作地帯となっており[44]、大型機械を導入した営農集団組織により麦類、馬鈴薯(ジャガイモ)、テンサイを中心とした大規模営農を展開しているほか[44]、ダイコン、ナガイモ、ゴボウなどの野菜類や酪農、畜産も行っている[44]。

漁業

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漁業は網走沿岸において沖合底曳網、きちじ延縄、定置網、ホタテ桁、かに固定式刺網、毛がに篭などにより漁業を営んでいる[45]。網走市は日本最北の捕鯨基地でもあり、市内の捕鯨業者が沿岸小型捕鯨業(捕鯨)を行っている[45]。また、市内には湖が複数あることから内水面漁業も行われており、ホタテ、ワカサギ、シジミ、シラウオ、エビなどの漁が営まれている[45]。

第三次産業

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商業

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ショッピングセンター
スーパーマーケット

物流

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観光業

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観光入込客数は年間120万人から180万人で推移しており、宿泊客の割合は26%から30%となっている[47]。流氷が滞在する冬期間の入込客数が多いのが特徴となっている[47]。

金融機関

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拠点を置く主な企業

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情報・通信

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マスメディア

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新聞社

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通信社

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放送局

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テレビ放送
ラジオ放送
  • LIA(FM ABASHIRI)

生活基盤

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ライフライン

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電力

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上下水道

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  • 網走市水道部
    • 網走浄化センター(下水道)

教育

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東京農業大学オホーツクキャンパス(2010年3月)

大学

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専修学校

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  • 網走文化専門学校

高等学校

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中学校

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市立
  • 網走市立第一中学校
  • 網走市立第二中学校
  • 網走市立第三中学校
  • 網走市立第四中学校 - 藻琴・北浜・浦士別・音根内の各校を統合し新設[49]
  • 網走市立第五中学校 - 能取・嘉多山・卯原内の各校を統合し新設[50]

小学校

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市立

小中学校

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市立
  • 網走市立呼人小中学校

特別支援学校

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幼児教育

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認定こども園

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  • 認定こども園 つくし

保育園

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  • 網走市立すずらん保育園
  • 網走市立たんぽぽ保育園
  • 網走市立ひまわり保育園
  • 潮見保育園

幼稚園

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  • 網走幼稚園
  • 網走若葉幼稚園
  • 網走藤幼稚園
  • 桂幼稚園
  • 潮見幼稚園

学校教育以外の施設

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  • 網走地方高等職業訓練校(網走市能力開発センター)
  • 網走自動車学校

交通

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網走駅(2011年9月)
網走バス本社・網走ターミナル(2011年9月)
道の駅流氷街道網走(2011年9月)
網走流氷観光砕氷船「おーろら2」(2012年3月)

空港

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鉄道

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バス

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路線バス

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高速バス

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タクシー

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  • 網走ハイヤー
  • 網走北交ハイヤー

道路

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市内を通る一部道路は、シーニックバイウェイの「東オホーツクシーニックバイウェイ」になっている[54]。

高速道路

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国道

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道道

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道の駅

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港湾

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観光船

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観光

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文化財

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「史跡・文化財」参照[55]

国指定

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国登録
  • 登録有形文化財
    • 博物館網走監獄煉瓦造独居房
    • 博物館網走監獄鏡橋入口哨舎
    • 博物館網走監獄鏡橋出口哨舎
    • 博物館網走監獄西門哨舎
    • 博物館網走監獄裏門
    • 博物館網走監獄裏門哨舎

市指定

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名所・旧跡

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主な寺院
主な神社

観光スポット

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施設

景観・公園

温泉

文化

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祭事・催事

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  • 北の新大陸発見! あったか網走(1月から3月)
  • あばしりオホーツク流氷まつり(2月)
  • オホーツク屋台村(2月中旬)
  • オホーツクあばしりツーデーマーチ(でっかいどうオホーツクマーチの網走ステージ。6月上旬)
  • インターナショナルオホーツクサイクリング(7月)
  • あばしりオホーツク夏まつり(7月)
  • あばしり七福神まつり(9月)
  • 能取湖さんご草祭り(9月)
  • 「はな・てんと」まつり(9月)
  • オホーツク網走フィルムフェスティバル(11月)[62]

名産・特産

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1960年(昭和35年)に網走市の道立水産試験場で「無塩冷凍すり身」の技術が開発されたため[63]、網走は冷凍すり身発祥の地になっている[64]。スケトウダラ、サケ・オホーツクサーモン(カラフトマス)、キンキ、ワカサギ、シラウオ、シジミは網走の代表的な魚介類となっている[65]。ほかには地ビールの「網走ビール」、ブランド和牛の「オホーツクあばしり和牛」などがある。

ご当地グルメとしては、オホーツクサーモンと塩だけで熟成、ろ過した天然の調味料「白魚醤油」に漬け込んだザンギ(から揚げ)を使用した「オホーツク網走ザンギ丼」[66]、オホーツクの魚介類と網走発祥のすり身をオホーツク土器に見立てた特製の鍋で食べる「モヨロ鍋」[67]、オホーツク産のホタテ干貝柱を使用した「オホーツク干貝柱塩ラーメン」[68]、「オホーツク流氷カリー」がある。また長崎県雲仙市との交流で生まれた「網走ちゃんぽん」がある[69][70]。

民芸品では、アイヌ語で「木の小さな子または人形」という意味で「幸運のお守り」として作られてきた「ニポポ」[71]、北方系少数民族ウィルタの伝統紋様「イルガ」をモチーフにした「サハリンイルガ」がある[65]。

出身・関連著名人

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名誉市民

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出身人物

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50音順

政治・経済

学術・文芸

芸能

スポーツ

その他

ゆかりのある人物

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50音順

マスコットキャラクター

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  • 網走市マスコットキャラクター「ニポネ」

網走市を舞台とした作品

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「網走ロケーションガイド」参照[73]

映画

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ドラマ

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書籍・漫画

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音楽

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  • 井上宗孝とシャープ・ファイブ「網走子守唄」
  • 小野由紀子「オホーツクの海」
  • 坂本冬美「呼人駅」
  • 島倉千代子「流氷音頭」
  • ジェリー藤尾、東京荒川少年少女合唱隊「流氷の町 網走」
  • 菅原文太「ニポポ」
  • 高倉健「網走番外地」
  • 七浦みさ子「オホーツクの海」
  • 走裕介「流氷の駅」
  • 和田弘とマヒナスターズ「オホーツクの海」

ゲーム

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脚注

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注釈

  1. ↑ 網走村→南1~2条東、南3~4条東・西、南5~7条西、南8~10条東・西、南11~14条西、北1条東、大曲、天都山、潮見、鱒浦、八坂、栄、呼人、東網走、豊里、中園、稲富、昭和、藻琴、山里、丸万、駒場、台町、桂町、新町、東藻琴、末広、山園、福富、千草、勇仁村→藻琴、鱒浦、豊里、昭和、中園、新栗履村→山里、稲富、中里、昭和、藻琴、東藻琴、西倉、末広、山園、福富、千草、大進、濤沸村→浦士別、栄、清浦、音根内、実豊、丸万、北浜、山里、稲富、明生、新富、大進、東藻琴、末広、山園、娜寄村→丸万、北浜、明生、新富、大進、藻琴村→浦士別、栄、音根内、丸万、北浜、豊郷、昭和、山里、中里、稲富、大進、西倉、東藻琴、末広、明生、新富、山園、能取村→能取、平和、二見ヶ岡、美岬、卯原内、最寄村→二見ヶ岡、喜多山、越歳、三眺、二ツ岩、明治、向陽、卯原内、美岬、緑町、北1~12条東・西。※太字は1947年(昭和22年)に東藻琴村として分割された字。
  2. 1 2 クルマトマナイとはアイヌ語で「kurmat(=神女)oma(=がいる)nay(=沢)」の意。
  3. ↑ ニクルとはアイヌ語で「ni(=木)kur(=影)」の意。
  4. ↑ アイヌ語で「tanne(=長い)sirar(=岩)」の意。
  5. ↑ 前節参照。
  6. ↑ 「ポンモイ」とはアイヌ語で「pon(=小さい)moy(=入江)」の意。

出典

  1. 1 2 “新庁舎は令和7年2月25日(火曜日)に開庁します”. 網走市. 2025年2月26日閲覧。
  2. 1 2 “1.網走市の概要”. 網走市. 2025年2月26日閲覧。
  3. ↑ “市名の由来と紋章”. 網走市. 2010年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月5日閲覧。
  4. ↑ “アイヌ語地名リスト ア~イチ P1-10”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2017年10月20日閲覧。
  5. ↑ 正式名称「渡良岩」(カムイ・ワタラから転じた)。
  6. ↑ 第2部 網走市の概況 2012, p. 7.
  7. ↑ “網走国定公園”. 北海道. 2015年11月5日閲覧。
  8. ↑ “オホーツクのヤチダモ”. 北海道森林管理局. 2011年10月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月8日閲覧。
  9. ↑ “濤沸湖” (PDF). 環境省. 2015年11月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月8日閲覧。
  10. 1 2 3 4 5 第2部 網走市の概況 2012, p. 8.
  11. ↑ 総務省統計局統計調査部国勢統計課 (2017年1月27日). 平成27年国勢調査小地域集計01北海道《年齢(5歳階級)、男女別人口、総年齢及び平均年齢(外国人-特掲)-町丁・字等》 (CSV) (Report). 総務省. 2017年5月20日閲覧.※条町区分地の一部に0人の地域がある場合でも他の同一区分地で人口がある場合は除いた。
  12. ↑ “国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2026年6月17日閲覧。
  13. ↑ “土地連絡図 網走郡網走町土地整理原図<市街地>(昭和9年5月調査)網走市 - G空間情報センター”. www.geospatial.jp. 2026年6月18日閲覧。
  14. 1 2 『網走郡網走町字地番改正調書』北海道、1938年。
  15. ↑ 『角川日本地名大辞典 : DVD-ROM for Windows』角川学芸出版、2011年。
  16. ↑ 網走(平年値)
  17. ↑ 網走(日ごとの値)
  18. ↑ 網走(観測史上1~10位の値)
  19. ↑ “平年値ダウンロード”. 気象庁. 2025年12月28日閲覧。
  20. ↑ “観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2025年12月28日閲覧。
  21. ↑ 網走市勢要覧資料編(平成26年度) 2014, p. 2.
  22. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “オホーツク文化とウィルタとニヴフ”. 北海道ファンマガジン (2008年3月14日). 2019年4月8日閲覧。
  23. ↑ 網走市勢要覧資料編(平成26年度) 2014.
  24. ↑ 網走市統計書 平成26年版 2014, pp. 152–157.
  25. ↑ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、111頁。ISBN 978-4-10-320523-4。
  26. ↑ “全国すり身協会”. 2015年11月6日閲覧。
  27. ↑ “みなとオアシス網走”. 北海道開発局. 2017年8月5日閲覧。
  28. ↑ “健康都市連合日本支部”. 2015年11月11日閲覧。
  29. ↑ “日常的な地域情報を発信 「FM ABASHIRI」が開局”. 北海道建設新聞. 北海道建設新聞社. 2019年2月11日. 2019年4月8日閲覧.
  30. ↑ “新型コロナウイルス感染症に対応した臨時休校について”. 網走市立南小学校 (2020年4月17日). 2025年2月12日閲覧。
  31. ↑ “オホーツク網走マラソン2020 on the web by TATTA RUN”. RUNNET (2020年). 2025年2月12日閲覧。
  32. ↑ “能取湖稚ホタテ大量死 計画の9割、被害7億円か”. 北海道新聞. 2023年4月4日. 2023年4月3日時点のオリジナルよりアーカイブ.
  33. ↑ “日本サッカー協会100周年表彰 表彰対象一覧”. 日本サッカー協会 (2024年4月26日). 2025年2月12日閲覧。
  34. ↑ 網走市統計書 平成26年版 2014, p. 135.
  35. ↑ “網走市民憲章”. 網走市. 2015年11月5日閲覧。
  36. ↑ “都市宣言”. 網走市. 2015年11月5日閲覧。
  37. ↑ “網走市議会”. 網走市. 2015年11月5日閲覧。
  38. 1 2 “スポーツ合宿情報”. 網走市. 2015年11月9日閲覧。
  39. 1 2 “スポーツツーリズムの展開” (PDF). 日本政策投資銀行. pp. 6-10 (2015年2月). 2015年11月9日閲覧。
  40. ↑ “網走スポーツ・トレーニングフィールド”. 網走市. 2015年11月9日閲覧。
  41. ↑ “JOC認定競技別強化センター”. 日本オリンピック委員会(JOC). 2019年4月8日閲覧。
  42. ↑ “姉妹都市・友好都市”. 網走市. 2015年11月5日閲覧。
  43. ↑ 平成26年度版 商工労働観光概要 2014, p. 2.
  44. 1 2 3 第11期 網走市農業振興計画 2014, p. 1.
  45. 1 2 3 平成25年版 水産統計 2013, p. 1.
  46. ↑ “都道府県別・政令指定都市別・市町村別SC” (PDF). 日本ショッピングセンター協会. 2015年11月5日閲覧。
  47. 1 2 網走市観光振興計画 2014, pp. 2–3.
  48. ↑ “学校紹介”. 北海道網走桂陽高等学校. 2018年6月17日閲覧。
  49. ↑ “網走市歴史年表 昭和61年”. 網走歴史の会. 2018年6月17日閲覧。
  50. ↑ “網走市歴史年表 平成4年”. 網走歴史の会. 2018年6月17日閲覧。
  51. ↑ “沿革”. 網走市立西が丘小学校. 2018年6月17日閲覧。
  52. ↑ “学校の概要”. 網走市立東小学校. 2018年6月17日閲覧。
  53. ↑ “学校の沿革”. 網走市立白鳥台小学校. 2018年6月17日閲覧。
  54. ↑ “東オホーツクシーニックバイウェイ”. シーニックバイウェイ北海道. 2015年10月27日閲覧。
  55. ↑ “史跡・文化財”. 網走市. 2015年11月5日閲覧。
  56. ↑ 桂ヶ岡砦跡 - 文化遺産オンライン(文化庁)
  57. ↑ 最寄貝塚 - 文化遺産オンライン(文化庁)
  58. ↑ 天都山 - 文化遺産オンライン(文化庁)
  59. 1 2 『国宝・重要文化財(建築物)の指定について』(PDF)(プレスリリース)文化庁、2015年10月16日、4頁。2016年4月19日閲覧。
  60. 1 2 “平成28年2月9日をもって正式に旧網走監獄、網走刑務所建造物2件8棟が国より重要文化財の指定を受けました。”. 新・監獄日誌. 網走監獄保存財団 (2016年2月10日). 2016年4月19日閲覧。
  61. 1 2 “重文指定の実感わく”. 経済の伝書鳩. 伝書鳩. 2016年2月26日. 2016年6月30日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2019年4月8日閲覧.
  62. ↑ “オホーツク網走フィルムフェスティバル”. 2015年11月7日閲覧。
  63. ↑ “タラの冷凍すり身”. 網走市. 2015年11月7日閲覧。
  64. ↑ “すり身発祥地は網走”. 北海道ファンマガジン (2010年1月15日). 2015年11月7日閲覧。
  65. 1 2 “網走の特産品”. 網走市観光協会. 2019年4月8日閲覧。
  66. ↑ “オホーツク網走ザンギ丼”. 網走市観光協会. 2019年4月8日閲覧。
  67. ↑ “網走モヨロ鍋”. 網走市観光協会. 2019年4月8日閲覧。
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  69. ↑ 「食欲の秋 網走のおいしいグルメを堪能しよう|特集|網走市観光公式サイト「おいしいまち網走」」『網走市観光公式サイト「おいしいまち網走」』。オリジナルの2025年9月6日時点におけるアーカイブ。2026年9月8日閲覧。
  70. ↑ Inc, Nikkei (2019年10月11日). “網走ちゃんぽんルーツは長崎、巨大ちくわの味な縁”. 日本経済新聞. 2026年9月8日閲覧。
  71. ↑ “網走のあちこちで見かけるこけしのような「ニポポ」って何?”. 北海道ファンマガジン (2009年1月26日). 2019年4月8日閲覧。
  72. 1 2 3 “あばしりのご当地キャラ ニポネ”. 網走市観光協会. 2019年4月8日閲覧。
  73. ↑ “あばしりロケーション”. 網走市観光協会. 2019年4月8日閲覧。

参考資料

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関連項目

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外部リンク

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行政
産業
観光