常紋信号場

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常紋信号場
常紋信号場 金華方(2009年6月)
常紋信号場 金華方(2009年6月)
じょうもん
Jōmon
A53 生田原 (10.3km)
(4.7km) 金華(信)
所在地 北海道北見市留辺蘂町金華
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 石北本線
キロ程 148.0km(新旭川起点)
電報略号 ヤモ
駅構造 地上(乗降設備なし)
ホーム 3線
開業年月日 1914年大正3年)10月5日
廃止年月日 2017年平成29年)3月4日[新聞 1]
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終焉が近づいたころの蒸気機関車(1971年4月)
1977年の常紋信号場と周囲約1km範囲。下が網走方面。中央より上側左手に常紋トンネル。スイッチバック配線構造が確認できる。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

常紋信号場(じょうもんしんごうじょう)は、北海道北見市留辺蘂町金華にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)石北本線信号場である。電報略号ヤモ

概要[編集]

生田原駅から約10.3 kmの地点にあった信号場。全国的にも珍しいスイッチバック方式の配線であり、急勾配での発進ができない列車のために設置された[新聞 1]。石北本線で蒸気機関車重連運転が見られた当時は、鉄道撮影を主な活動とする鉄道ファンから注目される存在となった[新聞 1]。蒸気機関車の終焉が近づいた1970年代には、多くの人が撮影のため同信号場を訪れるようになった[新聞 1]。このため、仮乗降場扱いで客扱いを行ったこともある。蒸気機関車が全廃された後も、SL列車やタマネギ貨物列車の撮影のために、鉄道ファンが当信号場に通じる狭い山道を車で訪れていた。

2001年平成13年)7月1日のダイヤ改正で交換設備の使用が停止され、当信号場における列車交換がなくなった。その後も閉塞区間の境界として存続し、本線に設置されている信号機も引き続き動作していたが、2017年(平成29年)3月4日のダイヤ改正で正式に廃止された[新聞 1]

人柱伝説のある常紋トンネルに近いこともあり、常紋駅として営業されていた時期は、当直の鉄道員の間で霊現象の目撃談が多くあった。

歴史[編集]

構造[編集]

勾配の途中にあるスイッチバック式の構造で、側線が3本(網走方から見て本線の左側に2本、右側に1本)存在した。分岐器部分は巨大なスノーシェルターに覆われていた。

周辺[編集]

常紋トンネルの留辺蘂側に設置されていた。森林のみである。

隣の施設[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
石北本線(廃止時点)
生田原駅 (A53) - (常紋信号場) - (金華信号場) - 西留辺蘂駅 (A55)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f “常紋信号場が廃止 スイッチバック、鉄道ファンの「聖地」” (日本語). 北海道新聞. どうしんウェブ/電子版(道東) (北海道新聞社). (2017年3月3日). オリジナル2017年3月3日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170303001504/http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/area/doto/1-0374603.html 2017年3月3日閲覧。 

関連項目[編集]

  1. ^ No.12 命令項目 2.第一歩の改善 (3)安全確保を最優先とする事業運営の実現 ①現場の業務実施体制の確立 (PDF)”. 「事業改善命令・監督命令による措置を講ずるための計画」 平成29年度第4四半期実施状況の報告について. 北海道旅客鉄道株式会社. p. p.47 (2018年3月30日). 2018年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年3月30日閲覧。