北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線

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ふるさと銀河線
ふるさと銀河線を走る快速列車の「銀河」(2006年2月 西富駅付近)
ふるさと銀河線を走る快速列車の「銀河」
(2006年2月 西富駅付近)
基本情報
日本の旗 日本
所在地 北海道
起点 池田駅
終点 北見駅
駅数 33駅
開業 1910年9月22日(初開業)
1911年9月25日(全通)
1989年6月4日(三セク転換)
廃止 2006年4月21日
所有者 北海道ちほく高原鉄道
運営者 北海道ちほく高原鉄道
路線データ
路線距離 140.0 km
軌間 1,067 mm
線路数 単線
電化方式 非電化
最高速度 85 km/h
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線
BHFq eABZq+r STRq
0.0 池田駅 JR北根室本線
exBHF
5.7 様舞駅
exBHF uexKBHFa
11.5 高島駅
exSTR uexSTRlf
殖民軌道居辺線
exBHF
16.5 大森駅
exBHF
20.8 勇足駅
exABZlf exSTRlg
exSTR exKBSTe
北海道糖業本別工場専用線
exBHF
23.5 南本別駅
exBHF
27.3 岡女堂駅
exWBRÜCKE
本別川橋梁
exBHF
29.8 本別駅
exBHF
36.2 仙美里駅
exWBRÜCKE
第二利別川橋梁
uexKBSTr exBHF
44.6 足寄駅
exSTR
足寄森林鉄道
exWBRÜCKE
第三利別川橋梁
exBHF
50.7 愛冠駅
exWBRÜCKE
第四利別川橋梁
exWBRÜCKE
第五利別川橋梁
exBHF
54.0 西一線駅
exWBRÜCKE
第六利別川橋梁
exBHF
55.9 塩幌駅
exWBRÜCKE
第七利別川橋梁
exBHF
58.4 上利別駅
exWBRÜCKE
第八利別川橋梁
exWBRÜCKE
第九利別川橋梁
exWBRÜCKE
第十利別川橋梁
exBHF
62.2 笹森駅
exBHF
66.5 大誉地駅
exWBRÜCKE
第十一利別川橋梁
exBHF
70.7 薫別駅
exWBRÜCKE
第十二利別川橋梁
exWBRÜCKE
第十三利別川橋梁
exSTR uexSTRrg
斗満森林鉄道
uexSTRq exmKRZo uexABZlg
陸別森林鉄道
exBHF uexKBSTe
77.4 陸別駅
exBHF
83.1 分線駅
exWBRÜCKE
第十四利別川橋梁
exWBRÜCKE
第十五利別川橋梁
exWBRÜCKE
第十六利別川橋梁
exBHF
87.2 川上駅
exBHF
93.5 小利別駅
exHST
釧北仮乗降場 -1957
exWBRÜCKE
第一常呂川橋梁
uexSTRrg exmKRZo uexSTRq
置戸森林鉄道
uexKBSTe exBHF
109.4 置戸駅
exBHF
113.8 豊住駅
exBHF
116.6 境野駅
exBHF
118.4 西訓子府駅
exBHF
121.4 西富駅
exBHF
123.5 訓子府駅
exBHF
125.3 穂波駅
exBHF
127.4 日ノ出駅
exBHF
129.4 広郷駅
exBHF
132.2 上常呂駅
exSTRrg exABZrf
exKBSTe exSTR
北海道糖業北見工場専用線
exBHF
135.5 北光社駅
exWBRÜCKE
無加川橋梁
exKBSTa exSTR
北見パルプ北見工場専用線
exSTRlf exABZlg
BHFq eABZqr STRq
140.0 北見駅 ←JR北:石北本線
2000年に廃車後、廃線後も旧車庫横に放置されていたCR70-4・5(2007年2月)
北見市内の市道との立体交差の様子(2009年9月)

ふるさと銀河線(ふるさとぎんがせん)は、北海道中川郡池田町十勝支庁)の池田駅から北見市網走支庁)の北見駅に至る北海道ちほく高原鉄道が運営していた鉄道路線[新聞 1]。旧国鉄特定地方交通線池北線(ちほくせん)を引き継いだ路線で[新聞 1]、2006年4月21日に廃止された[新聞 2]

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):140.0 km
  • 軌間:1,067 mm狭軌
  • 駅数:33駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)
  • 最高速度
    • 85 km/h(置戸駅 - 北見駅間)
    • 80 km/h(池田駅 - 置戸駅間)

歴史[編集]

もともとは、道央と網走を結ぶ幹線鉄道として網走線(あばしりせん)の名称で1910年明治43年)9月22日に池田側から開業したもので[1]1911年(明治44年)9月25日には野付牛(現在の北見)まで延長[1]1912年大正元年)10月5日にはさらに網走へと延長され[2]、同年11月18日には網走本線(あばしりほんせん)に改称された[1]。しかし、1932年昭和7年)10月1日に石北線が野付牛に達すると距離の短い石北線がメインルートとなり[3]1961年(昭和36年)4月1日には線路名称の整理が行われ、石北線が名実ともに本線(石北本線)となり[3]、池田 - 北見間が池北線となった[1]

1980年(昭和55年)12月27日国鉄再建法施行に伴い、池北線は廃止対象となった。日本有数の人口希薄地帯である道東道北の国鉄特定地方交通線で営業キロが100 km 以上あった池北線、標津線天北線名寄本線の4線は「長大4線」と呼ばれ、特別な配慮を地元自治体が求めた。そこで、1984年(昭和59年)6月22日の第2次特定地方交通線承認では、バス転換しなければならないのかを調査するため、池北線など長大4線は保留された[4][5][6]。しかし、1985年(昭和60年)8月2日、「乗客数減少により赤字が増大することが予想され、バス転換しなければならない」として追加承認された[4][5][6]

1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)に承継された後、1989年平成元年)6月4日に北海道ちほく高原鉄道に転換され、路線名もふるさと銀河線に改称された[1][7][8][9][10][11][新聞 1]。転換には、国鉄時代の池北線の輸送密度は長大4線の中では一番高かったことや、ふるさと銀河線開業時は第二次ベビーブーム団塊ジュニア)世代がちょうど高校生くらいの年齢で通学生が今よりもはるかに多く、またバブル期金利が高く経営安定基金の運用益で赤字補填の目途が立ったことなど、いくつかの条件が第三セクター化に大きな影響を与えた。一方、この路線が存続に至ったのは政治的な配慮のうえの設立という見解もある[注釈 1]

しかし、少子化時代を迎え主な旅客である高校生などの通学生が大幅に減少したことや、沿線が建設業に大きく依存した産業構造で、付加価値の高い加工・製造業などの地場産業育成が進んでいない[新聞 3]ことから、長引く不況公共事業削減により沿線人口の流出・過疎化が進行し、1990年(平成2年)度には年間約100万人あった旅客も2003年(平成15年)度には約50万人まで半減した。さらにゼロ金利政策による低金利の状態が続き、経営安定基金の運用益による赤字補填が困難になったことも経営状態の悪化に追い討ちをかけた。北海道ちほく高原鉄道側は当初、沿線自治体に対して鉄路存続のための資金の協力を要請したが、銀河線以外の公共交通機関が全くないため廃止に猛反対していた陸別町以外の沿線自治体は資金の協力を拒否[新聞 4]。そのため、2005年(平成17年)3月27日の取締役会で陸別町長以外の賛成により廃止することが決定された[12][報道 1][新聞 5]。そして同年4月21日に北海道運輸局長に廃止届が提出された[報道 2]2006年(平成18年)4月20日限りで廃止され[13][新聞 2]、廃止後はバス路線に転換された[新聞 6]。これに伴い、北海道の旧国鉄特定地方交通線はすべて消滅した。

年表[編集]

運行形態[編集]

2006年3月時点[37]で、全線直通列車を含め1日あたり池田駅 - 陸別駅間が7往復と足寄駅折り返し1往復、置戸駅 - 北見駅間は下り12本、上り11本であった。池田駅 - 北見駅間の直通は5往復(上り1本は置戸駅で乗り換え)あり、うち1往復は帯広駅 - 北見駅間の快速銀河」で、所要時間は約3時間10分ほどであった。普通列車でも一部の駅を通過する列車があった。陸別駅 - 置戸駅間は十勝・網走支庁の境界の山間部で本数は少なく、1日あたり6往復のみであった。

一部の列車はJR根室本線帯広駅まで乗り入れていた。朝5時台の池田発足寄行きと折り返し6時台の足寄発新得行きはJRの車両で運行されていた。また、JRのイベント列車が線内を通過することもあった。

2000年3月31日までは、北見発の最終が22時、池田発の最終が21時台後半であったが、繰上げになった。

なお、池田駅・帯広駅および北見駅での改札時は降車時に乗務員に乗車券もしくは現金を渡し、精算証明を受け取った後改札で掲示して通過する方法で利用していた。乗車時はJR利用時と同様に乗車券を購入し改札で改札を受けて車両に乗車していた。

使用車両[編集]

北海道ちほく高原鉄道転換後[編集]

車両10両のうち3両はミャンマーへ、6両は保存用として陸別町へ売却された。残り1両は鉄道愛好家に売却され、枝幸町で列車運転体験施設を造る構想だったが、輸送費用などの問題から頓挫。2007年9月末に解体される予定のところ北見市内の社会福祉法人理事長が引き取った。

他社乗り入れ[編集]

駅一覧[編集]

  • 全駅北海道に所在。
  • 線路 … ∥:複線区間、◇・|:単線区間(◇は列車交換可能)[注釈 2]、∨:ここより下は単線、∧:ここより下は複線
  • 停車駅
    • 普通列車… 基本的に全旅客駅に停車。
    • 快速「銀河」… ●の駅は停車、|の駅は通過
駅名 駅間キロ 累計キロ 快速銀河 接続路線など 線路 所在地
池田駅 - 0.0 北海道旅客鉄道:根室本線(一部直通) 十勝支庁 中川郡 池田町
様舞駅 5.7 5.7 旧仮乗降場
高島駅 5.8 11.5  
大森駅 5.0 16.5 旧仮乗降場
勇足駅 4.3 20.8   本別町
南本別駅 2.7 23.5  
岡女堂駅 3.8 27.3 転換後新駅
本別駅 2.5 29.8  
仙美里駅 6.4 36.2  
足寄駅 8.4 44.6   足寄郡 足寄町
愛冠駅 6.1 50.7 旧仮乗降場
西一線駅 3.3 54.0  
塩幌駅 1.9 55.9  
上利別駅 2.5 58.4  
笹森駅 3.8 62.2 旧仮乗降場
大誉地駅 4.3 66.5  
薫別駅 4.2 70.7   陸別町
陸別駅 6.7 77.4  
分線駅 5.7 83.1  
川上駅 4.1 87.2  
小利別駅 6.3 93.5  
置戸駅 15.9 109.4   網走支庁 常呂郡 置戸町
豊住駅 4.4 113.8 旧仮乗降場
境野駅 2.8 116.6  
西訓子府駅 1.8 118.4 旧仮乗降場 訓子府町
西富駅 3.0 121.4 旧仮乗降場
訓子府駅 2.1 123.5  
穂波駅 1.8 125.3 旧仮乗降場
日ノ出駅 2.1 127.4 旧仮乗降場
広郷駅 2.0 129.4 旧仮乗降場 北見市
上常呂駅 2.8 132.2  
北光社駅 3.3 135.5 旧仮乗降場
北見駅 4.5 140.0 北海道旅客鉄道:石北本線

廃止施設[編集]

  • 釧北仮乗降場 - 1916年(大正5年)11月1日に、釧路国北見国の境界にあたる現在の陸別町・置戸町境界付近付近に信号場として開設、後に仮乗降場化。1957年(昭和32年)6月1日廃止。この付近は淕別(陸別)が十勝支庁所属となった1948年(昭和23年)10月以降は主に「池北峠」と呼ばれ、「釧北」は現在釧網本線「釧北トンネル」、国道240号釧北峠」で使われる。

輸送・収支実績[編集]

年度 旅客輸送人員(千人) 一日1Km平均通過人員(人) 鉄道業営業収入(千円) 鉄道業営業費(千円)
1989 904 516 261,527 698,245
1990 1,027 476 312,889 838,256
1991 943 439 305,076 842,655
1992 903 472 285,814 783,548
1993 880 462 272,144 813,264
1994 866 456 265,623 766,928
1995 816 431 279,812 786,029
1996 765 406 284,130 770,294
1997 698 372 264,320 760,591
1998 678 361 279,383 775,039
1999 657 345 233,799 732,043
2000 615 320 209,187 652,426
2001 578 302 240,554 647,788
2002 536 281 204,091 609,451
2003 496 260 225,973 628,825
2004 452 242 197,206 554,431
  • 民鉄主要統計『年鑑日本の鉄道』1992年-2007年

廃止後の状況[編集]

旧陸別駅周辺は、「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」として約1kmにわたって整備されている。旧川上駅までの9.8kmを整備する予定だった[38]が、維持費の捻出が難しいため当面の間は予定より短距離にとどめられた。ただし、今後延伸する可能性は残しており川上駅までの区間で保線車両を用いた試験運行を実施している。廃止からちょうど2年を迎えた2008年(平成20年)4月20日より営業が開始され、ふるさと銀河線で使用されていた気動車の乗車体験や運転体験をすることができる。営業期間は4月下旬 - 10月下旬の第2・4土曜・日曜で、冬期は休業する。

代替バスは全線直通は設定されず、陸別を境に帯広 - 池田 - 足寄 - 陸別間が十勝バスに、陸別・置戸・訓子府 - 北見間が北海道北見バスに転換された。十勝バスが足寄 - 陸別間を新設、北海道北見バスが陸別 - 置戸間を新設するとともに、既存路線を増発して対応している。両社が期間限定運行していた特急バス「北見帯広線」(池田町は池田駅を経由せず利別に停車)は代替バス運行開始に伴い廃止されている[39]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 朝日新聞』では、「足寄町出身の鈴木宗男衆院議員(当時)が存続を強く求めて生き残った」としている。
  2. ^ 勇足駅・仙美里駅・愛冠駅・大誉地駅・川上駅・小利別駅・境野駅・日ノ出駅にも交換設備が設置されていたが、廃止時点では撤去されていた。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 236-237頁
  2. ^ a b 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 104-105頁
  3. ^ a b c 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 100-101頁
  4. ^ a b c d e 『北見現代史』 950頁
  5. ^ a b c d e f 『北見現代史』 951頁
  6. ^ a b c d e f 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 19頁
  7. ^ a b c d e 『写真で見る北海道の鉄道』 下巻 SL・青函連絡船他 222-223頁
  8. ^ a b c d e f 『北見現代史』 953頁
  9. ^ a b 『北見現代史』 954頁
  10. ^ a b 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 21-24頁
  11. ^ a b c d 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 95頁
  12. ^ a b 『北見現代史』 978頁
  13. ^ a b c 『北見現代史』 981頁
  14. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 314-315頁
  15. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『写真で見る北海道の鉄道』 上巻 国鉄・JR線 318-319頁
  16. ^ 『日本鉄道旅行地図帳』1号 北海道 41頁
  17. ^ 『北見現代史』 952頁
  18. ^ a b c d 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 20頁
  19. ^ 『北見現代史』 955頁
  20. ^ 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 26頁
  21. ^ 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 60頁
  22. ^ 『北見現代史』 956-957頁
  23. ^ 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 31頁
  24. ^ 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 34頁
  25. ^ 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 58頁
  26. ^ a b 『北見現代史』 959頁
  27. ^ 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 44頁
  28. ^ 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 41頁
  29. ^ a b 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 110頁
  30. ^ 『北見現代史』 960-961頁
  31. ^ 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 46-48頁
  32. ^ a b 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 111頁
  33. ^ 『北見現代史』 962頁
  34. ^ 『ふるさと銀河線10年のあゆみ』 51頁
  35. ^ 『北見現代史』 969頁
  36. ^ 『鉄道ジャーナル』 通巻474号 73頁
  37. ^ 『JTB時刻表』 2006年4月号 699頁
  38. ^ 『鉄道ファン』 通巻541号
  39. ^ 『北見現代史』 992頁

報道発表資料[編集]

  1. ^ a b “急告 平成17年3月28日” (プレスリリース), 北海道ちほく高原鉄道, (2005年3月28日), オリジナル2005年3月29日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20050329120819/http://www15.plala.or.jp/chihoku/kyuukoku.html 2005年3月29日閲覧。 
  2. ^ a b “鉄道事業廃止届けの提出について” (プレスリリース), 北海道ちほく高原鉄道, (2005年4月21日), オリジナル2005年4月24日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20050424185713/http://www15.plala.or.jp/chihoku/haisitodoke.html 2005年4月24日閲覧。 
  3. ^ “SL銀河号” (プレスリリース), 北海道ちほく高原鉄道, オリジナル2005年3月29日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20050329065723/http://www15.plala.or.jp/chihoku/sl/index.html 2005年3月29日閲覧。 
  4. ^ “最終営業日における列車運行お別れ式の実施等について” (プレスリリース), 北海道ちほく高原鉄道, (2006年3月29日), オリジナル2006年4月8日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20060408161725/http://www15.plala.or.jp/chihoku/owakare.html 2006年4月8日閲覧。 
  5. ^ “4月20日(木)ふるさと銀河線さよなら列車運行に伴うお別れ式一覧” (プレスリリース), 北海道ちほく高原鉄道, (2006年4月17日), オリジナル2006年5月6日時点によるアーカイブ。, http://web.archive.org/web/20060506235639/http://www15.plala.or.jp/chihoku/seremoni.html 2006年5月6日閲覧。 

新聞記事[編集]

  1. ^ a b c d e “さよなら池北線、こんにちは銀河線 JRがお別れ列車 あすから「ちほく高原鉄道」”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1989年6月3日) 
  2. ^ a b c “95年の旅 終着駅 銀河線 北見に最終列車”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2006年4月21日) 
  3. ^ “NHK北海道 ホンネで北海道「拓銀破たん10年」より”. NHKオンライン (日本放送協会). (2007年11月16日). http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=700&date=2007-11-16&ch=21&eid=47358 2007年11月16日閲覧。 [リンク切れ]
  4. ^ “銀河線「バス転換」含め協議入りへ 7市町足並みに乱れ 赤字負担の姿勢に差”. 北海道新聞(朝刊・オホーツク版) (北海道新聞社): pp. 28面(道東ワイド面). (2003年6月22日) 
  5. ^ a b “銀河線廃止決定 激論 2時間20分 関係者協 傍聴席からため息も”. 北海道新聞(朝刊・オホーツク版) (北海道新聞社): pp. 29面(オホーツク面). (2005年3月28日) 
  6. ^ “汽笛消え… 銀河線代替バス発車 駅名表示板や遮断機撤去も”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2006年4月21日) 
  7. ^ “銀河線廃止 正式決定 激論4時間 株主総会 存続派には失望感”. 北海道新聞(朝刊・オホーツク版) (北海道新聞社): pp. 25面(オホーツク面). (2005年4月18日) 
  8. ^ “ちほく高原鉄道 清算人会発足 財産目録の整備急務に”. 北海道新聞(朝刊・オホーツク版) (北海道新聞社): pp. 29面(オホーツク面). (2006年6月25日) 

参考文献[編集]

書籍[編集]

雑誌[編集]

  • ふるさと銀河線10周年記念事業実行委員会(編集)『ふるさと銀河線10年のあゆみ』1999年6月4日、 19-60頁・110-111頁。
  • 『JTB時刻表』、JTBパブリッシング2006年4月、 699頁。
  • 鉄道ファン』第46巻第5号(通巻541号)、交友社2006年3月20日
  • 「ふるさと銀河線最後の冬」、『鉄道ジャーナル』第40巻第4号(通巻474号)、成美堂出版2006年4月1日、 73・77頁。
  • 北見現代史編集委員会(編集)『北見現代史』、北見市2007年1月、 950-962頁・978-992頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]