釧路駅

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釧路駅
釧路駅舎
釧路駅舎
くしろ - Kushiro
K52 新富士 (2.7km)
(2.9km) 東釧路 B54
所在地 北海道釧路市黒金町(初代)[1]

北大通14丁目(2代目)
駅番号 K53
所属事業者 JR logo (hokkaido).svg北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 根室本線*
釧網本線直通含む)
キロ程 308.4km(滝川起点)
電報略号 クシ
駅構造 地上駅
ホーム 3面5線
乗車人員
-統計年度-
1,479人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1901年(明治34年)7月20日[1](初代)

1917年(大正6年)12月1日(2代目)[1]
備考 社員配置駅
みどりの窓口 有
* 当駅から東釧路方は「花咲線」の愛称あり。

釧路駅(くしろえき)は、北海道釧路市北大通14丁目5にある、北海道旅客鉄道(JR北海道)根室本線である。駅番号K53

概要[編集]

釧路市の代表駅で北海道旅客鉄道釧路支社が置かれている。建物は道内で現存する最後の民衆駅であり、駅舎はかつての札幌駅旧駅舎(4代目)に似た作りをしている(建設当初の外壁カラーは札幌駅と同じブルーであった)。 東北海道の鉄道基点である旧釧路駅跡に設けられた幸町公園には、1916年(大正5年)北海道内の鉄道線路の延長が千マイルに達したことを記念する北海道鉄道記念塔がある。

根室本線は当駅で運転系統が分割されており、釧路 - 根室間には「花咲線」の愛称が付与されている。また当駅は根室本線の単独駅であるが、隣の東釧路駅を起点とする釧網本線の列車も根室本線経由で当駅に発着しており、接続駅として機能している。

歴史[編集]

年表[編集]

戦前の釧路駅
  • 1913年大正2年)
    • 6月2日 - 釧路機関庫設置(北海道鉄道管理局の事務上制定)[2]
    • 11月10日 - 線名改称により釧路本線の駅となる[3]
  • 1917年(大正6年)12月1日 - 釧路-厚岸延伸開業に伴い現在地に移転[2]、貨物の取扱を廃止(旅客駅となる)[1]。旧駅は貨物駅浜釧路駅となる[1]
  • 1921年(大正10年)8月5日 - 線名改称により根室本線の駅となる[3]
  • 1923年(大正12年)1月17日 - 雄別鉄道線が開業[4]。構内北側に片側使用のホーム設置[4]
  • 1927年昭和2年)9月15日 - 釧網線の当駅-標茶間開業[1]
  •  ? - 雄別鉄道側ホームまで跨線橋延長[4]
  • 1937年(昭和12年)12月1日 - 貨物の取扱を再開(一般駅に戻る)[5]
  • 1942年(昭和17年)6月13日 - 石炭車扱貨物の取扱を開始[5]
  • 1944年(昭和19年) - 雄別鉄道機回し線(2番線)より売炭業者石炭ヤードへ石炭取卸専用線敷設[4]
  • 1945年(昭和20年)7月14日 - 戦災を受ける。
  • 1954年(昭和29年)9月1日 - 雄別炭礦鉄道線との連絡貨物取扱を開始[5]
  • 1961年(昭和36年)
    • 8月1日 - 民衆駅の駅舎に改築[1]RC構造地下1階、地上4階。
    • 9月8日 - 民衆駅地下に釧路ステーションビル協同組合による釧路ステーションデパートが開店[1]
  • 1962年(昭和37年)12月25日 - 釧路駅の通り抜け地下道が開通する[1]
  • 1965年(昭和40年)10月1日 - みどりの窓口設置[1]
  • 1968年(昭和43年)9月30日 - 第3ホーム増設[4]。雄別鉄道ホームまでの地下道完成及び跨線橋撤去[4]
  • 1970年(昭和45年)4月16日 - 雄別鉄道線廃止。釧路駅ホーム最北部が閉鎖され、同ホーム地下連絡通路も封鎖。
  • 1972年(昭和47年)8月16日 - 釧路駅前バスターミナルが完成し、供用開始[1]
1977年の釧路駅、及び車両工場の釧路車両管理所(初代釧路駅、初代浜釧路駅)と浜釧路駅、周囲約1km×1.5km範囲。右が根室方面。二代目の現在の釧路駅は、当初客扱い専用駅として開設されたが、何度か貨物扱いを行っている。この時点では中央埠頭や二代目(貨)浜釧路駅へ向かう公共臨港線が、駅舎左横の貨物ホームへ新富士方面の操車場側から引き込まれていた。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

石川啄木と釧路駅[編集]

歌人石川啄木は、函館、小樽と移り住んだ後、1908年(明治41年)1月21日釧路新聞記者として釧路に移った。初めての釧路入りで釧路駅(のちの浜釧路駅)に降り立ち、のちにこのときのことを「さいはての駅に降り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りにき」と詠んだ。

駅構造[編集]

釧路駅
くしろ - Kushiro
(3.8km) 浜釧路
所属事業者 日本貨物鉄道(JR貨物)
所属路線 根室本線(貨物支線)
キロ程 0.0km(当駅起点)
開業年月日 1917年(大正6年)12月1日[1]
廃止年月日 1989年(平成元年)8月1日[1]
備考 浜釧路駅は、初代釧路駅の後身。1962年に移転。
釧路駅
くしろ - Kushiro
(1.2km) 新釧路
所属事業者 雄別鉄道
所属路線 雄別鉄道線
キロ程 0.0km(当駅起点)
開業年月日 1923年(大正12年)1月17日
廃止年月日 1970年(昭和45年)4月16日
備考 路線廃止により廃駅。
新富士駅側の跨線橋から見た構内の様子。右が1番線と駅舎側(2009年11月)
日本最東端の自動改札(2009年3月)

単式ホーム1面1線と島式ホーム2面4線の、計3面5線を持つ地上駅。単式ホーム側に駅舎がある。ホーム間は地下通路で連絡。特急スーパーおおぞら」は1番のりば発着となっている。1番と2 - 3番のりばにはエスカレータが設置されている。

LEDタイプの発車案内表が設置されている駅としては日本最東端であり、定期運行している特急列車の停車駅としても同様である。

かつては雄別鉄道が発着する6番線も存在したが現在はホームは撤去され、ホームへの地下道も閉鎖されている。雄別鉄道線ホームへの案内板は、駅舎内の飲食店(蕎麦屋)に保管・展示されている。

終日社員配置駅自動改札機Kitacaは非対応、設置駅としては日本最東端)、みどりの窓口(営業時間は5:30 - 22:30)、ツインクルプラザ釧路支店(営業時間は10:00 - 18:00)、駅レンタカーがある。

駅ビルの大半はJR北海道釧路支社関係の施設で、駅施設は地上1階のみ。また2・3階の一部は貸しフロアになっており、YAMAHA音楽教室等が入居している。 地階には釧路ステーションデパートが存在していたが2004年(平成16年)5月30日に閉鎖され[1][6]、駅ビル1階からの下り階段も閉鎖された(地下自由通路からの入口もシャッターが下ろされている)。

駅ビル内には、キャッシュコーナー(ゆうちょ銀行)、セブン-イレブン、土産物屋、蕎麦屋、レストラン、喫茶店、パン屋、古書店、観光案内所がある。

なお、駅の西側には、現在国の合同庁舎がある幸町から移転してきた、車両工場の釧路運輸車両所がある。また、かつては車両所の周囲に操車場が広がっていた。

のりば
1 - 4 根室本線 白糠帯広新得札幌滝川方面
花咲線 厚岸根室方面
釧網本線 摩周網走方面
5 花咲線 厚岸・根室方面
釧網本線 摩周・網走方面

※上記の路線名は旅客案内上の名称で表記している。

利用状況[編集]

  • 2013年度の1日平均乗車人員は1,479人である。
乗車人員推移
年度 1日平均人数
2000 2,575
2001 2,169
2002 2,001
2003 1,899
2004 1,872
2005 1,828
2006 1,761
2007 1,742
2008 1,695
2009 1,611
2010 1,516
2011 1,554
2012 1,571
2013 1,479

駅弁[編集]

釧祥館が製造・販売を担当。主な駅弁は下記の通り[7]

  • かに飯
  • かきべん
  • 釧路湿原弁当
  • いわしのほっかぶり
  • 釧路魚礁
  • 花咲かにめし(土・日曜のみ)
  • いわしのほっかぶりとさばのほっかぶりの詰合
  • いわしのほっかぶりとサーモンの詰合
  • かに二重めし
  • うに・いくら丼
  • さばのほっかぶり寿司
  • たらば寿し

駅周辺[編集]

駅前に駐車場タクシーのりばが設置されている。東側にはホテル併設の駅前バスターミナル(複合ビル)が設置されており、都市間バス釧路空港連絡バス、市内線、郊外線が発着する。

駅前通りは、銀行、証券会社、生損保会社の支社、支店、営業所が立地している。

繁華街は、通称「末広(すえひろ)」の名で親しまれている末広町・栄町・川上町地区にあり、駅から北大通を幣舞橋方面へ直進して徒歩5分 - 10分の左手にある。

公共施設・金融機関[編集]

商業施設[編集]

かつて釧路駅地階にも、釧路ステーションデパートという商業施設が存在していたが、現在は閉店し、連絡通路も閉鎖されている。

宿泊施設[編集]

その他[編集]

バス路線[編集]

駅前にバスターミナルが設けられており、くしろバス阿寒バスおよび共同運行各社のバスが乗り入れる。

  • 北海道バス 釧路特急ニュースター号「釧路駅前」停留所(北大通13丁目)

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道
根室本線
快速「はなさき」「ノサップ」(釧路行き)
釧路駅 (K53)厚岸駅
快速「はなさき」「ノサップ」(釧路始発)
釧路駅 (K53)東釧路駅 (B54)
普通
新富士駅 (K52) - 釧路駅 (K53) - 東釧路駅 (B54)
釧網本線(東釧路駅までは根室本線)
快速「しれとこ」、普通
東釧路駅 (B54) - 釧路駅 (K53)

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ 釧路叢書第26巻 「釧路の産業史」釧路市 昭和63年発行より。当時の釧路港は北防波堤しか完成しておらず埠頭の整備が遅れ、オダイトと呼ばれた河口の砂州によって外洋の波浪から守られていた釧路川河口内の幸町岸壁や入舟町岸壁を拠点とした艀運送により、湾岸より少し離れた沖に投錨した外洋船との荷役を行っていた。ドルフィン桟橋は28m×30mの方形で、釧路駅本線の直線延長上に設けられ、幸町岸壁から長さ約75m、幅8mの連絡橋が掛けられていた。その後港湾施設の整備などにより艀荷役の需要が減って、ドルフィンは廃止となった。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 釧路市地域史研究会 『釧路市統合年表:釧路市・阿寒町・音別町合併1周年記念』 釧路市 、2006年10月。
  2. ^ a b c 『北海道鉄道百年史 下巻』1981年3月 日本国有鉄道北海道総局 編集・発行、第5編資料/1年表。
  3. ^ a b c 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 I』1998年10月 JTB編集・発行、P248。
  4. ^ a b c d e f 『雄別炭礦鉄道 50年の軌跡』大谷正春著 1984年7月 ケーエス興産発行。
  5. ^ a b c d e f g 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』1998年10月 JTB編集・発行、P882。
  6. ^ a b “「釧路ステーションデパート」閉店!道内のステーションデパートはすべて消滅”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2004年5月31日)
  7. ^ 『JR時刻表』2015年3月号、交通新聞社2015年、 715頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]