釧路運輸車両所

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釧路運輸車両所
釧路運輸車両所社屋ボイラー室
釧路運輸車両所社屋ボイラー室
基本情報
鉄道事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
帰属組織 釧路支社
所属略号 釧クシ、釧
整備済み車両略号 釧路運両、KR
配置両数
蒸気機関車 1両
内燃機関車 3両
気動車 68両
客車 9両
合計 81両
備考 2019年4月1日現在のデータ[1][2]
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釧路運輸車両所(くしろうんゆしゃりょうじょ)は、北海道釧路市喜多町2番16号にある北海道旅客鉄道(JR北海道)の車両工場・車両基地および、運転士・車掌が所属している組織である。釧路運輸所(釧路車掌所と釧路運転所が合併)と釧路車両所(工場部門)が合併して誕生した。

2004年平成16年)3月改正で花咲線運輸営業所から運転業務(運転士・交番)を移管し、根室本線釧路 - 根室間(通称・花咲線)の運転業務を受け持つようになった。

車両部門[編集]

配置車両[編集]

主に、釧網本線・根室本線で運用される気動車のほか、特急スーパーおおぞら」系統で運用される気動車が配置される。

2019年4月1日現在の所属車両は以下のとおり[1][2]

所属車両の車体に記される略号は、旅客車が「釧クシ」(釧=釧路支社、クシ=釧路の旧電報略号)、機関車が「」(=釧路)である。

電車 気動車 機関車 客車 貨車 合計
0両 68両 4両 9両 0両 81両

蒸気機関車[編集]

C11形蒸気機関車(1両)
  • 171号機が配置されている。主に「SL冬の湿原号」に使用される。

ディーゼル機関車[編集]

DE10形ディーゼル機関車(3両)
  • 1500番台の3両 (1660, 1661, 1690)が配置されている。
  • このうちDE10 1660, 1661は「ノロッコ号」牽引用として専用塗色を配する。「ノロッコ号」運行時以外は、構内入替用として使用される。

気動車[編集]

キハ283系気動車(25両)
  • キハ283形9両 (3, 5, 7, 11, 13, 15, 17, 19, 21) 、キハ282形13両 (3, 5, 7, 103, 105, 107, 109, 111, 2003, 2005, 2007, 2009, 3003) 、キロ282形3両 (1, 3, 5)の計25両が配置されている。
  • 特急「スーパーおおぞら」に用いられる。
キハ40形気動車(29両)
  • 700番台の3両 (739, 757, 777)と 、1700番台の26両 (1709, 1722, 1723, 1737, 1738, 1740 - 1742, 1749, 1751, 1752, 1754 - 1756, 1758 - 1760, 1765, 1766, 1768, 1774 - 1776, 1778, 1779,1797) の計29両が配置されている。1700番台車は機関換装済み。
キハ54形気動車(14両)
  • 500番台の14両 (507, 508, 514 - 519, 521 - 526) が配置されている。
  • 522は、2012年より「ルパン三世」のラッピングが施され、507, 508は2017年に「流氷物語」として塗装が変更されている。

客車[編集]

14系(4両)
スハフ14形2両 (505, 507) 、オハ14形2両 (519, 526) が配置されている。2018年11月から12月にかけて旭川運転所から転属した。
  • 後述のスハシ44形1両を組み込んだ5両編成を組み、「SL冬の湿原号」で運用されている。通常は4両編成であるが、イベント列車の多客が予想される場合や団体利用が予定されている場合は5両編成になる。また、「SL冬の湿原号」が釧路 - 標茶間で運転される場合も、5両編成で運用される。
スハシ44形(1両)
1両 (1) が配置され、前述の14系客車と編成を組んでいる。2018年11月23日付で旭川運転所から転属した。
510系客車(4両)
  • オハテフ500形1両 (51) 、オクハテ510形1両 (1) 、オハ510形1両 (1) 、オハテフ510形1両 (1) の計4両が配置されている。
  • トロッコ列車「釧路湿原ノロッコ号」などで運用されている。
    • オハテフ510-2も配置されていたが、2018年6月5日に旭川運転所へと転属した。

過去の所属車両[編集]

キハ183系
  • 特急「おおぞら」等用として在籍し、2階建車両であるキサロハ182形550番台も在籍した。2001年7月1日ダイヤ改正をもって「おおぞら」等の運用から外れ、うちキサロハ182形は全車が本所で長期保留車となったのち、2013年12月20日付で4両とも廃車となった。
DE15形ディーゼル機関車
  • 末期は2500番台の1両(2526)が配置されていたが、2016年4月30日付で廃車となった。主に除雪やイベント列車の牽引に使用された。
DMV形
ナハ29000形客車
  • 「バーベキューカー」仕様の1両 (29002) が配置されていたが、2018年3月31日付で廃車された。
スユニ50形客車
  • 救援車代用として、1両(スユニ50 514)が配置されていたが、2018年3月31日付で廃車された。
ハテ8001
  • ハテ8000形(ハテ8001)
    ワム181687を種車として「スタンディングトレイン」用の眺望客車トロッコ車)に改造したもの[4]で、JRグループに在籍する唯一の二軸客車であった。2001年(平成13年)に同所で改造され、2013年12月20日を以って廃車となった。
ホキ800形貨車
  • バラスト輸送用ホッパ車として、12両が配置されていたが、2016年6月20日と7月20日に廃車となり消滅した。
  • ホキ1020
    バラスト輸送用ホッパ車

ヨ3500形貨車
  • 廃車当時最後の1両であった4350が配置されていた。車掌車であるが、専らイベント用途に用いられ、2016年7月20日付で廃車となった。

工場部門[編集]

車両の検査や修繕の他に、車両改造も行っている。鉄道車両に記入される記号は「KR」、「釧路運両」。

旧・日本国有鉄道(国鉄)時代から各種車両の製造、改造、整備、廃車解体を行っている。北海道内で車両の製造ができる工場は苗穂工場・釧路工場の二箇所だけであった。

海峡線用のオハ50系の一部や札沼線用のキハ141系の一部もここで改造された。気動車の検査修繕が主であり、キハ54形の台車交換や前面強化工事、キハ40形の特別延命工事(1700番台化)も当車両所で行われている。

運輸部門[編集]

車掌乗務範囲[編集]

運転士乗務範囲[編集]

  • 根室本線 - 新得 - 根室間
  • 釧網本線 - 東釧路 - 網走間

歴史[編集]

1977年の釧路機関区、客貨車区、および操車場。周囲約1km範囲。右が根室方面。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

車両基地・乗務員[編集]

  • 1901年明治34年)7月20日 - 初代釧路駅(黒金町)に併設の釧路機関庫として開設[5]
  • 1917年大正6年)12月1日 - 釧路駅が現在地に移転し、初代釧路駅は貨物駅浜釧路駅となるが、機関庫などの付帯施設は全て残される。釧路機関庫を浜釧路機関庫に改称[5]
  • 1932年昭和7年)3月1日 - 浜釧路機関庫を釧路機関庫に改称[5]
  • 1936年(昭和11年)9月1日 - 釧路機関庫を釧路機関区に改称[5]
  • 1950年(昭和25年)2月15日 - 初代浜釧路駅に釧路客貨車区設置[5]
  • 1953年(昭和28年)3月14日 - 初代浜釧路駅併設の釧路機関区が現在地の喜多町(当時は宝町)に移転[5]
  • 1959年(昭和34年)10月26日 - 新しい釧路客貨車区が現在地に完成。浜釧路駅から移転開始[5]。(移転完了は翌年12月26日[6]
  • 1960年(昭和35年)8月20日 - 現在地に隣接する宝町に新設された釧路操車場が使用開始[6]。(それまでは釧路駅に下り仕訳線群、浜釧路駅に上り仕訳線群と分かれていたため作業性が悪く不経済であった。[7]
  • 1979年(昭和54年)5月7日 - 釧路機関区改築[6]
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 帯広運転区池田支区の廃止[6]により、車両が池田から転属。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 現在地の釧路機関区および客貨車区が統合し釧路運転区となる[6]
  • 1987年(昭和62年)
    • 3月1日 - 釧路運転区を釧路運転所に改称[6]
    • 4月1日 - 国鉄分割民営化により北海道旅客鉄道が継承、釧路支社釧路運転所となる。
  • 1989年(平成元年)7月31日 - 二代目(貨)浜釧路駅が廃止[6]。貨物業務は新富士駅へ移管[6]
  • 1992年(平成4年)3月18日 - 根室線滝川 - 釧路間ワンマン化に伴い、帯広車掌所廃止。特急行路の大半を釧路車掌所に移管する。
  • 1993年(平成5年)10月20日 - 釧路操車場内で本線を海側外周から内陸側外周へ切替[6]
  • 1994年(平成6年)3月1日 - 釧路運転所と釧路車掌所を統合し釧路運輸所発足[6]
  • 1996年(平成8年)5月1日 - 釧路車両所が幸町から現在地へ移転すると同時に[注 1]、釧路運輸所と統合し釧路運輸車両所発足[6]
  • 2004年(平成16年)3月 - 花咲線運輸営業所から運転・検修部門を移管。
  • 2009年(平成21年)3月 - 花咲線運輸営業所から車両を移管。ただし、花咲線運輸営業所に所属していた車両は当所所属車両と混合して同一の運用をされていた。

車両工場[編集]

  • 1902年(明治35年)
    • 3月31日 - 釧路機関事務所設置[8]
    • 4月10日 - 釧路機関事務所が工場(車両修繕)業務を兼務[8]
  • 1913年大正2年)6月10日 - 旭川工場釧路派出所設置[8]
  • 1916年(大正5年)11月1日 - 旭川工場釧路派出所が釧路工場に昇格[5]
  • 1933年(昭和8年)5月12日 - 釧路工場が浪花町から幸町に新築移転[5]
  • 1942年(昭和17年)9月11日 - 初代(貨)浜釧路駅の釧路工場を釧路工機部に改称[5]
  • 1945年(昭和20年)7月1415日 - 米軍の攻撃(空襲・艦砲射撃)により大被害[5]
  • 1950年(昭和25年)1月10日 - 釧路工機部が釧路工場に改称[5]
  • 1961年(昭和36年)7月20日 - (貨)浜釧路駅が黒金町から、釧路川のかつて幸町岸壁のあった幸町3丁目から同4丁目の敷地に移転新築される。釧路工場は旧敷地西側の幸町9丁目から同11丁目に残される。
  • 1973年(昭和48年)9月1日 - 幸町の釧路工場が釧路車両管理所に改称[6]
  • 1985年(昭和60年)3月20日 - 幸町の釧路車両管理所が釧路車両所に改称[6]
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により北海道旅客鉄道が継承。
  • 1996年(平成8年)5月1日 - 釧路車両所が幸町から現在地へ移転すると同時に[注 1]、釧路運輸所と統合し釧路運輸車両所発足[6]
  • 2003年(平成15年)9月1日 - 旭川運転所の移転により、旭川運転所所属の車両の整備の一部と廃車解体業務が移管される。

跡地[編集]

釧路地方合同庁舎釧路市こども遊学館日本銀行釧路支店およびジェイ・アール道東トラベルサービスが管理する駐車場になっている。

脚注・出典[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b 釧路車両所の閉所式は1996年(平成8年)4月30日。

出典[編集]

  1. ^ a b 交友社鉄道ファン』2019年7月号 「JR旅客会社の車両配置表」
  2. ^ a b ジェー・アール・アール編『JR気動車客車編成表』2018 ジェー・アール・アール、交通新聞社、2018年。
  3. ^ 「JR電車編成表2012年冬」359頁。ISBN 9784330256115
  4. ^ 『RAIL FAN』第49巻第4号、鉄道友の会、2002年4月1日、 6頁。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l 釧路鉄道管理局史 昭和47年11月発行。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n JR釧路支社「鉄道百年の歩み」平成13年12月発行。
  7. ^ 札幌工事局70年史 昭和52年3月発行 p.514。
  8. ^ a b c 北海道鉄道百年史 上巻 日本国有鉄道北海道総局 昭和51年3月発行 p291,p293,p660。

関連項目[編集]

座標: 北緯42度59分49.9秒 東経144度21分54.1秒