三陸鉄道

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三陸鉄道株式会社
Sanriku Railway Company
SanrikuRailway MiyakoSta 091017.jpg
三陸鉄道宮古駅(本社所在地)
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 三鉄(さんてつ)
本社所在地 日本の旗 日本
027-0076
岩手県宮古市栄町4
北緯39度38分25.48秒 東経141度56分45.69秒 / 北緯39.6404111度 東経141.9460250度 / 39.6404111; 141.9460250座標: 北緯39度38分25.48秒 東経141度56分45.69秒 / 北緯39.6404111度 東経141.9460250度 / 39.6404111; 141.9460250
設立 1981年11月10日
業種 陸運業
法人番号 9400001000710
事業内容 旅客鉄道事業
旅行業
物品販売業 他
代表者 代表取締役社長 中村 一郎
資本金 3億円
(2016年3月31日時点)
発行済株式総数 30,000株
売上高 4億4,656万8,565円
(2016年3月期)
営業利益 △1億4,228万8,594円
(2016年3月期)
経常利益 △1億3,596万6,790円
(2016年3月期)
純利益 595万8,227円
(2016年3月期)
純資産 2億1,274万2,621円
(2016年3月31日時点)
総資産 5億1,167万9,614円
(2016年3月31日時点)
従業員数 61名(2016年3月31日時点)
決算期 3月31日
主要株主 岩手県 14,400株 (48.0%)
宮古市 1,350株 (4.5%)
岩手銀行 1,200株 (4.0%)
大船渡市 1,150株 (3.8%)
新日鐵住金 1,000株 (3.3%)
東北電力 1,000株 (3.3%)
一関市 700株 (2.3%)
久慈市 650株 (2.2%)
釜石市 650株 (2.2%)
他 7,900株 (26.4%)
関係する人物 鈴木善幸
外部リンク http://www.sanrikutetsudou.com/
特記事項:会社の基礎情報は三陸鉄道(株)会社概要および決算告示・事業報告を参照し作成。
テンプレートを表示
赤色が北リアス線、青色が南リアス線
釜石駅に停車中の36-100形気動車
36-105 「キット、ずっと2号」(奇跡の車両)
36-701〜3 (クウェートの支援で導入)

三陸鉄道株式会社(さんりくてつどう)は、岩手県三陸海岸を縦貫する路線を持つ、第三セクター方式の鉄道会社である。通称三鉄(さんてつ)。

北リアス線南リアス線の運営を行うほか、旅行業、物品販売業も行っている。

歴史[編集]

開業までの経緯[編集]

三陸沿岸を結ぶ鉄道の構想は、1896年(明治29年)に白根専一逓信大臣に提出された「三陸鉄道株式会社創立申請書」に遡る[1]。これは1896年三陸地震の際、「陸の孤島」と評される急峻な地形が支援物資の輸送を阻んだことを踏まえ、その復興策として鉄道の建設が考えられたことによる[2]。この構想は「三陸縦貫鉄道構想」となり、1928年11月22日仙台駅 - 石巻駅間(宮城電気鉄道、現仙石線)、1930年3月27日には久慈駅 - 八戸駅(現本八戸駅)間(八戸線)が開通した。1933年三陸地震を経て、1935年9月29日気仙沼駅 - 盛駅間(大船渡線)、1939年9月17日釜石駅 - 宮古駅間(山田線)が開通した[3]

この「三陸縦貫鉄道構想」は第二次大戦後も継続され、1957年2月11日に気仙沼駅 - 本吉駅間(気仙沼線)が開通、1962年には宮古駅 - 久慈駅間および盛駅 - 釜石駅間が工事線に格上げされた。そして高度経済成長期には、日本国有鉄道(国鉄)線として1968年10月24日前谷地駅 - 柳津駅間(柳津線[4]1972年2月27日に宮古駅 - 田老駅間(宮古線)、1973年7月1日に盛駅 - 吉浜駅間(盛線)、1975年7月20日普代駅 - 久慈駅間(久慈線)が相次いで開業した。

三陸鉄道の設立[編集]

しかし、三陸縦貫鉄道の完成を目前にして、国鉄の財政悪化により建設が凍結された。この時点での未開業区間は、吉浜駅 - 釜石駅間15.2kmと田老駅 - 普代駅間32.2kmの計2区間で、路盤は既に完成しており、レールの敷設もほぼ終了していた[2][5]。追い討ちをかけるように、ようやく開通に至った盛線、宮古線、久慈線も、1981年9月18日には国鉄再建法による第一次特定地方交通線に指定され、国鉄路線として廃止されることが決定された。これを受けて、岩手県と沿線市町村は、1981年11月10日第三セクター「三陸鉄道株式会社」を設立。社名は三陸縦貫鉄道、三陸観光鉄道などの案から岩手県知事が決めたという[6]

翌年1982年から未開業区間の建設を進め、久慈線と宮古線、盛線の引き継ぎと同時に未開業区間を開通させて北リアス線および南リアス線の営業を開始し、地元の悲願であった三陸縦貫鉄道は1984年4月1日に全通した。また、これは特定地方交通線を転換して開業した初めての第三セクター鉄道ともなった。

開業初年度からの約10年間は黒字を計上し、三陸鉄道の成功はその後の第三セクター鉄道の誕生を強く後押しした。しかし、輸送人員は1992年から減少の一途をたどり、1994年からは赤字経営に転落、岩手県の運営助成基金に手をつけ始めた[7]。このままでは運営資金が底をつくことから、2003年には経営改善計画を策定、合理化の徹底とともに観光客の誘致を図った[7]

震災と復旧[編集]

その最中を襲った2011年3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)に伴う津波や崩落は、三陸鉄道に甚大な被害をもたらした。路線各所で駅舎や路盤が流出し、車両も3両が使用不能となった[8]。しかしながら、地震発生からわずか5日後の3月16日には久慈駅 - 陸中野田駅で運行を再開、被害が小さな他の区間についても3月末までに運転再開し、被災者を勇気づけた[9]。被害が大きなそれ以外の区間についても、岩手県庁の補正予算や国土交通省の第3次補正予算から復旧費用が拠出される目処がついたため、復旧工事を進め[10][11]2014年4月6日に全線が復旧し運転再開に至った[12]

また、同じく震災で不通となっているJR山田線のうち宮古駅 - 釜石駅間の運転再開の際には経営が三陸鉄道へ移管される予定となっている[13]

年表[編集]

  • 1981年(昭和56年)11月10日 - 三陸鉄道設立。
  • 1984年(昭和59年)4月1日 - 北リアス線、南リアス線開業。
  • 1990年(平成2年)5月5日 - 横浜博覧会で運転されたレトロ調車両「おやしお」、「くろしお」営業運転開始。
  • 1994年(平成6年)2月22日 - 南リアス線で強風のため列車転覆事故発生。
  • 1997年(平成9年)7月26日 - 仙台 - 久慈(1999年〈平成11年〉から八戸)間に直通臨時列車「リアス・シーライナー」運転開始。
  • 2000年(平成12年)1月4日 - 鉄道建設公団から施設の無償譲渡を受ける[14]
  • 2002年(平成14年)10月 - お座敷車両「さんりくしおかぜ」営業運転開始。
  • 2005年(平成17年)3月 - レトロ調車両「さんりくしおさい」営業運転開始。
  • 2007年(平成19年)8月19日 - 「三陸鉄道再出発宣言」。岩手県と沿線12市町村が財政支援を表明。
  • 2008年(平成20年)4月 - 2009年4月の開業25周年を前に社名ロゴマークを変更。
  • 2009年(平成21年)11月 - 国土交通省より地域公共交通活性化再生法に基づく鉄道事業再構築実施計画の認定を受け、北リアス線・南リアス線の鉄道用地を沿線12市町村に無償譲渡[15][16]
  • 2011年(平成23年)
    • 3月11日 - 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)により北リアス線、南リアス線とも全線不通。
    • 3月16日 - 北リアス線 陸中野田 - 久慈間の運転が再開[9]。同区間で復興支援列車の運転が開始され、3月31日まで運賃無料。
    • 3月20日 - 北リアス線 宮古 - 田老間の運転が再開[9]
    • 3月29日 - 北リアス線 田老 - 小本(現在の岩泉小本)間の運転が再開[9]
    • 11月3日 - 北リアス線の陸中野田 - 野田玉川間の復旧工事に着手[11]
  • 2012年(平成24年)4月1日 - 北リアス線 田野畑 - 陸中野田間の運転が再開[17]
  • 2013年(平成25年)4月3日 - 南リアス線 盛 - 吉浜間の運転が再開[18]
  • 2014年(平成26年)
    • 3月28日 - 地域公共交通活性化再生法に基づく鉄道事業再構築実施計画の変更認定[19]。期間5年延長
    • 4月5日 - 南リアス線 吉浜 - 釜石間の運転が再開[20]
    • 4月6日 - 北リアス線 小本 - 田野畑間の運転が再開し、全線で運転再開[12]
    • 10月22日 - 上下分離方式移行のための施設の譲渡を決定[21]
  • 2016年(平成28年)6月1日 - 台湾鉄路管理局海岸線と姉妹鉄道協定を締結[22]

路線[編集]

車両[編集]

自社車両は、すべて「36形(公式には「さんりくがた」の発声を当てる)」を名乗るが、車体構造や車内装備から6形式に分けられる。

過去の在籍車両[編集]

こたつ列車[編集]

2006年から、毎年12月から翌年3月末まで北リアス線久慈駅 - 宮古駅間で運行されている企画列車[24]。車両内に12台の掘り炬燵が設置され企画列車専用の弁当販売や車内でなもみなどが登場するイベントもある。

事務所[編集]

盛岡市岩手県庁内に登記上本店(名目上の本社)が存在するが、実際の本社機能は宮古駅内に存在する。久慈・大船渡の事務所は事務や指令業務を行い、運転士・車両が所属する。

  • 宮古本社(宮古駅構内)…実質的本社。
  • 北リアス線運行部(久慈駅構内・旧久慈鉄道事務所)
  • 南リアス線運行部(盛駅構内・旧大船渡鉄道事務所)

三鉄ツーリスト[編集]

三陸鉄道の旅行業部門で、宮古駅に設置されている。近畿日本ツーリストグループの特約店。久慈駅にあった久慈営業所は、2007年3月31日をもって閉所された。

運賃[編集]

大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。北リアス線・南リアス線共通。2014年4月1日現在[27]

キロ程 運賃(円)
初乗り2km 160
3 190
4 - 6 260
7 - 9 310
10 - 12 390
13 - 15 450
16 - 18 540
19 - 21 610
22 - 24 700
25 - 27 770
28 - 30 830
31 - 33 920
34 - 36 990
37 - 39 1080
40 - 42 1140
43 - 45 1210
46 - 48 1290
49 - 51 1350
52 - 54 1420
55 - 57 1520
58 - 60 1600
61 - 63 1660
64 - 66 1730
67 - 1850

割引乗車券[編集]

  • 三陸鉄道1日フリー乗車券 - 平日に利用可能なものと土曜・日曜・祝日に利用可能なものがあり、発売額が異なる。それぞれ北リアス線用・南リアス線用の2種類。従来は日曜・祝日に利用可能だったが、2014年4月から土曜日にも利用可能なものを発売。2014年9月には平日用を新たに設定した。
  • 三鉄1日とく割フリーパス (販売休止中)- 青春18きっぷまたは北海道&東日本パスを提示した場合に発売。但し、東日本大震災発生直後から発売を見合わせ、発売再開の見通しはたっていない。

食品・キャラクターグッズ販売[編集]

「赤字を食う」とのことでせんべい「三鉄赤字せんべい」を販売している。震災後の2011年からは復興と地域活性化を目的に、男性鉄道社員をキャラクター化した「鉄道ダンシプロジェクト」も展開しており、公募によって氏名とデザインを決定、それを元にカズキヨネがリデザインを行なっている。これまでに「田野畑ユウ」(田野畑駅)と「恋し浜レン」(恋し浜駅)が[28][29]、また恋し浜同様「恋」が駅名に含まれることから、西武鉄道と共同で「恋ヶ窪ジュン」(恋ヶ窪駅)も誕生した[30][31]。他にもマスコットキャラクター「さんてつくん」を配したグッズや、車内放送を収録したCD、酒蔵コラボレーションした日本酒など多数の販売を行なっており、公式ホームページにはオンラインショップ「さんてつ屋」を設けている。

ネット広報・ファンクラブ[編集]

三陸鉄道がインターネットで行なっている広報には、公式ウェブサイトに加え、ブログ形式の「鉄ログ」やツイッターの「さんてつくん@三陸鉄道【鉄ログ】」などがある。また季刊の会報誌を発行する「三鉄ファンクラブ」も設けられており、ファンクラブの会員証裏面は1日フリー乗車券となっている。未開通区間以外の全線で、任意の1日(本人のみ・会員年度よりも長く設定された有効期限内に限る)に使用できる。

他企業からの支援企画[編集]

クレディセゾン[編集]

「枕木に名前を残そう!」ツアー第二弾

2011年10月27日より、「三陸鉄道支援プログラム」としてクレディセゾンがカード会員から一人1万円の支援金を募る形で復旧への支援をしている(2013年5月現在、第4弾まで実施)[32][33]。支援者の名前を書いたプレートが枕木に設置される「枕木に名前を残そう!」や、三陸鉄道社員らと交流しながら実際にそれを取り付けるツアー(別途旅行費用が必要、近畿日本ツーリストが主催)も行われている[34][35]。ツアー第二弾の式典には三鉄社長の望月正彦や三鉄・クレディセゾン社員に加え、開業時から三陸鉄道を記録し続けている鉄道写真家の中井精也も出席し、貸切列車では社長の講話も行われた。2013年8月末での支援者はのべ5000人を超え、支援額は5000万円を上回っている。

サークルKサンクス[編集]

サークルKサンクス(現・ファミリーマート)は2012年より三陸鉄道応援企画を実施しており、2014年4月には、第3弾「つながれ!三陸鉄道」として北東北地域のサークルKとサンクスで、三陸の食材を使った弁当類を販売し、売り上げは、三陸鉄道の支援に使われる[36]

ネスレ日本[編集]

ネスレ日本は、三陸鉄道復旧の応援を通して、沿線地域の復興を支援することを目指し、2012年3月から「キット、ずっとプロジェクト」を展開しており、ラッピング列車「キット、ずっと号」や、運行寄付金付き「キットカット ワールドバラエティ」販売を通した寄付活動などを行っている[37]

2014年6月16日には「キットカット」の外箱に乗車券が描かれた「ネスレ キットカット ミニ 切符カット」を発売。2015年5月31日まで1箱あたり190円分の乗車券として北リアス線・南リアス線で利用できる。また、売上の一部は、三陸鉄道の支援に使われる。[38][37][39]

震災学習列車[編集]

学校や団体を対象に、三陸鉄道社員や沿線住民が被災の状況を説明する「震災学習列車」を運行している[40][41]。全国から募集しており、岩手県内の団体には利用者補助制度が適用される場合がある。南北のリアス線で運行され、所要時間は1時間前後。学習ポイントでは一時停止や徐行などがされ、参加団体によっては車内での黙祷も行われる。震災から3年となる2014年3月11日の運行では、個人での参加も可能とした。

その他特記事項[編集]

駅名標の様式は北リアス線と南リアス線とで異なっている。前者は一般的な駅名標のデザインをアレンジしたものであるが、後者は三陸海岸をモチーフとしたオリジナルデザインの駅名標である。

脚注[編集]

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  1. ^ 寺田裕一 『日本のローカル私鉄2000』 ネコ・パブリッシング2000年、36頁。ISBN 4-87366-207-9
  2. ^ a b 中井精也 『走れ、さんてつ! 〜三陸鉄道のある風景よ、もう一度!!〜』 徳間書店2012年、8頁。ISBN 978-4-19863351-6
  3. ^ 気仙沼駅 - 盛駅間は石巻駅からの仙石線の延長という形ではなく、一ノ関駅を始点とする大船渡線の延長という形になった。同じく釜石駅 - 宮古駅間も、盛岡駅を始点とする山田線の延長という形の開業となった。
  4. ^ 1968年の柳津線の開通によって、石巻と柳津は鉄道で結ばれたものの、直通ではなく、石巻線前谷地駅で乗り換えを要するルートになった。
  5. ^ 仙台 - 宮古 - 八戸を結ぶ三陸沿岸の鉄道のうち、1976年12月1日時点の未開通区間は、柳津駅 - 本吉駅間、吉浜駅 - 釜石駅間、田老駅 - 普代駅間の計3区間であった。これらのうち、柳津駅 - 本吉駅間は、1977年12月11日に気仙沼線として開通した。出典:人文社発行「東日本道路地図」1976年12月1日改訂新版。
  6. ^ 鉄道ジャーナル』No.188、鉄道ジャーナル1982年10月[要ページ番号]
  7. ^ a b 鈴木文彦「苦境の三陸鉄道 転換第三セクター鉄道の現実」、『鉄道ジャーナル』、鉄道ジャーナル社、2004年8月、 14 - 23頁。
  8. ^ 江澤隆志 『甦る! 被災鉄道 東北被災路線の全貌と復興への道』 洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2012年、48頁。ISBN 978-4-86248-844-2
  9. ^ a b c d 中井精也 2012, pp. 12-13。
  10. ^ 3セク鉄道復旧費に65億円…3次補正予算案[リンク切れ] - 読売新聞、2011年10月21日。
  11. ^ a b 三陸鉄道の復旧に向けて (PDF) [リンク切れ] - 三陸鉄道
  12. ^ a b 三陸鉄道が全線開通 津波で被害、「第2の開業」 - 日本経済新聞、2014年4月6日
  13. ^ “震災不通の山田線宮古〜釜石間、三鉄移管に向け合意書締結”. レスポンス (イード). (2015年2月6日). http://response.jp/article/2015/02/06/243664.html 2016年10月4日閲覧。 
  14. ^ 三陸鉄道沿線地域等公共交通活性化総合連携計画] (PDF)
  15. ^ “地域公共交通の活性化及び再生に関する法律に基づく鉄道事業再構築実施計画の認定について 〔三陸鉄道(株) 北リアス線及び南リアス線〕” (プレスリリース), 国土交通省, (2009年11月27日), http://www.mlit.go.jp/report/press/tetsudo05_hh_000006.html 2012年12月5日閲覧。 
  16. ^ 所澤秀樹 『鉄道会社はややこしい』 光文社〈光文社新書〉、2012年、175頁。ISBN 9784334036874 
  17. ^ 三陸鉄道:陸中野田-田野畑で運転再開[リンク切れ] - 毎日新聞、2012年4月1日
  18. ^ a b 三陸鉄道南リアス線盛〜吉浜間運転再開のお知らせ”. 三陸鉄道 (2013年2月15日). 2013年2月16日閲覧。[リンク切れ]
  19. ^ 地域公共交通の活性化及び再生に関する法律に基づく鉄道事業再構築実施計画の変更認定について〔三陸鉄道(株)北リアス線・南リアス線〕 (PDF) - 国土交通省、2014年3月27日
  20. ^ 三陸鉄道、全線運行再開へ 観光客増加に期待 - 日本経済新聞、2014年4月5日
  21. ^ 施設を沿線市町村へ譲渡 三陸鉄道が「上下分離」 - 産経ニュース、2014年10月22日
  22. ^ “IGRと三鉄が台鉄と姉妹協定へ 互いに観光PR”. 岩手日報 (岩手日報社). (2016年5月24日). http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20160524_3 2016年6月6日閲覧。 
  23. ^ 三陸鉄道全線運行再開等について[リンク切れ] - 三陸鉄道、2014年1月27日
  24. ^ a b 復活!三陸鉄道こたつ列車運転のお知らせ[リンク切れ] - 三陸鉄道プレスリリース(2012年11月14日)
  25. ^ 岩手のこたつ列車、震災から復活 沿岸の三陸鉄道 - 47NEWS(2012年12月15日)
  26. ^ 2014年度こたつ列車運転のお知らせ[リンク切れ] - 三陸鉄道(2014年10月29日)
  27. ^ 普通運賃表(三陸鉄道、2014年4月5日閲覧):運賃額、『JTB時刻表』2014年4月号(JTBパブリッシング):キロ程確認
  28. ^ ~鉄道ダンシ×三陸鉄道~新入社員採用のお知らせ[リンク切れ] - 三陸鉄道(2012年3月1日)
  29. ^ 鉄道ダンシ×三陸鉄道 祝!4/1入社&限定グッズの発売について[リンク切れ] - 三陸鉄道(2012年4月3日)
  30. ^ 【鉄道ダンシ】仲間が登場!西武鉄道×鉄道ダンシ「恋ヶ窪」くん募集!![リンク切れ] - 三陸鉄道(2012年12月20日)
  31. ^ 【西武鉄道×鉄道ダンシ】「恋ヶ窪」くんの名前とイラスト決定!!![リンク切れ] - 三陸鉄道(2013年4月4日)
  32. ^ 【第2弾】三陸鉄道復興プログラム開始について[リンク切れ] - 三陸鉄道(2012年3月30日)
  33. ^ 「三陸鉄道支援プログラム」[第4弾]〜枕木に名前を残そう〜[リンク切れ] - クレディセゾン(2013年4月1日)
  34. ^ 全線復旧願い三鉄の枕木に記念プレート[リンク切れ] - デーリー東北(2012年11月20日)
  35. ^ 三鉄応援の枕木プレート設置 大船渡、全国から50人[リンク切れ] - 岩手日報(2013年7月1日)
  36. ^ 【北東北地区限定】岩手県三陸海岸を縦断する三陸鉄道応援企画第3弾「つながれ!三陸鉄道」 (PDF) - サークルKサンクス、2014年4月2日
  37. ^ a b 三陸鉄道とネスレ日本が共同開発 キットカット史上世界初! 切符になるパッケージ 「キットカット 切符カット」2014年6月16日(月)発売 (PDF)”. ネスレ日本 (2014年6月3日). 2015年3月12日閲覧。
  38. ^ “「キットカット」切符に ネスレ、三陸鉄道を支援”. 産経新聞. (2014年6月3日). http://sankei.jp.msn.com/economy/news/140603/rls14060300480001-n1.htm 2015年3月12日閲覧。 
  39. ^ 切符カットでの三陸鉄道ご乗車のご案内”. 三陸鉄道 (2014年6月18日). 2015年3月12日閲覧。
  40. ^ 三陸鉄道、「震災学習列車」開始 - 鉄道コム、2012年6月14日
  41. ^ 「震災学習列車」のご案内 - 三陸鉄道(2015年3月4日)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]