重連運転

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国鉄DD51形ディーゼル機関車プッシュプルによる重連運転(石北本線 2007年2月21日
「トワイライトエクスプレス」を重連で牽引するDD51形(札幌駅 2006年11月4日
函館本線を重連で牽引するDF200形

重連運転(じゅうれんうんてん)とは、鉄道において2両以上の機関車を連結して、列車を運転することをいう。

概説[編集]

目的は

  • 牽引力を増加させる
  • 急勾配区間の走行
  • 冗長化による信頼性向上
  • 機関車の回送(機関車は無動力で牽引されるのみであることも多い)
  • その他(行事や観光列車の見世物として、瀬戸大橋などの荷重試験として)

のために行われる。

重連時に補助する役割を担う機関車のことは「補助機関車(補機)」、補助される側(メインの側)の機関車のことは「本務機関車(本務機)」と呼ぶ。 一般的に重連は2両の機関車で行われるため二重連とも呼ばれる。牽引力が不足する等の理由により3両の機関車が使用される場合は三重連と呼ぶ。蒸気機関車のような片運転台の機関車2両を背中合わせにした重連は、反向重連(はんこうじゅうれん)[1]と呼ぶ。 普通は最前部に一括連結して運転することが多いが、運用上の都合や軌道施設の耐荷重の関係で最前部と最後尾に分けて連結される場合はプッシュプル(または前引き後押し)と呼ばれる。

協調運転を行なう関係上、使用する機関車同士の走行特性が揃っていることが望ましい。そのため、重連運転で使用する補助機関車は本務機関車と同形式であることが多いが、路線や車両運行の都合上、異形式あるいは異車種による重連運転もしばしば見られる。

背景[編集]

蒸気機関車時代は、機関車単体の牽引力が小さいため、重連運転が頻繁に見られたが、最近は機関車の性能向上や線路改良による急勾配区間の減少で減りつつある。勾配線区で使用される電気機関車ディーゼル機関車には、重連運転を前提として、1両の運転台から自車のみならず、他の機関車も一括制御できる機能(重連総括制御装置)を持つものがあり、運転コストの削減に寄与している。また、長大編成の貨物列車において、編成中間にも機関車を組み込み、無線操縦する例もアメリカなどで見られる。総括運転機能のない機関車を重連運転する場合は、各機関車に運転士が乗り込む必要があるが、汽笛などの合図により一斉操作するといった手法で協調運転される[2]

各国の事例[編集]

イギリス[編集]

1838年完成のロンドン・バーミンガム鉄道ではエドワード・バリーがマネージャーを役員として迎えられ、1941年までにバリーが設計した蒸気機関車が最重要路線に導入された[3]。しかし、バリーの設計した蒸気機関車は小型でけん引力が不足していたため、常に重連運転(ときに三重連または四重連)を強いられていた[3]。グレートウエスタン鉄道にグーチの設計した機関車が導入されると、バリーの機関車は批判の対象となり、1946年のグランドジャンクション鉄道との統合後にバリーは退職に追い込まれた[4]

日本[編集]

平地が少なく山がちな日本の鉄道では、急勾配区間が多いため、重連運転はごく普通に見られた。 1987年国鉄分割民営化以降は、貨物列車を運転する日本貨物鉄道(JR貨物)が、旅客鉄道会社に支払う線路使用料を削減するため、従来重連で使用していた機関車の置換えを、動軸数の多い1両の機関車(EH500形EH200形EH800形)で行うことが多くなっている。

旅客鉄道会社(JRグループ)においては、牽引すべき客車列車がほぼ絶滅している。定期列車では北斗星函館 - 札幌間(函館本線室蘭本線千歳線経由)の運転で2015年3月に行われたのが最後となった。現在では臨時列車カシオペアトワイライトエクスプレス、その他イベント列車など)として運転されるのみである。

電蒸運転[編集]

電蒸運転(でんじょううんてん)とは、電気機関車と蒸気機関車を重連で使用して列車を運転すること。「電-蒸運転」と表記されることもある。

大正時代、電気機関車の導入開始当初は故障が多く信頼性が低かったことから、対策としてこの運転方法が採用されていたことがあった[5]。この場合、列車の前方に電気機関車を連結し、後方に補機として蒸気機関車を連結して運転を行った[5]

戦後の混乱した一時期に飯田線で電蒸運転の事例がある[6]

1957年9月5日から仙山線で営業運転による試験を開始したED45形を嚆矢とする交流電気機関車客車の蒸気暖房供給装置がなく冬季は専用の暖房車を必要としたが、この暖房車確保が間に合わなかったことから、仙台および小牛田のC58形が代替暖房車として(動力車としては使用せず)しばしば連結された[7]。ところが、初期の交流電気機関車は水銀整流器を由来とする故障が絶えなかったため、その際にC58形が動力車となって救援して運行を続けることがしばしば見られた[7]

昭和30年代から40年代中盤にかけて主要路線において電化が進展したが、工事完了後から開業直前にかけて試運転・乗務員訓練・点検などを行うために電蒸運転が複数回行われた[8]

イベント列車でも電蒸運転が行われており、1990年代には「パレオエクスプレス」の蒸機不調時や「SL奥利根号」などで、2000年代には「SL&EL駒子号」、「ループ線鑑賞号」、「SL&ELホワイトクリスマス」や「パレオエクスプレス」の蒸機不調時などの事例がある。このほか、大井川鐵道SL急行も客車の両数や蒸気機関車の状態によって電蒸運転が行われることもある。

脚注[編集]

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  1. ^ 俗にトンボ重連とも呼ばれる。
  2. ^ DF200における送り込み・回送を兼ねた重連運転の場合、後部に連結された機関車の発進・停止等においては警笛を合図として乗務員がノッチ等の操作を行っている例がある
  3. ^ a b 齋藤晃『蒸気機関車200年史』NTT出版、2007年、74頁
  4. ^ 齋藤晃『蒸気機関車200年史』NTT出版、2007年、75頁
  5. ^ a b 日本の電気機関車史#輸入機の時代と試行錯誤国鉄EF50形電気機関車#運用より。
  6. ^ NRA NEWS №7 (PDF) - 非営利活動法人 名古屋レール・アーカイブス 2010年3月
  7. ^ a b 国鉄C58形蒸気機関車#運用より。
  8. ^ 電蒸運転(鹿児島本線) - 鉄道ホビダス 2007年10月18日
    電蒸運転(御殿場線) - 鉄道ホビダス 2010年5月28日
    旧型電機+蒸機:D51289+EF13EF1027+D51
    新型電機+蒸機:ED7635+D5194ED7635+D51ED75501+D51ED7648+C61

関連項目[編集]