さよなら運転

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

さよなら運転(さよならうんてん)とは、交通機関における特定の路線航路列車車両機体などの廃止、運行終了などを記念して行われる運転・運行・便のことである。

臨時列車や臨時便として行われることが多いが、車両の運用終了については定期列車で行われる場合もある。

鉄道やバスの場合はお別れ運転サヨナラ運転ラストラン、航空機の場合はラストフライトとも表記する場合がある。

概要[編集]

特に鉄道において実施されることが多いが、その他に長期間運用された航空機バス船舶が用途廃止となる際に実施されることもある。

以下、主に鉄道におけるものを中心として記す。

通常、路線列車が廃止される理由の大部分は利用客の減少であるが、特に歴史ある路線や列車が廃止される場合は、往時を懐かしむ鉄道ファンや、かつて運行に携わった関係者がさよなら運転に大挙して押し寄せ、車両内やプラットホームにてラッシュアワーのような混雑が発生したり、最終列車の座席指定券寝台券が発売開始後に即日完売することも珍しくない。

「さよなら運転」と銘打たれた臨時列車(定期列車を用いて運行されることもある)には、ヘッドマーク、特殊塗装(以前用いられた塗り分けの復刻)などの装飾が施され、また、車両内部や主要駅において過去を振り返る写真、年表、備品などの展示が行われることもある。

なお、開催される際にはファンなどが多く詰め掛けるため、多くの鉄道事業者では駅や式典会場において記念品の販売(直接関係ない場所で販売することもある)を行うなど、一つの増収イベントと見なしている向きもある。該当列車が発着する、ターミナル駅のホームでは、駅員が総動員されロープを張ったり、マナーの悪いファンに注意するなど、警備体制が敷かれることも珍しくない。また、駅や沿線において著しい混雑が生じることもあり、日常的に該当路線を利用する人や周辺住民に迷惑が及ぶこともしばしばあり、場合によってはトラブルに発展することもある[1]

前述のように廃止される列車や路線は、しばしば利用者の少なさがその廃止理由となっているが、廃止間際になると大勢のファンが乗車・撮影のために詰めかける。しかし、これらファンのなかで、廃止対象の列車や路線に対して本当に愛着のある人は多いとは言えず、むしろ記念のために乗車・撮影する「にわか」が多くを占めている(それ故に前述したようなトラブルが一向に絶えない現状がある)。こうした背景から、さよなら運転を殊更に重要視して群がったり、廃止が決定してから撮影に奔走するファンを指す「葬式鉄」という蔑称も存在する。

種類と内容[編集]

特定の路線の廃止・休止の例
名鉄岐阜市内線(2005年3月撮影。廃止日より前なので厳密にはさよなら運転ではない)
特定の路線の廃止・休止の例
近鉄東信貴鋼索線(1983年8月29日撮影。廃止日は同月31日。文字通り「さよなら」のヘッドマークを掲げている)
路線廃止をまじかに控えた天北線の駅。記念切符の発売の看板が見える。廃止される路線でイベントの開催や記念切符の発売などが行われることがある。
特定の形式の車両・機体の全廃・運用終了の例
南武支線101系のさよなら運転(2003年12月、鶴見駅にて撮影)
小田急9000形さよなら運転後の撮影会(2006年5月13日、喜多見検車区唐木田出張所にて撮影)

さよなら運転は、以下の事項を記念して実施される。

  • 特定の路線の廃止・休止
  • 特定の列車(特急、急行など)の廃止・休止
  • 特定の形式の車両・機体の全廃・運用終了

路線の廃止・休止を記念するもの[編集]

特定の鉄道路線を廃止するのを記念して運行するさよなら運転が実施されることがある。

戦前から戦後間もない時期に廃止された路線では実施例が少ないが、昭和30年代以降に廃止された旅客路線については多くの路線で実施されている。臨時列車を運行する場合もあるが、運行側の事情や、「正真正銘の最後の列車に乗りたい」という鉄道ファンの要求に応えるために、定期の最終列車を「さよなら運転」と銘打ち、装飾を施して運行する場合が多い。

なお、1970年代以前には最終営業日の翌日、書類上は路線を廃止した状態でありながら運賃無料の「さよなら列車」を運行した例があるが、1980年代以降はこのような運行は実施されなくなった。

しかしながら、鉄道においてはさよなら運転が行われずに廃止になる例もある。主な例としては、災害事故などの突発的な事情で運行不可能となった場合が挙げられる。この場合は物理的に列車の運行ができない状態に置かれているので、さよなら運転もできず、そのまま廃止せざるを得ない。最近では、北陸鉄道金名線京福電気鉄道永平寺線高千穂鉄道高千穂線JR岩泉線の例がある。ただし、この場合でも列車を運行しない記念式典を行うことはある。例えば、小田急電鉄向ヶ丘遊園モノレール線では、構造上欠陥があって休止後そのまま廃止となってさよなら運転は実施されなかったが、廃止後にさよなら見学会が行われた(後述)。

その他に、特殊な例として廃線を伴わない駅の廃止を記念してさよなら運転が行われたことがある。石勝線楓駅の信号場格下げがそれであるが、運行系統上、同駅は実質的に盲腸線の終点駅であった。

また、新路線への切り替えも基本的にはさよなら運転は実施しないのが通例である。しかし、例えば北陸本線の支線としてしばらく使われた柳ヶ瀬線はさよなら運転が行われており、同じく北陸本線への旧線からの切り替えも(この二つの例の場合は北陸本線として発展の基礎を築いたとして)、関係者の間では杉津駅などの駅などにおいて記念式典が行われた。

特定の列車の廃止・休止を記念するもの[編集]

ダイヤ改正により特定の列車が廃止になる場合、その列車が人気のある急行特急列車であればさよなら運転が行われることがある。列車という以上、ダイヤに従って運行されるので、臨時列車を仕立てることはないが、定期列車の最後の便が始発駅を発車する前、あるいは終着駅に到着した後で別に記念式典が開催されることもある。

特定の形式の車両・機体の全廃・運用終了を記念するもの[編集]

特定の形式の車両・機体が全廃され、またはある路線での運用を終了する場合、その車両が人気のある車両であれば、さよなら運転が行われることがある。この場合は、列車というより鉄道車両に乗車することを目的としているので、その車両を用いた臨時便を運行することも多い。また、さよなら運転の終点を車庫の最寄駅に設定し、車庫で撮影会などを行うケースもある。通常の運用を変更し、その車両を用いて運用に入ることがある。この場合、一部の運用を事前に告知することがあるが、前述のトラブルを防止する目的で最終運転時刻を公表しない場合もある。

またJR東日本では中央線快速用の豊田車両センター所属201系(豊田発松本行)を皮切りに、長野総合車両センターへの廃車回送列車を、団体専用のさよなら運転に仕立て、長野駅もしくは途中の松本駅まで乗客を乗せて運行するイベントが行われている(201系の場合は中央本線・篠ノ井線の甲府~松本間で乗客を乗せて走行するのは極めて稀なケースであった)。

稀有な例としては、能勢電鉄1700系がオリジナル塗装から親会社の阪急電鉄のコーポレートカラーであるマルーンに塗装変更されるのに伴い、「オリジナル塗装のさよなら運転」を実施している。また、新幹線200系電車の登場当時の原形を保っていたオリジナル塗装車両(12両編成、F19編成)が引退するのを前に、2007年3月25日に「さよなら展示会」が開催された。

鉄道以外では、2006年9月30日で日本国内での旅客運用を終了したYS-11のラストフライトツアーを日本エアコミューターが企画していた。 また、全日空2014年3月31日をもって退役となったボーイング747のラストフライトを、羽田空港那覇空港着のNH127便及び、折り返し羽田空港着NH126便で運航した。

さよなら運転をおこなわないさよならイベント[編集]

さよなら運転は、当然鉄道車両が運転可能な条件が整っていないと実施できない。そのため、災害でさよなら運転を含め列車運行ができない時や、車両故障検査切れなどでさよなら運転に使用できる車両がないなどという時は、当然さよなら運転はできない。だが、さよなら運転ではないものの、別の形でさよならイベントを行った例もある。

脚注[編集]

[ヘルプ]

関連項目[編集]