京福電気鉄道永平寺線

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Keifuku logo.svg 永平寺線
旧永平寺駅駅舎
旧永平寺駅駅舎
概要
現況 廃止
起終点 起点:金津駅
終点:永平寺駅
駅数 21駅
運営
開業 1925年9月16日 (1925-09-16)
全通 1929年12月10日
部分廃止 1969年9月18日(金津-東古市間)
休止 2001年6月25日
廃止 2002年10月21日 (2002-10-21)
所有者 永平寺鉄道→Keifuku logo.svg京福電気鉄道
使用車両 京福電気鉄道#福井支社を参照
路線諸元
路線総延長 24.6 km (15.3 mi)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
電化 直流600 V 架空電車線方式
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線
STR
北陸本線
eABZg+r
三国線
0.0 金津駅 左:国鉄 金津駅
STR3 exSTR
北陸本線
exBHF
1.0 菅野駅
exBHF
2.7 伊井駅
exBHF
3.5 御簾ノ尾駅
exBHF
4.3 坪江駅
exBHF
5.6 瓜生駅
exBHF
6.8 乗兼駅
exWBRÜCKE
竹田川
exBHF
8.0 長畝駅
exBHF
9.2 丸岡口駅
exABZg+r
京福丸岡線
exBHF
9.9 本丸岡駅
exBHF
10.6 西瓜屋駅
exBHF
12.4 末政駅
exBHF
13.2 油駅
exBHF
14.3 友末駅
exBHF
15.4 楽間駅
exBHF
16.5 鳴鹿駅 (II) 1935-
exBHF
17.0 鳴鹿駅 (I) -1935
exWBRÜCKE
九頭竜川
POINTERu exSTR
1969年廃止
xABZg+r
京福越前本線 福井方面
BHF
18.4 東古市駅
xABZgl
京福越前本線 勝山方面
POINTERd exSTR
2002年廃止
exBHF
19.4 諏訪間駅
exBHF
21.2 京善駅
exBHF
22.4 市野々駅
exBHF
24.2 永平寺門前駅 -1938
exKBHFe
24.6 永平寺駅

永平寺線(えいへいじせん)は、かつて福井県坂井郡金津町(現・あわら市)の金津駅から吉田郡永平寺町永平寺駅とを結んでいた京福電気鉄道福井支社(1992年以降は福井本社)の鉄道路線。福井県の嶺北地方を横切る路線であった。

1969年昭和44年)に金津駅 - 東古市駅(現在の永平寺口駅)間が廃止され、残る東古市駅 - 永平寺駅間も2002年平成14年)に廃止された。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):24.6km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:21駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:全線電化(直流600V)

歴史[編集]

永平寺線は1924年大正13年)3月に設立された永平寺鉄道の手によって開業した路線である。

1925年(大正14年)9月16日に永平寺駅(後に永平寺口駅、東古市駅と改称、現在の永平寺口駅) - 永平寺門前駅(後の永平寺駅)間3マイル48チェーン (5.75km) が開業した。その後、1929年(昭和4年)8月14日に金津駅(現在のJR芦原温泉駅) - 新丸岡駅(後の本丸岡駅)間 10.00km、同年12月10日に新丸岡駅 - 永平寺口駅間 8.53km が開業して全通した。1944年(昭和19年)に丸岡鉄道とともに京福電気鉄道に吸収合併され、同社の永平寺線となった。

モータリゼーションによる乗客の減少により、1969年(昭和44年)9月18日に金津駅 - 東古市駅間 18.4km が廃止された。廃線跡は、本丸岡駅が置かれた丸岡周辺には橋脚やホームを中心に遺構が残るが、すでに多くは失われている。廃線当時の駅舎やホームについては、金津駅から東古市駅までの17駅の全駅について、写真が残されている[1]

1998年(平成10年)4月1日の改正においては、1時間あたり1本(朝のみ25 - 30分間隔)の運行であり、列車交換のない折り返し運転になっていた。すべての列車が越前本線に直通する福井発着列車であるかのように書かれていた時刻表もあったが、朝7時台に設定されていた永平寺発福井行き1本を除いて実際は東古市駅で乗り換えとなっていた。朝6時台終わり - 夜21時台の運行であった。

定期の速達列車の設定はなかったが、永平寺参拝客の便宜を図って、正月三が日には福井駅から直通の臨時特急列車が、正月三が日とゴールデンウィークには線内折り返しの臨時急行が設定されていた。

2001年(平成13年)6月24日、越前本線での2度目の列車衝突事故京福電気鉄道越前本線列車衝突事故を参照)のため、翌日から全線で運行が休止された。福井県で京福電気鉄道が当時運営していた3路線のうち越前本線と三国芦原線えちぜん鉄道への譲渡が決定したが、当線は利用客が見込めないことから譲渡されず、運転が再開されないまま2002年(平成14年)10月21日をもって廃止された。廃線跡は現在、サイクリングロードとして残されている。

年表[編集]

旧永平寺駅ホーム跡
  • 1922年(大正11年)6月28日 永平寺鉄道に対し鉄道免許状下付(吉田郡下志比村-同郡志比谷村間)[2]
  • 1924年(大正13年)3月31日 永平寺鉄道会社設立[3][4]
  • 1925年(大正14年)9月16日 永平寺鉄道が永平寺駅(後の東古市駅) - 永平寺門前駅(後の永平寺駅)間開業[5]
  • 1927年(昭和2年)
    • 1月1日 永平寺駅を永平寺口駅に改称
    • 2月24日 鉄道免許状下付(吉田郡下志比村-坂井郡金津村間)[6]
  • 1929年(昭和4年)
    • 8月14日 金津駅 - 新丸岡駅(後の本丸岡駅)間開業[7]
    • 12月10日 新丸岡駅 - 永平寺口駅間開業[8]
  • 1930年(昭和5年)
  • 1935年(昭和10年) 鳴鹿駅を西方へ移転
  • 1938年(昭和13年)4月18日 永平寺門前駅を移転し永平寺駅に改称、0.4km延長
  • 1939年(昭和14年)11月15日 荒谷駅を市野々駅に改称届出
  • 1944年(昭和19年)
    • 4月20日 菅野駅休止
    • 12月1日 京福電気鉄道が永平寺鉄道を合併。永平寺線となる。永平寺口駅を東古市駅に改称
  • 1946年(昭和21年)11月1日 菅野駅営業再開
  • 1950年(昭和25年)6月1日 諏訪間駅営業再開
  • 1957年(昭和32年)12月25日 御簾ノ尾駅・友末駅営業再開
  • 1969年(昭和44年)9月18日 金津駅 - 東古市駅間18.4km廃止
  • 1989年(平成元年)4月20日 閑散時の1両運転電車をワンマン運転化
  • 1991年(平成3年)3月20日 終日ワンマン運転開始
  • 2000年(平成12年)12月17日 越前本線で同線と永平寺線の電車が正面衝突
  • 2001年(平成13年)
    • 2月22日 全線で運転を再開[9]
    • 6月24日 この日越前本線で再び衝突事故が起き、翌日から全線運行休止に
  • 2002年(平成14年)10月21日 東古市駅 - 永平寺駅間6.2km廃止により全線廃止

駅一覧[編集]

駅名および所在地は廃止時点のもの。全駅福井県に所在。

駅名 よみ 駅間キロ 営業キロ 接続路線 所在地
1969年9月18日廃止区間
金津駅(現芦原温泉駅 かなづ - 0.0 国鉄北陸本線三国線(廃止) 坂井郡金津町
菅野駅 すがの 1.0 1.0  
伊井駅 いい 1.7 2.7  
御簾ノ尾駅 みすのお 0.8 3.5  
坪江駅 つぼえ 0.8 4.3  
瓜生駅 うりう 1.3 5.6  
乗兼駅 のりかね 1.2 6.8   坂井郡丸岡町
長畝駅 のうね 1.2 8.0  
丸岡口駅 まるおかぐち 1.2 9.2  
本丸岡駅 ほんまるおか 0.7 9.9 京福電気鉄道:丸岡線(廃止)
西瓜屋駅 にしうりや 0.7 10.6  
末政駅 すえまさ 1.8 12.4  
油駅 あぶら 0.8 13.2  
友末駅 ともすえ 1.1 14.3  
楽間駅 らくま 1.1 15.4  
鳴鹿駅 なるか 1.1 16.5  
2002年10月21日廃止区間
東古市駅(現永平寺口駅 ひがしふるいち 1.9 18.4 京福電気鉄道:越前本線 吉田郡永平寺町
諏訪間駅 すわま 1.0 19.4  
京善駅 きょうぜん 1.8 21.2  
市野々駅 いちのの 1.2 22.4  
永平寺駅 えいへいじ 2.2 24.6  

輸送・収支実績[編集]

年度 乗客(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 益金(円) その他益金(円) その他損金(円) 支払利子(円) 政府補助金(円)
1927 193,311 3,783 32,604 42,812 ▲ 10,208 雑損1,200 9,115 22,082
1928 186,365 3,894 35,948 37,778 ▲ 1,830 8,132 22,165
1929 359,277 8,300 61,862 65,080 ▲ 3,218 雑損1,179 6,821 24,280
1930 862,921 10,110 166,951 149,462 17,489 雑損4,150 98,103 22,558
1931 584,801 12,697 87,165 71,994 15,171 雑損74 71,178 23,921
1932 581,926 14,028 97,243 73,060 24,183 55,833 34,755
1933 745,075 14,511 108,324 83,779 24,545 雑損79 58,149 39,791
1934 740,348 17,972 116,604 91,166 25,438 減資差益金80,053 雑損32,298 38,245 96,613
1935 825,889 18,223 128,448 100,148 28,300 雑損償却金82,132 34,050 84,564
1936 889,894 20,433 138,154 107,048 31,106 雑損償却金66,787 29,361 65,070
1937 889,179 18,781 130,578 113,139 17,439 雑損償却金43,319 25,163 60,078
1939 1,171,612 21,289 170,257 122,657 47,600 雑損償却金81,223 23,767 57,493
1941 1,592,857 29,269
1943 1,875,853 33,400
  • 鉄道統計資料、鉄道統計、国有鉄道陸運統計各年度版

脚注[編集]

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  1. ^ 「なつかしの京福電気鉄道永平寺線」、奥山秀範監修・執筆『坂井・あわら・奥越の昭和』所収 ISBN 978-4-904614-96-9 いき出版(新潟)発売:福井県教科書供給所 2017年6月 188-200頁、永平寺線関連の写真は、該当ページ以外にも、廃線当日の本丸岡ホーム(口絵)、廃線当日の本丸岡駅待合室風景(裏表紙)などが記録されている
  2. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1922年6月29日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 『日本全国諸会社役員録. 第34回』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 : 附・専用鉄道. 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1925年10月1日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1927年2月28日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1929年8月22日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1929年12月24日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ “京福永平寺線が運転再開”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 6. (2001年2月26日) 

参考文献[編集]

  • 宮脇俊三(編著) 『鉄道廃線跡を歩く』V、JTB1998年
  • 和久田康雄 『私鉄史ハンドブック』 電気車研究会1993年
  • 奥山秀範(監修・執筆) 『坂井・あわら・奥越の昭和』 いき出版、2017年6月。