塩狩峠 (小説)

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塩狩峠』は三浦綾子による小説およびそれを原作とする映画である。

小説は塩狩峠で発生した鉄道事故の実話を元に、1966年(昭和41年)4月から約2年半にかけて日本基督教団出版局の月刊雑誌『信徒の友』に掲載された。これを記念し、塩狩駅近くには、塩狩峠記念館および文学碑が建てられた。

登場人物[編集]

永野信夫
本作品の主人公。永野家の長男。待子の兄。1877年(明治10年)2月、東京府東京市本郷区本郷弓町(現・東京都文京区本郷)生まれ。祖母のトセから、母の菊は信夫を産んで二時間後に死んだと聞かされ、士族の子として厳しく、しかし愛情をもって育てられる。トセの死後、母が本当は生きていたと知り、祖母と父が嘘をついていたとショックを受ける。尋常小学校4年生時、級友たちとの約束がきっかけで修と仲良くなる。その年の夏、修一家は夜逃げ同然で蝦夷(北海道)へ引っ越してしまうが、修の父が死んでからは文通で親交を深める。旧制中学校卒業後、裁判所の事務員に就職。その数年後、10年振りに修と再会。修の勧めで北海道に行くことを決める。3年後、1900年(明治33年)7月の23歳で北海道の札幌に移住し炭鉱鉄道株式会社に就職。その1年後、和倉の強い勧めにより旭川へ転勤。元々はキリスト教嫌いであったが、後に、父母、ふじ子の影響で、鉄道会社に勤めながら、キリスト教信者になる。1909年(明治42年)、ふじ子との結納の2月28日当日、名寄駅から鉄道で札幌へ向かう途中、塩狩峠の頂上にさしかかろうという時、信夫の乗る最後尾の車両の連結部が外れる事故が起きる。信夫は乗客を守るため、レールへ飛び降りて、汽車の下敷きとなり自ら命を落とした。享年32。乗客は無事に助かったが、彼の死のショックは大きいものとなった。その年の3月2日に葬儀が行われ、郊外の墓地に埋葬された。
永野待子
永野家の長女。信夫の妹で、彼より4歳年下。母の菊が別居していた頃に生まれた。そのため、信夫は妹がいることは全く知らなかった。信夫と対照的に明るく人懐っこい性格。1899年(明治32年)、18歳で帝国大学出身の医者の岸本と結婚。
永野菊
貞行の妻。信夫と待子の母。キリスト信者のため、信夫が物心が付かない頃に姑のトセに実家を追い出され、その後、トセが亡くなるまで別居を余儀なくされた(この間、第2子で長女の待子を出産)。幼な子の信夫を置いてまで信仰を守る強さを持った女性。
永野貞行
菊の夫。信夫と待子の父。旗本七百石の家に生まれる。心優しい性格であるが、士族も平民もみな同じ人間だと信夫を教育する。日本銀行に就職している。
永野トセ
貞行の実母。信夫、待子の祖母。大のキリスト教嫌いで、嫁の菊がキリスト信者のため、実家を追い出した。後に、嫁の第2子の待子の存在を知り、そのショックにより脳溢血で亡くなる。
吉川修
吉川家の長男。ふじ子の兄。信夫の同級生。子どもの頃は僧侶になるのが夢であった。尋常小学校4年生時、級友たちとの約束がきっかけで信夫と仲良くなる。しかしその年の夏、父の借金のため蝦夷(北海道)へ移住することになる。10年後、東京で一時信夫と再会し北海道に行かないかと勧め(その後すぐに北海道へ戻った)、さらにその3年後、北海道の札幌にて再び交流が深まるようになった。妹や母を大切にする心優しい青年。
吉川ふじ子
吉川家の長女。修の妹。生まれつき足に持病があり、成長してからは肺結核とカリエスを患い、病床でキリスト教に目覚める。元々明るい性格であったが、キリスト教信者になってからはより心豊かになり、信夫のキリスト教入信に多大な影響を与える。信夫との結納の日が決まり、信夫が旭川から帰ってくることを心待ちにするが…。
松井
信夫と修の同級生。クラスのガキ大将的な存在。
大竹
信夫と修の同級生。クラスの副級長。
虎雄
信夫の親友であり、幼馴染み。信夫より2歳年下。幼い頃、時々信夫と遊んでいたが、その後疎遠になりやがて交流を途が絶えてしまう。信夫が裁判所の事務員に就職していた際、窃盗と傷害で逮捕され囚人として再会(但し、お互い話しかけることはなかった)。その後、結婚して2児の父親となり、札幌の小間物屋で働いていた。後に、信夫の葬式にも参加した。
浅田隆士
母・菊の甥。信夫と待子の従兄。大阪在住。登場人物の中、唯一関西弁で話す。
中村春雨
実在する人物。隆士と同期。「無花果」を信夫に読ませた。
和倉礼之助
北海道・札幌の炭鉱鉄道株式会社の信夫と修の上司。
和倉美沙
礼之助の娘。1901年(明治34年)、峰吉と結婚し2児の母親となる。
三堀峰吉
北海道・札幌の炭鉱鉄道株式会社の信夫と修の同僚。ある不祥事件がきっかけで一時は解雇されそうになったが、信夫や母からの説得で礼之助から許しを得た後、復職するとともに旭川へ栄転することになった。後に、礼之助の娘・美沙と結婚し、2児の父親となる。後に、キリスト信者となる。
伊木一馬
伝道師。

映画[編集]

小説をもとに、1973年松竹ワールドワイド映画(監督:中村登、主演:中野誠也)によって映画化された。

道徳の教科書[編集]

  • 小説版の話を元に埼玉県の道徳の教科書『かけがえのないきみだから』(3年生版)に塩狩峠が掲載されている。

その他[編集]

  • この小説の執筆に当たって、三浦は塩狩駅の近くの塩狩温泉ユースホステルに併設された温泉旅館に40日ほど滞在していた。この温泉旅館は2006年6月末をもってユースホステル共々閉鎖され、2015年(平成27年)秋に解体されている。
  • 閉館から約7年後の2013年(平成23年)6月、本ユースホステルのあった近傍に『塩狩ヒュッテユースホステル』が開館した。