宗谷岬

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宗谷岬
—  町丁  —
宗谷岬全景(2015年4月)
宗谷岬の位置(日本内)
宗谷岬
宗谷岬
宗谷岬の位置
座標: 北緯45度31分21秒 東経141度56分12秒 / 北緯45.52250度 東経141.93667度 / 45.52250; 141.93667
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Hokkaido Prefecture.svg 北海道
市町村 Flag of Wakkanai, Hokkaido.svg 稚内市
人口 (平成27年国勢調査)[1]
 - 計 505人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 098-6758
市外局番 0162[2]
ナンバープレート 旭川
自動車登録住所コード 50 513 1185[3]

宗谷岬(そうやみさき)は、北海道稚内市にある地名。この項目では公園宗谷岬公園楽曲宗谷岬についても記載している。

概要[編集]

日本本土における最北端の地であり、私人(一般人)が通常訪れることのできる最北端の地になっている。なお、日本国政府実効支配が及ぶ範囲における最北端の地は宗谷岬の沖合い西北西約1kmに位置している無人島弁天島であり、領有権を主張する範囲における最北端の地は択捉島にあるカモイワッカ岬である。

宗谷岬から樺太(サハリン島)までは約43kmの距離があり、晴れた日には島の姿を見ることができる[4]。周辺を宗谷岬公園として整備しており、日本最北端の地碑はじめとする記念碑、祈念碑、慰霊碑などが点在している。後背地には宗谷丘陵が広がっており、周氷河地形を形成している。宗谷岬はフットパス「宗谷丘陵コース」(ロングコース)の起点になっているほか[5]観光地としてトリップアドバイザーによる「2015エクセレンス認証」を受賞している[6]

地名の由来[編集]

宗谷岬はアイヌ語で「ノテトゥ」(notetu)と呼ばれており、「ノ」(not)は顎・岬、「テトゥ(エトゥ)」(etu)は鼻・岬の意味がある[7]

「宗谷」の語源はアイヌ語の「ソヤ(so-ya)[8]」(岩・岸)である。由来は諸説あり、珊内(さんない)地区の海中にあったソウヤ岩という大岩からつけられた地名が、珊内にあった会所を宗谷に移した際に名前も一緒に移したとされている[9]ほか、宗谷岬沖の弁天島をアイヌ語で「ソヤスマ(ソヤシュマ)」と呼んでいたためともされている[10]

地理[編集]

気候[編集]

宗谷岬のアメダス1981年 - 2010年[11]

1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均風速 8.5 7.7 7.9 7.5 7.3 6.5 6.0 6.0 6.6 7.8 9.0 9.1
最多風向 西北西 西北西 南西 南西 南西 東南東 東南東 東南東 南西 西北西 西北西 西北西

宗谷岬公園[編集]

宗谷岬公園
Soyamisaki Park
所在地
面積 3.8ヘクタール[12]
開園 1966年12月15日[12]
運営者 稚内振興公社(指定管理者[13]
設備・遊具 石碑展望台、遊歩道、休憩施設
駐車場 あり
アクセス 宗谷バス「宗谷岬」バス停降車
北海道旅客鉄道(JR北海道)稚内駅キタカラ(KITAcolor))から車で約40分

宗谷岬公園(そうやみさきこうえん)は、北海道稚内市にある公園。通称は宗谷岬平和公園[14]

公園施設[編集]

日本最北端の地の碑
北極星の一稜をモチーフにしたデザインになっており[15]、中心にあるNの文字は「北」(North)を、台座の円形は「平和と協調」を表している[16]。石碑の高さは緯度に因み4.53mである。1961年昭和36年)に初代の石碑建立後、1968年(昭和43年)に正確な最北端の位置に現在の2代目石碑が建立された[17]1988年(昭和63年)には周辺に駐車場と広場を設置するため海岸を埋め立て、広場の最も北側の場所に移設した[17][18]
間宮林蔵の立像
1808年文化5年)に宗谷から樺太へ渡り、樺太がであることを発見(間宮海峡の発見)した間宮林蔵の偉業を称え、青少年に世界へ羽ばたく夢と勇気を培ってもらおうという願いを込め、生誕200年となる1980年(昭和55年)に建立した[4][19]。当初岬より3km南西よりの第2清浜地区にある「間宮林蔵渡樺出港の地」に建立されたが、1988年(昭和63年)に現在地に移設されている。
宗谷岬音楽碑
1980年(昭和55年)に建立し、黒御影石に「宗谷岬」の歌詞と楽譜を刻んでいる[20]2002年平成14年)には誕生30周年を記念して「30周年記念音楽碑」を建立し、スイッチを押すと千葉紘子の歌うメロディが流れるようになっている[20]
旧海軍望楼
宗谷海域海軍戦没者慰霊碑・平和の碑
「宗谷海域海軍戦没者慰霊碑」は、宗谷防備にあたり殉職した人々を鎮魂するため、1980年(昭和55年)に建立した[21]。「平和の碑」は、1943年(昭和18年)に宗谷岬沖で大日本帝国海軍によって撃沈されたアメリカ海軍潜水艦ワフー」の乗組員80名とワフーによって日本海に沈められた日本の商船5隻の犠牲者696名を慰霊するため、戦後50年にあたる1995年平成7年)に日米合同で建立した[22]
あけぼの像
北海道の牛乳生産量100万トン突破と飼育乳牛50万頭突破を記念し、1971年(昭和46年)に建立した[14][23]
ラ・ペルーズの碑
ルイ16世により太平洋探検を命ぜられたラ・ペルーズ(ラ・ペルーズ伯ジャン=フランソワ・ド・ガロー)が、宗谷海峡(ラ・ペルーズ海峡)を発見したことを記念し、2007年(平成19年)に建立した[14]
宮沢賢治文学碑
1923年大正12年)に稚内から大泊(現在のコルサコフ)へ渡る連絡船(稚泊連絡船)の中で作詩したとされる『宗谷(二)』の一説を記した文学碑[24]
祈りの塔
1983年(昭和58年)に発生した「大韓航空機撃墜事件」は、稚内が調査や報道の前線基地になった[14]。2周忌となる1985年(昭和60年)に遭難者の慰霊と世界の恒久平和を願うために建立した[25]。鶴を模した搭の高さ19.83 mは事故発生年を、16枚の羽は遭難者の母国を、269枚の白御影石は遭難者の数を表しており[14]、嘴は事故海域となるモネロン島(海馬島)の方向を指している[14]。搭の周辺にはアルメリアを植栽している[15][25]
2つの平和の鐘
1988年(昭和63年)に世界の恒久平和を願うモニュメントとして、世界各国や稚内市民の募金などにより「世界平和の鐘」と「子育て平和の鐘」を建立した[14][26][27]。世界平和の鐘は、1号鐘(日本の平和の鐘)が国際連合本部ビル、2号鐘が宗谷岬公園の鐘、3号鐘が稚内市と友好都市を結んでいる沖縄県石垣市の新栄公園に設置している[26]
宗谷丘陵展望休憩施設
宗谷丘陵や宗谷海峡を一望することができる施設であり、1991年(平成3年)に完成した[17][28]。併設するレストランでは稚内ブランドの「宗谷黒牛」や北海道の食材を楽しむことができる(営業期間は4月下旬から11月上旬)[29]

宗谷岬 (曲)[編集]

宗谷岬
黒木真理の楽曲
リリース 1972年
規格 レコード
作詞者 吉田弘
作曲者 船村徹

宗谷岬(そうやみさき)は、1972年昭和47年)にシングル発売された楽曲。オリジナルの歌手は黒木真理(まこと)であり、ディスクジャケットは黒木の顔写真と発売当時の「日本最北端の地の碑」周辺の風景写真であった。B面(カップリング曲)は「悲しみの川」。1976年(昭和51年)に日本放送協会(NHK)の『みんなのうた』でダ・カーポによるカバーが放送された[30]。ダ・カーポによるカバー盤もシングル発売されており、同年に北海道有線から「優秀賞」を受賞している[要出典]。なお、1982年(昭和57年)にはダ・カーポの榊原まさとしによるリメイクが『みんなのうた』で放送されている[31]には「宗谷岬音楽碑」が建立されているが、1983年(昭和58年)に同所を訪れた本多勝一は、当時の岬周辺に流されていた「宗谷岬」の放送設備について、自著で「みやげ物屋の拡声器が浜辺の人々にがなりたてる。歌詞がまた決まり文句と手アカだらけの単語をこねて団子にしたような“作品”であり、歌詞を刻んだ石碑も建てられ、自然破壊の役割を果たしている。騒音に対するこの鈍感さ、自然に対するこのひどい冒瀆、心ある人は二度とこんな岬に来ないだろう。」と述べている[32]

日本最北端の施設[編集]

稚内市宗谷岬とその周辺には、日本最北端となる各施設がある。

アクセス[編集]

宗谷バスが路線バスと定期観光バスの運行を行っている。

道路は国道238号(宗谷国道、オホーツクライン)が通過する。

脚注[編集]

  1. ^ 第3章 国勢調査 (PDF)”. 平成28年版稚内市統計書. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  2. ^ 市外局番の一覧 (PDF)”. 総務省. 2017年8月4日閲覧。
  3. ^ 住所コード検索”. 自動車登録関係コード検索システム. 国土交通省. 2017年8月4日閲覧。
  4. ^ a b 宗谷岬.
  5. ^ 宗谷丘陵コース”. 稚内商工会議所. 2017年8月4日閲覧。
  6. ^ “稚内公園と宗谷岬が世界最大級の旅行サイトの認証受ける”. 稚内プレス (稚内プレス社). (2015年6月25日). http://wakkanaipress.com/2015/06/25/9894 2017年7月31日閲覧。 
  7. ^ 山田修三『北海道の地名』北海道新聞社 164頁。
  8. ^ アイヌ語においてサ行とシャ行は区別が曖昧であるが、本項においては、基本的にサ行での表記とする。
  9. ^ アイヌ語地名リスト セッ~ツキガ P71-80”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2017年11月3日閲覧。
  10. ^ 宗谷森林管理署”. 北海道森林管理局. 2017年8月4日閲覧。
  11. ^ 宗谷岬 平年値(年・月ごとの値) 詳細(風・日照)”. 気象庁. 2016年4月13日閲覧。
  12. ^ a b 稚内のその他の公園一覧”. 稚内市. 2017年8月3日閲覧。
  13. ^ 指定管理者制度導入施設一覧 (PDF)”. 稚内市. 2017年8月3日閲覧。
  14. ^ a b c d e f g 宗谷岬公園.
  15. ^ a b 全日本海員組合 2016, p. 66.
  16. ^ 日本最北端の地の碑”. 稚内観光情報. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  17. ^ a b c 稚内のあゆみ(歴史)”. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  18. ^ 宗谷岬 燃えるノサップ観光協会 根室”. フォト北海道(道新写真データベース). 北海道新聞社 (1988年6月11日). 2017年8月4日閲覧。
  19. ^ 間宮林蔵の立像”. 稚内観光情報. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  20. ^ a b 宗谷岬音楽碑”. 稚内観光情報. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  21. ^ 宗谷海域海軍戦没者慰霊碑”. 稚内観光情報. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  22. ^ 平和の碑”. 稚内観光情報. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  23. ^ あけぼの像”. 稚内観光情報. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  24. ^ 宮沢賢治文学碑”. 稚内観光情報. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  25. ^ a b 祈りの塔”. 稚内観光情報. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  26. ^ a b 世界平和の鐘”. 稚内観光情報. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  27. ^ 子育て平和の鐘”. 稚内観光情報. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  28. ^ サハリンも見える風車型の休憩施設—稚内”. フォト北海道(道新写真データベース). 北海道新聞社 (1991年5月22日). 2017年8月4日閲覧。
  29. ^ 宗谷丘陵展望休憩施設”. 稚内観光情報. 稚内市. 2017年8月4日閲覧。
  30. ^ 宗谷岬(1976年版)”. みんなのうた. 日本放送協会(NHK). 2017年8月4日閲覧。
  31. ^ 宗谷岬(1982年版)”. みんなのうた. 日本放送協会(NHK). 2017年8月4日閲覧。
  32. ^ 本多勝一 『北海道探検記』 朝日文庫、386-388頁。ISBN 4022608129
  33. ^ 日本最北端に住んでるのはどんな人?宗谷岬の「柏屋」で本人を直撃!”. 北海道ファンマガジン (2017年3月6日). 2017年8月3日閲覧。

参考資料[編集]

関連項目[編集]