牡鹿郡

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宮城県牡鹿郡の範囲(緑:女川町)

牡鹿郡(おしかぐん)は、宮城県陸奥国陸前国)の

人口5,575人、面積65.35km²、人口密度85.3人/km²。(2021年9月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町に石巻市の一部(蛇田、南境、大瓜、高木、水沼、真野以南)を加えた区域にあたる。

歴史[編集]

近代以降の沿革[編集]

区分 村数 村名
陸方 13村 石巻村、大瓜村、門脇村、沢田村、高木村、流留村、根岸村、沼津村、蛇田村、真野村、水沼村、湊村、南境村
浜方 女川組 13浜3浦2崎2島 女川浜、飯子浜、石浜、浦宿浜、大石原浜、御前浜、小乗浜、指ヶ浜、高白浜、塚浜、野々浜、針浜、鷲神浜、尾浦、竹浦、横浦、桐ヶ崎、宮ヶ崎、出島、江島
狐崎組 13浜3浦 狐崎浜、祝田浜、荻浜、折浜、小網倉浜、小竹浜、小積浜、佐須浜、侍浜、清水田浜、竹浜、田代浜、牧浜、月浦、福貴浦、桃浦
十八成組 10浜1浦 十八成浜、鮎川浜、網地浜、大原浜、給分浜、泊浜、新山浜、長渡浜、谷川浜、寄磯浜、鮫浦
宮城県第13大区(全23小区。牡鹿郡のみ)
小区 所属村
小1区 石巻村
小2区 門脇村
小3区 蛇田村
小4区 湊村
小5区 南境村
小6区 大瓜村
小7区 高木村・水沼村
小8区 真野村
小9区 沢田村・流留村・沼津村
小10区 根岸村
小11区 祝田浜・佐須浜・折浜・小竹浜
小12区 荻浜・侍浜・月浦・桃浦
小13区 狐崎浜・小積浜・竹浜・牧浜・小網倉浜・清水田浜・福貴浦
小14区 田代浜
小15区 大原浜・給分浜
小16区 網地浜・長渡浜
小17区 鮎川浜・十八成浜・新山浜・泊浜
小18区 寄磯浜・谷川浜・鮫浦
小19区 飯子浜・大石原浜・小乗浜・高白浜・塚浜・野々浜・鷲神浜・横浦
小20区 女川浜・浦宿浜・針浜
小21区 石浜・御前浜・指ヶ浜・尾浦・竹浦・桐ヶ崎・宮ヶ崎
小22区 出島
小23区 江島
  • 明治7年(1874年)4月 - 区の再編により、桃生郡のうち南方と共に宮城県第5大区となる。
宮城県第7大区(全14小区。牡鹿郡1~6・桃生郡の一部〔南方〕)
小区 所属村
小1区 石巻村・門脇村・蛇田村
小2区 湊村・根岸村・沢田村・流留村
小3区 大瓜村・高木村・沼津村・真野村・水沼村・南境村
小4区 祝田浜・佐須浜・荻浜・折浜・狐崎浜・小竹浜・小積浜・侍浜・竹浜・田代浜・牧浜・小網倉浜・清水田浜・月浦・富貴浦・桃浦
小5区 鮎川浜・網地浜・十八成浜・長渡浜・大原浜・給分浜・泊浜・新山浜・谷川浜・寄磯浜・鮫浦
小6区 女川浜・飯子浜・石浜・浦宿浜・大石原浜・御前浜・小乗浜・指ヶ浜・高白浜・塚浜・野々浜・針浜・鷲神浜・尾浦・竹浦・横浦・桐ヶ崎・宮ヶ崎・出島・江島
  • 明治9年(1876年)11月 - 区の再編により、桃生郡・本吉郡と共に宮城県第5大区となる。
宮城県第5大区(全9小区。桃生郡・牡鹿郡3~4・本吉郡)
小区 所属村
小3区 石巻村・門脇村・湊村・蛇田村・大瓜村・高木村・真野村・水沼村・南境村
小4区 根岸村・沢田村・流留村・沼津村・女川浜・飯子浜・石浜・浦宿浜・大石原浜・御前浜・小乗浜・指ヶ浜・高白浜・塚浜・野々浜・針浜・鷲神浜・狐崎浜・祝田浜・荻浜・折浜・小網倉浜・小竹浜・小積浜・佐須浜・侍浜・清水田浜・竹浜・田代浜・牧浜・十八成浜・鮎川浜・網地浜・大原浜・給分浜・泊浜・新山浜・長渡浜・谷川浜・寄磯浜・尾浦・竹浦・横浦・月浦・福貴浦・桃浦・鮫浦・桐ヶ崎・宮ヶ崎・出島・江島
  • 明治11年(1878年10月21日 - 郡区町村編制法の宮城県での施行により、行政区画としての牡鹿郡が発足。郡役所が石巻村に設置。同日大区小区制を廃止。
  • 明治20年(1887年9月28日 - 火災により郡役所が焼失。そのため翌年に門脇村へ役所を移転。

町村制施行以降の沿革[編集]

1.石巻町 2.蛇田村 3.稲井村 4.渡波町 5.荻浜村 6.大原村 7.鮎川村 8.女川村(紫:石巻市 青:合併なし)
  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足[3]。特記以外は全域が現・石巻市。(2町6村)
    • 石巻町 ← 石巻村、門脇村、湊村〔稲井・磯田を除く部分〕
    • 蛇田村(単独村制)
    • 稲井村 ← 南境村、大瓜村、高木村、水沼村、真野村、沼津村、流留村、沢田村、湊村〔稲井・磯田〕
    • 渡波町 ← 佐須浜、根岸村、祝田浜
    • 荻浜村 ← 小竹浜、折浜、桃浦、月浦、侍浜、荻浜、小積浜、竹浜、牧浜、狐崎浜、福貴浦、田代浜
    • 大原村 ← 小網倉浜、清水田浜、大原浜、給分浜、新山浜、泊浜、谷川浜、鮫浦、寄磯浜
    • 鮎川村 ← 網地浜、長渡浜、鮎川浜、十八成浜
    • 女川村 ← 浦宿浜、針浜、女川浜、鷲神浜、小乗浜、高白浜、横浦、大石原浜、野々浜、飯子浜、塚浜、江島、出島、竹浦、尾浦、桐ヶ崎、石浜、宮ヶ崎、御前浜、指ヶ浜(現・女川町)
  • 明治27年(1894年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 大正12年(1923年)4月1日(3町5村)
    • 女川村が町制施行し、女川町となる。
    • 郡会を廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和8年(1933年)4月1日 - 石巻町が蛇田村の一部を編入のうえ市制施行して石巻市となり、郡より離脱。(2町5村)
  • 昭和15年(1940年12月1日 - 鮎川村が町制施行して鮎川町となる。(3町4村)
  • 昭和24年(1949年)4月1日 - 蛇田村の一部[4]が石巻市に編入。(2町5村)
  • 昭和30年(1955年
    • 1月1日 - 蛇田村が石巻市に編入。(3町3村)
    • 3月26日 - 鮎川町・大原村が合併して牡鹿町が発足。(3町2村)
    • 4月10日 - 荻浜村が石巻市に編入。(3町1村)
  • 昭和34年(1959年
    • 4月1日 - 稲井村が町制施行して稲井町となる。(4町)
    • 5月15日 - 渡波町が石巻市と稲井町に分割編入[5]。(3町)
  • 昭和42年(1967年3月23日 - 稲井町が石巻市に編入。(2町)
  • 平成17年(2005年)4月1日 - 牡鹿町が石巻市・桃生郡桃生町河南町河北町北上町雄勝町と合併し、改めて石巻市が発足、郡より離脱。(1町)

変遷表[編集]

自治体の変遷
明治22年以前 明治22年
4月1日
町村制施行
明治22年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和29年 昭和30年 - 昭和39年 昭和40年 - 昭和64年 平成元年 - 現在 現在
蛇田村 蛇田村 蛇田村 蛇田村 昭和30年1月1日
石巻市に編入
石巻市 平成17年4月1日
石巻市
石巻市
昭和24年4月1日
石巻市に編入
石巻市
昭和8年4月1日
石巻町に編入
即日市制 石巻市
石巻市
石巻村 石巻町 昭和8年4月1日
市制 石巻市
門脇村
湊村 (その他)
(井内・磯田) 稲井村 稲井村 稲井村 昭和34年4月1日
町制 稲井町
昭和42年3月23日
石巻市に編入
大瓜村
沢田村
高木村
流留村
沼津村
真野村
水沼村
南境村
根岸村 (一部) 渡波町 渡波町 渡波町 昭和34年5月15日
稲井町に編入
(一部) 昭和34年5月15日
石巻市に編入
石巻市
祝田浜
佐須浜
荻浜 荻浜村 荻浜村 荻浜村 昭和30年4月10日
石巻市に編入
折浜
狐崎浜
小竹浜
小積浜
侍浜
竹浜
田代浜
牧浜
月浦
富貴浦
桃浦
鮎川浜 鮎川村 昭和15年12月1日
町制 鮎川町
鮎川町 昭和30年3月26日
牡鹿町
牡鹿町
網地浜
十八成浜
長渡浜
大原浜 大原村 大原村 大原村
給分浜
小網倉浜
清水田浜
泊浜
新山浜
谷川浜
寄磯浜
鮫浦
女川浜 女川村 大正15年4月1日
町制 女川町
女川町 女川町 女川町 女川町 女川町
飯子浜
石浜
浦宿浜
大石原浜
御前浜
小乗浜
指ヶ浜
高白浜
塚浜
野々浜
針浜
鷲神浜
尾浦
竹浦
横浦
桐ヶ崎
宮ヶ崎
出島
江島

行政[編集]

歴代郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 黒川剛 明治11年(1878年)11月16日 明治19年(1886年)9月15日
2 林通故 明治19年(1886年)9月16日 明治21年(1888年)6月5日
3 竹内寿貞 明治21年(1888年)6月8日 明治22年(1889年)11月26日
4 島崎直信 明治22年(1889年)11月27日 明治31年(1898年)12月26日
5 遊佐正人 明治31年(1898年)12月27日 明治39年(1906年)2月28日
6 本木房吉 明治39年(1906年)2月28日[6] 明治40年(1907年)8月10日
7 清野喜左衛門 明治40年(1907年)8月10日[7] 大正3年(1914年)12月28日
8 本田龍助 大正4年(1915年)12月29日 大正5年(1916年)5月
9 岩淵俊夫 大正5年(1916年)5月 大正8年(1919年)6月9日
10 池田繁治 大正8年(1919年)6月10日 大正9年(1920年)7月
11 土居通次 大正9年(1920年)7月28日 大正10年(1921年)6月
12 下山鉱之助 大正10年(1921年)6月18日 大正12年(1923年)2月27日
13 菊池忠良 大正12年(1923年)2月28日

備考[編集]

平成の大合併について[編集]

牡鹿郡にあった牡鹿町(現石巻市牡鹿地域)は当初、同郡女川町との合併を検討していたが、2003年に女川町で行われた合併に関する住民アンケートの結果、「当面単独で、その後の状況により判断」が47.1%と最も多く、この結果をうけて牡鹿町は女川町との合併を断念した[8][9]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 涌谷町 わが町涌谷の歴史〜その2:小田郡・遠田郡の成立
  2. ^ a b c 西山直輝「旧桃生郡牡鹿郡の地域構造及び農村・漁村集落の形成についての研究」『法政大学大学院紀要. デザイン工学研究科編』第6号、法政大学大学院デザイン工学研究科、2017年3月、 1-8頁、 doi:10.15002/00013708ISSN 2186-7240NAID 120006027869
  3. ^ 町村の統合自体は前日の3月31日付で実施されている。(明治22年(1889年)2月9日付、宮城県令第8号)
  4. ^ 明神山・山下・山下西・鍋倉・鍋倉前・南谷地・七窪・横堤・横堤南・揚慮原・揚慮原西・深淵・境谷地・清水尻・清水尻西・西中里・東中里・面剣田・水押の各字
  5. ^ 根岸字坂上山・城見山・竹ノ下・中・城見・城見ノ一・大和田が稲井町編入分。残りは石巻市に編入
  6. ^ 『官報』第6798号、明治39年3月1日。
  7. ^ 『官報』第7236号、明治40年8月12日。
  8. ^ 広原盛明の徒然日記|大義と必然性のない合併協議で紛糾した石巻地域合併協議会、平成の大合併がもたらした石巻市の悲劇(3)、(震災1周年の東北地方を訪ねて、その37
  9. ^ 詳細情報(市区町村変遷情報)

参考文献[編集]

関連項目[編集]