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さいたまダービー

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さいたまダービーは、日本ダービーマッチの1つ。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に所属する浦和レッドダイヤモンズ大宮アルディージャの対戦を指す。両クラブとも埼玉県さいたま市ホームタウンとすることが、名称の由来である。

概要

対戦年度は1996年、1997年、2000年、2005年-2014年、2016年となっている。1996年、1997年は天皇杯での対戦、2000年はJ2、2005年からはJ1での開催。「さいたまダービー」としては2005年が初となる(2000年以前はさいたま市は未発足であるため埼玉県のチームのダービーマッチの意味で「埼玉ダービー」と呼ばれていた。ただ、1997年まではアルディージャも浦和レッズと同じく浦和市を本拠とした実業団のNTT関東サッカー部だった)。

同じ都市で違う本拠地のスタジアムを使うダービーはこのさいたまと横浜ダービーだけだが、2005年から2007年[注 1]2009年は大宮主催分も埼玉スタジアム2002を使って行われている。2008年は8年ぶりに大宮主催分がさいたま市大宮公園サッカー場(NACK5スタジアム大宮)でダービーが行われた。

2009年5月24日に行われた大宮主催のダービーは埼玉スタジアム2002で開催されたが、その際はバックアッパースタンドが開放された(メインアッパースタンドは関係者以外は開放されなかった)。

さいたま市内では県庁所在地の旧浦和市と、商業の中心地である旧大宮市との間で軋轢があった。そのため、この「さいたまダービー」はそのライバル都市同士の闘いという側面がある。試合前はお互いダービーのためだけに作成、用意した過激な内容[注 2]のゲートフラッグや横断幕、巨大フラッグやポスターなどを掲げたり[注 3]ブラックな内容の替え歌を歌ったり、選手紹介時や反則時には大音声でのブーイングや怒声が沸き起こるなど、ほかのダービーとは一線を画す状況が見受けられる。

ホームスタジアム

チーム名 スタジアム名
命名権名称)
収容人員 画像 備考1 備考2
浦和レッド
ダイヤモンズ
埼玉スタジアム2002 63,700人
埼玉
2箇所とも大宮アルディージャの
主催試合でも使用されたことがある。
大宮の改修に伴い、2005年は
実質大宮・埼玉Sの併用。
埼玉Sでの大宮主管は
2005-2007・2009-2010年の5回開催。
2006年-2007年10月までは
駒場を暫定本拠としていた。
駒場は埼玉ダービーはJ2時代の
2000年と、ともにJ1となった2005年
(いずれも浦和主催の合計3試合)に使用。
さいたま市浦和駒場
スタジアム
21,500人
駒場
2012年に浦和レッドダイヤモンズ球団が
命名権を取得しているが、命名権の
上での施設名の変更はされていない。
2013年本拠地登録を解除される
(実際は2011年からJリーグの試合には
使われていなかった)
大宮
アルディージャ
さいたま市大宮公園
サッカー場

NACK5スタジアム大宮
15,500人
NACK
1992年・1993年Jリーグカップ、および
1994年第2ステージと1995年第1ステージに
浦和レッズが駒場改修に伴う暫定
本拠地として使用したことがある。
2006年-2007年10月まで改修のため
使用せず。

戦績

リーグ戦

浦和レッドダイヤモンズ:12勝6分8敗(うちJ1:9勝6分7敗)
大宮アルディージャ:8勝6分12敗(うちJ1:7勝6分9敗)

開催年 開催日 試合 会場 ホーム 得点 アウェイ 観客数
2000年 3月25日 J2 第3節 駒場 浦和 1 - 0 大宮 20,189
5月22日 第14節 大宮 大宮 0 - 6 浦和 7,147
9月16日 第33節 駒場 浦和 0 - 1 大宮 16,405
11月16日 第43節 大宮 大宮 0 - 1 浦和 9,499
2001年から2004年は浦和がJ1、大宮がJ2所属のため開催なし。
2005年 7月9日 J1 第15節 埼玉 浦和 1 - 2 大宮 50,437
10月22日 第28節 埼玉 大宮 1 - 3 浦和 30,038
2006年 4月29日 第10節 埼玉 浦和 2 - 0 大宮 54,774
9月10日 第22節 埼玉 大宮 0 - 2 浦和 35,059
2007年 5月6日 第10節 埼玉 大宮 1 - 1 浦和 33,162
9月1日 第24節 埼玉 浦和 0 - 1 大宮 49,810
2008年 4月20日 第7節 埼玉 浦和 0 - 0 大宮 50,997
9月21日 第25節 NACK 大宮 0 - 1 浦和 (注)11,530
2009年 5月24日 第13節 埼玉 大宮 1 - 1 浦和 (注)32,418
10月25日 第30節 埼玉 浦和 0 - 3 大宮 43,746
2010年 7月31日 第16節 埼玉 浦和 0 - 1 大宮 40,326
10月2日 第25節 埼玉 大宮 1 - 2 浦和 (注)29,575
2011年 6月11日 第14節 NACK 大宮 2 - 2 浦和 12,221
10月15日 第29節 埼玉 浦和 0 - 1 大宮 34,654
2012年 4月21日 第7節 NACK 大宮 2 - 0 浦和 12,709
9月1日 第24節 埼玉 浦和 1 - 1 大宮 39,814
2013年 4月20日 第7節 NACK 大宮 1 - 0 浦和 13,016
10月5日 第28節 埼玉 浦和 4 - 0 大宮 47,790
2014年 5月10日 第13節 NACK 大宮 0 - 2 浦和 13,348
8月30日 第22節 埼玉 浦和 4 - 0 大宮 42,308
2015年は浦和がJ1、大宮がJ2所属のため開催なし。
2016年 5月8日 J1 1st第11節 NACK 大宮 0 - 1 浦和 13,880
7月17日 2nd第4節 埼玉 浦和 2 - 2 大宮 53,951

※観客数の(注)については「さいたまダービー#大宮による公式入場者数の相違問題」を参照。

カップ戦他

浦和レッドダイヤモンズ:9勝1敗
大宮アルディージャ:1勝9敗

開催年 開催日 試合 会場 ホーム 得点 アウェイ 観客数
1996年 11月17日 天皇杯 3回戦 駒場 浦和 3 - 0 NTT関東 15,344
1997年 12月14日 3回戦 駒場 浦和 2 - 1 NTT関東 (不明)
2005年 3月26日 ナビスコ杯予選L 第2節 駒場 浦和 2 - 1 大宮 17,494
6月4日 第5節 埼玉 大宮 1 - 3 浦和 26,397
12月29日 天皇杯 準決勝 国立 大宮 2 - 4
(延長)
浦和 31,441
2009年 6月13日 ナビスコ杯予選L 第7節 埼玉 浦和 6 - 2 大宮 36,251
2011年 2月20日 さいたまシティカップ NACK 大宮 3 - 0 浦和 11,362
9月14日 ナビスコ杯2回戦 第1レグ 埼玉 浦和 2 - 0 大宮 13,036
9月28日 第2レグ NACK 大宮 1 - 2 浦和 8,982
2014年 4月2日 ナビスコ杯予選L 第2節 埼玉 浦和 2 - 1 大宮 20,697
  • 大宮のチーム名は1997年までがNTT関東、1998年以降は大宮アルディージャ。
  • 天皇杯のホーム&アウェーは便宜上のもの。

埼玉SCとのダービー

通常の「さいたまダービー」である浦和と大宮の対戦の他、第80回天皇杯では、1回戦で浦和レッズが埼玉県代表の埼玉サッカークラブ(埼玉SC、2008年に「さいたまサッカークラブ」(さいたまSC)へ改称)が対戦した。2000年11月25日に大宮サッカー場で行われたこの試合は、2-0で浦和レッズが勝利した。

なでしこリーグでの埼玉ダービー

日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)では、浦和レッドダイヤモンズレディースと、大宮アルディージャが業務提携を結んでいるASエルフェン埼玉によるダービーが行われている。こちらは前者がさいたま市、後者が狭山市にそれぞれ本拠地を置いているため「埼玉県ダービー」となる。

Jリーグ準備期のエピソード

Jリーグ発足は1993年であるが、Jリーグはその準備段階の第三回ヒアリング(1991年1月21日)において各チームに対し「チーム名から企業名を外せるか」という提案をした。これに対し、元埼玉県サッカー協会副会長の松本暁司川淵三郎(現・日本サッカー協会名誉会長)に「浦和と名乗ったら、埼玉じゃ、大宮の連中は絶対に応援しないと思うよ。だから三菱自動車の方がいいんじゃないかな」と忠告した。これに対し川淵は「世の中、難しいもんだな」と思わざるを得なかった、とのことである[1][2][注 4]

脚注

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注釈

  1. ^ 2006年2007年については大宮サッカー場の改修のため(この間大宮はさいたま市駒場スタジアムを間借り)。
  2. ^ お互い相手チームやマスコット、選手の事のみならず、地区そのものや果てはそれぞれの親会社やスポンサー(特に不祥事を起こした時)を揶揄する様な内容。
  3. ^ ポスターはスタジアムのコンコースやトイレ、はてはスタジアムまで道のりのあらゆる所で掲示される。
  4. ^ ちなみにこれには賛同するチーム、反対するチーム、様子見するチームに分かれたが、初年度から企業名抜きのチーム名で参加したのは鹿島、清水、名古屋、広島の4チームだけだった。他のチームは本音では反対のようであり、中でも読売クラブ(現在の東京ヴェルディ)は「企業がおカネを出すのだから、企業の名前を外してというのは難しい。絶対にできません」と主張した[1][2]

出典

  1. ^ a b 「Jの履歴書 日本サッカーとともに」 著者 川淵三郎 P113より。
  2. ^ a b 「夢を掴む」著者 川淵三郎 P97,P98より。

関連項目