下関市
しものせきし 下関市 | |||
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国 | 日本 | ||
地方 | 中国地方 | ||
都道府県 | 山口県 | ||
市町村コード | 35201-2 | ||
法人番号 | 4000020352012 | ||
面積 |
716.28km2 | ||
総人口 |
242,152人 [編集] (推計人口、2024年5月1日) | ||
人口密度 | 338人/km2 | ||
隣接自治体 |
山口県:長門市、美祢市、山陽小野田市 福岡県:北九州市 | ||
市の木 | クスノキ | ||
市の花 | ハマユウ | ||
他のシンボル |
市の花木:ツツジ、サクラ 市の魚:フク 市の虫:ホタル | ||
下関市役所 | |||
市長 | 前田晋太郎 | ||
所在地 |
〒750-8521 山口県下関市南部町1番1号 | ||
外部リンク | 下関市の公式サイト | ||
ウィキプロジェクト |
下関市(しものせきし)は、関門海峡の北岸に面した山口県の市。本州の最西端に位置する。国から中核市に指定されている。
概要
山口県を代表する都市の一つであり、その人口規模は県庁所在地の山口市を凌ぎ、山口県一の規模を誇る。中国地方でも5番目(広島市、岡山市、倉敷市、福山市に次ぐ)の人口規模の都市。経済面でも山口県西部(旧長門国)の中心的都市であり、下関市に営業拠点を置く企業も少なくない。その1つに山口銀行(山口フィナンシャルグループ)、一般紙「山口新聞」や日本最大の水産食品専門紙「みなと新聞」(全国紙)を発行するみなと山口合同新聞社の本社などが置かれていることなどがあげられる。また日本銀行も山口市ではなく下関市に日銀支店(下関支店)を置いている。また、北部九州地域との交流も深い。
中心部の下関港周辺は、古くは赤間関(あかまがせき)と呼ばれており、これを赤馬関(あかまがせき,せきばかん)とも書いたことから、これを略した馬関(ばかん)という別名も用いられた。
1878年(明治11年)郡区町村編制法により、東京15区、大阪4区、京都2区、以下1区づつで名古屋、横浜、堺などと共に赤間関区が置かれた。
1889年4月1日の市制施行時に、日本で最初に市制を施行された31市の1つとして赤間関市発足(山口県で唯一)。1902年6月1日に現市名の下関市となる(詳細後述)。2005年2月13日、下関市、菊川町、豊田町、豊浦町、豊北町が合併(新設合併)して、新たに下関市が発足した。これは、山口県が指定する下関広域都市圏と一致し、広域都市圏が1市にまとまったことになる(→山口県#地域圏)。
合併に伴い法定人口が30万人を超えたため、2005年10月1日より、国から中核市の指定を受けた。しかし下関市の人口は減少傾向にあったため推計人口ではすでに30万人を割っており、同日付で行われた第18回国勢調査の結果が290,693人だったため法定人口でも30万人を下回った。そのため、2010年3月1日現在の推計人口ベースで、全国の中核市の中で最も人口が少ない都市となっている。
地理
地勢
山口県の最西端かつ本州の最西端に位置する。関門海峡を挟んで西を日本海(響灘)、南を瀬戸内海(周防灘)に接する。周防灘に注ぐ木屋川や響灘に注ぐ綾羅木川などの河口付近に形成されている沖積平野部を除くと、稜線が海岸ぎりぎりまで接近する地形となっており、特に旧市街では平地が少ない。旧郡部ではいくつかの盆地が点在し、それぞれの盆地で集落を形成している。市内に位置する主な山としては、関門海峡に面し観光スポットにもなっている火の山、航空通信施設などのある華山、あるいは狗留孫山などがある。人の住む島としては、関門海峡に面した彦島、響灘に浮かぶ角島、蓋井島、六連島がある。
気候
気候は複雑で日本海側気候と瀬戸内海式気候と太平洋側気候の境界に当たる。冬は北西の季節風の影響で曇天が多く、雨・雪の降る日もある。降雪量は旧市域では少ないが、市域北部の山沿いでは積雪量は多くなり、一部の道路は路面凍結する。
西と南を海に囲まれ、響灘を流れる対馬海流の影響もあり、旧市内及び響灘沿岸の日較差(日最高気温と日最低気温の差)は小さく一般的には過ごしやすい地域と言える。しかし、瀬戸内海沿岸及び内陸部ではそれが大きい。年平均気温は16.5℃。
関門海峡・響灘側は日本海側気候(山陰地方と同じ)、周防灘側は瀬戸内海式気候(山陽地方と同じ)である。関門海峡から霧が発生しやすく、日照時間が極端に短いなど、日本海型と瀬戸内海型が折衷している。
冬場は日本海(響灘)からの季節風の影響で、曇りの日が多く、雨や雪の降る日もある。関門海峡沿岸部では積雪はまれだが、下関市の内陸部、山間部では積雪する事もある。
夏場の梅雨明け後は、30度以上の真夏日になる日が多いが、海に囲まれているため、35度を超えるような極端な猛暑になることは少ない。 冬期は北西の季節風が吹きつけるため肌寒く、曇天の日が多く日照時間が少ない。
強風・風雪・波浪注意報も発令される事も多く、強い冬型の時には暴風雪・波浪警報が発令される場合もある。また、年に数日程度は積雪する日もある(平野部で積雪することは少ない)。
全体的には、関門海峡周辺では霧が発生しやすく、日本海側気候と瀬戸内海式気候との境界に当たるため、二面性を持つ気候である。冬は曇りがちの天気になることもあり、時雨や雪を降らせる事もある。日本海側から内陸部にかけては日本海側気候が混じり、冬には曇りがあり、雪も見られる。県内でも積雪することがある地域である。日本海に面しており、波が高く、海がしける事も少なくない。
瀬戸内海側は瀬戸内海式気候で、比較的温暖な気候であるが、冬は北西の季節風の影響で寒さは比較的厳しい。冬季の降水日数が日本海側ほどではないものの、他の瀬戸内側の地域に比べて多く、日本海側気候の特徴が強い。また、瀬戸内海側でも冬季の降水日数は他の瀬戸内海側の沿岸地域に比べるとやや多くなっている。朝鮮半島に季節風が抑えられるので、日本海側と比べて曇りの日は少なく、晴れる日も多い。積雪も一冬に1 - 2回程度である。
冬の下関市の気候の特徴として、冬でも暖かい日が続くと言われている。ただ、曇り空や雨が多く、晴天日数は少ない。
春先は中国大陸から流入する黄砂に悩まされることが多い。冬から春に掛けては、すっきりとしない青空が望めない天気の日が長く続く。特に冬は梅雨の時期のような天候が多く、洗濯物や布団を外に干すことが難しい。
交通の要衝
下関は山陽道と山陰道の結節点にあたり、さらには関門海峡を挟んで九州と対峙する位置にあったこともあり、古来より陸と海における交通の要衝であり続けた。陸路の例として、山陽道(西国街道)の終点であったことや現在の国道9号の終点であること、また国道191号の起点であること。海路の例として、近世に北前船(西廻り航路)の経由地であったことや、現在下関港が特定重要港湾に、下関漁港が特定第3種漁港にそれぞれ指定されていることが挙げられる。
交通の要衝であることは、国土防衛上重要な地点であることも意味する。明治期から終戦にいたるまで、下関から門司にいたる関門海峡沿岸一帯が下関要塞地帯に指定され、写真撮影や地図作成などが厳しく制限された。現在も、市内各所に当時の標柱や砲台跡など、要塞地帯の遺構が残っている。
戦前は、関釜連絡船就航によって中国本土や朝鮮半島への玄関口として活況を呈した。終戦時に下関港が在日韓国・朝鮮人送還の主要な出発港の一つになったこともあり、また日本で唯一毎日運航されている貨客国際航路である関釜フェリーの存在により、現在では市内全域に多くの韓国・朝鮮系住民が居住し、とくに下関駅北側グリーンモール商店街一帯は事実上コリア・タウンとなっている。現在、国際定期旅客航路としては、前述の関釜フェリー(韓国・釜山行)のほか、中国へは青島(週3便)・蘇州太倉(週1便)行きがそれぞれ就航しており、計3航路という国内最多の国際旅客航路を有している。
関門都市圏の中心
下関市は、関門海峡の対岸に位置する北九州市とともに本州と九州の接点として発達してきた。両市が中心となって形成される関門都市圏は人口約220万人を擁し、非県庁所在地の都市圏としては日本最大の規模を誇る。両市の経済面および文化的な繋がりは極めて深く、観光や行政サービスなどで両市の交流が盛んなほか、買い物・娯楽・通勤通学・交通機関利用(小倉駅や北九州空港)を目的とした両市間の人の流れ(主に下関市→北九州市)が日常的にある。ゆえに北九州市小倉の商業・娯楽施設の動向が、下関市内にある同施設の経営戦略に大きな影響を与えている。
都市の課題
この節には独自研究が含まれているおそれがあります。 |
市制施行後、交通網の整備、新規街区の開発、市域の拡大とともに発展を続けた。しかし、もともと山がちで平地が少ない地形が開発計画の制約要素となって、街区の混沌と道路配置の輻輳などをもたらしていること、広い市域のわりに拠点施設が南部に偏っているなどの都市開発のアンバランスさ、山陽新幹線整備と関門橋完成により通過都市化が進んでいること、造船業や水産業の衰退、福岡市や北九州市の都市機能集中化による影響、少子高齢化などの複合的な要因により人口減と都市機能の低下が進んでいることが挙げられる。
人口
下関市(に相当する地域)の人口の推移 | |||
総務省統計局 国勢調査より |
隣接している自治体・行政区
山口県
福岡県(海上で隣接)
歴史
古くより九州や中国大陸からの本州の玄関口として栄えた。また日本史における数々の重要な出来事に関係している都市でもある。
戦国時代まで
弥生時代には既に現在の下関市域には集落が複数存在しており、綾羅木郷遺跡(川中地区)、土井ヶ浜遺跡(現在の豊北地区)などに当時の遺構が現在も残る。
- 200年ころ - 日本書紀によれば、このころ仲哀天皇が穴門豊浦宮を設置したとされる。
- 7世紀 - 長門国国府を現在の長府地区に設置。
- 1185年(元暦2年・寿永4年) - 壇ノ浦の戦いで平家滅亡、安徳天皇入水、源平合戦終了。
- 1276年(建治2年) - 長門探題を設置。
- 1557年(弘治3年) - 大内義長が長府の長福寺(功山寺)にて自害、大内氏滅亡。
江戸時代
- 1600年(慶長5年) - 毛利秀元(長州藩主毛利輝元の養子)が長府に館を構え、長州藩の支藩として長府藩が成立。
- 1607年(慶長12年) - 朝鮮通信使来関。以後、当地が朝鮮通信使の寄港地の一つとなる。
- 1612年(慶長17年) - 巌流島にて宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘が行われる。
- 1653年(承応2年) - 清末藩(長州藩の孫藩)が成立。(現在の清末地区)
- 1840年(天保11年) - 長州藩が港に越荷方を設置。
- 1863年(文久3年) - 関門海峡航行中のアメリカ商船を砲撃する事件(いわゆる下関事件)が発生。豊浦郡田耕村(現在の豊北地区)にて中山忠光が暗殺される。
- 1864年(元治元年) - 下関戦争(馬関戦争)勃発。高杉晋作による奇兵隊の功山寺決起。
明治から第二次大戦まで
- 1889年(明治22年) - 赤間関市(あかまがせきし)として市制施行。日本で最初に市制施行した31市の中の一つとなる(人口29,919人)。
- 1893年(明治26年) - 日本銀行西部支店開設。(大阪に次ぐ全国で2番目の支店)
- 1895年(明治28年) - 春帆楼にて日清戦争の講和会議が行われ、下関条約締結。 下関要塞司令部設置。
- 1898年(明治31年) - 山陽鉄道子会社により門司港との間に定期航路(関門連絡船)が就航。
- 1901年(明治34年) - 英国領事館開設。馬関駅(現下関駅)が細江町に開業し、山陽鉄道の終点となる。
- 1902年(明治35年) - 下関市に改称。
- 1905年(明治38年) - 関釜連絡船が就航。
- 1906年(明治39年) - 上水道給水開始(岡山市に続き全国で9番目)。
- 1914年(大正3年) - 長州鉄道東下関-小串間開通(現在の山陰本線)。
- 1921年(大正10年) - 生野村(山の田から東駅に至る領域)を編入合併。以後1955年(昭和30年)までに12の町村を編入合併し、市域を拡大。
- 1926年(大正15年) - 山陽電気軌道壇ノ浦-松原間開通(以後路線拡張し、1971年まで営業)。
- 1942年(昭和17年) - 世界初の海底鉄道トンネルである関門鉄道トンネルが開通。下関駅が現在地(竹崎町)に移転。
- 1945年(昭和20年) - B-29による機雷敷設および市街地空襲。対馬海峡の封鎖により関釜連絡船が休止に。
第二次大戦後
- 1949年(昭和24年) - まるは球団(現在の横浜ベイスターズ)が下関の地に創設。
- 1958年(昭和33年) - 世界初の海底国道トンネルである関門国道トンネルが開通。人道部も同時開通し、徒歩で九州に渡れるようになる。
- 1959年(昭和34年) - 韓国工作船明星号沈没事件。
- 1962年(昭和37年) - 下関市立大学開学。
- 1970年(昭和45年) - 関釜フェリーが就航。1945年以来25年ぶりに朝鮮半島・釜山との海上連絡が復活。
- 1973年(昭和48年) - 関門橋が開通。
- 1975年(昭和50年) - 山陽新幹線開業、市内の新幹線停車駅として新下関駅を設置(長門一ノ宮駅を改称)。
- 1977年(昭和52年) - シーモール下関開店。
- 1996年(平成8年) - 山口県国際総合センター(海峡メッセ下関)オープン。
- 1998年(平成10年) - 青島航路が週1便へ 。
- 2001年(平成13年) - しものせき水族館 海響館オープン。
- 2002年(平成14年) - 特例市に指定。海峡メッセ下関にて国際捕鯨委員会 (IWC) の年次総会を開催。
- 2005年(平成17年)2月13日 - 下関市、豊浦郡菊川町、豊田町、豊浦町、豊北町が合併(新設合併)し、新たに下関市が発足。中核市に指定。
- 2006年(平成18年) - 蘇州航路就航。
- 2011年(平成23年) - 光陽航路就航。
産業
港町として栄えたこともあり、以前より海運や貿易に関連した産業が盛んであった。特に造船業では三菱重工業が彦島に下関造船所を置き、現在も同社造船部門の主要拠点の一つに位置づけられているほか、中小の造船所が存在する。他にも製造業では神戸製鋼所(アルミ・銅製品)・ブリヂストン(タイヤ)・日清食品(即席食品)・シマノ(自転車)・ニチハ(窯業系外装材)・長府製作所(給湯設備、太陽光発電システム)などが下関に主な生産拠点を置いている。
企業
- 下関市に本社を置く主な企業
水産業
第一次産業では主に水産業が盛んで、以前は捕鯨が主であった。捕鯨を行っていたマルハニチロ水産(旧社名は林兼商店→大洋漁業→マルハ )は下関が創業の地であり、現在も林兼産業などマルハ関連会社が多数残る。また、日本水産も下関が創業地である。現在はフグの水揚げ高が全国の8割を占め、市内にはふぐ専用の魚市場の南風泊(はえどまり)魚市場を構える(参照、下関とふく)。 また最近になり、アンコウの水揚げ高も全国一である事がわかり、下関の新たな名物としてPR活動を行っている。 現在は、一般人向けに開放された魚市場(唐戸市場)などがある。
また、下関港は特定重要港湾に指定されており、FAZ〔Foreign Access Zone〕輸入促進地域にも指定。
- 主な港湾
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行政
市長
市役所
唐戸に隣接する南部町(なべちょう)に本庁を置くほか、2005年(平成17年)の合併前の旧郡部の各町に総合支所(4箇所)、旧下関市内に12支所、総合支所管内に11支所を配する。また、3つのサテライトオフィスと1つの事務所(東京事務所)を置いている。
2004年の広域合併以降、市庁舎の位置を巡って紆余曲折が見られる。
地域区分
市役所本庁、総合支所、支所(総合支所内のものを除く)の所管する地域として、17の地区がある。
各地区の名称は、本庁の所管する区域は「本庁地区」、○○(総合)支所の所管する区域は「○○地区」である。
本庁地区の領域は市制施行(1889年)当初のものに旧生野町(1921年編入合併)を合わせたものである。そのほかの地区の領域は、概して、下関市への編入合併 (1933年(昭和8年)彦島 - 1955年(昭和30年)内日) や下関市との新設合併 (2005年(平成17年))によって消滅した各町村(旧豊浦郡や旧厚狭郡に属していた) の領域を引き継ぐものである。(本庁地区以外の領域の詳細は、支所設置条例 および 総合支所設置条例 を参照。)
公共サービス
警察
現在市内には、下関警察署・長府警察署・小串警察署の3つの警察署がある。各警察署の管轄区域は以下のとおり。
- 下関警察署:本庁地区、川中地区、安岡地区、吉見地区、勝山地区、彦島地区
- 長府警察署:長府地区、王司地区、清末地区、小月地区、王喜地区、吉田地区、内日地区、菊川地区、豊田地区
- 小串警察署:豊浦地区、豊北地区
消防
消防業務は下関市消防局が行っている。現在市内には、中央消防署・北消防署・西消防署・東消防署・豊浦西消防署・豊浦東消防署の6つの消防署がある。各消防署の管轄区域は以下のとおり。
- 中央消防署 :本庁地区(山の田を除く)
- 北消防署:本庁地区の山の田、川中地区、安岡地区、吉見地区
- 西消防署:彦島地区
- 東消防署:長府地区、王司地区、清末地区、小月地区、王喜地区、吉田地区、勝山地区、内日地区
- 豊浦西消防署:豊浦地区、豊北地区
- 豊浦東消防署:豊田地区、菊川地区
医療
- 独立行政法人国立病院機構関門医療センター(救命救急センター)
- 下関市立市民病院(二次救急)
- 下関厚生病院(二次救急)
- 済生会下関総合病院(二次救急)
- 下関市立豊浦病院
- 下関市立豊田中央病院
- 武久病院
- 昭和病院
- 安岡病院
かつて二次救急を担う4医療機関はすべて本庁地区に所在していたが、2005年4月に済生会が安岡地区へ、2009年4月に関門医療センターが長府地区へ移転したため、救急指定病院の集中度が緩和された。それでも、4医療機関のすべてが旧市部に所在する状況は変わらず、旧郡部からの移動が1時間を超える地域もあるため、救急医療体制や交通網のさらなる充実が課題となっている(ただし、旧郡部の北側では、長門市の二次救急医療機関を利用するほうが少ない移動時間で済む場合がある。)。
主な社会・文化施設
- 図書館
- 中央、長府、彦島、菊川、豊田、豊浦、豊北の7図書館(室)と移動図書館がある。
- また、北九州市との協定で、下関市民は北九州市立図書関連施設(19施設)の貸出利用が可能。 このほか、 一般公開している学校図書館 (下関中等教育学校) もある。
- スポーツ施設
- このほか市内にあるスポーツ施設の詳細については、下関市スポーツ施設一覧を参照
駐日外国公館
- 在下関大韓民国名誉総領事館(東駅)
国の行政機関
- 法務省
- 山口保護観察所下関駐在官事務所
- 気象庁
- 下関地方気象台
主な商業施設
- 下関駅周辺
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- シーモール下関
- 下関大丸、シーモールest(エスト)、専門店街
- グリーンモール商店街、長門市場(「リトル・プサン」、毎年11月23日に「リトル釜山フェスタ」開催)
- 豊前田(ぶぜんだ、県内最大の歓楽街)
- 下関駅名店街
- 長門市場
- シーモール下関
- 長府
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- ゆめタウン長府
- イオン長府ショッピングセンター
- (マックスバリュ、ナフコ、数軒の専門店で構成されており、一般的に言われる大規模なイオンSCではない)
- 長府商店街(鳥居前、乃木さん通り、金屋通り)
- 川中(綾羅木)・安岡
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- ハイパーモールメルクス綾羅木
- ジャスコ安岡店
- アルク安岡(上記、イオン長府と同様に数軒の専門店で構成されている)
観光
観光地
旧下関市街地では幕末前後から明治時代にかけての歴史遺産を整備した観光地が複数存在するほか、長府地区は城下町、また関門海峡沿いには観光施設が多数建設されており、対岸の門司港レトロ地区(北九州市)と併せた周遊ルートとして多くの観光客で賑わう。
旧3町では「角島大橋」のある角島、「瓦そば」が名物の川棚温泉や自然景観を生かした観光地が中心となる。
本庁地区・彦島
関門海峡に面したエリアに観光スポットが多く並ぶ。
- 下関駅(竹崎町)・豊前田・細江町エリア
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- 下関港(本港地区・下関港国際ターミナル)
- グリーンモール商店街(コリア・タウン)、長門市場
- 豊前田(県内随一の歓楽街)
- 桜山神社
- 高杉晋作終焉の地
- 下関市民会館
- 巌流島(船島)
- 山口県国際総合センター
- 海峡ゆめタワー(展望室の高さ西日本一のタワー。但し超高層ビルを含めた展望室の高さでは大阪市の梅田スカイビル空中庭園展望台が西日本一)
- 海峡メッセ下関
- 海峡ゆめ広場
- 旧山陽ホテル
- 日和山公園
- 大歳神社
- 彦島
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- 南風泊市場(ふくのせり市)
- 老の山公園
- ひこっとらんどマリンビーチ(西山海水浴場)
- ナイスビューパーク(風車、休憩所など)
- 下関漁港閘門(世界最小の運河としてギネスに登録)
山陽方面(周防灘沿岸)
山陰方面(響灘沿岸)
内陸部
県道34号沿いのエリア。
- 菊川
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- 植松古墳公園
- 中山渓
主な祭り・イベント
- 2月:下関ふくの日まつり
- 4月中旬:維新・海峡ウォーク
- 4月14日:東行忌
- 5月2日 - 4日:先帝祭(市指定無形文化財)
- 5月3日:しものせき海峡まつり
- 7月下旬:リトル釜山フェスタ in SUMMER
- 8月7日 - 13日:数方庭祭(県指定無形文化財)
- 8月13日:関門海峡花火大会
- 8月下旬:朝鮮通信使行列再現
- 8月下旬:馬関まつり(県内最大の祭り)
- 10月/11月:ツール・ド・しものせき
- 10月第4土曜日:福江八幡宮流鏑馬
- 11月:下関海響マラソン
- 11月:下関さかな祭
- 11月23日:リトル釜山フェスタ
名産品
下関四大名物
下関三大鍋料理
その他の名産品
- 韓国料理 … 焼肉
- 角島のイカ
- 魚肉練り製品(蒲鉾、ちくわ、ソーセージなど)
- 辛子明太子(下関が発祥地)
- 瓶詰めウニ(下関が発祥地)
- ふぐ提灯
- 亀の甲煎餅
- 巌流焼
- 阿わ雪(淡雪)
- 二見饅頭(旧豊北町)
- 瓦そば(川棚温泉)
教育
大学・短期大学
- 公立
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- 下関市立大学
- 下関市立大学大学院
- 下関市立大学
- 私立
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- 東亜大学
- 東亜大学大学院
- 梅光学院大学
- 梅光学院大学大学院
- 梅光学院大学女子短期大学部
- 下関短期大学
- 東亜大学
中等教育学校
1校
高等学校
15校(公立11校、私立4校)
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中学校
24校(公立23校、私立1校)
- 市立
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- 私立
小学校
- 市立
54校・1分校
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特別支援学校
- 山口県立下関南総合支援学校(幼稚部・小学部・中学部・高等部)
- 山口県立山口南総合支援学校下関分校(幼稚部・小学部・中学部)
- 山口県立下関総合支援学校(小学部・中学部・高等部)
- 山口県立豊浦総合支援学校(小学部・中学部・高等部)
専修学校・各種学校
学校教育以外の施設
姉妹都市・友好都市・提携都市
交通
航空
市内に空港はなく、北九州空港・山口宇部空港が最寄り。いずれも下関市内からバスで連絡している。なお、早朝の往路1本のみだが福岡空港への高速バスも運行されていて、3空港へのアクセスが可能である。
鉄道
中心となる駅は下関駅である。
- 九州旅客鉄道(JR九州)
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- 山陽本線:下関駅
- 下関駅から普通電車で9分前後で門司駅に、15分前後で北九州市中心部の小倉駅に入ることができる。新幹線を利用して遠方を行き来する場合、すべての列車が停車する小倉駅で新幹線を乗降する場合も多い。
- ちなみに、上記の場合で小倉駅から201キロ以上の距離があれば、特定都区市内(北九州市内)制度の適用となり門司駅までの運賃(下関駅から220円)の追加でよい。
- 現在、市議会において鉄道に関しては下関駅・幡生駅・長府駅の改築、市内各地域への中間駅設置など、様々な意見が発表されているが、このうち、下関駅と長府駅の改築は、ほぼ決定していると言える。
- なお、1926年(昭和元年) - 1971年(昭和46年)には、山陽電気軌道(現在のサンデン交通)の路面電車が長府駅 - 下関駅間や幡生駅 - 下関駅間などで運行されていた。羽山町と後田町近辺に「東駅」と言う地名があるが、ここは路面電車の駅の名残で市民に親しまれている。
海運
国際航路・国内航路
国際フェリー(韓国釜山、韓国光陽、中国青島、中国蘇州航路)、国内航路、関門航路は、「下関港」を参照。
離島航路
- 吉見漁港 蓋井島航路
- 竹崎桟橋 六連島航路
路線バス
高速バス
タクシー
- 下関山電タクシー
- 日本交通産業
- 山和第一交通
- 山口第一株式会社
- 平和タクシー
- 冨士第一交通:西市営業所
- (周南)第一交通:下関営業所
道路
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メディア
市内に立地するテレビ局
市内に立地するラジオ局
- COME ON! FM(コミュニティエフエム下関)
- FM山口
- NHK下関支局(NHK山口放送局)
- KRY山口放送下関支社
新聞
通信社
電波銀座
関門海峡に面する下関市は、「電波銀座」「電波過密地域」としても知られている。
一部の山間部を除き、山口県域の放送局のほか福岡県域局もテレビ・ラジオ共々直接受信する事が可能であるため、アンテナを下関中継局と北九州中継局の両方に向けている世帯が多く、民放5大ネットワークが揃っている北九州中継局にのみアンテナを向けて、福岡県域局のみ受信している世帯も非常に多い。地上デジタル放送では旧市内の大半が北九州局のエリアに入っており(デジタル放送推進協会ウェブサイトの 放送エリアのめやす で確認が可能)、下関局同様に視聴可能であるが、アナログ放送よりはエリアが狭まっている。
- そのため、市内では福岡で活躍するローカルタレントやアナウンサーが視聴者に親しまれている反面、山口で活躍するタレントやアナウンサーが県内他地域に比べ知名度が劣るという現状もある。同様の現象は、県内の放送の大半を在阪局に委ねている徳島県(特に徳島市などの東部)でも見られる。また、福岡県のテレビ局のCMでも、たとえばショッピングセンターゆめタウンのCMは、画面右上に下関・福岡・佐賀・大分と記載されている事から、下関でも福岡局を視聴している市民が多いことを感じ取れる。
逆に、山口県域局においても、特に放送開始の早かった山口放送では放送開始の初期には北九州エリアの放送局に配慮した本局とは異なる独自の番組編成となり、事実上の「1局2波」状態になっていた時代があるなどの特色が見られる(山口放送#関門テレビ局開局の項目を参照)。
また、日本海を挟んで韓国にも近いため、韓国のAM放送が日中の時間帯でも鮮明に受信できる。しかし、混信などの受信障害も発生し易いため、テレビ放送の受信に支障を来す事も多い。
- 下関市で視聴できる福岡県のテレビ局
- 下関市で視聴できる福岡県のラジオ局
- これ以外にも市内の一部地域(小月地域など)で大分放送(本社:大分市)や南海放送(本社:松山市)も受信可能。ただし1350kHzの中国放送(本社:広島市)は出力20kWだが、NHK第2放送の下関局の1359kHzと近いため、市の中心部では終日受信が困難である。
下関とプロ野球
下関市は、大洋漁業株式会社(現:株式会社マルハニチロ水産)の創業の地であり、西日本地区におけるベースオフィスでもあったことから、当地を本拠地に大洋漁業(当初は林兼商店)野球部が活動し、1948年国民体育大会優勝、その他都市対抗野球などにも出場する強豪チームとして知られた。
1950年の2リーグ分裂により、同チームはプロ化して「株式会社まるは球団」を設立。チーム名も大洋ホエールズ(現在の横浜DeNAベイスターズ)として、セントラル野球連盟に加盟し、旧・市営野球場を本拠とした。大洋は経営的に不利な状況が続き、1951年には広島東洋カープとの合併も囁かれたが、広島市民の熱意で合併は一旦回避される。しかし、1953年のシーズン開幕前に松竹ロビンス(京都市)と電撃合併が決まり、チーム名も「大洋松竹(洋松)ロビンス」として大阪市を本拠地とすることになり、下関のホエールズは3シーズンで消滅した。
大洋が下関から撤退した後も準本拠地的に年数試合の主催ゲームが開かれた。
プロ野球球団のファン傾向としては、旧市内を中心にして、旧大洋ホエールズファンを含む横浜DeNAベイスターズファンが多く見受けられる。巨人ファンも根強いが、地理的に福岡が近くメディア的に情報も入りやすいために、昔は西鉄時代の名残から埼玉西武ライオンズ、南海ホークスが福岡移転後は、ダイエー時代も含め福岡ソフトバンクホークスファンが多い。
下関を主要な舞台にした作品
- ドラマ
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- 金曜プレステージ浅見伝説三部作第一弾「耳なし芳一からの手紙」
- 金曜エンタテイメント浅見光彦シリーズ「化生の海-北前船殺人事件-」
- 土曜ワイド劇場タクシードライバーの推理日誌「東京 - 関門海峡1,100km殺人」
- 少女には向かない職業(全10話)
出身有名人
(太字は故人)
政治
- 湯浅倉平(元宮内大臣、会計検査院長、警視総監)
- 林義郎(元大蔵大臣・厚生大臣、元衆議院議員、自由民主党)
- 林芳正(元防衛大臣、参議院議員、自由民主党)
- 高木義明(前文部科学大臣、衆議院議員、民主党)
- 田中和徳(衆議院議員・自由民主党)
- 坂本実(元衆議院議員・自由党)
- 魚谷哲央(維新政党・新風初代代表)
- 福田正義(日本共産党(左派)創設者・議長)
文化
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芸能
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マスコミ
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スポーツ
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その他
- 岡村定矩(東京大学副学長、天文学者)
- 戎崎俊一(天文学者)
- 島泰三(動物学者)
- 中村良夫(本田技研工業常務・特別顧問、ホンダF1初代監督)
- 中山太一(中山太陽堂(現在のクラブコスメチックスグループ)創業社長)
- 瀧川辨三(実業家「日本のマッチ王」、滝川学園創立者)
- 乃木希典(陸軍大将、伯爵)
- 三吉慎蔵(志士)
- 白石正一郎(豪商)
- 西山太吉(元毎日新聞記者、西山事件当事者)
ゆかりのある人物
- 安倍晋三(衆議院議員・第90代内閣総理大臣・自由民主党総裁)(本籍地は長門市、出生は東京)
- 松本清張 (小説家)広島市で生まれ1歳で下関に移住し10歳まで下関で育つ。
- 林芙美子 (小説家)林芙美子本人が、自分は下関生まれだと語っている。
- 森進一(歌手)生まれは山梨県甲府市。幼少期から中学3年途中まで下関で育つ
- 魁傑將晃(大相撲力士・元大関、第11代日本相撲協会理事長)小学3年から高校卒業まで下関で育つ
- 八尋俊邦(元三井物産社長・会長、元経団連副会長)
- 孫正倫(サッカー選手・アビスパ福岡)
その他
市外局番
- 下関MA(市外局番:083、市内局番:2xx(217を除く)、766 - 768、77x、78x)=市内全域
- 従前、下関・豊浦・美祢の3MAが混在し、市外局番も別であった。2008年3月1日より、郵政省告示改正により、MAの統合・分割が行われ、下関市全域が同一市外局番となった。
- それまで美祢MAに含まれていた下関市豊田町(旧市内局番:66 - 68)は、現在の美祢MA(旧美東町エリアを除く美祢市、市外局番:0837、市内局番:50 - 65、69)との相互通話は区域隣接通話となり、以前より通話料が高くなるほか新たに市外局番が必要である。
- 山口県西部の天気予報はそれまでの0832-177(旧・下関MA)から0836-177(宇部MA)に変更された。217局は山口県西部の天気予報(宇部MA)への誘導用のため使用できない。
郵便番号
- 下関支店(下関郵便局):750-00xx、750-85xx、750-86xx、750-87xx
- 内日集配センター(内日郵便局):750-02xx
- 菊川集配センター(菊川郵便局):750-03xx
- 豊田集配センター(豊田郵便局):750-04xx
- 小月集配センター(小月郵便局):750-11xx
- 粟野集配センター(粟野郵便局):759-51xx
- 阿川集配センター(阿川郵便局):759-52xx
- 特牛集配センター(特牛郵便局):759-53xx
- 滝部集配センター(滝部郵便局):759-55xx
- 矢玉集配センター(矢玉郵便局):759-61xx
- 豊浦集配センター(豊浦郵便局):759-63xx
- 吉見集配センター(吉見郵便局):759-65xx
- 下関東支店(下関東郵便局):751-08xx、751-85xx、751-86xx、751-87xx、759-66xx
- 長府支店(長府郵便局):752-09xx、752-85xx、752-86xx、752-87xx
自動車のナンバープレート
自動車のナンバープレートは、以前は「山口」ナンバーであったが、2006年10月10日より、県内唯一のご当地ナンバーである「下関」ナンバー登録の地域となった。なお、市所有の公用車は車検時に下関ナンバーへ変更され、サンデン交通の路線バス車両は従前からの車両を含めほとんどの車両が下関ナンバーである[要出典]。
関連項目
外部リンク
- 行政