長府駅
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| 長府駅 | |
|---|---|
駅舎と駅前広場(2007年9月)
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| ちょうふ - Chōfu | |
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◄小月 (6.2km)
(5.9km) 新下関►
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| 所在地 | 山口県下関市長府松小田本町4-11 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | ■山陽本線 |
| キロ程 | 515.0km(神戸起点) |
| 電報略号 | チヨ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
2,081人/日(降車客含まず) -2011年- |
| 開業年月日 | 1901年(明治34年)5月27日 |
| 備考 | 業務委託駅 みどりの窓口 有 |
長府駅(ちょうふえき)は、山口県下関市長府松小田本町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陽本線の駅。
目次 |
駅構造 [編集]
島式1面2線のホームを持つ地上駅。構内に分岐器はないが、場内・出発信号機が設置されており、閉塞の境界として機能している。現在は橋上駅へ改修され、旧駅舎は2011年1月10日をもって閉鎖された。下関地域鉄道部が管理し、JR西日本関連会社のジェイアール西日本広島メンテックが駅業務を受託する業務委託駅。
かつては相対式・島式の複合型3面4線のホームであり、島式ホームの2・3番線を相対式の1・4番線で挟む形であった。駅舎橋上化工事に伴い島式ホーム片側の2番線と、駅舎から最も遠い4番線の架線、それに前後のポイントを撤去し電車の入線を不可としたうえで、さらに残存していた線路や4番線ホームへの連絡通路も撤去された(2010年1月)。2010年5月10日に旧2番線の路盤に1番線の線路(下り本線)を移設し、島式1面2線となった。移設後は旧2番線を1番線に改番し、以降2番線は名実ともに欠番となる。
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | ■山陽本線 | 下り | 下関方面 |
| 3 | ■山陽本線 | 上り | 厚狭・新山口方面 |
駅周辺 [編集]
- 長府駅前郵便局
- 下関市立長府小学校
- 下関市立長成中学校
- ヤマダ電機下関長府店
- ゆめタウン長府(商業施設)
- エディオン長府店
- 下関競艇場
- 城下町長府
- 国道2号
- 神戸製鋼所長府製造所
- ブリヂストン下関工場
- 長府製作所本社
- 中国電力下関発電所
バス [編集]
- 駅前に乗り入れる便もあるが、大半は国道2号上の「長府駅前」停留所に停車する。
長府駅バス停(駅正面)
- 下関駅行き
- 中央病院行き
- 長府扇町工業団地方面
長府駅前バス停(国道20号線沿い 駅側)
長府駅前バス停(国道20号線沿い ジョイフル側)
- 城下町長府・唐戸・下関駅・中央病院方面
利用状況 [編集]
1日の平均乗車人員は以下の通りである。
- 2,600人(2000年度)
- 2,515人(2001年度)
- 2,513人(2002年度)
- 2,487人(2003年度)
- 2,422人(2004年度)
- 2,369人(2005年度)
- 2,305人(2006年度)
- 2,278人(2007年度)
- 2,263人(2008年度)
- 2,231人(2009年度)
- 2,215人(2010年度)
- 2,081人(2011年度)
歴史 [編集]
- 1901年(明治34年)5月27日 - 山陽鉄道 厚狭駅 - 馬関駅(現・下関駅)間の開通と同時に開業。旅客・貨物の取扱を開始。
- 1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道の国有化により国有鉄道の駅となる。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。山陽本線の所属となる。
- 1932年(昭和7年)9月7日 - 山陽電気軌道長関線が長府駅前に乗り入れ。
- 1969年(昭和44年)10月30日 - 山陽電気軌道長関線の長府駅 - 唐戸間廃止により、長府駅電停廃止。
- 1984年(昭和59年)1月1日 - 車扱貨物の取扱を廃止。駅舎南に有蓋車用の貨物ホームが設置されていた。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道の駅となる。
- 2006年(平成18年)12月14日 - 市議会にて、橋上駅への駅舎改築・駅周辺整備案を29億円の予定で行うことが発表。
- 2012年(平成23年)3月17日 - 長府駅橋上駅舎完成及び自由通路開通に伴う記念式典を開催・使用開始。
隣の駅 [編集]
かつて存在した路線 [編集]
- 山陽電気軌道
- 長関線
- 長府駅電停 - (臨)競艇場電停 - 松小田電停
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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