蘇州市
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| 中華人民共和国 江蘇省 蘇州市 | |
| 蘇州の水郷風景 | |
| 江蘇省中の蘇州市の位置 | |
| 中心座標 | |
| 簡体字 | 苏州 |
| 繁体字 | 蘇州 |
|---|---|
| 拼音 | Sūzhōu |
| カタカナ転記 | スーヂョウ |
| 蘇州方言 | Səutsøʏ |
| 国家 | 中華人民共和国 |
| 省 | 江蘇 |
| 行政級別 | 地級市 |
| 市委書記 | 王栄 |
| 市長 | 閻立 |
| 面積 | |
| - 総面積 | 8,488.42 km² |
| - 市区 | 1,649.72 km² |
| 人口 | |
| - 総人口(2007) | 624.43 万人 |
| - 市区人口(2007) | 235.31 万人 |
| 経済 | |
| - GDP(2007) | 5,700 億元 |
| - 一人あたりGDP | 79,407元 |
| 電話番号 | 512 |
| 郵便番号 | 215000 |
| ナンバープレート | 蘇E |
| 行政区画代碼 | 320500 |
| 市樹 | クスノキ |
| 市花 | モクセイ |
| 官方ウェブサイト: http://www.suzhou.gov.cn/ | |
蘇州市(そしゅうし)は中華人民共和国江蘇省東南部に位置する地級市。古くから絹織物で発展した国家歴史文化名城であり、上海市に隣接する地の利があり、現在も省の経済的中心である。
蘇州で話されている蘇州語(蘇州方言)は、北部呉語を代表する方言と考えられていたが、現在は上海語にその座を譲っている。蘇州方言と上海方言とでは、異なる語彙や発音があるが、しばらく会話すれば意志の疎通に大きな支障はなくなる。
目次 |
[編集] 地理
長江の南側にあり、長江デルタの中心部、太湖の東岸に位置する。東北側には、上海蟹の産地として名高い陽澄湖がある。
北京から南京を経て、昆山、上海を結ぶ京滬線が通り、蘇州駅には特急が停車する。
上海を起点に蘇州市街を通って西に延びる312国道と、常熟市街を通る204国道が幹線道路としてある。また、上海から南京に向かう滬寧高速道路が通っている。滬寧高速道路は蘇州で常熟、嘉興を結ぶ南北の蘇嘉杭高速道路と交差しており、2008年ごろには常熟から長江を渡って南通に通じる橋ができる予定である。滬寧高速道路は交通量の増加によって渋滞が起きやすくなったため拡幅工事を進めているほか、常熟を通る沿江高速道路が常州までのバイパスとして建設された。
古来、北京と杭州を結ぶ京杭大運河が通るなど、水運もよく利用されている。北部の太倉、常熟、張家港の長江沿いの地域には、水運を生かせる大規模工場が作られている。
運河による水運が生活に溶け込んでいることから、旧市街地及び周辺の水郷地帯を含めて、「東洋のヴェニス」と呼ばれるが、ヴェネツィアよりも歴史は古い。
[編集] 歴史
古くから長江の南に位置する、江南の主要都市として栄えてきた。春秋時代に呉の都が置かれ、呉文化圏の中心であった。伝説によれば、諸樊がこの地を本拠と定め、諸樊の子孫の闔閭が呉の都として整備したと言われている。臥薪嘗胆、呉越同舟の舞台である。秦以後には会稽郡、後には同郡から分離した呉郡の役所が置かれた(同時に呉県の役所も設置された)。隋代に蘇州の名が始まったが、南朝最後の陳末の民衆反乱(589年)で町が破壊されて郡の役所なども他の町に移されており、本格的な再建は役所を蘇州に戻した唐の太宗時代以後のことになる。五代時期には呉越国の都となり、北宋の神宗時代に府(首都に准じる都市)への昇格に伴って平江府、元には平江路と呼ばれるようになった。この間、金の南宋遠征軍が平江府を攻撃して再度町は大規模な打撃を蒙った(1130年)が、南宋政府によって再建されている。元末の張士誠も呉王を称して蘇州に都した。明になると、蘇州府が置かれて以後は現在の蘇州という名称が固定化された。
古くから中国の先進的な絹織物産地として経済的富裕な町であったが、南宋時代に付近で木綿栽培が広まると綿織物の分野でも屈指の生産を図るようになる。だが、アヘン戦争後の上海開港にともなってその経済的地位をいくらか低下させた。
江蘇省の省都は現在南京に置かれているが、歴史的に清代には江蘇布政使が蘇州に駐在し、太平天国は蘇州を蘇福省の首府とした。南京に都した中国国民党時代には蘇州に江蘇都督行署を置き、日本軍占領期にも江蘇省会であった。
[編集] 行政区画
[編集] 経済
上海から高速道路で1時間の距離にあり、上海の国際マーケットと国内マーケットをつなぐ要所である。シンガポールの協力で建設された蘇州工業園区を始め、蘇州高新技術開発区、昆山経済技術開発区、張家港保税区などの投資区域を有する。繊維製品、精密化学工業、製紙工業、電子工業、機械工業などの産業があり、2003年の国内生産総額は2,802億人民元、一人当たり国内生産は47,700人民元、輸出総額は326億米ドルに達する。経済規模は江蘇省最大で、省都南京をしのぐ。
蘇州の東北に位置する陽澄湖は、上海蟹の産地・養殖地として著名であり、淡水漁業も盛んである。
[編集] 特産・名菜
[編集] 交通
- 鉄道 - 蘇州は上海-南京の大動脈上に位置しているため、上海駅 - 蘇州駅間は毎日約60往復の列車がある。そのうち約20往復は中国版新幹線CRHであり、所要31分-45分。それ以外の列車は所要45分-2時間16分。一部の列車は上海南駅発着となる。
- バス - 上海から約1時間30分。上海浦東国際空港や上海虹橋国際空港からの直行バスもある。また、蘇州市内を路線バスがくまなく走っており、ほとんどすべての観光地を訪れることが可能。
- 航路 - 山口県下関市の上海下関フェリーが、下関港国際ターミナル - 江蘇省蘇州太倉港のフェリーを運航している。所要35時間30分 - 40時間。週1往復。
[編集] 教育
[編集] 観光
- 蘇州古典園林 - 主に明代に建設されたいくつかの庭園の総称。拙政園、留園、網師園、環秀山荘、獅子林などの庭園が含まれる。これらはユネスコ世界遺産に選定されている。
- 虎丘 - 春秋時代、呉の国王夫差が埋葬されたことに由来。北宋代、961年に建立された八角七層の虎丘塔(雲岩寺塔)は、現在少し傾いているためイタリアのピサの斜塔と比されることもある。全国重点文物保護単位となっている。また1940年代まで、風水で龍脈の源と考えられ、城市内に流れ込む運河の市内への門は、ショウ門とよばれ、その近辺から繁栄した(古蘇繁栄図)
また、1940年まで北寺塔から南下する道は、臥龍街と呼ばれていた。(蘇州古城地図)
- 寒山寺 - 唐代に建立された名刹。唐代の詩人張継の「月落ち烏鳴いて霜天に満つ」で始まる漢詩「楓橋夜泊」に登場することで有名である。
- 盤門-蘇州南西部の門。龍脈の影響が弱く商売など適していないと思われていた。従って、周辺は余り発達しておらず、昔の状態がかなり完全に保存されている。
- 宝帯橋
- 双塔
- 玄妙観
- 北寺塔
- 周荘、甪直、同里 - 明代・清代の建築物も残る、古い水郷の街として人気がある。
[編集] 友好交流都市
東京都東村山市、石川県金沢市及び福井県永平寺町と姉妹都市、京都府亀岡市と友好交流都市として提携している。
[編集] 蘇州を舞台にした作品
[編集] 音楽
[編集] 映画
- 小城之春 (監督:費穆、1948年)
- 春の惑い (監督:田壮壮、2002年、上記作品のリメイク)
- 華の愛 遊園驚夢 (監督:楊凡、2000年)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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