新進棋士奨励会

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新進棋士奨励会(しんしんきししょうれいかい)は、日本将棋連盟プロ棋士養成機関である。一般には単に奨励会(しょうれいかい)と呼ばれることが多い(本項においても以下「奨励会」と記述する)。1935年に発足。命名者は将棋連盟顧問の中島富治

また、奨励会の下部組織に相当する研修会(けんしゅうかい)についても本項で解説する。

概要[編集]

奨励会で三段まで上がり、さらに所定の成績を収めると、四段に昇段( = プロ入り)をする(「フリークラス編入試験」という例外を除く)。

奨励会は、関東奨励会と関西奨励会の2つに分かれており、二段まではそれぞれの奨励会の中で対局する。研修会は、関東研修会、関西研修会、東海研修会の3つに分かれている。2016年1月より福岡市に九州研修会が設置される[1]

対局は、関東奨励会・関東研修会が将棋会館東京都渋谷区千駄ヶ谷)、関西奨励会・関西研修会が関西将棋会館大阪市福島区)で行われる。東海研修会の対局は、名古屋市中区の板谷将棋記念室で、九州研修会の対局は福岡市中央区の電気ビル・共創館で行われる。

研修会は、女流棋士を目指す者の養成機関としての機能も持つ。

奨励会・研修会・女流棋士の相互関係[編集]

奨励会と研修会[編集]

奨励会への入会は、棋士の推薦を受けて入会試験を受けるのが通常のコースであるが、研修会の研修生が15歳以下の時点でB1からA2に昇級すると、奨励会6級になることができる。その他、成績によっては、奨励会入会試験の一次試験を免除されたり、推薦(師匠)無しで奨励会受験ができたりする優遇措置がある。

奨励会と女流棋士[編集]

  1. 女流棋士には、奨励会試験受験・入会の権利もある。
  2. 女性の奨励会員は、奨励会員としての出場が認められた女流棋戦に出場することができる。
  3. 奨励会と重籍の女流棋士は、女流枠のある棋士棋戦(竜王[2]王位王座棋王棋聖朝日銀河NHK新人王[2]青流[2])に女流枠からの出場はできない[3]
  4. 女性の奨励会員は、2級以上で奨励会を退会すると女流棋士になる権利がある。このとき奨励会退会時の段級位が引き継がれる(2004年に岩根忍が関西奨励会1級から女流1級となった[4])。

奨励会と女流棋士の重籍(掛け持ち)は不可とされていた時期があったが、里見香奈女流三冠(当時)が2011年5月に行われた奨励会1級試験に合格した後、2011年5月27日に日本将棋連盟から上記1、2の決定が発表がされた[5]。2については早速、2011年創設の第1期女流王座戦に女性奨励会員2名(加藤桃子2級、伊藤沙恵2級 = 予選参加当時)が出場し、加藤が初代女流王座を獲得した。

研修会と女流棋士[編集]

女流棋士を目指すものにとって、かつて「女流育成会」が養成機関として存在していたが、2009年3月に発展的解消がされ[6]、研修会がその機能を併せ持つこととなった。

女性の研修会員がC1に昇級すると、仮の女流棋士に当たる「女流3級」となる権利を得る。女流3級となってから所定の成績を挙げれば女流2級となり、正式な女流棋士となる。

なお、研修会から奨励会入会を目指すことも当然ながら可能である。

奨励会への入会資格[編集]

入会試験[編集]

年1回、毎年8月に行われ、受験者同士の対局による一次試験、奨励会員との対局・筆記試験・面接からなる二次試験がある(研修会B1クラス以上で満15歳以下の者、試験開催年に行われた日本将棋連盟主催の小・中学生全国大会優勝者は一次試験は免除される)。受験資格は、満19歳以下で四段以上のプロ棋士(日本将棋連盟正会員)から受験の推薦を得た者であることである。ただし、満15歳以下で、研修会C1クラス以上または試験開催年に行われた日本将棋連盟主催の小・中学生全国大会ベスト4以上の者であれば、棋士の推薦なしでの受験が可能である(2008年より)。この場合も、入会後1年以内に師匠となる棋士を決定する必要がある。

受験の推薦を得るには、アマチュアの大会で優秀な成績を収めたり、プロ棋士などが指導する将棋教室などで実力を認められたりしなければならない。受験可能な最下位である奨励会6級でもアマチュア三 - 五段程度の実力に相当する(プロとアマで段級位がまったく異なる[7])ため、入会には都道府県のアマチュア上位に相当する実力が必要である。

初段受験制度[編集]

従来の受験制度(級位受験)とは別に、1997年度より創設された。受験資格は満22歳以下(8月末日)で、アマチュア公式戦全国大会の優勝または準優勝を経験した者で、四段以上のプロ棋士(日本将棋連盟正会員)から受験の推薦を得た者。2005年度に吉田正和朝日アマ名人(当時)がこの制度による最初の受験者かつ初の合格者となる。なお吉田は受験時19歳であり、当時の年齢下限(20歳)より下であったが受験が認められた(以降は満22歳以下に変更となっている)。また、吉田は後に三段リーグ次点2回を獲得して四段昇段・フリークラスプロとなり、さらに勝率規定によって順位戦参加を果たしている。

三段編入試験[編集]

2007年度より創設。

受験資格

過去1年の6つのアマチュア全国大会(アマ竜王、アマ名人、朝日アマ名人、アマ王将、赤旗名人、支部名人)のいずれかの優勝者で、四段以上のプロ棋士(日本将棋連盟正会員)から奨励会受験の推薦を得た者であること。優勝1回に付き受験1回可能。

試験方法
  • 試験の対局は、4月編入(申込締切前年12月末)の場合は2 - 3月、10月編入(申込締切6月末)の場合は8 - 9月の奨励会例会において行われる。
  • (受験者を二段扱いとして)奨励会二段(場合により初段も含む)と最大8局対局し6勝で三段に編入される(なお3敗した時点で不合格となり試験は打ち切りとなる)。
  • 三段リーグ編入試験に合格した者は、年齢に関係なく三段リーグに最長2年間(4期)参加できる。
  • 三段リーグ在籍中に二段降級となった場合は退会となる。三段リーグの参加資格の勝ち越し延長も認めない。

2015年後期までに、のべ11名(1名が2回受験している)が受験し、2007年前期の今泉健司が唯一の合格者である。

なお、上記の受験資格がある者は、以前に不合格となっても、新たに受験資格を得れば編入試験は何度でも受けられる。この編入によって三段リーグ入りし、四段になれなかったものも同様である。

奨励会規定[編集]

奨励会は7級から三段までで構成されている(以前は「奨励会初等科」として、下は10級まであった)。二段までは、関東・関西にそれぞれ分かれて奨励会員同士で対局を行い、段級位に差がある場合は駒落ちで対局する。規定の成績を収めたときに昇段・昇級することができる。三段は関東・関西合同のリーグ戦で三段同士のみの対戦となり、成績優秀者が四段昇段(プロ入り)となる。

なお入会金は102,800円、会費は段級位に関係なく月10,250円(いずれも2016年現在)[8]

段級位の昇降[編集]

6級昇級 - 1級昇級
  • 6連勝、9勝3敗、11勝4敗、13勝5敗、15勝6敗のいずれかの成績を取れば昇級。
初段昇段 - 三段昇段
  • 8連勝、12勝4敗、14勝5敗、16勝6敗、18勝7敗のいずれかの成績を取れば昇段。

全ての段級位で、2勝8敗以下の成績を取ると降級・降段点Bが付き、Bを消せないまま2勝8敗以下の成績を取ると降級・降段となる。なお、Bは3勝3敗以上の成績を取ると消える。7級で降級となった場合は8級にはならず退会となる。なお7級は本来は例外扱いのため[9]、6級からの降級でも退会となる場合がある。

四段昇段( = プロ入り)
  • 三段リーグ通過で昇段。

年齢制限[編集]

満21歳(2002年度以前の奨励会試験合格者においては満23歳)の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を迎える三段リーグ終了までに四段に昇段できなかった者は退会となる。ただし三段リーグで勝ち越しを続ければ満29歳を迎えるリーグ終了まで延長して在籍できる。年齢・勝ち越し条件に関係なく三段リーグに5期(2年半)在籍できる。

奨励会発足時は年齢制限がなかったが、1968年に「満31歳の誕生日までに四段に昇段できなければ奨励会を退会」という規定を設ける。その後、1982年に満26歳に引き下げられて(1981年以前の奨励会試験合格者は従来通り31歳まで)、1994年に上記の延長規定を追加した[10]

三段リーグ[編集]

現在の三段リーグは、1987年度より開始されたものである。

  • 東西のいずれかで二段から三段に昇段した奨励会員、および、三段編入試験に合格した者は、三段リーグ(東西の区別がない1つのリーグ)に入る。
  • 三段リーグは半年(4月-9月、および、10月-3月)を1つの期(1回)とし、各々18戦ずつを戦う。
  • 1回の三段リーグにおける上位2人は四段に昇段し、順位戦C級2組に入る。
  • 3位の者には次点が与えられ、1997年以降に次点を2回獲得したものは、フリークラスの四段に昇段する権利を得る(権利を放棄することもできる)。この権利を行使して四段になったのは伊奈祐介(当時23歳)・伊藤真吾(当時25歳)・吉田正和(当時22歳)・渡辺大夢(当時24歳)・佐々木大地(当時20歳)の5名[11]。一方で佐藤天彦は16歳当時に次点2回を獲得したにもかかわらず権利を放棄し三段リーグに留まり、その後18歳で2位の成績を修め昇段を果たした。
  • 四段に昇段できなかった三段リーグの成績上位者は、プロ公式戦の竜王戦新人王戦加古川青流戦への出場資格を得る。竜王戦出場者は奇数回リーグ戦(年度前期)の次点者(次点者が次点二回で四段昇段したときは4位者)、新人王戦出場者は奇数回リーグ戦の上位者(人数不定)、加古川青流戦出場者は偶数回リーグ戦(年度後期)の上位者(人数不定)となる。
  • 2014年より三段リーグ在籍中の新人王戦優勝者に、優勝した期の終了時点で次点が与えられることとなった。この新人王戦優勝の次点のみを2度取得しても昇段できないことも規定された[12]。2013年10月の第44期新人王戦で都成竜馬が史上初の三段での優勝を果たしたが、規定ができたのが2014年1月のため、本来は第54回三段リーグ戦(2013年10月~2014年3月)終了後に次点が与えられるはずのところ、その次期である第55期三段リーグ戦(2014年4月~9月)終了時に、昇段を果たせず降段点も得なかったため、次点が与えられた。
  • リーグ戦での勝率が2割5分以下(18戦で4勝以下)であると降段点がつき、次期も続けて降段点を取ると二段へ降段する。


記録[編集]

  • 過去の四段昇段の最高成績は小倉久史藤原直哉片上大輔大平武洋青嶋未来の16勝2敗、最低記録は野月浩貴西尾明の11勝7敗である。
  • 三段リーグを1回で突破したのは、中川大輔先崎学小倉久史屋敷伸之川上猛松尾歩三枚堂達也藤井聡太の8名である。なお、中川と先崎は参加者全員が初参加となる第1回三段リーグでの突破であり、記録上は別枠として取り扱われることもある。三段リーグ制度開始(再開)前に中川は三段として7か月、先崎は5か月指している。
  • 三段リーグ突破の最年少記録は藤井聡太の14歳2か月。最年長は伊藤能の30歳8か月である。
  • 二段降段後に三段に再度昇段し、四段に昇段したのは野田敬三一人。ただし降段時点では三段リーグ制度ではなく、再度三段昇段後にリーグが開始され、第2回三段リーグで四段に昇段している。

過去の三段リーグ[編集]

1955年度までは成績により四段になっていたが、当時の将棋連盟の財政事情により昇段者を調整するために作られた。当時の名称は「予備クラス」(1956 - 61年度)、「奨励会A組」(1962 - 73年度)と呼ばれていた。

1956年度から1958年度までは関東、関西の三段が総当りで対局を行い1位になった棋士が昇段していた。当時は関西奨励会の三段棋士が少なかったこともあり、上京して参加していた。

1959年度から1973年度までは、半年ごとに東西の三段による総当たりのリーグ戦が行われ、東西リーグ1位の者による東西決戦で昇段者を決定していた(調整のために多い方の三段棋士が少ない方に回り、東西リーグの人数を均等にしていた)。

1969年度までは前期の東西決戦敗者がリーグ1位となった場合、東西決戦は行われず両者ともに昇段となった。また1962年度から1968年度までは前期・後期の東西決戦の敗者同士の決戦が行われ、この勝者も昇段できた。

後に三段リーグが復活するまでの1974年度から1986年度までは三段リーグがなく、二段以下と同じような昇段規定(9連勝または良いとこ取りで13勝4敗で四段昇段)であった。

なお、四段以上(プロ)が順位戦C級2組から降級した場合に、奨励会三段と同様に旧・三段リーグや東西奨励会で指すことがあった。[13]

アマチュア復帰規定[編集]

1992年4月からの退会者より、奨励会員及び指導棋士だった者がアマチュア棋戦に参加(アマチュア復帰)することに関して、規定が設けられている。

2006年3月31日までの規定では、初段以上で奨励会を退会した者は、2年間日本将棋連盟主催・共催等のアマチュア棋戦に参加できない。級位のものは1年間参加できない。

2006年4月1日改定の規定では、初段以上で奨励会を退会した者は、1年間日本将棋連盟主催・共催等のアマチュア棋戦に参加できない。

奨励会初等科[編集]

かつて存在した組織で、「名人の卵の会」とも呼ばれた。現在の研修会に近い存在だったが、研修会とは違い、級位は奨励会と連続していた。従って、7~10級は奨励会初等科の級位と位置付けられていた。初等科の経験者で棋士(あるいは女流棋士)となった者として、米長邦雄蛸島彰子野本虎次安恵照剛などがいる。

棋士にならなかった初等科出身者としては、角川歴彦などがいる。

研修会[編集]

研修会は日本将棋連盟が将棋を通じて健全な少年少女の育成を目指すことを目的として運営している組織である。1983年発足[14]。関東、関西、東海、九州(2016年より)[15]の4地区あり、それぞれ毎月2回の例会(対局。原則として毎月第2、第4日曜日)が行われる。

奨励会の下部組織と言われることがあるが、奨励会入会が基本的に19歳未満を年齢制限とし最低でアマ三・四段以上の実力が要求されているのに比べるとゆるく(アマ二段程度)、20歳までの在籍を認めるなど、必ずしもプロ棋士の養成を目的としない点で大きく異なる。一方で、奨励会入会試験に不合格であったプロ志望者の救済組織としても位置付けられている。研修会で実力を付けて奨励会入りを果たし、プロ棋士となった者も少なくない[14][16]

研修会のクラスはS、A1、A2、B1、B2、C1、C2、D1、D2、E1、E2、F1、F2、G1、G2、Hという構成である。B1在籍者がA2に昇級した時点で15歳以下、またはA1からSに昇格した時点で18歳以下であれば奨励会6級への編入が認められる。

昇級規定は下記の通り

  • A、Bクラスへ - 8連勝・12勝4敗・14勝5敗・16勝6敗・18勝7敗
  • C、D、Eクラスへ - 6連勝・9勝3敗・11勝4敗・13勝5敗・15勝6敗
  • Fクラスへ - 3勝3敗

会費は月謝制となっており、2016年現在の月謝は12300円(東海地区は10000円、女子は6000円)とされている。

2009年度からは女流育成会と統合。女流棋士志望者に対しては一部異なる規定があるものの基本は同じで、女性会員だけのクラスはなく、原則として男性会員と混合での在籍となる。

例会での対局も彼等との対局が普通に組まれ、昇級規定も同じである。一般的に男女間では棋力が同等でも実力差があるとされているが、対局相手となる男性会員と所属クラスが同じであれば平手での対局となる。当然ながら女性会員同士での対局となる事もある。

入会後の対局数が48局以上で、かつC1へ昇級した場合は、女流3級(日本将棋連盟では「女流棋士仮会員」としている)の資格を得る。年齢制限が設けられており、29歳の誕生日を迎えると強制退会となる[17]

研修会への入会資格[編集]

20歳以下のアマチュア有段者の少年少女。国籍は不問で、外国籍でも帰化等を求められる事はない。

女流棋士希望者は25歳以下の女性。但し23歳以上の場合はD1以上に合格しなければならず、あらかじめ師匠も決定しておく必要がある。

入会にあたっては試験が行われ、その結果に基づいて各クラスへの所属が決定する。

居住地による所属の制限はなく、入会希望者本人が合格後に在籍したい研修会の試験を受ける事になる。沖縄在住の者が関東研修会の試験を受ける事も可能で、合格し入会が認められれば沖縄在住のままでも関東研修会に在籍出来るが、複数の地区を掛け持ちする事は出来ない。止むを得ず所属を変更したい場合は移籍扱いとなる。

試験料は2016年現在20500円。尚、最下位のクラスであるHクラスでもアマ二段程度の実力が必要[18]である。

脚注[編集]

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  1. ^ 日本将棋連盟九州研修会開設のお知らせ日本将棋連盟 2015年9月9日
  2. ^ a b c 竜王戦と新人王戦と加古川青流戦には、奨励会三段からの出場枠はある。
  3. ^ 里見香奈女流名人・女流王将・倉敷藤花、奨励会1級編入試験に合格(2011年5月21日・日本将棋連盟)(2011年6月30日閲覧)
  4. ^ 2014年10月現在、この制度を利用して女流棋士となった例は、岩根忍と伊藤沙恵の2名。
  5. ^ 「奨励会と女流棋士の重籍に関する件」について(2011年5月27日・日本将棋連盟)(2011年6月30日閲覧)
  6. ^ 女流棋士志望の皆様へ(日本将棋連盟サイト・トップページ左端部)(2011年6月30日閲覧)
  7. ^ 将棋について-4・段と級 に、プロとアマの段位についての比較が書かれている。
  8. ^ 平成28年度奨励会入会試験のご案内 - 日本将棋連盟・2016年7月1日
  9. ^ 段と級 - 日本将棋連盟
  10. ^ 奨励会の年齢制限規定の変遷とそれにまつわる将棋ドラマ(2011年2月8日・田丸昇のと金 横歩き)(2013年5月16日閲覧)
  11. ^ 2016年3月に四段昇段した佐々木以外は、いずれも当該権利を行使した後に一定の成績を収め、順位戦C級2組に編入した。
  12. ^ 新人王戦における奨励会三段優勝者の規定について 日本将棋連盟 2014年1月14日
  13. ^ 現在では、C級2組から降級した場合、三段リーグではなく「フリークラス」に編入される。
  14. ^ a b 丸山忠久九段の研修会時代 - 将棋ペンクラブログ・2013年11月10日
  15. ^ 日本将棋連盟九州研修会開設のお知らせ - 日本将棋連盟 2015年9月9日
  16. ^ 名人への道(1)「天才」たちの最初の「壁」奨励会:上 - 『朝日新聞2007年4月3日
  17. ^ 東海研修会のご案内日本将棋連盟東海普及連合会 2016年8月25日閲覧
  18. ^ 研修会について:日本将棋連盟(2008年10月13日閲覧)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]