小倉久史

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 小倉久史 七段
名前 小倉久史
生年月日 (1968-05-15) 1968年5月15日(49歳)
プロ入り年月日 1988年10月1日(20歳)
棋士番号 188
出身地 東京都
師匠 中原誠
段位 七段
戦績
2016年5月8日現在

小倉 久史(おぐら ひさし、1968年5月15日 - )は、将棋棋士棋士番号は188。東京都出身。中原誠十六世名人門下。

棋歴[編集]

初挑戦となった1988年前期の三段リーグを16勝2敗で1位通過、20歳でプロデビュー。中原の弟子の中で、最も早くプロになった。小倉に土をつけた屋敷伸之が2位で小倉と同様三段リーグ1期抜けを果たしたが、第1回を除くと三段リーグ初挑戦者によるワンツーフィニッシュは2013年9月に至るまでこの時が唯一であり、三段リーグ1期抜けも両者のほかには第12回(1992年度後期)で川上猛、第24回(1998年度後期)で松尾歩、第53回(2013年度前期)で三枚堂達也、第59回(2016年度前期)で藤井聡太が達成しただけである。

1994年、新人王戦でベスト4進出。

1996年度、順位戦8期目にして、10戦全勝で初の昇級。残り1局の時点で昇級が決まっていたが、10勝目は亡き母に捧げる1勝であったという[1]

第44期(2003年度)王位戦でリーグ入りし、羽生善治、渡辺明を破る活躍を見せたが、リーグ残留失敗。

2015年度は、第28期竜王戦5組残留決定戦で大平武洋に敗れ、6組に降級。 第74期(2015年度)順位戦C級2組でも3勝7敗となり、降級点3でフリークラス陥落となる。

一方、同年度の早指し棋戦では強さを発揮、第66回(2016年度)NHK杯将棋トーナメント予選決勝で佐々木慎六段を破り、本戦へ出場。1回戦では、橋本崇載八段に敗れた。

棋風[編集]

  • 振り飛車を得意とし、特に積極的に攻める「下町流[2]」と命名した三間飛車を多く採用する。

人物[編集]

  • 小学6年生のとき(1979年)、新宿小田急デパートで開かれた第一回小田急将棋まつりの小学生大会で決勝戦まで勝ち進んだが、2歳年下の羽生善治に敗れ準優勝だった。この大会には森内俊之も出場(羽生に敗れ3位)している[3]
  • 棋士となった兄弟子に佐藤秀司がおり、同じく弟弟子には高野秀行熊坂学がいる。
  • 2008年1月現在、羽生善治に勝ち越している数少ない棋士の一人[4]
  • 競馬麻雀が趣味。競馬では、自分が好きな馬に、1レースに百万単位の金を賭けたことがある[1]
  • 「下町流」を生んだ東京都江東区の多くの小学校で、将棋教室や指導などを二十年以上にわたり行なっている[5]。近年はさらに、師匠ゆかりの宮城県にも活動拠点を広げ、タイトル戦などでは仙台会場で大盤解説をすることが多い[6]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 1982年 6級 = 奨励会入会
  • 1986年 初段
  • 1988年10月1日 四段 = プロ入り
  • 1992年10月28日 五段(勝数規定)
  • 1998年5月20日 六段(勝数規定)
  • 2005年10月24日 七段(勝数規定)

主な成績[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

著書[編集]

  • 『振り飛車党宣言!(1)四間飛車』(1993年11月、文庫版は2003年7月、毎日コミュニケーションズ杉本昌隆藤井猛との共著
  • 『振り飛車党宣言!(3)居飛車穴熊対策』(1994年5月、文庫版は2003年9月、毎日コミュニケーションズ)同上
  • 『振り飛車党宣言!(4)四間飛車対左美濃』(1994年12月、毎日コミュニケーションズ)同上
  • 『小倉流向かい飛車の極意』(2003年9月、毎日コミュニケーションズ)
  • 『下町流三間飛車~居飛穴攻略の新研究』(2006年4月、毎日コミュニケーションズ)

脚注[編集]

  1. ^ a b 将棋世界」2000年1月号付録
  2. ^ 「下町流三間飛車」(毎日コミュニケーションズ)で解説と命名由来を記述
  3. ^ まんが 羽生善治物語 88ページ ISBN 9784875769934
  4. ^ http://www.rayraw.com/index.php?type=kishi
  5. ^ 第66回(2016年度)NHK杯将棋トーナメント高野六段の解説(2016.5.8放送)
  6. ^ 第73期名人戦・大盤解説宮城会場など

関連項目[編集]

外部リンク[編集]