天童市

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てんどうし
天童市
Osho statue at Mt Maizuru.jpg
舞鶴山山頂にある王将碑
Flag of Tendo Yamagata.JPG
天童市旗
Tendo Yamagata chapter.JPG
天童市章
1963年昭和38年)4月1日制定
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 山形県
団体コード 06210-3
面積 113.01km2
総人口 62,269
推計人口、2016年6月1日)
人口密度 551人/km2
隣接自治体 山形市東根市寒河江市
東村山郡中山町西村山郡河北町
市の木 モミジ
市の花 ツツジ
市の鳥 ホオジロ
天童市役所
所在地 994-8510
山形県天童市老野森一丁目1番1号
北緯38度21分44.2秒東経140度22分40.6秒
2006年8月撮影
外部リンク 天童市役所の公式サイト

天童市位置図

― 市 / ― 町・村

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天童市の街並み
天童市中心部の空中写真。画像中央の市街地に隣接した山が舞鶴山。市街地の東側を南北に大きく曲線を描いて走るのは国道13号。1976年撮影の11枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

天童市(てんどうし)は、山形県東部にある人口約6万2千人の将棋駒温泉のまちとして知られ、近年は山形市ベッドタウンとして発展している。

地理[編集]

自然地理・地形[編集]

乱川扇状地立谷川扇状地のほぼ中間に位置し、市全体が山形盆地の中央付近に位置するため、全般的に平坦である。市内東部は奥羽山脈に近いため丘陵部や山地で占められ、山間部の集落も幾つか存在する。市内西部は水田が占めていたが、最近は新興住宅地が連なっている。乱川・立谷川は市域の自然境界を為し、これらの河川により東根市山形市と接する。西部は最上川を境に寒河江市に接する。年間を通じて気候は温暖で、冬の降雪量も少ない。

社会地理[編集]

市のほぼ中心部を、南北にJR国道13号が走る。市街地はそれらの交通の動脈の間にある。また市域中部の国道13号より仙台方面へ向かう国道48号が分岐し、市東部から関山峠を経由して宮城県へ至る。さらに、山形自動車道山形空港なども近く交通の便に恵まれている。

中心市街地のやや南部に舞鶴山があり市域を南北に分けている。舞鶴山は天童城の城址でもあり、山頂では毎年4月下旬にプロ棋士が人間が扮する駒で将棋を指す人間将棋が行われている。また舞鶴山周辺には佐藤千夜子記念館など歴史的な建造物が残る。将棋駒の産地らしく、市内の至る所に将棋のモニュメントがあり、市街地に流れる倉津川にかかる橋には、王将橋、金将橋などそれぞれ将棋の駒の名前がついている。天童駅から徒歩10分程度に天童温泉街がある。

国道48号による仙台市への交通利便性から、仙台都市圏からの観光客が多い反面、天童市からの仙台都市圏・山形市域への依存も大きい。また、北隣の東根都市圏との繋がりも深い。山形市による合併協議においても上山市が参加したのに対し天童市は不参加であった。ただし、郊外型店舗の出店も手伝い、天童駅前から温泉街に至る中心市街地は緩やかな空洞化の状態にある。

新興住宅地[編集]

県内有数の名刹山寺に近いこともあり、また山形県域の中央部に近い位置により、山形県観光の拠点とされることも多く、元来は温泉街を中核とした観光都市の性格が強かったが、近年は宅地化が進み、山形市の北のベッドタウンとして機能し山形都市圏の一翼を担い、人口増加の基調を維持している。

歴史[編集]

市町村合併の経緯[編集]

行政[編集]

歴代市長[編集]

氏名 就任年月日 退任年月日 生没年
初代 平塚二郎(ひらつか じろう) 1958年(昭和33年)11月11日 1962年(昭和37年)11月11日
2代 阿部金蔵(あべ きんぞう) 1962年(昭和37年)11月12日 1981年(昭和56年)9月2日
3代 小座間泰蔵(おざま たいぞう) 1981年(昭和56年)10月18日 1985年(昭和60年)1月15日
4代 鈴木雅廣(すずき まさひろ) 1985年(昭和60年)3月3日 1997年(平成9年)3月2日
5代 遠藤登(えんどう のぼる) 1997年(平成9年)3月3日 2008年(平成20年)12月25日
6代 山本信治(やまもと しんじ) 2008年(平成20年)12月26日 現職

産業[編集]

特産品[編集]

企業[編集]

以下は、天童市に本社を置く企業

金融機関[編集]

※統一金融機関コード順

郵便[編集]

  • 天童郵便局(集配局)
  • 山口郵便局(集配局)
  • 成生郵便局
  • 天童北久野本郵便局
  • 天童五日町郵便局
  • 天童駅西郵便局
  • 干布郵便局
  • 羽前荒谷郵便局
  • 高擶郵便局
  • 寺津郵便局
  • 蔵増郵便局
  • 天童原町簡易郵便局
  • 長岡簡易郵便局
  • 塚野目簡易郵便局
  • 田麦野簡易郵便局

姉妹都市・提携都市[編集]

天童市には、3つの海外姉妹都市[1]、4つの国内相互交流協定都市がある[2]。地名表記、提携の名義は天童市ウェブサイトに従った。

海外[編集]

天童で行われている人間将棋と、マロスティカで行われている人間チェスの縁による[1][3]。イタリア人貿易商が天童にマロスティカを紹介したことを契機に、1983年以来交流が行われ、姉妹都市協定締結に至った[3][4]。なお、マロスティカも果樹生産が盛んでサクランボの産地として知られる[3]。相互の市民に表彰を行う制度(スポーツで活躍した天童市民にマロスティカ市から贈られる「銀の騎士トロフィー」、社会活動に貢献したマロスティカ市民に天童市から贈られる「天童賞」)がある[1]
マールボロウはサクランボやブドウ・リンゴなど山形県と共通する果樹栽培が盛んであり[3]、農業を通した交流が縁となっている[1]。1981年以来、天童市は市内の農業後継者を海外研修のためニュージーランドに派遣していたが、とくにマールボロウ地方のブレナム市はしばしば研修地となった[5]。ブレナム市との間で市民相互の訪問・研修など交流が深まり[3]、姉妹都市提携の動きが進められた[5]。なお、ニュージーランドの地方行政改革に伴い、1989年秋にブレナム市と周辺自治体が合併、マールボロウ市が発足した[3]。2005年にはマールボロウ市内に日本庭園が建設された[1]
天童市内の食品加工会社が、1980年代から遼寧省からの研修生の受け入れを行い[6]、1994年には瓦房店市に工場を設立[3][6]。経済を中心とした交流の深まりにより、瓦房店市側から姉妹都市(友好都市)協定の提携を打診[3]。なお、瓦房店市もリンゴ・ブドウ・サクランボ等の果樹産地であり[1]、果樹栽培の技術指導も交流の一環として行われている[1]

国内[編集]

網走市議会議員を長らく務め、社会活動に尽力した中川イセ(網走市名誉市民)が天童市出身である縁[2][7]。2002年(平成14年)7月、旧東村山郡役所資料館で開催された「天童が生んだ女性展」で中川が紹介されたことが、自治体間交流の契機となっている[7]
戦国時代の天童の領主であった天童氏天童頼澄)が、天童城の落城後に伊達氏を頼り、多賀城市域に知行地を得た縁[2][8]。多賀城市域には天童氏や天童氏家臣の末裔が多く暮らすという[8]。2008年(平成20年)10月1日には災害時応援協定を結んでおり[8]、2011年(平成23年)の東日本大震災では多賀城市に対する支援が行われた[8]
江戸時代末期、現在の天童市域にあった8か村が土浦藩領だったことなどが縁[2]東村山郡#歴史参照)。
江戸時代末期、現在の天童市域にあった10か村が館林藩領だったことなどが縁[2][9]

その他の広域提携等[編集]

織田信長サミット
江戸時代後期から廃藩置県までの約100年間、織田家が天童藩主を務めたことを縁として、天童市は織田信長にゆかりのある市町の集まりである織田信長サミット(1984年発足)に参加している[10]。1987年(昭和62年)の第4回サミットと、2002年(平成14年)の第19回サミットが天童市で開催された[10]
山形定住自立圏
山形市を中心とする定住自立圏構想に参加しており(定住自立圏構想研究会参照)、広域行政・政策の連携を行っている[11]

地域[編集]

  • 天童地区(南部、中部、北部に分ける場合もある)
  • 成生地区、蔵増地区、津山地区、寺津地区、山口地区、田麦野地区
  • 高擶地区、長岡地区、干布地区、荒谷地区

人口[編集]

Demography06210.svg
天童市と全国の年齢別人口分布(2005年) 天童市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 天童市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
天童市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 44,758人
1975年 48,082人
1980年 52,597人
1985年 55,123人
1990年 57,339人
1995年 60,626人
2000年 63,231人
2005年 63,864人
2010年 62,225人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

学校教育[編集]

短期大学
高等学校
中学校
小学校

教育に関連する協定等[編集]

2010年(平成22年)12月に天童市は明治大学との間に連携協定を結んでおり[12]、地域振興、学生派遣など相互の交流・発展のための連携事業を行っている[12]。明治大学設立者の一人宮城浩蔵が天童出身であることが縁となっている[12][13]

公共施設・文化施設[編集]

図書館
美術館・博物館
ホール
スポーツ施設
その他

交通[編集]

道路[編集]

高速道路
東北中央自動車道天童IC
一般国道
国道13号国道48号
都道府県道
主要地方道
山形県道19号山形山寺線
山形県道20号山形羽入線
山形県道22号山形天童線
山形県道23号天童大江線
山形県道24号天童寒河江線

鉄道路線[編集]

天童駅
天童バスターミナル

路線バス[編集]

空港[編集]

最寄りの空港は東根市にある山形空港である。

観光ほか[編集]

文化財[編集]

その他[編集]

山形県総合運動公園(2007年2月撮影)

出身有名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 海外の姉妹・友好都市”. 天童市. 2016年5月17日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i 相互交流協定都市”. 天童市. 2016年5月17日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k 姉妹(友好)提携情報”. 自治体国際化協会. 2016年5月17日閲覧。
  4. ^ イタリア・マロスティカ市との主な交流の経過 (PDF)”. 天童市. 2016年5月17日閲覧。
  5. ^ a b ニュージーランド・マールボロウとの主な交流の経過 (PDF)”. 天童市. 2016年5月17日閲覧。
  6. ^ a b 中国・瓦房店市との主な交流の経過 (PDF)”. 天童市. 2016年5月17日閲覧。
  7. ^ a b c 観光物産交流都市 山形県天童市”. 網走市. 2016年5月17日閲覧。
  8. ^ a b c d e 友好都市 山形県天童市”. 多賀城市. 2016年5月17日閲覧。
  9. ^ 館林市の交流都市”. 館林市. 2016年5月17日閲覧。
  10. ^ a b 天童織田藩のあらまし”. 天童市. 2016年5月17日閲覧。
  11. ^ 定住自立圏構想”. 天童市. 2016年5月17日閲覧。
  12. ^ a b c 明治大学・天童市連携協定”. 天童市. 2016年5月17日閲覧。
  13. ^ 創立者出身地との連携”. 明治大学. 2016年5月17日閲覧。

外部リンク[編集]