船江恒平

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 船江恒平 六段
Funae kouhei shogi.jpg
平成27年11月28日、姫路市で行われた人間将棋にて
名前 船江恒平
生年月日 (1987-04-27) 1987年4月27日(30歳)
プロ入り年月日 2010年10月1日(23歳)
棋士番号 281
出身地 兵庫県加古川市
師匠 井上慶太九段
段位 六段
戦績
一般棋戦優勝回数 2回
2016年12月29日現在

船江 恒平(ふなえ こうへい、1987年4月27日 - )は、将棋棋士井上慶太九段門下。棋士番号は281。兵庫県加古川市出身。兵庫県立加古川東高等学校[1]

棋歴[編集]

祖父に教えられて5歳で、将棋を始める。小学2年時、同郷の井上慶太が師範の加古川将棋センター[2]に入会し、将棋に打ち込む[3]

1998年加古川市立東神吉南小学校5年(出場時は4年)のとき、第23回小学生将棋名人戦で準優勝。決勝で負けた相手は、1学年上の高崎一生である。この期の出場者には、他にも後にプロ棋士になった者が多く、船江も西日本大会で牧野光則糸谷哲郎に勝っている。その年の秋に井上の弟子となり、6級で関西奨励会入り。

加古川市立神吉中学校2年だった2001年の6月には1級へ昇級する。そこまでは比較的順調であったが、初段昇段まで1年9か月、二段昇段までは約2年を要す。三段リーグには2006年度前期から参加。同じ井上門下の弟弟子である稲葉陽菅井竜也に先を越され、「早く追いつきたい」と思っていた[4]2010年度前期三段リーグは、14勝4敗が1名(佐々木勇気)、13勝5敗に船江を含み4名が並ぶ結果となったが、船江は前回リーグの最後に粘りの4連勝で12勝6敗としていたことが結果的に大きく、リーグ表順位上位により2位となり、佐々木とともに四段昇段を果たす[5]

2011年に創設された加古川青流戦で決勝へ進出する。宮本広志奨励会三段(当時)との三番勝負では、関西将棋会館で行われた第1局こそ落としたものの、加古川市で行われた第2局・第3局を連勝し、地元主催の棋戦の初代優勝者となった。

2012年1月5日、2013年に実施される第2回電王戦のプロ側代表に選ばれる。1月14日、第2回電王戦が、プロ棋士対コンピュータの5対5の一斉対局となることが発表された。

2011年度の第70期順位戦では初参加にしてC級2組で10戦全勝の成績を修め、C級1組昇級及び五段昇段を決めた。順位戦C級2組の“1期抜け”は1989年度(第48期)の屋敷伸之以来22年ぶり、10戦全勝を伴うものとなると1985年度(第44期)の富岡英作以来26年ぶりの快挙である。

2013年4月6日第2回将棋電王戦第3戦でコンピュータ将棋ソフト『ツツカナ』と対局、184手で敗れた。

同年12月31日、『ツツカナ』とのリベンジマッチに85手で勝利し雪辱を果たした。

棋風[編集]

デビュー時のインタビューで、「居飛車[4]」、「斬り込むのが好き。激しい戦いを見てほしい[6]」、「詰みがある局面では詰まし、最短の勝ちを狙う[4]」と語っている。電王戦での二つ名は「詰将棋の若大将」。

人物[編集]

  • 詰将棋の作者として、高校在学中の2004年度中編部門で看寿賞を受賞している[7]。また、詰将棋を解く事に関しても、2010年第7回詰将棋解答選手権で唯一の全問正解者として、優勝を果たしている[8]
  • プロ入りを決めたときのインタビュー[6]で、「師匠のような棋士になりたい。尊敬している」と述べている。
  • 2013年6月4日にニコニコ生放送で放送された第84期棋聖戦五番勝負第1局の解説において、プロ間では無理筋とされ、現在プロではほとんど指されていない横歩取り4五角戦法について、十分に有力な戦法ではないかとの見解を示した。なお2013年7月現在、船江が公式戦で横歩取り4五角戦法を用いたことはない。

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

2006年度前期より三段リーグ参加

主な成績[編集]

棋戦優勝[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

テレビ出演[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]