近藤誠也

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 近藤誠也 五段
名前 近藤誠也
生年月日 (1996-07-25) 1996年7月25日(20歳)
プロ入り年月日 2015年10月1日(19歳)
棋士番号 303
出身地 千葉県八千代市
師匠 所司和晴
段位 五段
戦績
2017年3月3日現在

近藤 誠也(こんどう せいや、1996年7月25日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士所司和晴七段門下。棋士番号は303。千葉県八千代市出身[1]

棋歴[編集]

5歳の頃に祖父に将棋を教わったことをきっかけに、将棋を覚える[1]。 小学1年の秋から、所司和晴が席主を務める将棋教室に通い始め、4歳年上の石井健太郎と共に研究に励み、小学3年生の頃からアマチュアの将棋大会で活躍し始めた。

2007年9月に、6級で奨励会に入会、14歳で二段に昇段してから三段昇段に2年を費やした以外は順調に昇段し、2013年度後期(第54回)より三段リーグに参加。当初2期は勝ち越しもままならなかったものの、2014年度後期(第56回)では他力ながらも四段昇段の可能性を残した状態で最終日を迎えた[2][3]。翌2015年度前期(第57回)では前半戦から連勝を続け、高野智史が暫定優勝・近藤が暫定準優勝・石川泰が暫定3位(勝敗はいずれも12勝4敗)の状態で最終局を迎え、近藤は石川との直接対決に敗れ暫定の順位が逆転したものの、次戦に勝ち、一方の石川は次戦で敗れたため、最終的に近藤が準優勝となり、四段に昇段した[4]

プロ棋士としてのデビュー戦は2015年12月24日・第42期棋王戦で対局相手は加藤一二三最新参の棋士の公式戦初対局が現役最古参の棋士、年齢差56歳7か月・プロ棋士歴の年数差61年2か月という非常に珍しい対局となった。(結果は近藤の勝ち)

第66回(2016年度)NHK杯将棋トーナメント予選の決勝で野月浩貴七段に勝ち、初の予選参加にもかかわらず、本戦トーナメントに出場(2016年度の最初の放送となったが、1回戦で船江恒平五段に敗れた)。

第66期王将戦でも、初出場ながら一次予選から勝ち上がり、将棋界屈指の難関とされる王将リーグへの出場権を獲得。四段の棋士が同リーグに出場したのは第39期(1990年)の屋敷伸之以来27期ぶりの快挙であった。リーグでは前半戦の3連敗が響き陥落(最終成績は2勝4敗)してしまったものの、6回戦(最終局)で羽生善治を撃破する金星を挙げた。

2017年3月2日、第75期(2016年度)順位戦C級2組で小林健二九段に勝ち、9勝1敗でC級1組への昇級が決定。これに伴い五段へ昇段。[5]

棋風[編集]

  • 四段昇段のインタビューにおいて、得意戦法は矢倉。目標とする棋士には谷川浩司を挙げている[1]

人物[編集]

  • 趣味はプロ野球観戦。涌井秀章(現・千葉ロッテマリーンズ)が在籍していた頃から西武ライオンズのファンであるという[6]
  • 奨励会時代に苗字が同じ近藤正和の記録係を務めたことがあり、その際、近藤正和には「君も近藤っていうんだ。」と声をかけられた。
  • 前項の通り、棋士に近藤が2人いるため、将棋ファンからは読みが同じ「星矢」と呼ばれたりする事がある[7]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 2007年9月 6級 = 奨励会入会
  • 2010年11月 初段
  • 2012年12月 二段
  • 2013年5月 三段
2013年度後期(第54回)より三段リーグ参加

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 新四段誕生のお知らせ日本将棋連盟 2015年9月5日
  2. ^ 当期は青嶋未来が最終日前に優勝を決め、梶浦宏孝高野智史、近藤が同成績(11勝5敗)で最終日を迎え、近藤が連勝し、梶浦及び高野が1敗以上すれば近藤が昇段できたが、梶浦が連勝したためその可能性は消滅した。
  3. ^ 第56回奨励会三段リーグ戦
  4. ^ 第57回奨励会三段リーグ戦
  5. ^ 日本将棋連盟公式web・将棋ニュース「近藤誠也四段が五段に昇段」(2017年03月03日)
  6. ^ 【将棋】奨励会三段リーグで高野、近藤が新四段に「夢みたいです」 2015年9月5日20時21分 スポーツ報知
  7. ^ 「プロ棋士名鑑2016 (扶桑社)」、将棋連盟・携帯中継など

関連項目[編集]

外部リンク[編集]