畠山成幸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
 畠山成幸 八段
名前 畠山成幸
生年月日 (1969-06-03) 1969年6月3日(47歳)
プロ入り年月日 1989年10月1日(20歳)
棋士番号 193
出身地 神奈川県
師匠 森安正幸
段位 八段
戦績
一般棋戦優勝回数 1回
2017年3月13日現在

畠山 成幸(はたけやま なるゆき、1969年6月3日 - )は、将棋棋士神奈川県出身。森安正幸七段門下。棋士番号は193。

棋歴[編集]

弟の畠山鎮とともに、将棋界唯一の双子棋士である。しかも、1989年10月1日に二人同時にプロ入り(四段昇段)し、話題と驚きを呼んだ(奨励会三段リーグから1つの期に四段昇段するのは原則2名だけであり、その2名が畠山兄弟であった)。

小学4年から5年に上がる頃の1980年春、第5回小学生将棋名人戦で準優勝。

奨励会の頃に参加した第12回(1990年)「若駒戦」(非公式棋戦)で優勝。

プロ入り後、1991年度に大型棋戦の全日本プロトーナメント(第10回)でベスト4に進出する活躍で、早くも頭角を現す。準決勝で羽生善治棋王(当時)に敗退。

1993年度、王将戦(第43期)の予選を7連勝で勝ち上がり、入るのが困難とされる王将リーグに名を連ねる活躍。リーグでは初戦で羽生善治竜王(当時)から1勝を挙げたが、残り5局を落とした。5連敗の相手は、森内俊之六段(後の名人)、米長邦雄名人(当時)、村山聖七段、中原誠前名人(当時)、郷田真隆五段(前年度に王位のタイトル獲得)である。

1994年度、新人王戦でベスト4入り。同年度、第13回早指し新鋭戦棋戦初優勝

順位戦では、鎮がまだC級2組に留まっていた頃の第54期(1995年度)C級1組順位戦で屋敷伸之久保利明中川大輔らを破って8勝2敗の2位の成績を収め、B級2組に昇級。ちなみに、2敗を喫した相手は、三浦弘行と郷田真隆である。

1997年度、第45期王座戦でベスト4入り。同年度、第38期王位戦では、リーグ入り。

1998年度、第29回新人王戦で三浦弘行と決勝三番勝負を戦うが、0-2で敗れて準優勝。同年度、第46期王座戦で2年連続ベスト8。

第13期(2000年度)竜王戦3組で優勝し、2組昇級を決める(鎮に1年遅れ)。本戦トーナメントでも、初戦で5組優勝の山本真也に勝ったが、その次(準々決勝)で羽生善治に敗れた。 第42期(2001年度)王位戦でリーグ入り。2017年3月8日、勝数規定により八段に昇段した。

棋風[編集]

デビュー当時から居飛車党で、角換わりを得意とする。矢倉の採用も多い。しかし、2000年前後から振り飛車を指すことが多くなり、一時期、四間飛車党であった。2008年頃からは、後手番一手損角換わりなどの居飛車も指している。

人物・エピソード[編集]

  • 大阪市福島区で英会話サロンを経営していたが、現在は週1回の英会話サークルに規模を縮小している。
  • 目立つことが嫌いで、マスメディアからの取材やインタビューもほとんど受けない[1]。四段昇段後に応じた取材は、2011年に当時の将棋連盟会長・米長邦雄が『週刊現代』に連載していた『名勝負今昔物語』のために、米長本人から取材を受けたのが「20年ぶり。四段になってから初めて」であったという。[2]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 1983年 6級 = 奨励会入会
  • 1986年 初段
  • 1989年10月1日 四段 = プロ入り
  • 1993年4月1日 五段(順位戦C級1組昇級)
  • 1996年4月1日 六段(順位戦B級2組昇級)
  • 2003年5月19日 七段(勝数規定)
  • 2017年3月8日 八段(勝数規定)

主な成績[編集]

棋戦優勝[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「プロ棋士カラー名鑑2017」 (扶桑社)など
  2. ^ 米長邦雄『将棋の天才たち』181ページ。『週刊現代』2011年12月10日号初出。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]