朝日オープン将棋選手権

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朝日オープン将棋選手権(あさひオープンしょうぎせんしゅけん、略称「朝日オープン」)は、朝日新聞社主催で行われていた将棋棋戦。前身は全日本プロ将棋トーナメントで、その第20回記念大会となった2001年度より本棋戦名へと改称された。その際、システムも変更され、アマチュア出場枠が拡大。2年目(全日プロから通算で第21回)からは、タイトル戦と同様、トーナメントを勝ち上がった1名が前回優勝者(選手権者)に挑戦する形(挑戦手合制)となった(外部リンクの日本将棋連盟ウェブサイトを参照)。

名人戦の主催者に朝日新聞社が加わって毎日新聞社との共催になったことにより、本棋戦は2007年に終了した。なお、後続の棋戦として、朝日杯将棋オープン戦が新設された。

概要[編集]

優勝者の称号は朝日オープン選手権者であり、序列はタイトル保持者の次とされた。略称は「朝日」とされることが多いが、朝日新聞は「選手権者」としている。

優勝賞金がタイトル戦以外では当時最高額の2000万円であり(金額が公開されている棋戦では竜王戦の3200万円に次いで高額だった)、日本将棋連盟の定める昇段規定上でタイトル戦と同等の扱いとされる[1]など、準タイトル戦といえる棋戦であった。

しくみ[編集]

予選と本戦(挑戦者決定トーナメント)、五番勝負により選手権者を決定した。

棋士女流棋士2名(成績選抜)、アマチュア10名(朝日アマ名人と朝日アマ名人戦ベスト8以上、日本将棋連盟推薦1名)が参加した。

予選通過者16名と本戦シード者16名の計32名で本戦トーナメントを行い、これを勝ち残った者が挑戦者となった。

選手権者と挑戦者とで五番勝負を行い、勝った者が新しい選手権者となった。

予選[編集]

トーナメント方式の予選を通過した16名が本戦に出場した。

朝日選手権者および本戦シード棋士を除くすべての棋士のほか、女流棋士2名、アマチュア10名が参加した。女流棋士とアマチュアはすべて別の組に振り分けられ、アマチュアの予選1回戦の対局は同日に一斉に行われた。

予選・本戦とも、持ち時間は各3時間。

本戦トーナメント[編集]

本戦トーナメントには、予選を勝ち抜いた16名とシード棋士16名が参加した。1回戦はすべて、予選を勝ち抜いた棋士とシード棋士の対局が組まれた。

全日本プロ時代の決勝は五番勝負であったが、朝日オープンの本戦(挑戦者決定トーナメント)決勝は一番勝負であった。ただし、制度移行で選手権者がいなかった第20回は、本戦トーナメント決勝を五番勝負としてその勝者が選手権者となった。

シード選手の決定方法は、優先度の高い方から以下の順で決定した。

  1. 前回ベスト4 + 挑戦手合いの敗者
  2. 全日本プロから含めて複数回優勝者
  3. 過去5年間の朝日オープン選手権者、挑戦者
  4. タイトル保持者
  5. 永世称号
  6. 過去1年間の全棋士参加棋戦優勝者
  7. 過去1年間のタイトル戦出場者
  8. 1.~7.までに該当する棋士を除いて、順位戦A級からの上位棋士

タイトル保持よりも全日本プロ時代からの本大会での実績が優先したため、それまで2回以上優勝していた羽生善治谷川浩司森内俊之深浦康市の四人は事実上の永久シードとなった。

朝日オープン将棋選手権五番勝負[編集]

朝日オープン選手権者と本戦トーナメントの優勝者が五番勝負を戦った。五番勝負は日本各地のホテルや旅館、料亭などで行われた。

持ち時間は予選・本戦と同じく3時間で、1日制で行われた。

全日本プロ将棋トーナメント[編集]

全日本プロ将棋トーナメント(ぜんにほんぷろしょうぎとーなめんと)は、朝日新聞社が主催していた将棋の棋戦で、1982年度から2000年度まで開催された。

1976年をもって名人戦契約を終了した朝日新聞社は、1977年から「朝日アマ名人戦」を開催。プロ棋戦から遠ざかった。しかし1982年、プロ優勝棋戦として「全日本プロ」を創設した。

全棋士を集めてほぼ横一線スタートのトーナメントで、公平な大会といわれた。第18回(1999年度)からは、女流棋士とアマチュアの実力が年々上昇傾向にあることなどを背景に、それぞれ出場枠が設けられた。

しくみ[編集]

全棋士と女流棋士2名、アマチュア2名が参加するトーナメントを行い優勝者を決定した[2]。前回ベスト4以上は準決勝まで対局しないようにシードされ3回戦からの登場であった。タイトル保持者と過去5年間の優勝者も3回戦からの登場であった。決勝のみ五番勝負(1989年度の第8回までは三番勝負)を行っていた。持ち時間は各3時間。

歴代決勝記録[編集]

第8回大会までは三番勝負、第9回大会以後は五番勝負。年は決勝が行われた時点[3]。大会開催年度とは1年のずれがある。○●は優勝者または選手権者から見た勝敗。

全日本プロ将棋トーナメント[編集]

開催年 優勝 勝敗 準優勝
1 1983年 桐山清澄 ●○○ 青野照市
2 1984年 谷川浩司 ○●○ 田中寅彦
3 1985年 谷川浩司 ○○ 森雞二
4 1986年 谷川浩司 ○○ 加藤一二三
5 1987年 大内延介 ○○ 中村修
6 1988年 谷川浩司 ○○ 櫛田陽一
7 1989年 森内俊之 ○●○ 谷川浩司
8 1990年 羽生善治 ●○○ 谷川浩司
9 1991年 森下卓 ○○●○ 桐山清澄
10 1992年 羽生善治 ○●●○○ 森下卓
11 1993年 深浦康市 ●○○●○ 米長邦雄
12 1994年 阿部隆 ●○●○○ 中田宏樹
13 1995年 谷川浩司 ○●○○ 深浦康市
14 1996年 屋敷伸之 ○○○ 藤井猛
15 1997年 谷川浩司 ○●●○○ 森下卓
16 1998年 羽生善治 ○○○ 森内俊之
17 1999年 丸山忠久 ○○○ 森内俊之
18 2000年 谷川浩司 ○○○ 岡崎洋
19 2001年 森内俊之 ○○●●○ 谷川浩司

朝日オープン将棋選手権[編集]

開催年 優勝 勝敗 準優勝
20 2002年 堀口一史座 ●○○○ 杉本昌隆
開催年 選手権者 勝敗 挑戦者
21 2003年 堀口一史座 ○●●● 深浦康市
22 2004年 深浦康市 ●○●○● 羽生善治
23 2005年 羽生善治 ○○○ 山崎隆之
24 2006年 羽生善治 ○●○○ 藤井猛
25 2007年 羽生善治 ○●○○ 阿久津主税

プロ対アマの対戦成績[編集]

全日プロの時代の第18回からアマチュア選手にも門戸が開かれ、朝日オープンと改められてからはアマチュアの出場が10名に拡大された。予選1回戦となるプロアマ戦10局は朝日オープンの開幕戦として、東西の将棋会館で同日一斉に開始されていた。

予選を勝ち抜き決勝トーナメントに出場するアマチュア選手は出なかったが、予選がなかった全日プロ時代の第19回(2000年)に、朝日アマ名人であった山田敦幹がプロ棋士を相手に3連勝した。また第24回(2005年)朝日オープンでは、同じく朝日アマ名人であった吉田正和がプロに3連勝して予選決勝に進出した。吉田はその年に奨励会初段を受験して合格し、2008年にプロになっている。

プロアマ一斉対局は、アマチュアの出場10名をそのままに朝日杯将棋オープン戦に引き継がれた。

全日プロ1回戦の結果
対局日 結果
18 1999年7月3日 プロ1勝 R10.png アマ0勝
19 2000年7月8日 プロ1勝 R10.pngG10.png アマ1勝
朝日オープン一斉対局の結果
対局日 結果
20 2001年6月3日 プロ8勝 R50.pngR30.pngG10.pngG10.png アマ2勝
21 2002年6月1日 プロ3勝 R30.pngG50.pngG10.pngG10.png アマ7勝
22 2003年6月1日 プロ6勝 R50.pngR10.pngG30.pngG10.png アマ4勝
23 2004年6月6日 プロ7勝 R50.pngR10.pngR10.pngG30.png アマ3勝
24 2005年6月4日 プロ7勝 R50.pngR10.pngR10.pngG30.png アマ3勝
25 2006年6月3日 プロ7勝 R50.pngR10.pngR10.pngG30.png アマ3勝

脚注[編集]

  1. ^ この規定で昇段した棋士は深浦康市王位2期と朝日オープン1期がタイトル3期獲得とみなされ八段から九段に昇段)と堀口一史座(朝日オープン優勝で五段から六段に昇段)の二人。
  2. ^ 女流棋士とアマチュアは第18回に各1名、第19回には各2名が出場した。
  3. ^ ただし、第1回の決勝第1局と第2局は前年(1982年)12月に行われている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]