棋王戦 (将棋)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

棋王戦(きおうせん)は、共同通信社主催の将棋棋戦。毎年2月から3月にかけて行われる。将棋界の8つのタイトル戦のうちの一つで、「棋王戦五番勝負」の勝者は棋王となる。

主催紙・経緯[編集]

棋譜は主催の共同通信社と契約している各社の新聞雑誌に連載され、「棋王戦五番勝負」も各社持ち回りの開催となっている。契約社の多くは地方新聞社であり、東京都内で発行している新聞社はない。東京都内や地方紙に棋王戦が掲載されていない地域でも、日本ジャーナル出版の『週刊実話』誌でこの棋戦の棋譜を読むことができる。

元来、地方の新聞(いわゆる県紙)に掲載する棋戦は、戦後になってからは最強者決定戦(B級以上が対象)と古豪新鋭戦(C級と三段が対象)があり、共同通信社が主催していた。最強者決定戦は棋王戦へ移行し、1974年度に優勝棋戦として開催され、翌1975年度からタイトル戦となる。古豪新鋭戦は名棋戦へ移行し、棋王戦の予選としての役割も兼ねた。1981年度に名棋戦を統合、1993年度に天王戦を統合して現行の形となっている。

方式[編集]

挑戦者決定までに予選・挑戦者決定トーナメント・敗者復活戦・挑戦者決定戦を行う。挑戦者は棋王と五番勝負を戦い、先に3勝した棋士が新たな棋王となる。

予選から五番勝負までのすべての対局で、持ち時間は各4時間の1日制である(1987年度までは5時間)。

予選[編集]

シード者以外の順位戦B級2組以下の棋士と、女流名人[1]アマ名人が参加する。トーナメント方式で予選通過枠は8人である。1974年度から1980年度までの7回は、予選通過者の8名で優勝者をきめる「名棋戦」が行われた[2]

なおアマチュアからの参加者から本戦に進出した者はまだ居らず、小牧毅が予選の準決勝まで進出したことがある。

挑戦者決定トーナメント[編集]

第38期棋王戦(2012年度)の挑戦者決定トーナメント表。ベスト4以上で敗れた場合敗者復活戦に回る。

予選通過者とシード者の計30人余でのトーナメントを行う。シード者は、前期挑戦者決定トーナメントベスト4以上(前期棋王が敗れた場合を含む)、タイトル保持者、永世称号者及び順位戦B級1組以上の棋士である。前期ベスト4の棋士は3回戦から登場する。

棋王戦特有のシステムとして、挑戦者決定トーナメントの準決勝以上は2敗失格制となり、敗者復活戦が行われる。準決勝で敗退した棋士2名が対局し、その勝者が挑戦者決定トーナメント決勝の敗者と対局する。その後、挑戦者決定トーナメントの優勝者と敗者復活戦の勝者とによる変則二番勝負による挑戦者決定戦を行う。挑戦者決定トーナメント優勝者は1勝、敗者復活戦勝者は2連勝することで棋王への挑戦権を得る。

棋王戦五番勝負[編集]

棋王と挑戦者が五番勝負を戦い、先に3勝したほうが新たな棋王となる。五番勝負は全国各地の旅館などで実施されるが、予選などと同じく、東京・大阪の将棋会館が会場となることもある。

方式の遍歴[編集]

棋王戦五番勝負 挑戦者決定トーナメント 予選
持ち時間 備考 持ち時間 決勝戦 敗者復活

(2敗失格制)

シード 突破人数 出場資格 備考
第1回 5時間 三番勝負 不明 棋王戦

三番勝負

ベスト16以上 ・名人および十段(2回戦シード)

・B級1組以上24名

4名 B級2組以下 予選突破者決定後も、

『名棋戦』として

準々決勝~決勝を実施

1 ・第1回棋王

・トーナメント全勝者

・敗者復活戦優勝者

での3名でリーグ戦

(2回総当り)

5時間 両者とも、

三者リーグに進出

(左記)

ベスト8以上 ・名人およびB級1組以上

・前期成績優秀者

8名
2~6 - 一回勝負
7~9 4時間 -
10~16 ・名人およびB級1組以上

・前期ベスト8

・タイトルホルダー

17 4時間
18~19 変則2回勝負

(全勝決勝進出者に、

 1勝のアドバンテージ)

ベスト4以上 ・前期ベスト4(3回戦シード)

・B級1組以上

・タイトル保持者

・永世称号者

8名
20~現在 ・B級2組以下

・女流名人

(女流名人が奨励会員の時は

 他のタイトルホルダー)

・アマ名人

  • 第17期以前における、敗者復活組の勝ち上がりは、【準決勝敗者2名の直接対決勝者】vs【準々決勝敗者4名のトーナメントの勝者】 の勝者が、準決勝敗者と対戦し決定する。
  • 第17期以前は挑戦者決定戦は一番勝負だったが、「トーナメント決勝まで無敗で来た人間だけ敗者復活できないのはおかしい」との異論があって、現行の方式に変更された。

永世棋王[編集]

永世称号である「永世棋王」の資格は、棋王位を連続5期以上保持した棋士に与えられる。将棋界のタイトルで通算期数で永世位を獲得できないのは棋王のみである[3]。永世棋王への就位は他のタイトルの永世位と同様、原則として引退後である。2016年度終了現在、永世棋王の資格を持つ棋士は羽生善治(七冠独占の約1年前となる1995年3月に達成し、羽生にとって初めての永世称号資格)と渡辺明の2人のみである。

歴代五番勝負[編集]

年は五番勝負が実施された時点。2月から3月にかけて五番勝負が実施されるため、年度は1年ずれる(例:2010年度の五番勝負は2011年)。

※第1回はトーナメント戦による決勝三番勝負の成績。○●は棋王から見た勝敗、千は千日手、持は持将棋網掛けの対局者が勝者。

開催年 全勝

決勝進出者

勝敗 敗者復活

決勝進出者

敗者復活トーナメント 名棋戦
敗復決勝敗者 敗復準決勝敗者 優勝 準優勝
1 1975年 内藤國雄 ○●○ 関根茂 大内延介 大山康晴 1 田中正之 加藤博二
開催年 棋王 勝敗 挑戦者 挑戦者決定トーナメント 名棋戦
決勝進出者 敗者復活戦
全勝 敗者復活 敗復決勝敗者 敗復準決勝敗者 優勝 準優勝
1 1976年 内藤國雄 三者リーグ[4]による 高島弘光 大内延介 高島弘光 大内延介 真部一男 大山康晴 2 石田和雄 橋本三治
2 1977年 大内延介 ●●● 加藤一二三 加藤一二三 中原誠 森けい二 真部一男 3 若松政和 青野照市
3 1978年 加藤一二三 ○○○ 中原誠 中原誠 桐山清澄 森安秀光 二上達也 4 佐藤大五郎 佐藤義則
4 1979年 加藤一二三 ●●○○● 米長邦雄 米長邦雄 桐山清澄 二上達也 有吉道夫 5 谷川浩司 青野照市
5 1980年 米長邦雄 ●○●● 中原誠 中原誠 内藤國雄 二上達也 桐山清澄 6 北村昌男 福崎文吾
6 1981年 中原誠 ●●○● 米長邦雄 米長邦雄 大山康晴 森安秀光 小野修一 - -
7 1982年 米長邦雄 ○●○●○ 森安秀光 坂谷進 森安秀光 大山康晴 真部一男
8 1983年 米長邦雄 ○○○ 大山康晴 大山康晴 中原誠 森安秀光 森けい二
9 1984年 米長邦雄 ○●○○ 森安秀光 森安秀光 坂谷進 真部一男 中原誠
10 1985年 米長邦雄 ○●●● 桐山清澄 桐山清澄 田中寅彦 真部一男 有吉道夫
11 1986年 桐山清澄 ●●● 谷川浩司 谷川浩司 勝浦修 有吉道夫 小林健二
12 1987年 谷川浩司 ●○●● 高橋道雄 高橋 真部一男 坂谷進 中原誠
13 1988年 高橋道雄 ●●持○○● 谷川浩司 谷川浩司 大山康晴 中原誠 脇謙二
14 1989年 谷川浩司 ○○●●● 南芳一 田中寅彦 南芳一 羽生善治 小林健二
15 1990年 南芳一 ○○○ 大山康晴 大山康晴 田丸昇 羽生善治 米長邦雄
16 1991年 南芳一 ●●○● 羽生善治 羽生善治 小林健二 高橋道雄 中原誠
17 1992年 羽生善治 ●○○○ 南芳一 森下卓 南芳一 谷川浩司 高橋道雄

第18期以降(現行ルール)

開催年 棋王 勝敗 挑戦者 挑戦者決定トーナメント
挑戦者二番勝負 敗者復活戦
本戦準決勝敗退 本戦準々決勝敗退

(敗者復活戦1回戦)

全勝進出者 勝敗 敗者復活戦勝者 勝者 敗者
18 1993年 羽生善治 千●○●○○ 谷川浩司 谷川浩司 ☆○ 佐藤康光 中原誠 佐藤康光 南芳一
19 1994年 羽生善治 ○○○ 南芳一 南芳一 ☆○ 佐藤康光 中原誠 佐藤康光 谷川浩司
20 1995年 羽生善治 ○○○ 森下卓 森下卓 ☆○ 村山聖 南芳一 村山聖 丸山忠久
21 1996年 羽生善治 ○○○ 高橋道雄 高橋道雄 ☆●○ 村山聖 村山聖 島朗 米長邦雄
22 1997年 羽生善治 ○○○ 森下卓 森下卓 ☆○ 中原誠 小林健二 中原誠 森内俊之
23 1998年 羽生善治 ○千○●○ 郷田真隆 南芳一 ☆●● 郷田真隆 郷田真隆 飯塚祐紀 丸山忠久
24 1999年 羽生善治 ○○○ 佐藤康光 藤井猛 ☆●● 佐藤康光 小林健二 佐藤康光 島朗
25 2000年 羽生善治 ○●○○ 森内俊之 森内俊之 ☆●○ 島朗 島朗 佐藤康光 藤井猛
26 2001年 羽生善治 ○○●○ 久保利明 郷田真隆 ☆●● 久保利明 久保利明 丸山忠久 谷川浩司
27 2002年 羽生善治 ●○○○ 佐藤康光 佐藤康光 ☆●○ 郷田真隆 森内俊之 郷田真隆 久保利明
28 2003年 羽生善治 ○○●●● 丸山忠久 郷田真隆 ☆●● 丸山忠久 田中寅 丸山忠久 井上慶太
29 2004年 丸山忠久 ●○●● 谷川浩司 谷川浩司 ☆●○ 深浦康市 佐藤康光 深浦康市 浦野真彦
30 2005年 谷川浩司 ●●● 羽生善治 森内俊之 ☆●● 羽生善治 羽生善治 藤井猛 深浦康市
31 2006年 羽生善治 ●●○● 森内俊之 森内俊之 ☆○ 郷田真隆 久保利明 郷田真隆 森下卓
32 2007年 森内俊之 ●○●○● 佐藤康光 深浦康市 ☆●● 佐藤康光 佐藤康光 羽生善治 阿部隆
33 2008年 佐藤康光 ●○●○○ 羽生善治 羽生善治 ☆○● 阿部隆 深浦康市 阿部隆 木村一基
34 2009年 佐藤康光 ●●○○● 久保利明 木村一基 ☆●● 久保利明 久保利明 阿部隆 橋本崇載
35 2010年 久保利明 ●○●○○ 佐藤康光 佐藤康光 ☆○ 山崎隆之 杉本昌隆 山崎隆之 橋本崇載
36 2011年 久保利明 ○●○○ 渡辺明 広瀬章人 ☆●● 渡辺明 窪田義行 渡辺明 糸谷哲郎
37 2012年 久保利明 ○●●● 郷田真隆 郷田真隆 ☆●○ 広瀬章人 広瀬章人 糸谷哲郎 中川大輔
38 2013年 郷田真隆 ○●●● 渡辺明 渡辺明 ☆●○ 羽生善治 羽生善治 広瀬章人 佐藤康光
39 2014年 渡辺明 ○○○ 三浦弘行 三浦弘行 ☆●○ 永瀬拓矢 永瀬拓矢 羽生善治 郷田真隆
40 2015年 渡辺明 ○○○ 羽生善治 羽生善治 ☆○ 深浦康市 佐藤康光 深浦康市 郷田真隆
41 2016年 渡辺明 ○●○○ 佐藤天彦 佐藤康光 ☆●● 佐藤天彦 阿部健 佐藤天彦 広瀬章人
42 2017年 渡辺明 ●○●○○ 千田翔太 千田翔太 ☆○ 佐々木勇気 佐々木勇気 佐藤天彦 森内俊之
42 2018年 渡辺明

エピソード[編集]

  • 第1期となる1976年は、第1局の内藤國雄-大内延介[4]ハワイ州ホノルルで開催され、将棋界では公式戦初の日本国外での対局となった。
    • なお、このハワイ対局は内藤対高島の予定であったが、高島が拒否したため内藤対大内戦となった(記事「高島弘光」を参照)。
    • このほか、第35期の第1局にも中国上海市で対局が行われている。
  • 第15期は、大山康晴66歳南芳一に挑戦。3連敗に終わったが、将棋界におけるタイトル戦登場の最年長記録となっている。

記録[編集]

  • 最年少 - 羽生善治 20歳
  • 最年長 - 谷川浩司 42歳
  • 最長連覇 - 羽生善治 12連覇
  • 最多獲得期数 - 羽生善治 13期

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 第42期棋王戦では里見香奈女流名人ではなく、加藤桃子女流二冠が出場した。
  2. ^ 『将棋八大棋戦秘話』(河出書房新社)P.154
  3. ^ 米長邦雄によると、米長自身が通算5期目、連続4期目の棋王位を獲得しようとする防衛戦(対森安秀光)の最中に、通算5期でも永世棋王は認められないという判断を、日本将棋連盟が下したことなどによる。「日本将棋連盟の判断」というよりは、「将棋連盟会長としての大山康晴の判断」であったという。このとき、米長が棋王防衛に向けて有利な展開となっていたが、大山康晴は「会長として」通算5期でも永世棋王は認めないという決定を下した。米長は大山会長の元へ出向き、理由を尋ねたところ、大山は「名人はタイトルではない。(名人は他のタイトルと違って特別のものであるから、)名人以外のものは“永世”称号をつけるのはおかしい。」と言われ、さすがの米長も名人のことを引き合いに出されては、賛同せざるをえなかった。その後、大山は会長として「5期連続獲得で永世棋王とする」と決定。米長は、自分の利害にかかわることであるから、それ以上反論しなかった。翌年、米長は桐山清澄に棋王を奪われ、永世棋王になれなかった(将棋マガジン(日本将棋連盟)1996年5月号「さわやか流・米長邦雄のタイトル戦教室」による)。
  4. ^ a b 棋王戦は1975年のみ優勝棋戦として開催され、翌1976年からタイトル戦となっている。第1期となる1976年は、前年度優勝の内藤國雄、本戦優勝の高島弘光、敗者復活戦優勝の大内延介の3名によるリーグ戦となった。それぞれ2局ずつ対局し、内藤 2-0 高島、内藤 1-1(1千日手) 大内、高島 0-2 大内、これにより3勝1敗で並んだ内藤と大内の同点決戦が行われ、大内が初代棋王位を獲得した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]