桐山清澄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
 桐山清澄 九段
名前 桐山清澄
生年月日 (1947-10-07) 1947年10月7日(69歳)
プロ入り年月日 1966年4月1日(18歳)
棋士番号 93
出身地 奈良県下市町
師匠 増田敏二六段
段位 九段
戦績
タイトル獲得合計 4期
一般棋戦優勝回数 7回
2015年2月8日現在

桐山 清澄(きりやま きよずみ、1947年10月7日 - )は、将棋棋士棋士番号は93。増田敏二六段門下。奈良県下市町出身。棋聖棋王のタイトルを獲得。竜王戦1組通算7期、名人戦A級通算14期。男性

棋歴[編集]

5歳ぐらいの頃、縁台将棋を見て将棋を覚える[1]

1958年、7級で入門。旧制度の奨励会三段リーグに1964年前期から在籍。3期目に11勝1敗というずば抜けた成績で関西優勝をするが、中原誠との東西決戦で昇段を逃す。しかし、次期の1965年度後期で再び11勝1敗で1位となり、規定により東西決戦なしで四段昇段(プロ入り)を果たす。

順位戦では、第23期(1968年度)のC級2組で11勝1敗(1位)、第24期(1969年度)のC級1組で10勝2敗(2位)、第27期(1972年度)のB級2組で8勝2敗(1位)でそれぞれ昇級。そして、第29期(1974年度)のB級1組で12勝1敗で1位の成績を収め、1975年4月にA級八段となった。四段から八段までの昇段が、すべて順位戦の規定での昇段である。以降、12期連続でA級在籍。

1975年度、王座戦の決勝三番勝負で中原誠を2-0で破り、棋戦初優勝[2]

1976年度前期の棋聖戦でタイトル初挑戦。大山康晴に1-3で敗れ、奪取はならなかった。

1976年度前期の早指し選手権戦で優勝。同棋戦では、1983年度に2度目の優勝をしている。

1980年度の順位戦A級リーグにおいて7勝2敗で優勝し、1981年の名人戦の挑戦者となるが、中原との七番勝負は1-4で敗退。1983年度の第22期十段戦でも中原に挑戦したが、七番勝負は2-4で敗退。

1982年度、第1回全日本プロトーナメントにおいて、決勝三番勝負で青野照市に2-1で勝利し、初代優勝者となる。

1984年度、第10期棋王戦五番勝負で米長邦雄四冠王(当時「世界一将棋が強い男」と言われた)を3-1で破り、初のタイトル獲得。米長の永世棋王獲得(5連覇)を阻止した。翌年度、谷川浩司に0-3で奪われる。

1986年度から1987年度前半にかけては、大活躍する。第48期(1986年度前期)棋聖戦五番勝負で、またも米長邦雄からタイトル奪取し(3-1)、2度目のタイトル獲得。王座戦で中原誠に挑戦(0-3で敗退)。第49期(1986年度後期)棋聖戦で南芳一の挑戦を3-1で退け、タイトル初防衛。さらに、第50期(1987年度前期)棋聖戦で西村一義の挑戦を3-0のストレートで下し、棋聖3連覇(半年後に、南芳一に0-3で奪われる)。

1988年度、第1期竜王戦で1組優勝。

2007年8月9日、公式戦通算900勝を達成した。史上9人目で、59歳での達成は最年長記録[3]

2010年の春の時点で、順位戦でB級2組、竜王戦で2組に在籍していたが、(内藤國雄森雞二がC級1組に降級、森雞二は竜王戦でも4組に降級したことで、還暦過ぎはB級以上も3組以上も桐山のみとなった)。第70期(2011年度)順位戦でC級1組に陥落。順位戦B級以上で、還暦を越えた現役棋士は2013年現在、青野照市九段のみになった。

2017年度のNHK杯テレビ将棋トーナメントの予選で井上慶太九段、小林健二九段をそれぞれ破り、決勝で増田裕司六段に勝利し、本戦出場を決めた。1回戦で飯島栄治七段と対局する。

人物[編集]

  • 名前の「清澄」は「きよずみ」と読むのが正しいが、長らく、周囲からも関係者からも「きよすみ」と誤読されていた[4]
  • 当初上京して升田幸三の下で内弟子となったが、ホームシックになって関西に帰って奨励会入りした。
  • 攻めの棋風であるが、を巧みに用いる事からニックネームは「いぶし銀」。風貌から「カラス天狗」ともいわれる。
  • プロとなった弟子に、矢倉規広豊島将之がいる。

昇段履歴[編集]

主な成績[編集]

獲得タイトル[編集]

  • 棋聖 3期(第48期 - 50期)
  • 棋王 1期(第10期)
    登場回数10、獲得4

一般棋戦優勝[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

将棋大賞[編集]

  • 第2回(1974年度) 勝率第一位賞
  • 第3回(1975年度) 殊勲賞
  • 第8回(1980年度) 敢闘賞
  • 第10回(1982年度) 敢闘賞
  • 第11回(1983年度) 最多勝利賞・技能賞
  • 第12回(1984年度) 殊勲賞

主な著書[編集]

  • 振飛車戦法 振飛車のコツをつかむ(1980年10月、創元社ISBN 4-422-75053-4
  • 桐山の名局 一手精読・現代将棋4(1984年、筑摩書房
  • 桐山の振飛車戦法 次の一手形式で初段を突破する!(1988年12月、土屋書店ISBN 4-8069-1508-4
  • アマの将棋ここが悪い! 次の一手形式(全3巻、創元社、ISBN 4-422-75041-0ほか)
  • ひねり飛車戦法 攻めて攻めて攻めまくれ!(2003年2月、創元社、ISBN 4-422-75085-2

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 将棋世界」2000年1月号付録
  2. ^ a b 当時の王座戦は、まだタイトル戦ではなく優勝棋戦であった(1983年度からタイトル戦となった)。
  3. ^ それまでの最年長記録は有吉道夫九段の57歳であった。
  4. ^ 桐山がタイトル戦(2005年頃?の竜王戦か名人戦)の立会人としてNHKの生中継に出演した際、「きよずみ」が正しいけれども愛称として「きよすみ」と呼んでもらっている、という旨を、笑みを浮かべながら発言した。日本将棋連盟のサイトの棋士紹介ページで「清澄」の読みが訂正されたのは、そのすぐ後のことである。

外部リンク[編集]