原田泰夫
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| 原田泰夫 九段 | |
|---|---|
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1952年 | |
| 名前 | 原田泰夫 |
| 生年月日 | 1923年3月1日 |
| 没年月日 | 2004年7月11日(81歳没) |
| プロ入り年月日 | 1944年4月1日(21歳)(四段) |
| 棋士番号 | 35 |
| 出身地 | 新潟県西蒲原郡(現・燕市) |
| 師匠 | 加藤治郎名誉九段 |
| 段位 | 九段 |
| 戦績 | |
| 一般棋戦優勝回数 | 3回 |
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2018年2月28日現在 | |
この表について
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原田 泰夫(はらだ やすお、1923年3月1日 - 2004年7月11日)は、将棋棋士。棋士番号35。新潟県西蒲原郡(現在の燕市)出身。分水町名誉町民。加藤治郎名誉九段門下。1961年から6年間、日本将棋連盟の会長を務めた。
棋歴[編集]
- 10歳のころ、13世名人(関根金次郎)の立派な指導対局姿に心を打たれ、棋士を志す。原田の父は棋士になることに反対していたが、結局は高等小学校を卒業した原田とともに上京して棋士になる手助けをしている。はじめに縁のあった溝呂木光治八段を訪ねたが、自分は弟子運がよくないということで当時五段だった加藤治郎を紹介し、加藤に弟子入りすることになった。
- 将棋の初心者向け解説者として最も著名なうちの一人。常に目先を読む「三手の読み」(こうやる、こう来る、そこでこう指す)を提唱し、普及にも力を注いだ。格言も多く作っており、今日知られる格言の多くは原田によるものである。自分のことを「原田」と呼ぶ、人を呼ぶときに「やあこれは巨匠」と呼びかけるなど、独特の表現で人気があり、将棋界以外でも有名であった。今福栄は原田の人柄を「潔癖家、お洒落、破滅型でない浪費家、若者好き、柔軟な保守主義者」と評している。(『将棋プロアマ角落十番勝負』講談社刊より)
- 反面、昭和中期を代表する強豪棋士だったことは意外と知られていない。名人以外の全プロが参加する「最強者戦」で見事最強者となったこともあり、大山康晴、升田幸三に次ぐ実力を有していた。特に1971年(昭和46年)、48歳でA級に復帰して底力を見せたときには、石川達三の同名小説に準え「四十八歳の抵抗」といわれ話題になった(自分から「四十八歳の抵抗」と述べたという説もあり)。なお、升田幸三は現役最後の新聞棋戦棋聖戦で敗北したが、相手は原田泰夫であった。この将棋は原田の名局とされている。
棋風[編集]
- 「玉損の攻め」といわれるほど攻撃的な棋風で知られ、おだやかな人柄と全く相違しているため驚かれたという。
- 詰将棋作家としても知られており、実戦向けの作品を得意とした。
- 最長手数(勝負のついた局)の記録がある(1969年2月3日 B級1組順位戦・対芹沢博文 相振飛車 389手)[1]。
弟子[編集]
人物・エピソード[編集]
- 「自在流」(内藤國雄)、「さわやか流」(米長邦雄)、「自然流」(中原誠)、「光速流」(谷川浩司)など棋風の名付け親としても知られる。
- 30代で日本将棋連盟会長を務めた唯一の棋士であり、引退後も長きに亘り棋界の御意見番として重き為すとともに、タイトル戦の立会人や毎年恒例となっている将棋まつり、将棋の日関連イベントなどを通じて、棋界の発展に大きく寄与した。
- 俳人・書家でもあり、泰風と号した。
- 羽生善治は小学5年生のとき、引退直前の原田と二枚落ちで対戦し、善戦するも攻めを誤って敗れた。この局の棋譜は小学館入門百科シリーズ118『将棋初段への道』(1982年1月)に所収されているほか、インターネット上でも公開されている[2]。
- しゃべり好きで、パーティー等でスピーチを頼まれるといつも話が止まらなくなるほか、本人も「原田の話は長いことで有名で」と自らネタにするほどだった。そのため原田にスピーチを頼む際は「今日は誰が話を止めるか」が必ず関係者の間で話題になっていた[3]。
- 1996年の加藤の死去後、将棋ペンクラブ名誉会長を引き継いだ。
昇段履歴[編集]
- 1937年 入門
- 1941年 初段
- 1944年4月1日 四段
- 1947年 六段
- 1948年 七段
- 1949年 八段
- 1982年4月7日 引退
- 1982年11月 九段
主な成績[編集]
棋戦優勝[編集]
- NHK杯戦 1回(第6回)
- 高松宮賞争奪選手権戦 1回(第4回)
- 最強者決定戦 1回(第13回)
- 合計3回
将棋大賞[編集]
- 第1回(1973年度) 敢闘賞
- 第9回(1981年度) 東京将棋記者会賞
その他表彰[編集]
主な著書[編集]
- 将棋小學校 (1952年、大阪屋号書店)
- よくわかる将棋 (1970年、東京書店) - 21世紀まで増刷を重ねたロングセラー。
- 攻め方コーチします (1973年、日本将棋連盟)
- 棋士・原田九段の書と随想(2001年11月、梧桐書院、ISBN 4-340-02707-3)
- 最強の詰将棋200題 実戦型3手から13手詰め(2004年6月、梧桐書院、ISBN 4-340-07115-3)
- 日本将棋用語事典(監修、2004年12月、東京堂出版、ISBN 4-490-10660-2)
関連項目[編集]
脚注[編集]
- ^ 持将棋では中尾敏之・牧野光則の420手で持将棋成立が最長(2018年2月27日)
- ^ 将棋の棋譜でーたべーす
- ^ a b 『先崎学の実況!盤外戦』(講談社文庫、2006年)pp.100 - 101
外部リンク[編集]
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