神田山陽

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神田山陽(かんだ さんよう)は、講談師名跡。当代は3代目。

初代[編集]

本名:石村 利兵衛(1897年2月4日 - 1948年3月29日)。

神奈川県横浜市の生まれ、1913年に16歳で3代目神田伯山の門下となり伯英、1922年に山陽と改名。多くの演目を滑稽に仕立て直し落語より面白いと言わしめた。初代神田ろ山、3代目神田伯治、5代目神田伯龍と共に四天王と呼ばれた。51歳没。弟子には、馬場光陽ほか。

2代目[編集]

本名:浜井 弘(はまい ひろむ)(1909年8月31日 - 2000年10月30日)。

中国大連生まれ、生後すぐに東京に移住。書店・出版社の「大阪屋号書店」の社長の嗣子として生まれる。1928年、旧制日本大学中学校(現在の日本大学第一高等学校)卒業。私財で講談の発展に力を入れ、1936年大谷内越山の会に参加。1939年に家業を閉め「お旦」の出身で師匠を持たず「品川連山」の名で独立独歩で歩む。落語家8代目桂文楽の内輪になって薄手だった神田派に迎え入れられる。1942年講談組合真打に昇進。1947年3代目神田小伯山を襲名。1955年に2代目神田山陽を襲名。

趣味は将棋で、NHK将棋講座NHK杯将棋トーナメントの司会を務めたことがある。1996年、第3回大山康晴賞を受賞。

2000年10月30日、腎不全のため死去。91歳没。弟子には神田改メ日向ひまわり(師匠の没後は5代目柳亭痴楽門下に直る)を始め女性を多く採り、現在でも活躍している。

3代目[編集]

本名:稲荷 啓之(いなり ひろゆき)(1966年1月14日 - )。

当代。2代目山陽の弟子で、旧名は「神田 北陽」。2002年に3代目を襲名。「にほんごであそぼ」で一躍有名となった。詳細は神田山陽 (3代目)を参照。