稲葉陽

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
 稲葉陽 八段
Inaba akira shogi.jpg
平成27年11月28日、姫路市で行われた人間将棋にて
名前 稲葉陽
生年月日 (1988-08-08) 1988年8月8日(29歳)
プロ入り年月日 2008年4月1日(19歳)
棋士番号 269
出身地 兵庫県西宮市
師匠 井上慶太
段位 八段
戦績
一般棋戦優勝回数 1回
2017年6月6日現在

稲葉 陽(いなば あきら、1988年8月8日 - ) は、将棋棋士井上慶太九段門下。棋士番号は269。兵庫県西宮市出身。

関西所属であり、糸谷哲郎豊島将之村田顕弘とともに「関西若手四天王」と呼ばれる棋士の一人[1][2]

棋歴[編集]

幼稚園時代に父親の影響で将棋を覚えるが、父と兄が全く勝たせてくれないため、最初は逃げていたという[3]。当時は運動好きで主にサッカーをやっていた[3]。小学2年生のときに地元の将棋センターに通い始める[4]。奨励会の入会試験では二次試験で糸谷哲郎と当たり勝利する[5]

第42回奨励会三段リーグ(2007年度後期)で13勝5敗の成績(1位)を修め、2008年4月、19歳でプロ入り[6]。その1年目で10連勝と8連勝を各1回記録したが、金井恒太の11連勝にあと1つ及ばず、将棋大賞の連勝賞を受賞できなかった。

初参加の棋聖戦となる第80期(2009年度)棋聖戦(2008年 - 2009年)において、タイトル経験者でA級九段の谷川浩司郷田真隆らを破り、8連勝(リーグ戦も無敗)で決勝トーナメント(ベスト8)に進出。さらに、元竜王でA級九段の藤井猛、谷川(2度目)を破って挑戦者決定戦に進出。しかし、木村一基に敗れ、羽生善治棋聖への挑戦権獲得と五段昇段のチャンスを逃した。

さらに、竜王戦では、初参加の第22期(2009年度)竜王ランキング戦6組(2008 - 2009年)で優勝し、本戦トーナメント入りを果たす。その一方で、新人王戦の初戦(2009年1月9日)で女流棋士里見香奈に敗れ、女流棋士の対男性棋士勝利の最年少記録を献上してしまった。

2010年度の第81期棋聖戦は、前期成績(ベスト4以上)により本戦にシードされる。準決勝で渡辺明に敗れたものの、またもベスト4入りし、次期のシード権は確保した。同年度、第69期順位戦C級2組では稲葉を含む5人が8勝2敗で終えたが、前期順位の差で昇級を果たし、これに伴い五段に昇段した。

第24期(2011年度)竜王戦5組で優勝し、2度目の本戦進出。翌第25期(2012年度)竜王戦4組でも優勝(準決勝勝利時点で規定により六段昇段[7])。

2013年、第21期銀河戦橋本崇載を降し、初の一般棋戦優勝。これにより、七段へ昇段を果たす。

2015年3月28日、将棋電王戦FINAL第3局にてやねうら王と対局し、116手で敗れた。

2016年2月18日、第74期順位戦B級1組第12回戦にて畠山鎮七段に勝利し、最終局を残して2位以上が確定。A級昇級と八段昇段を決めた。

2017年2月25日、第75期順位戦A級最終戦で森内俊之九段に勝利し、8勝1敗の成績で首位を保持し、佐藤天彦名人との名人戦の挑戦権を獲得した(2敗で追いかけていた羽生善治広瀬章人がともに敗れて3敗となったため、結果に関わらず挑戦権は獲得していた)。これにより、2年連続A級に初昇進した棋士が名人戦に挑戦することとなり、20代同士の対局は、1996年の羽生善治名人対森内俊之八段(いずれも当時)以来、21年ぶりとなった。また、森内は逆転降級となったこともあり、フリークラス宣言して順位戦から身を引いた。

2017年度に入り第75期名人戦が開幕。七番勝負は6月6日の第6局を112手で佐藤名人が制し、挑戦者の2勝4敗で稲葉の名人位奪取は成らなかった[8]

棋風[編集]

基本的には、角換わり横歩取りなどを多く指す居飛車党である。 どちらかと言えば受け将棋であり、カウンターの鋭さには定評がある。電王戦での二つ名は「泰然自若の冒険家」。

人物[編集]

  • 兵庫県立高砂南高等学校卒業。当時の同級生にプロ野球選手の藤井亮太東京ヤクルトスワローズ)がいる[9]
  • プロフィール上の出身地は西宮市だが、幼少期に同じ兵庫の加古川市に引っ越しており、加古川市出身として扱われることも多い[10]。2017年現在も加古川市在住で、加古川市からは加古川観光大使を委嘱されている[11]
  • 第80期棋聖戦挑戦者決定戦で木村一基に敗れた後、2009年6月13日放送の囲碁・将棋ジャーナルに、羽生対木村の第1局の解説役として出演。その頃、木村が和服を着た対局で10戦全敗であることに室田伊緒(聞き手役)が触れた際、「(自分との)挑戦者決定戦のときにも着てほしかった」と冗談を言った。
  • 兄・稲葉聡も同じ井上門下で奨励会に在籍していたことがある。入会年度は1999年で陽より1年先輩であったが、2001年に3級で退会。その後アマチュアに転向し、第1回(2007年)、第3回(2009年)の朝日杯将棋オープン戦にアマチュア枠で出場し、第3回の開幕戦では陽との同時出場が実現した。2011年にはアマ竜王となり、平成23年度後期奨励会三段リーグ編入試験を受験した(結果は不合格)。2015年の加古川青流戦で、一般棋戦におけるアマチュア枠の優勝という史上初の快挙を果たした。陽は聡について、「自分より強いときにやめて、兄が将棋をやめている間に実力で抜いてしまったので、勝負として抜いた実感はありません」と述べている。なお、もう一人兄がいるが(聡は二男、陽は三男)、その兄は将棋に興味を持たず、ルールを知っているかどうかという程度という[4]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

主な成績[編集]

一般棋戦優勝[編集]

タイトル戦登場[編集]

  • 名人戦挑戦 1回(2017年度 = 第75期)
登場回数1、獲得0

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2010年2月13日放送の「囲碁・将棋ジャーナル
  2. ^ 「羽生世代がもたらした、速さと若さの時代」(倉沢鉄也)WEBRONZA+社会・メディア - WEBマガジン - 朝日新聞社(Astand)
  3. ^ a b 今期の順位戦を全勝中!「はじめはイヤで逃げていた・・・」【注目の若手・稲葉八段インタビュー vol.1】 - 日本将棋連盟・2016年12月8日
  4. ^ a b 「すごく弱くてびっくりした」──稲葉陽八段、自らを語る 2016.10.19 - 『NHK将棋講座』2016年10月号
  5. ^ 兄が辞めたことが転機。「強い人と指したくて奨励会に入った」【注目の若手・稲葉八段インタビュー vol.2】 - 日本将棋連盟・2017年1月25日
  6. ^ 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「稲葉陽・田中悠一三段が新四段に!
  7. ^ 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「稲葉陽五段が六段に昇段
  8. ^ 名人戦棋譜速報「第75期名人戦七番勝負第6局は112手で佐藤名人が制しました。第4局からの3連勝で4勝2敗。名人位初防衛です」(2017.6.6 20:25)
  9. ^ https://twitter.com/kansaishogi/status/876696731206860800
  10. ^ 初陣・稲葉八段へのエール(1)家族 - 神戸新聞NEXT・2017年4月2日
  11. ^ 棋士のまち 加古川 - 加古川市ウェルネス協会
  12. ^ 昇段規定の「六段昇段後全棋士参加棋戦優勝」による昇段。銀河戦はテレビ棋戦であり放送前のため、日本将棋連盟ホームページの最近1週間の結果には掲載されず、お知らせの昇段理由には「規定の成績を挙げたため」と記述された。日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「稲葉陽六段が七段に昇段

関連項目[編集]

外部リンク[編集]