稲葉陽

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 稲葉陽 八段
Inaba akira shogi.jpg
平成27年11月28日、姫路市で行われた人間将棋にて
名前 稲葉陽
生年月日 (1988-08-08) 1988年8月8日(28歳)
プロ入り年月日 2008年4月1日(19歳)
棋士番号 269
出身地 兵庫県西宮市
師匠 井上慶太
段位 八段
戦績
一般棋戦優勝回数 1回
2017年5月17日現在

稲葉 陽(いなば あきら、1988年8月8日 - ) は、将棋棋士井上慶太九段門下。棋士番号は269。兵庫県西宮市出身。

棋歴[編集]

関西所属であり、糸谷哲郎豊島将之村田顕弘とともに「関西若手四天王」と呼ばれる棋士の一人[1][2]

第42回奨励会三段リーグ(2007年度後期)で13勝5敗の成績(1位)を修め、2008年4月、19歳でプロ入り[3]。その1年目で10連勝と8連勝を各1回記録したが、金井恒太の11連勝にあと1つ及ばず、将棋大賞の連勝賞を受賞できなかった。

初参加の棋聖戦となる第80期(2009年度)棋聖戦(2008年 - 2009年)において、タイトル経験者でA級九段の谷川浩司郷田真隆らを破り、8連勝(リーグ戦も無敗)で決勝トーナメント(ベスト8)に進出。さらに、元竜王でA級九段の藤井猛、谷川(2度目)を破って挑戦者決定戦に進出。しかし、木村一基に敗れ、羽生善治棋聖への挑戦権獲得と五段昇段のチャンスを逃した。

さらに、竜王戦では、初参加の第22期(2009年度)竜王ランキング戦6組(2008 - 2009年)で優勝し、本戦トーナメント入りを果たす。その一方で、新人王戦の初戦(2009年1月9日)で女流棋士里見香奈に敗れ、女流棋士の対男性棋士勝利の最年少記録を献上してしまった。

2010年度の第81期棋聖戦は、前期成績(ベスト4以上)により本戦にシードされる。準決勝で渡辺明に敗れたものの、またもベスト4入りし、次期のシード権は確保した。同年度、第69期順位戦C級2組では稲葉を含む5人が8勝2敗で終えたが、前期順位の差で昇級を果たし、これに伴い五段に昇段した。

第24期(2011年度)竜王戦5組で優勝し、2度目の本戦進出。翌第25期(2012年度)竜王戦4組でも優勝(準決勝勝利時点で規定により六段昇段[4])。

2013年、第21期銀河戦橋本崇載を降し、初の一般棋戦優勝。これにより、七段へ昇段を果たす。

2015年3月28日、将棋電王戦FINAL第3局にてやねうら王と対局し、116手で敗れた。

2016年2月18日、第74期順位戦B級1組第12回戦にて畠山鎮七段に勝利し、最終局を残して2位以上が確定。A級昇級と八段昇段を決めた。

2017年2月25日、第75期順位戦A級最終戦で森内俊之九段に勝利し、8勝1敗の成績で首位を保持し、佐藤天彦名人との名人戦の挑戦権を獲得した。但し、2敗で追いかけていた羽生善治広瀬章人が共に敗れて3敗となったため、負けてたとしても挑戦権は獲得していた。これにより、2年連続、A級昇格した棋士が名人戦に挑戦することとなり、20代同士の対局は、1996年の羽生善治名人対森内俊之八段(いずれも当時)以来、21年ぶりとなった。また、森内はこの敗北により逆転降級となったのを受けてフリークラス宣言をして順位戦から身を引いたため、結果的にこの勝利は自身の名人挑戦のためのものではなく、森内を順位戦引退に追い込むためのものとなった。

2017年度に入り第75期名人戦が開幕。七番勝負は第4局まで進み、両者とも2勝2敗のタイ。第5局は5月26日から27日にかけ、岡山県倉敷市の「料理旅館鶴形」で行なわれる予定。

棋風[編集]

基本的には、角換わり横歩取りなどを多く指す居飛車党である。 どちらかと言えば受け将棋であり、カウンターの鋭さには定評がある。電王戦での二つ名は「泰然自若の冒険家」。

人物[編集]

  • 第80期棋聖戦挑戦者決定戦で木村一基に敗れた後、2009年6月13日放送の囲碁・将棋ジャーナルに、羽生対木村の第1局の解説役として出演。その頃、木村が和服を着た対局で10戦全敗であることに室田伊緒(聞き手役)が触れた際、「(自分との)挑戦者決定戦のときにも着てほしかった」と冗談を言った。
  • 兄・稲葉聡も同じ井上門下で奨励会に在籍していたことがある。入会年度は1999年で陽より1年先輩であったが、2001年に3級で退会。その後アマチュアに転向し、第1回(2007年)、第3回(2009年)の朝日杯将棋オープン戦にアマチュア枠で出場し、第3回の開幕戦では陽との同時出場が実現した。2011年にはアマ竜王となり、平成23年度後期奨励会三段リーグ編入試験を受験した(結果は不合格)。2015年の加古川青流戦で、一般棋戦におけるアマチュア枠の優勝という史上初の快挙を果たした。陽は聡について、「自分より強いときにやめて、兄が将棋をやめている間に実力で抜いてしまったので、勝負として抜いた実感はありません」と述べている。なお、もう一人兄がいるが(聡は二男、陽は三男)、その兄は将棋に興味を持たず、ルールを知っているかどうかという程度という[5]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

主な成績[編集]

一般棋戦優勝[編集]

銀河戦 1回(第21期)

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2010年2月13日放送の「囲碁・将棋ジャーナル
  2. ^ 「羽生世代がもたらした、速さと若さの時代」(倉沢鉄也)WEBRONZA+社会・メディア - WEBマガジン - 朝日新聞社(Astand)
  3. ^ 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「稲葉陽・田中悠一三段が新四段に!
  4. ^ 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「稲葉陽五段が六段に昇段
  5. ^ 「すごく弱くてびっくりした」──稲葉陽八段、自らを語る 2016.10.19 - 『NHK将棋講座』2016年10月号
  6. ^ 昇段規定の「六段昇段後全棋士参加棋戦優勝」による昇段。銀河戦はテレビ棋戦であり放送前のため、日本将棋連盟ホームページの最近1週間の結果には掲載されず、お知らせの昇段理由には「規定の成績を挙げたため」と記述された。日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「稲葉陽六段が七段に昇段

関連項目[編集]

外部リンク[編集]