安用寺孝功

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 安用寺 孝功 六段
名前 安用寺 孝功
生年月日 (1974-08-30) 1974年8月30日(42歳)
プロ入り年月日 1999年10月1日(25歳)
棋士番号 234
出身地 京都府宇治市
師匠 森信雄
段位 六段
戦績
2016年3月31日現在

安用寺 孝功(あんようじ たかのり、1974年8月30日 - )は、将棋棋士棋士番号は234。森信雄門下。京都府宇治市出身。

戦績[編集]

1988年アマ名人戦で、中学2年にして準優勝。これは、ちょうど10年前の塚田泰明に並ぶ快挙であった。その2週間後に奨励会入り[1]。途中、1級から2級へ降級したり、第23回(1998年前期)三段リーグで暫定トップで最終日を迎えながら2連敗して逸機したりするなどの苦難を経験したが、その1年後の第25回(1999年前期)三段リーグで中盤戦を7連勝するなど好調を維持し、最終的に阿久津主税(14勝4敗で優勝)に次ぐ2位の成績(13勝5敗[2])を修め、奨励会入会から11年をかけてプロ入りを果たす。

第30期(2004年度)棋王戦で、内藤國雄森下卓鈴木大介らを破りベスト8進出。あと1勝で敗者復活システムのあるベスト4に進出して、次年度のシード権も得るところであったが、深浦康市に敗れた。

持ち時間が長い順位戦を得意とする傾向があり、2005年度(第64期)は9勝を挙げてC級1組に昇級決定、2007年度は8勝で次点。そして、2008年度は最終局を待たずして8勝目を挙げB級2組への昇級を決めたが、その対局相手は奇しくも塚田泰明であった。

しかしB級2組昇級以降、得意とするはずの順位戦で不調が続き、2013年度(第72期)では1不戦勝を含めて3勝7敗で降級点を喫し、翌2014年度(第73期)でも後半戦で失速し4勝6敗と降級点を抹消できず、2015年度(第74期)では開幕から7連敗を喫し最終的に2勝8敗となり降級点の累積が2個となったことで、B級2組在位7年でC級1組に降級してしまった。

その一方で、プロ入り当初から苦手と見られていた早指し棋戦[3]を克服しつつあると見られ、第23期(2014年~2015年)銀河戦では予選で島本亮に、ブロック戦で千葉幸生及び高橋道雄にそれぞれ勝ち、初めて決勝トーナメント(ベスト16)に進出した[4]

棋風[編集]

振り飛車戦法を採用することが多く、飛車を振る場所が多彩な棋風である。三間飛車相振り飛車のほかに、初手▲5六歩からの中飛車、角道を止めない四間飛車など、あまりオーソドックスではない指し方をすることがある。

人物[編集]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 1988年 6級 = 奨励会入会
  • 1994年 初段
  • 1996年1月 三段(1996年度前期から三段リーグ)
  • 1999年10月1日 四段 = プロ入り
  • 2005年11月15日 五段(勝数規定)
  • 2009年2月10日 六段(順位戦B級2組昇級)

主な成績[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

脚注[編集]

  1. ^ 以上、「将棋世界」2000年1月号付録より。
  2. ^ 当期三段リーグは、阿久津(前期成績に基づく順位は8位)・橋本崇載(17位)・宮田敦史(19位)が12勝4敗、安用寺(13位)他2名が11勝5敗の成績で、最終日を迎えた。そのため、安用寺の昇段条件は「阿久津が連敗」「橋本が1敗以上」「宮田が1敗以上」のうちいずれか2つが満たされることであったが、結果として阿久津及び安用寺が連勝・宮田が1勝1敗・橋本が連敗をしたことで、安用寺の逆転となった。
  3. ^ 安用寺は1999年10月のプロ入り以降、2015年度末まで17年続けてNHK杯の予選に出場しているが、未だにここを勝ち抜いて本戦に出場したことがない。これは順位戦B級2組在籍経験のある棋士の棋歴としては非常に珍しいとされている。
  4. ^ 決勝トーナメントは1回戦で当期優勝者の深浦康市に敗退。
  5. ^ 安用寺六段の結婚式 - 森信雄のブログ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]