杉本和陽

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 杉本和陽 四段
名前 杉本和陽
生年月日 (1991-09-01) 1991年9月1日(27歳)
プロ入り年月日 2017年4月1日(25歳)
棋士番号 310
出身地 東京都大田区
師匠 米長邦雄
段位 四段
戦績
2018年3月17日現在

杉本 和陽(すぎもと かずお、1991年9月1日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士。東京都大田区出身。故・米長邦雄永世棋聖門下。棋士番号は310。

略歴[編集]

将棋を始めたきっかけはアマチュア二段の父が指しているところを見て覚えたという。2003年、第28回小学生将棋名人戦で優勝。同年9月に奨励会入会。

三段リーグには2008年の第44回から参加するも、なかなか四段昇段を決められず苦しんだが、17期目の第60回奨励会三段リーグ戦では、2017年3月4日に行われた例会最終日で連勝し、12勝6敗・2位で四段昇段を決めた[1]。同時昇段の西田拓也は、奇しくも杉本が優勝した第28回小学生名人戦のベスト4で、三段リーグ在籍期間(17期)、四段昇段時の年齢(25歳)が同じであった。

棋風[編集]

  • 振り飛車を主戦場としつつ、相手が振り飛車党の場合は居飛車にする。本人曰く「対抗形党」[2]。得意戦法はゴキゲン中飛車[1]
  • 攻め将棋で終盤巧者。長時間・長手数の対局が得意で、「粘り強い」と評される事が多い[3][4]

師匠[編集]

入門時および現在での公式の師匠は米長邦雄であり、米長の最後の弟子でもある。米長が「どうしても最後に弟子に取りたい」として杉本を入門させたという[5]

奨励会に在籍していた2012年12月18日に米長が亡くなった際、米長門下の筆頭弟子であった伊藤能門下となったが、その伊藤が2016年12月25日に死去してしまい、さらに米長門下の二番弟子であった中川大輔門下となった経緯を持つ。しかし、2017年に四段昇段でプロ入り後は、日本将棋連盟の慣習に従い、故・米長門下という扱いになっている。

人物[編集]

  • 趣味はバスケットボール
  • 昇段インタビューでは「三段リーグで戦っていた期間が長くて、応援していただいた人の顔が浮かび、感極まりました。」と涙を拭う仕草を見せた[6]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級を参照。

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラスを参照。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 新四段誕生のお知らせ - 日本将棋連盟・2017年3月4日
  2. ^ 日本将棋連盟・携帯中継「好局振り返り」本人コメント(2018年3月17日)
  3. ^ 「プロ棋士カラー名鑑 2018」(扶桑社)
  4. ^ 携帯中継「好局振り返り」(2018年3月17日)ほか
  5. ^ 地獄の淵を見てきた杉本和陽四段、初のNHK杯戦 NHKテキストView
  6. ^ 日本将棋連盟公式web・中継ブログ(2017.3.4)など。

外部リンク[編集]