八代弥

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 八代弥 六段
名前 八代弥
生年月日 (1994-03-03) 1994年3月3日(23歳)
プロ入り年月日 2012年4月1日(18歳)
棋士番号 287
出身地 静岡県賀茂郡
師匠 青野照市
段位 六段
戦績
一般棋戦優勝回数 1回
2017年2月11日現在

八代 弥(やしろ わたる、1994年3月3日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。青野照市九段門下。棋士番号は287。静岡県賀茂郡東伊豆町出身。

棋歴[編集]

2005年9月、6級で奨励会に入会。後にプロ棋士となる会員としては珍しく、入会後間もなく成績不振により“B”と言われる降級点を喫し、7級降級の危機[1]に瀕するなどで、最初の昇級に1年を費やした。八代本人は後の四段昇段内定のインタビューで、この時期が辛かったが、周囲の応援が励みになった旨を述懐した[2]。それからしばらく順調に昇級を続け、2008年2月に初段に昇段[3]。しかし、そこで再び長いトンネルに入り、2009年7月にようやく二段昇段。

二段では再び順調に勝ち星を重ね、2010年3月に三段に昇段。これに伴い2010年度前期(第47回)より三段リーグに参加。4期目となる2011年度後期(第50回)で14勝4敗・2位の成績を修め、2012年4月1日付けでプロ入り。また、第1期(2011年度)加古川青流戦にも三段として参加、初戦でプロ棋士歴9年の藤倉勇樹四段から白星を挙げた。

2015年度の第65回NHK杯戦に初出場、本戦1回戦で村山慈明と対戦したものの敗退[4]

2017年2月11日2016年度の第10回朝日杯将棋オープン戦で一次予選から勝ち上がり棋戦初優勝[5]。同棋戦の歴代優勝者の中で、八代の22歳11か月は最年少記録[6]、五段での優勝も同棋戦史上初[7]、更に一次予選から出場した棋士の優勝も同棋戦史上初であった[8]。また、全棋士参加棋戦での優勝により、同日付で六段に昇段した[9]

棋風[編集]

本人によると、居飛車党で矢倉戦法を好むという[2]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 2005年9月(小学6年) 6級 = 奨励会入会
  • 2006年9月(中学1年) 5級
  • 2007年1月( 〃 ) 4級
  • 2007年3月( 〃 ) 3級
  • 2007年5月(中学2年) 2級
  • 2007年11月( 〃 ) 1級
  • 2008年2月( 〃 ) 初段
  • 2009年7月(高校1年) 二段
  • 2010年3月(  〃 ) 三段
2010年度前期より三段リーグ参加

主な成績[編集]

棋戦優勝[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

脚注[編集]

  1. ^ 郷田真隆など、実際に7級降級を経験しながら後にトッププロとして活躍する例もある。
  2. ^ a b 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「斎藤三段と八代三段が新四段に!」より。
  3. ^ ちなみに、同い年で後にプロ入り同期となる斎藤慎太郎はこの時点で三段リーグ入りを果たしていた。
  4. ^ 村山はその後も勝ち続け、同年度のNHK杯優勝者となった。
  5. ^ 本戦の対戦相手は順に、戸辺誠行方尚史広瀬章人(準決勝)、村山慈明(決勝)であった。決勝の対・村山戦は、上述NHK杯のリベンジを果たした上で優勝を勝ち取る形となった。
  6. ^ それまでの年少優勝記録は2008年度の第2回における、阿久津主税(当時26歳7か月)であった。
  7. ^ それまでの低段優勝記録はこれもまた2008年度の第2回における、阿久津主税(当時六段)であった。
  8. ^ 二次予選から出場した棋士に範囲を広げても、2007年度の第1回における行方尚史・2010年度の第4回における木村一基以来、同棋戦史上3人目であった。
  9. ^ 朝日新聞DIGITAL・ニュース「八代弥五段、歴代最年少で優勝 朝日杯将棋オープン戦」(村瀬信也 2017年2月11日17時59分)ほか

関連項目[編集]

外部リンク[編集]