黒沢怜生

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 黒沢怜生 五段
名前 黒沢怜生
生年月日 (1992-03-07) 1992年3月7日(25歳)
プロ入り年月日 2014年10月1日(22歳)
棋士番号 298
出身地 埼玉県熊谷市
師匠 高橋道雄
段位 五段
戦績
2016年7月10日現在

黒沢 怜生(くろさわ れお、1992年3月7日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士高橋道雄九段門下。棋士番号は298。埼玉県熊谷市出身[1]

棋歴[編集]

小学1年次に、児童館で教えられたことが将棋を覚えたきっかけ[1]。翌年には埼玉県小学生準名人を獲得するほど上達する。

2001年、熊谷市立東小学校4年の第26回小学生将棋名人戦では、東日本代表として決勝トーナメント進出し準優勝する。この模様はNHK教育テレビで放送された[2]。 2002年、熊谷市立東小学校5年の第27回小学生将棋名人戦では、東日本代表として決勝トーナメント進出し4強で敗れる。この模様は前述同様NHK教育テレビで放送された[3]。 2003年、熊谷市立東小学校6年の第2回全国小学生倉敷王将戦高学年の部では4位[4]

2003年9月に高橋道雄門下で奨励会に入会。入品までは順調に昇級を重ねるも、初段ではB(奨励会の降段点)を2度取るなど3年余り昇段に掛かったが、二段では3連勝後1敗の後8連勝で3か月余りで三段昇段を果たし即三段リーグ入りを果たす。 三段リーグでは、初参加の48回では当回で四段昇段を決めた阿部光瑠の最終局に勝利し1位昇段を阻止するなど見せ場を作ったものの、54回までは参加7期で63勝63敗と中位の成績に留まっていた。 2012年よりNHK杯テレビ将棋トーナメントで記録係を務める。 第55回三段リーグでは、10戦目までで5敗の後、6連勝し11勝5敗(7番手)で最終日を迎えたが、最終日に2連勝した終了時点でも、上位者3名中2名が勝つと昇段できない状態であった。そのうち増田康宏のみが勝利したため同星2位で四段昇段を遂げた[5]。師匠の高橋は、四段昇段をもう少し早く予想していたことを述べつつ、今後の活躍に期待する旨を公式ブログで明らかにしている[6]

第66回(2016年度)NHK杯将棋トーナメント予選・決勝で長岡裕也五段に勝ち、奨励会時代に長らく記録係を務めていたテレビ棋戦に初出場(第65回は予選2回戦で佐藤紳哉六段に敗れている)。 対局者としては初めてとなる1回戦では、師匠である解説者の高橋道雄九段が見守るなか健闘するも、第1期叡王戦優勝者の山崎隆之八段に敗れた。

第29期竜王戦でも連勝を続け、5組ランキング戦準決勝で村田顕弘六段に勝ち、4組昇級とともに2年連続昇級により五段へ昇段[7]

つづいて決勝でも、先崎学九段に勝ち本戦トーナメントに出場。本戦では、1回戦で6組優勝者の青嶋未来五段に敗れた。

第43期(2017年度)棋王戦挑戦者決定戦トーナメントでは、行方尚史八段、橋本崇載八段、鈴木大介九段らに勝ちベスト4進出。準決勝で三浦弘行九段に敗れるも、敗者復活戦で佐藤天彦名人と敗者復活戦に回った三浦に勝利して挑戦者決定戦に進出。

棋風[編集]

振り飛車党。持久戦が得意で、2015年度竜王戦での青野照市戦、島本亮戦のような長時間、長手数の将棋も多い。

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 2003年9月 6級 = 奨励会入会
  • 2007年8月 初段
  • 2010年7月 二段
  • 2010年10月 三段
2010年度後期(第48回)より三段リーグ参加

主な成績[編集]

いずれも奨励会員時代の実績。

  • 加古川青流戦 3回戦(第1期・第3期)

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

出演[編集]

  • AbemaTV初級講座(2017年4月配信開始、AbemaTV[8]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「増田康宏三段と黒沢怜生三段が四段に昇段」より。
  2. ^ ~公文杯~第26回小学生名人戦 日本将棋連盟
  3. ^ ~公文杯~第27回小学生名人戦 日本将棋連盟
  4. ^ 第2回全国小学生倉敷王将戦
  5. ^ 第55回奨励会三段リーグ戦
  6. ^ 『黒沢君、四段昇段!』みっち・ザ・ワールド 2014年9月13日]
  7. ^ 黒沢怜生四段が五段に昇段日本将棋連盟 2016年5月16日
  8. ^ AbemaTV 将棋講座”. AbemaTV. 2017年9月25日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]