将棋の段級

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
段級位制 > 将棋の段級

将棋の段級(しょうぎのだんきゅう)では、将棋における段級位制の概要について述べる。

将棋の段級には3つの体系があり、それは、棋士の段位(新進棋士奨励会の段級も含む)の体系、女流棋士の段級の体系、および、アマチュアの段級の体系である。

段級位の確立[編集]

歴史的には、将棋の段級位制の確立は囲碁よりかなり遅く、18世紀になった享保2年(1717年)に、『将棊図彙考鑑』に段位の記載がされてからである[1]。それ以前は免状に、名人に対しての手合割を記載していた[2]

また、棋力を示すものとして、段級のほかにレーティングという概念がある[3]が、プロの将棋では昭和初期に、公式のレーティングシステムとして比例得点制度が採用されたことがある。

段位の読み

段級位制は様々な分野で用いられる制度であるが、口頭での読み方には違いが見られる。

将棋界では、「九段」「四段」の読みとして、それぞれ「くだん」「よだん」が常識的である(将棋以外の分野では「きゅうだん」「よんだん」と読む習慣もある)。ただし、「七段」の読みとしては「ななだん」と「しちだん」が混在している[4]

棋士[編集]

棋士(プロ)の段位は四段から九段までである。三段以下は新進棋士奨励会(奨励会)の段級位となっている。奨励会の段級位と棋士の段級位は連続しており、奨励会の三段から四段に昇段することでプロ棋士となる。

(例外的にアマチュアや女流棋士から直接四段の棋士になる道もある。これについては、「棋士 (将棋)」を参照。)

なお、四段の棋士になった後は、降段することがない。

棋士の昇段規定[編集]

現役棋士の昇段は、この表の規定を基本としている。

昇段 名人戦順位戦 竜王戦の規定(※) 左記以外の棋戦の規定 勝数規定
五段へ C級1組昇級 連続2回昇級[5]
または
通算3回優勝[6]
で1つだけ昇段
タイトル挑戦
で1つだけ昇段[7][8]
全棋士参加
棋戦優勝で
1つだけ昇段[7]
四段昇段後(=プロ入り後)100勝
六段へ B級2組昇級 2組昇級 五段昇段後120勝
七段へ B級1組昇級 竜王挑戦
または1組昇級
タイトル1期獲得[7][8]
(※)
六段昇段後150勝
八段へ A級昇級 竜王1期獲得 七段昇段後190勝
九段へ 名人1期獲得 竜王2期獲得 タイトル3期獲得[9][10] 八段昇段後250勝

:昇段は基本的に1段ごと、かつ、1年に1回以内であったが、2006年度から竜王戦の規定での昇段のみ、飛びつき昇段1年以内の2度の昇段が認められるようになった[11]。さらに2009年度からは、(竜王、名人以外の)タイトル1期獲得の規定による七段昇段も、同様となった[12][8]

<竜王戦の規定により昇段となる例>
  • 四段の棋士が6組から5組に昇級し、その半年後に竜王戦以外の規定で五段昇段し、さらにその半年後に4組に昇級した場合、五段昇段から1年を経ていないが、竜王戦連続2回昇級により六段に昇段する[13]
  • 3組在籍の四段が2組に昇級すると、五段を飛ばして六段となる[14]
  • 4組 - 6組のいずれかに在籍の四段が竜王への挑戦者になった場合は、五段・六段を飛ばして直接七段に昇段する[14]。さらに竜王位を奪取すれば、奪取した時点で八段になる。

上記以外にも、

  • 抜群の成績による特別昇段
  • フリークラス棋士の昇段規定(年数などを加味して昇段)による昇段
  • 引退棋士の昇段規定による昇段 (つまり、引退後でも昇段することがある)

などがある[15]。 また、八段であった高柳敏夫佐瀬勇次らに対して引退後に(「九段」ではなく)「名誉九段」が贈られた例がある。

昇段の日付
  • 順位戦昇級による昇段は、従来4月1日付け昇段であったが、2008年度(第67期)の順位戦では昇級を決めた日付をもって昇段としている[16]
  • 竜王戦昇級や竜王挑戦による昇段は、従来10月1日付けであったが、上述の飛びつき昇段の制度が導入された頃から、昇段を決めた一局の日付をもっての昇段としている。
  • 勝数規定での昇段は、従来から、その勝数を達成した日付での昇段である。
  • タイトル獲得関連の昇段は、1年で2度の昇段でない限り、昇段を決めた日付での昇段となる[17]

十段と九段[編集]

将棋界では「十段」という段位はない。また、1957年度までは、「九段」の段位もなかった。

1950年 - 1961年に「九段戦」(タイトル戦)が行われ、その優勝者(タイトル獲得者)にタイトル称号としての「九段」位が与えられた。そして、1954年、九段のタイトルを3期獲得した塚田正夫に、「永世九段」の称号が与えられた。

1958年、段位としての九段の制度が始まり、同年4月に大山康晴升田幸三が九段に昇段した(末尾の 現役で九段昇段した棋士の一覧 も参照。)。

段位の九段と九段戦の制度の混在により、大山九段(九段のタイトル保持者、段位も九段)への挑戦権を争う顔ぶれの中に、塚田永世九段(段位は八段)と升田九段(段位が九段)が含まれるという事態となった。

1962年、九段戦が「十段戦」に移行し、タイトル称号は「九段」から「十段」に改まった。

1988年度から、十段戦が発展解消されて竜王戦となり、「十段」の称号はなくなった。ただし、十段のタイトルを多数回獲得した者に与えられた「永世十段」の称号はその後も残っており、大山康晴と中原誠の2名がその該当者である(ただし、彼らの段位は九段である)。また、塚田正夫には没後に「名誉十段」の称号が追贈されたが、これも段位ではなく、記録においては塚田の段位は八段である(塚田は現役時に九段昇段の条件を満たしていたが、昇段した記録がない[18])。

なお、棋士ではないが、名人400年を記念して、日本将棋連盟が徳川家康に十段を贈っている。

奨励会[編集]

詳細は、新進棋士奨励会#奨励会規定を参照。

前述の通り、奨励会には最高三段までの段級位が存在する。

奨励会に入会した者は、多くの場合6級からスタートして奨励会員同士の対局をし、規定以上の成績を挙げると一つ上の段級位に昇進できる。三段に昇進すると「三段リーグ」に参加して三段同士のみの対局を行い、そこで所定の成績を収めると四段の棋士になる。

奨励会では、成績不振による「降段点」・「降級点」を2度取ると降段・降級となる。成績不振の場合は降級して7級になる場合もある。8級は存在せず、7級から降級した場合には退会となる。降段・降級があるという点で、奨励会の段級位制は将棋界の中で特異なものである。

女流棋士[編集]

女流棋士(女流2級以上)となる方法については、女流棋士 (将棋)#女流棋士となる条件 を参照。

女流棋士の段級位と、棋士・奨励会員の段級位の体系は異なる。女流棋士の段級位は、女流2級から女流六段(以上)までだが、女流タイトルを保持するトップ女流棋士でも、棋士との公式対局での勝率は2割程度である。[注釈 1]

女流棋士の昇級・昇段規定は、日本将棋連盟ホームページの「昇段規定:日本将棋連盟」で公表されている。

日本女子プロ将棋協会(LPSA)の昇級・昇段規定は、日本女子プロ将棋協会ホームページの「棋士規程」で公表されている。2012年の公益社団法人化に際して制定された[21]。日本将棋連盟の昇級・昇段規定に、LPSA主催棋戦の戦績による規定が加わったものとなっている。

日本将棋連盟における女流棋士の昇級・昇段規定
昇段・昇級 マイナビ女子オープン
女流王座戦
女流王将戦
倉敷藤花戦 女流名人位戦 女流王位戦 タイトル戦以外の女流公式棋戦[注釈 2] 単年度成績 勝数規定
女流1級へ 本戦入り ベスト8 予選決勝進出[注釈 3] リーグ入り 女流最強戦ベスト4 女流2級で
指し分け以上
(7勝以上)
女流2級になってから
(= 女流プロ入り後)
30勝
女流初段へ ベスト4 リーグ入り[注釈 3] リーグ残留 女流最強戦準優勝 女流1級で
指し分け以上
(7勝以上)
女流1級昇級後50勝
女流二段へ タイトル挑戦 女流最強戦優勝 女流初段昇段後60勝
女流三段へ タイトル1期 女流二段昇段後90勝
女流四段へ タイトル3期 女流三段昇段後120勝
女流五段へ タイトル7期 女流四段昇段後150勝
女流六段以上[22] 抜群の成績と実績(理事会審議)
日本女子プロ将棋協会における女流棋士の昇級・昇段規定
(日本将棋連盟と共通のものは除く)
昇段・昇級 日レス杯
天河戦
1day個人戦
女流1級へ 3回優勝 5回優勝
女流初段へ
  • 女流棋士の場合も、棋士(プロ)の場合と同様に「同一年度[注釈 4]に2回以上の昇段」を不可とする規定が、2008年11月23日の時点では存在した。
    • 里見香奈が、2008年、9月29日の第16期倉敷藤花戦の挑戦者決定戦[23]甲斐智美女流二段を破り、初のタイトル挑戦を決め、女流二段への昇段規定「タイトル挑戦」により、2008年9月29日付で女流二段に昇段した。第16期倉敷藤花戦三番勝負では、第1局(11月6日)第2局(11月23日)で清水倉敷藤花に連勝し、初タイトルとなる倉敷藤花を獲得した。里見は、女流三段への昇段規定「タイトル1期」を満たしたが、タイトルを獲得した2008年11月23日付ではなく、翌2009年度の最初の日である2009年4月1日付で、里見は女流三段に昇段した。昇段事由は「倉敷藤花戦タイトル獲得」と明示されている[24]
    • 下記で示すように、長谷川優貴は、2011年10月1日付で女流2級としてプロ入りし、同年度(2011年度)内の2011年10月29日付で女流初段に、2012年2月2日付で女流二段にそれぞれ昇段した。2012年2月2日現在では、女流棋士について「同一年度に2回以上の昇段」を不可とする規定は廃されていることが示される[25]
      1. プロ入り前に、マイナビ女子オープン本戦入りを2回果たしており、女流3級から女流2級への昇級規定「女流3級で規定の成績を収めた者(<3>『女流棋士昇段級規定』の『女流1級へ』の条件を満たした場合)」をプロ入り前に満たしていた長谷川は、2011年10月1日付で女流2級として女流棋士となった[26]直後の2011年10月29日に、女流棋士としての初対局として、第5期マイナビ女子オープン本戦2回戦にて甲斐智美女流王位と対局、勝利して、第5期マイナビ女子オープンベスト4に進出。これにより女流初段への昇段規定「マイナビ女子オープンベスト4」を満たし、2011年10月29日付で女流2級から女流初段に飛付昇段(女流2級から、間の女流1級を飛ばして、直接、女流初段に昇段)した[27]
      2. 長谷川は、引き続き、第5期マイナビ女子オープン本戦で、2012年1月11日の準決勝で斎田晴子女流五段を、2月2日の挑戦者決定戦で清水市代女流六段を破り、第5期マイナビ女子オープン挑戦者となると同時に、女流二段への昇段規定「タイトル挑戦」により、次年度の初日である2012年4月1日を待たずに、2012年2月2日付で女流二段に昇段した[28]
  • 女流六段(以上)への昇段については、「抜群の成績と実績(理事会審議)」と抽象的に示されているのみである。
    • 清水市代は2000年の10月1日付で、女流棋士史上初の女流六段に昇段した[29]。清水は、2000年10月1日の時点で、クィーン四冠(=クィーン全冠[注釈 5])を2000年6月19日に達成。また三冠保持(女流王位、倉敷藤花、女流王将)、全冠(四冠)独占を2回達成(1996年・1998年)、タイトル獲得数24期の実績を有していた。
    • 次いで中井広恵も2002年11月[30]に女流六段に昇段した。中井は、2002年11月の時点で、三冠保持(女流名人、倉敷藤花、女流王将)、クィーン名人獲得(1993年の第19期女流名人位戦で達成)[30]。タイトル獲得数15期の実績を有していた。
    • 2012年2月25日現在で、現役女流棋士として女流六段(以上)に昇段したのは、清水、中井の2名のみである。その他に、関根紀代子が、2011年8月31日付で女流五段のまま引退し[31]、その直後の2011年9月7日の連盟理事会で、「普及に多大な功績が認められ、関根紀代子女流五段が9月8日付で女流六段へ昇段することに決定」し、女流六段の免状が授与された[32]。すなわち、関根が引退女流棋士として女流六段に昇段したのは、清水、中井と同じく「抜群の成績と実績(理事会審議)」によるものである。
  • 「女流棋士総則」の「降級点規定」による引退、および「引退女流棋士昇段規定」による昇段も存在する(日本将棋連盟ホームページの「昇段規定:日本将棋連盟」では言及されていない)。
    • 伊藤明日香女流1級(引退前)は、「女流棋士総則」の「降級点規定」により2009年3月31日付で引退し[33]、「引退女流棋士昇段規定」により2009年4月1日付で女流初段に昇段した[34]
    • 高橋和女流二段(引退前)は、「子供たちへの将棋の普及活動に力を入れたいとの思いから」2005年2月9日付で(任意で)引退した[35][36]。引退から1年以上経過してから、高橋は「引退女流棋士昇段規定」により、2006年4月1日付で女流三段に昇段した[37][36]

アマチュア[編集]

10級から六段(ただしアマチュア竜王戦創設により七段・八段の特例授与制度が創設された)までの段級位があり、初段以降は免状が、1級までは級位認定状が、それぞれ日本将棋連盟から発行される(有料)[38]

アマチュアの段級位とプロの段級位は体系が大きく異なっており、伝統的には奨励会の6級がアマチュアの三段 - 四段に相当するとされてきたが、近年ではアマチュアの最上位クラスはプロに遜色ない対戦成績を公式棋戦であげている。

段級位の認定は、以下のいずれかの方法で受けることができる[39]

  • インターネット・新聞・将棋専門誌などの認定問題で一定以上の成績を収める。
  • 東京・大阪の将棋会館の道場で認定を受ける。
  • プロの棋士、または将棋普及指導員の推薦を受ける。

段級位の免状が有料であるため、囲碁と同様に地方棋界では、免状を持たない「段格」のアマチュア棋士が存在する。

一部の大会で優勝すると段位を獲得できる場合もある(この場合無料)。例えばアマチュア竜王戦で優勝するとアマ七段、三回優勝するとアマ八段が獲得できる[40]

現役で九段昇段した棋士の一覧[編集]

現役で段位が九段になった棋士の一覧を示す。項目名のボタンをクリックすれば、並び替え(ソート)が可能である。

かっこ内は、九段昇段の事由が発生した日を表す。ただし、昇段日と同じである場合や、新規定の施行日での昇段の場合には記さない。

左端の数字は棋士番号であり、小さい番号であるほどプロ入りが早かったことを表す。

「九段昇格規定30点」は、それまでの条件であった「(原則として)名人3期」を緩和したもので、1973年11月3日に施行された。点数は下記のように計算する[41]

タイトル獲得期数 × 3 + タイトル挑戦回数 + 優勝回数 + A級在籍年数

その後、「タイトル3期」、「勝数規定」、「名人1期」、「竜王2期」などの条件が導入され、さらに緩和されてきている。

棋士 九段昇段 昇段事由 八段昇段 八段⇒九段 生年月日 昇段時年齢
26 大山康晴 1958年04月17日 名人3期 1948年04月01日 036683668日 1923年03月13日 35歳01か月
18 升田幸三 1958年04月17日 名人2期でも順位戦で抜群 1947年05月10日 039953995日 1918年03月21日 40歳00か月
92 中原誠 1973年11月03日 九段昇格規定30点 1970年04月01日 013121312日 1947年09月02日 26歳02か月
57 二上達也 1973年11月03日 九段昇格規定30点 1956年04月01日 064256425日 1932年01月02日 41歳10か月
43 丸田祐三 1973年11月03日 九段昇格規定30点 1948年04月01日 093479347日 1919年03月30日 54歳07か月
64 加藤一二三 1973年11月03日 九段昇格規定30点 1958年04月01日 056955695日 1940年01月01日 33歳10か月
77 内藤國雄 1974年02月04日 タイトル3期 1967年04月01日 025012501日 1939年11月15日 34歳02か月
7 大野源一 1974年11月03日 贈九段(表彰感謝の日表彰) 1940年 30000約34年 1911年09月01日 63歳02か月
39 花村元司 1976年04月20日 贈九段(将棋会館落成式表彰) 1952年04月01日 087858785日 1917年11月18日 58歳05か月
10 坂口允彦 1976年11月17日 贈九段(将棋の日表彰) 1938年 40000約38年 1908年12月10日 67歳11か月
44 灘蓮照 1976年11月17日 贈九段(将棋の日表彰) 1953年04月01日 086318631日 1927年03月16日 49歳08か月
85 米長邦雄 1979年04月01日 九段昇格規定30点 1971年04月01日 029222922日 1943年06月10日 35歳09か月
66 有吉道夫 1979年04月01日 九段昇格規定30点 1965年04月01日 051135113日 1935年07月27日 43歳08か月
25 松田茂役 1981年11月17日 贈九段(将棋の日表彰) 1951年11月17日 1072810728日 1921年06月28日 59歳09か月
131 谷川浩司 1984年04月01日
(1983年06月15日)
名人1期 1982年04月01日 00731731日
(440日)
1962年04月06日 21歳11か月
(21歳02か月)
46 五十嵐豊一 1984年04月01日 勝数規定 1949年04月01日 1278412784日 1924年09月27日 59歳06か月
17 小堀清一 1984年04月01日 勝数規定 1952年04月01日 1168811688日 1912年02月10日 72歳01か月
42 加藤博二 1984年04月01日 勝数規定 1959年04月01日 091329132日 1923年09月15日 60歳06か月
68 芹沢博文 1984年04月01日 勝数規定 1961年04月01日 084018401日 1936年10月23日 47歳05か月
61 関根茂 1984年04月01日 勝数規定 1968年04月01日 058445844日 1929年11月05日 54歳04か月
86 大内延介 1984年04月01日 勝数規定 1972年04月01日 043834383日 1941年10月02日 42歳05か月
93 桐山清澄 1984年10月09日 勝数規定 1975年04月01日 034793479日 1947年10月07日 37歳00か月
32 廣津久雄 1985年06月18日 勝数規定 1961年04月01日 088448844日 1923年02月26日 62歳03か月
96 勝浦修 1985年11月01日 勝数規定 1976年04月01日 035013501日 1946年05月08日 39歳05か月
100 森けい二 1985年12月09日 勝数規定 1976年04月01日 035393539日 1946年04月01日 39歳08か月
99 森安秀光 1988年01月27日 勝数規定 1980年04月01日 028572857日 1949年08月18日 38歳05か月
147 南芳一 1989年02月22日 タイトル3期 1986年04月01日 010581058日 1963年06月08日 25歳08か月
142 高橋道雄 1990年04月01日
(1989年03月17日)
タイトル3期の後にA級八段 1989年04月01日 00365365日
(-15日)
1960年04月23日 29歳11か月
(28歳10か月)
74 佐藤大五郎 1991年11月25日 勝数規定 1972年04月01日 071777177日 1936年10月19日 55歳01か月
97 石田和雄 1992年03月31日 勝数規定 1979年04月01日 047484748日 1947年03月29日 45歳00か月
60 北村昌男 1994年02月10日 勝数規定 1973年11月03日 074047404日 1934年10月30日 59歳03か月
175 羽生善治 1994年04月01日
(1993年02月12日)
タイトル3期の後にA級八段 1993年04月01日 00365365日
(-48日)
1970年09月27日 23歳06か月
(22歳04か月)
114 青野照市 1994年08月05日 勝数規定 1983年04月01日 041444144日 1953年01月31日 41歳06か月
127 田中寅彦 1994年12月16日 勝数規定 1984年04月01日 039113911日 1957年04月29日 37歳07か月
113 淡路仁茂 1996年04月26日 勝数規定 1983年04月01日 047744774日 1950年03月21日 46歳01か月
182 佐藤康光 1998年06月18日 名人1期 1996年04月01日 00808808日 1969年10月01日 28歳08か月
87 西村一義 1999年09月28日 勝数規定 1984年04月01日 056585658日 1941年12月14日 57歳09か月
104 田中魁秀 2000年02月24日 勝数規定 1984年04月01日 058075807日 1947年03月02日 52歳11か月
194 丸山忠久 2000年06月28日 名人1期 1998年04月01日 00819819日 1970年09月05日 29歳09か月
198 藤井猛 2000年10月01日
(1999年11月26日)
竜王2期 1999年10月01日 00366366日
(56日)
1970年09月29日 30歳00か月
(29歳01か月)
148 塚田泰明 2000年12月15日 勝数規定 1988年04月01日 046414641日 1964年11月16日 36歳00か月
195 郷田真隆 2001年08月06日 タイトル3期 1999年04月01日 00858858日 1971年03月17日 30歳04か月
123 小林健二 2002年03月01日 勝数規定 1986年04月01日 058135813日 1957年03月31日 44歳11か月
183 森内俊之 2002年05月17日 名人1期 1995年04月01日 026032603日 1970年10月10日 31歳07か月
161 森下卓 2003年12月12日 勝数規定 1994年04月01日 035423542日 1966年07月10日 37歳05か月
189 屋敷伸之 2004年04月01日
(2002年05月13日)
タイトル3期の後に勝数で八段 2002年05月13日 00689689日
(0日)
1972年01月18日 32歳02か月
(30歳03か月)
135 福崎文吾 2005年10月28日 勝数規定 1990年03月26日 056955695日 1959年12月06日 45歳10か月
235 渡辺明 2005年11月30日 竜王2期 2005年11月17日 0001313日 1984年04月23日 21歳07か月
143 中村修 2008年01月23日 勝数規定 1993年10月15日 052135213日 1962年11月07日 45歳02か月
146 島朗 2008年04月17日 勝数規定 1994年04月01日 051305130日 1963年02月19日 45歳01か月
201 深浦康市 2008年09月26日 タイトル3期(うち朝日1期) 2004年04月01日 016391639日 1972年02月14日 36歳07か月
207 久保利明 2010年03月30日 タイトル3期 2003年04月01日 025552555日 1975年08月27日 34歳07か月
157 井上慶太 2011年03月03日 勝数規定 1997年04月01日 050845084日 1964年01月17日 47歳01か月
109 田丸昇 2013年04月01日 フリークラス規定 1991年04月16日 080218021日 1950年05月05日 62歳11か月
204 三浦弘行 2013年08月16日 勝数規定 2001年04月01日 045204520日 1974年02月13日 39歳06か月
185 先崎学 2014年04月01日 勝数規定 2000年04月01日 051135113日 1970年06月22日 43歳09か月

(2014年4月2日現在)

注釈[編集]

  1. ^ 例えば、2012年2月24日現在で最強の女流棋士とされる里見香奈女流三冠[19]の「対プロ棋士公式戦通算成績」(2012年2月24日現在)は、20戦、4勝16敗、勝率0.2000 であり、里見の「女流棋士公式戦通算成績」(2012年2月24日現在)159戦、115勝44敗、勝率0.7233 を大きく下回っている[20]
  2. ^ 「タイトル戦以外の女流公式棋戦」とは、具体的には、2012年現在は女流最強戦(2007年創設)の1棋戦。過去にはレディースオープントーナメントおよび鹿島杯女流将棋トーナメントの2棋戦があった(両棋戦とも、2006年に終了)。2012年現在で継続している女流最強戦、既に終了したレディースオープントーナメントおよび鹿島杯女流将棋トーナメントの3棋戦とも、準優勝が女流初段、優勝が女流二段への昇段基準。
  3. ^ a b 女流名人位戦のリーグが1リーグになってからの規定。A級・B級の2リーグがあった当時は、「B級リーグ入り」で女流1級に昇級、「A級リーグへ昇級」で女流初段に昇段、という規定であった。昇段規定:日本将棋連盟(2012年10月14日現在のアーカイブ)も参照。
  4. ^ 将棋界の年度は、4月1日に始まり、3月31日に終わる。
  5. ^ 清水市代が、クィーン四冠=クィーン全冠を達成した2000年6月19日の時点では、女流タイトルは、女流名人、女流王位、女流王将、倉敷藤花の4つだった。その後、女王(第1期マイナビ女子オープン五番勝負は、2008年4月-5月)と女流王座(第1期女流王座戦五番勝負は、2011年10月-12月)の2つが加わり、2012年2月23日現在では、女流タイトルは、女王、女流王座、女流名人、女流王位、女流王将、倉敷藤花の6つになっている。

出典[編集]

  1. ^ 増川宏一『将棋の駒はなぜ40枚か』(集英社新書、2000年)ISBN 4-08-720019-1 154-155ページ
  2. ^ 増川宏一『将棋の駒はなぜ40枚か』(集英社新書、2000年)ISBN 4-08-720019-1 152ページ
  3. ^ 有名な例は、日本将棋連盟が運営するネット将棋サイトの「将棋倶楽部24」であり、匿名ではあるがプロ棋士も参加している。
  4. ^ テレビの将棋番組における棋士や女流棋士の発言の中で聞くことができる。
  5. ^ 竜王戦の昇段規定で、従来「竜王ランキング戦(各組トーナメント)連続2回優勝」であったものが、2006年2月に条件のが緩和され「連続2回昇級」に改められた。「連続2回優勝」の難易度は高かったため、その規定で昇段したのは、第1期を除く17年間(第2期 - 第18期)において僅か2例のみであった。
    • 行方尚史 6組優勝(第7期)→ 5組優勝(第8期)1995年10月1日に五段昇段
    • 木村一基 4組優勝(第14期)→ 3組優勝(第15期)2003年4月1日に七段昇段
    しかし、「連続2回昇級」の規定に改められた直後の第19期(2006年度)では、その1期だけで3名が昇段するという昇段ラッシュとなった。
    • 山崎隆之 4組3位(第18期)→ 3組3位(第19期)→ 2組 2006年8月10日に七段昇段
    • 大平武洋 6組3位(第18期)→ 5組3位(第19期)→ 4組 2006年9月19日に五段昇段
    • 片上大輔 6組優勝(第18期)→ 5組3位(第19期)→ 4組 2006年10月10日に五段昇段
    この3人の昇段の日付が不揃いなのは、10月1日付け昇段ではなく、昇級を決める対局に勝った日を昇段日とする規定に変更されたことによる。なお、昇段を伴わない連続2回優勝の例としては、森内俊之郷田真隆がおり、また、羽生善治の場合は連続2回目が「竜王挑戦により六段昇段」であった。
  6. ^ 「ランキング戦通算3回優勝」の規定で昇段した初のケースは、北島忠雄である(6組優勝(第11期)、5組優勝(第14期)、4組優勝(第16期)で、2003年10月1日に六段昇段)。なお、通算3回優勝時に七段以上のため昇段しなかった例は、連続優勝を含んで通算3回以上の木村一基・森内俊之・羽生善治・行方尚史らを含めると10名を超える(1組優勝3回の中原誠のほか、丸山忠久井上慶太塚田泰明深浦康市森下卓先崎学阿部隆など)。
  7. ^ a b c 2009年4月1日に追加された規定である。ちなみに、棋戦優勝の規定が追加される前の特別昇段の最後の例は、阿久津主税の七段昇段(2009年4月1日付け)となった(2008年度朝日杯将棋オープン戦優勝を受け、理事会が「類まれなる成績」で昇段させた)。こまおと:日本将棋連盟は4月1日付で昇段規定を改定した(毎日新聞 2009年4月12日)
  8. ^ a b c 竜王戦・名人戦以外のタイトル戦での挑戦・獲得の規定による昇段の第1号は、2010年度に王位を獲得した広瀬章人である。まず、挑戦権を得た日付で五段から六段へ1つ昇段し、さらに、奪取に成功した日付で(六段昇段から1年を待たず)即、七段へ昇段した。
  9. ^ 「タイトル3期」の規定の制定後、この規定によって初めて九段昇段したのは、内藤國雄である。
  10. ^ 「タイトル3期」には、2001年 - 2006年の朝日オープン将棋選手権を含む。その唯一の例が深浦康市である(朝日オープン1期、王位2期で、2008年に九段昇段)。
  11. ^ ただし、渡辺明の竜王1期獲得および2期獲得に関してだけは、2005年からすでに適用された(2005年10月 - 11月の2か月間に3つ昇段して九段になった)。
  12. ^ 2009年度より、棋士がタイトル(竜王、名人以外)を獲得した場合の七段昇段、および、女流棋士が女流タイトルを獲得した場合の女流三段昇段は、それぞれ、飛びつき昇段が可能となった。朝日新聞2009年4月22日付け記事
  13. ^ このようなケースは、実際に発生している。
    • 中座真は、2006年(第19期)に5組で優勝して4組昇級、2007年4月11日に勝数規定で六段に昇段した後、同年9月20日に第20期4組3位となり3組昇級(連続2回昇級)を決めて七段に昇段した。
    • 村中秀史は、2008年(第21期)に6組3位となり5組昇級、2009年9月15日に勝数規定で五段に昇段した後、同年10月16日に第22期5組3位で4組昇級(連続2回昇級)を決めて六段に昇段した。なお、村中は次の第23期4組で、1回戦、昇級者決定戦1回戦、残留決定戦を3連敗し、5組に即降級している。
    • 大石直嗣は、2012年(第25期)に6組で優勝して5組昇級、2013年4月22日に勝数規定で五段に昇段した後、同年5月15日に第26期5組2位以上確定で4組昇級(連続2回昇級)を決めて六段に昇段した。五段昇段から約3週間、2勝を挙げただけでの昇段となった。
  14. ^ a b 2年連続昇級の場合を除く。
  15. ^ 日本将棋連盟の昇段規定。明示された基準は公開されていない。
  16. ^ 安用寺孝功の六段昇段(2009年2月10日付け)が適用ケースの第1号。
  17. ^ 屋敷伸之は、3期目のタイトル(いずれも棋聖)を獲得した当時、まだ七段であった。勝数規定で2002年5月13日に八段になったが、タイトル3期の規定で九段昇段したのは翌々年の2004年4月1日である。これは、八段免許状発行日から最低1年経なければ九段昇段できない規定による。
  18. ^ 当時「永世九段」と「九段」の区別は厳密でなかった。大山康晴「昭和将棋史」(岩波新書)や中原誠「中原誠名局集」(日本将棋連盟)などで、永世九段時代の塚田との対局について「九段 塚田正夫」と表記している例がある。なお、大山も中原も永世名人かつ将棋連盟会長経験者である。
  19. ^ レーティングシステムによる 『女流ランキング』 (2012年2月23日現在、Web魚拓)」で、(1位)里見香奈 1845、(2位)清水市代女流六段 1785、… となっている。
  20. ^ 日本将棋連盟 『女流棋士 公式戦(「男性棋戦」)通算成績一覧 (2012年2月24日現在、Web魚拓)』
  21. ^ 当協会所属新女流棋士誕生のお知らせ”. 日本女子プロ将棋協会 (2012年7月2日). 2013年8月20日閲覧。
  22. ^ 昇段規定:日本将棋連盟で、女流六段への昇段のみ「女流六段以上」と記載している。
  23. ^ LPSA公式サイト 『第16期大山名人杯倉敷藤花戦』
  24. ^ 日本将棋連盟 2009年4月1日 『2009年4月1日付昇段・昇級者』
  25. ^ 日本将棋連盟 『棋士紹介-長谷川 優貴(はせがわ ゆうき)女流二段』
  26. ^ 日本将棋連盟 2011年9月26日 『長谷川優貴研修会員が女流棋士3級の資格を取得』
  27. ^ 日本将棋連盟 2011年10月31日 『長谷川優貴女流2級が女流初段に昇段』
  28. ^ 日本将棋連盟 2012年2月6日 『長谷川優貴女流初段が女流二段に昇段!』
  29. ^ 日本将棋連盟 『棋士紹介 清水 市代 (しみず いちよ)女流六段』(Web魚拓) 2012年2月25日現在
  30. ^ a b LPSA公式サイト 『所属女流棋士 中井広恵』 (Web魚拓)2012年2月24日現在
  31. ^ 日本将棋連盟 2011年9月1日 『関根紀代子女流五段が引退』
  32. ^ 日本将棋連盟 2011年9月8日 『関根紀代子女流五段が女流六段へ昇段!』
  33. ^ 日本将棋連盟 2009年4月1日 『2009年3月31日付引退』
  34. ^ 2009年4月1日付昇段・昇級者
  35. ^ 高橋和の所属事務所「EGG TIMES」による、高橋のプロフィール(Web魚拓、2012年2月25日現在)に「(高橋は)2005年2月、子供たちへの将棋の普及活動に力を入れたいとの思いから、対局から引退」とある。
  36. ^ a b 日本将棋連盟 『棋士紹介 高橋 和 (たかはし やまと)女流三段』(Web魚拓) 2012年2月25日現在
  37. ^ (日本将棋連盟)女流棋士会からのお知らせ 2006年4月1日 『2006年4月1日付昇級昇段者』(Web魚拓) 2012年2月25日現在
  38. ^ 免状・棋力認定のご案内(日本将棋連盟)
  39. ^ 段級位取得の方法(日本将棋連盟)
  40. ^ アマチュア八段の昇段規定を新設
  41. ^ 将棋世界」1973年11月号。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]