角交換振り飛車
角交換振り飛車(かくこうかんふりびしゃ)とは将棋の戦法で、振り飛車側が角道を止めず、あるいは振り飛車側から角交換を行った状態で駒組みをする戦法である[1]。
概要[編集]
伝統的な角道を止める振り飛車は受けの戦法であり、角交換を避けるものという意識があった[1][2]。
しかし、居飛車穴熊の台頭により、振り飛車の勝率が低下していった。その後藤井システムの出現によって一時は振り飛車が盛り返したものの、居飛車側の対策も進んでいった。そんな中、ゴキゲン中飛車が登場し、中飛車に限らず振り飛車側が角道を止めずに攻めるという新しい感覚が生まれた[2]。その後、振り飛車が自ら最序盤にもかかわらず角交換をする作戦も生まれている[1]。
鈴木大介 (2009) によれば、振り飛車戦法と言うものは2枚の駒を捌く(交換などによって駒を使いやすくする、または役目を全うさせると行った意味)事が最低限の目標であるが、角交換振り飛車は自ら角を交換する事により、序盤早々にこの目的の半ばを達成できると言う意味があるという[* 1][3]。また、角交換、しかも後手側からの角交換は、後手である上にさらに1手損をするため旧来の感覚ではあり得ない作戦であったが、一手損角換わり戦法の流行によって棋士たちが序盤の1手損はそれほど大した損ではないと体感するようになったことが、本戦法が認められた理由であったようだという[3]。また角道を止めずに3三角と上がる手は2009年から見て15年ほど前、つまり1994年あたりから見られていた。この手はその後角交換振り飛車と結びついたという[4]。
鈴木の前掲書によれば、この戦法の要点は、基本的に後手番の戦法であること[3]、振り飛車側の方が手詰まりに陥りにくいこと[3]、2筋に飛車を振る向かい飛車のかたちが好ましいこと[3]、左の金が玉から離れるかたちになるがそれでもなお居飛車より玉の守りは固いこと[3]、序盤の狙いがわかりやすいこと[3]、および居飛車側が穴熊囲いに組みにくくなること[3]などである。なお鈴木は、2009年時点では旧来の角道を止める振り飛車は、プロ棋士の界隈においては「めっきり減ってしまった」としている[3]。
角交換振り飛車の例[編集]
石田流三間飛車[編集]
- 石田流のうち、早石田、升田式、新・石田流など。
角交換型中飛車[編集]
中飛車が先手として、図1-aのように角交換後、▲6六銀-▲7七桂-▲7八金の形にして戦う中飛車。この構えならば原始中飛車よりも反撃されにくく、ツノ銀型と違って居飛車側角交換からの△3五歩~△3四角などの筋がない。
中飛車側の狙いは5五からの歩交換や左銀を7五に配置しての8筋逆襲などがある。例えば図1-aから居飛車側が△8六歩▲同歩△同飛ならば、▲5九飛~▲7五銀~▲8五歩など。図1-aへの進め方は、図1-bから図1-cのように 6八銀と構えて後手側から交換させて(先手は▲8八角~▲7七角としているので、後手から角交換しても手損にはならない)銀を7七~6六に持っていく指し方や、図1-dのように中飛車側から2手損で角交換する指し方とある。
図1-cでは△7七角成に▲同桂としてヒラメにして指す方法もある(図1-aの形でも左金を7八ではなく5九に動かせばヒラメにもなる)。
また図1-dのように▲8八銀としておけば、5五の歩交換ができる(△4四角が効かない)。図1-dのように中飛車側が7七に角を上げてから、中飛車側から早めに角交換する指し方は、前田佑司が愛用していたので「前田流」という名が付けられている。以下5五の歩を交換し、後手が△5四歩と歩を打たなければ、先手も安易に飛車を引かずに5五にいて、8五のぶっつけや、△7三桂には▲7五歩の桂頭攻めの含みをみせ、作戦の幅が広がる。
なお、図1-cで角交換を拒否する△4四歩には、▲5七銀に△5三銀なら以下、▲6六銀△5二飛▲5五歩△4二銀(△同歩は▲同飛から▲8五飛)▲5四歩△同銀▲5五歩△4三銀▲3八玉△3二金▲2八玉△4一玉▲3八銀で一局。 ▲5七銀に△4二銀なら以下、▲6六銀△4三銀▲5五歩△5三銀▲5四歩△同銀左▲6五銀となり(図1-e)、△5五歩には▲5四銀△同銀▲5五角△同銀▲同飛△4二玉▲5四歩△7一角▲5三銀△3二玉▲6二銀打(図1-f)など。 ▲5七銀に△5二金右なら以下、▲5五歩△同歩▲6六銀△4二金左▲5五銀△4三金▲4六歩とし、△4二玉なら▲4五歩△同歩▲4四歩(図1-g)など。
ゴキゲン中飛車[編集]
とくに丸山ワクチンになれば、必然的に角交換振り飛車の様相となるが、丸山ワクチンは展開はしっかり駒組みしてから戦う比較的穏やかな将棋となるため、乱戦のような展開がいやな場合安心感のある作戦である。
丸山ワクチンに対してはゴキゲン中飛車側はどちらかというと図1-iのように向かい飛車に転じての飛車先逆襲を目指す展開などが志向された。そして常に1歩持った後の△4四角から△2四歩▲同歩△2六歩や△3二金からの△2四歩▲同歩△同飛などがある。居飛車側は初期のころはゴキゲン中飛車側の玉が7二に移動(▲6五角の筋を消している)した後の△5五歩をに対する▲4七銀の用意が必要と考えて6八玉より先に右銀を4八に動かしていた。実際には▲6六歩で受かっている、△5五歩と突かれても、▲6七銀であり、△8八角には▲7七角△同角成▲同玉である。こうして左美濃から右金を動かさずに▲6六歩型にするのが従来よく指された。
向かい飛車に転じた際の▲5三角に△4四角への備えを、また6九に金は飛車先逆襲の備えを用意している。従来は △2二飛に▲4七銀△2四歩 ▲同歩 △同銀 ▲3六歩 △2五銀 に▲3八金などとしていたが以下△2七歩 ▲同飛 △2六銀 ▲2八飛 △4九角となると、▲6六歩が災いして、△7六角成と成る場所が出来てしまっていた。したがって居飛車側も▲3八銀型にして、△2二飛 ▲4六歩 △2四歩 ▲同歩 △同銀の進行に、▲6七角や▲5六角を用意する指し方になる。
その後図1-iのように先に△4四角とする菅井竜也の新手などもあり、居飛車側も別の展開を志向することになる。
ゴキゲン中飛車側はこの他図1-jのように△8四歩と突いて銀冠に組んで模様を良くしていく指し方もある。以下の進行例として図1-k のように居飛車がダイヤモンド美濃に組むなどがあるが、図1-k の▲7七桂では後手から△4二角の真部流から次の△9二香~△9一飛からの端攻めが非常に受けづらいため、図1-kの▲7七桂では先に▲8六歩が指されている。これにはその後、振り飛車側が右桂を跳ねずにし、▲8六歩に対し△6四角とする指し手などが示され、そこで居飛車側も右銀を4七に待機して▲8六歩-8七銀と先に銀冠に組む指し方も示すと、ゴキゲン中飛車側も左銀を4四から5五に早く展開して5六の歩を突かせにかかるなどの攻防が生じている。
居飛車側はこの他には図1-m図から1-nのように玉頭位取りにもっていく指し方もある。
ひらめ戦法[編集]
角交換型ツノ銀中飛車[編集]
ツノ銀中飛車では第2-a 図の先手陣のような左金型では居飛車側の陣形によって▲6五歩といった角交換を挑む仕掛けが成立する。△7七角成▲同桂△6五歩は以下▲5五歩から△同歩▲同飛で、場合によっては6五~8五と飛車を捌く狙い。▲6五歩にこれを△同歩としても以下▲5五歩でこれも△同歩であると▲同飛として(第2-b 図)、既に居飛車側が歓迎できない局面となっている。第2-b 図から△同角は▲同角で居飛車側が不利となるので、例えば△7三桂としたらそこで先手は▲5二飛成とし、△同金(△7七角成▲同桂△5二金もある)は▲2二角成△同玉▲4一角~▲3二金、といった攻撃が生じる。これは松下力が初めて指した順であり、後手居飛車側で△5三銀右型でも△5三銀左型でも△7四の歩が突いてあれば同様の仕掛けが生じる。
第2-c 図は、1975年の先手大内延介vs.後手中原誠の名人戦の局面で、先手中飛車側がツノ銀の陣形から角交換を挑み、▲6五歩と突いたところ。中飛車側は角交換をしてから、一例として▲6六角の自陣角から▲5九飛~▲8九飛~▲8六歩~▲8四歩などの飛車先逆襲や▲4六角などから7筋への攻撃の狙いがある。第2-c 図からの実戦の進行は以下△同角成▲同桂△4四銀▲5九飛△7三桂▲4六歩に居飛車側が△8六歩▲同歩△同飛と飛車先を交換してくるが、以下▲7五歩△8四飛▲9五角△8一飛▲7四歩(第2-d 図)となってみると、先手の仕掛けが見事に成功している。
また、▲7八金型の中飛車は第2-e 図のように引き角からの角交換もあるが、これにも対応が可能。これは1982年の棋聖戦5番勝負第3局。先手森雞二 vs.後手二上達也の局面で、第2-f 図のような展開に持ち込んで中飛車が快勝している。
なお、中飛車側は先手▲7七桂-7八金型(後手△3三桂-3二金型)は、飛車を先手▲5九~8九(後手△5一~2一)に展開し居飛車側が△7三桂(▲3七桂)が無ければ常にどこかのタイミングで△2五の歩(▲8五の歩)を左桂で取り、飛車先を逆襲していく筋が生じている。
角交換四間飛車[編集]
錆刀戦法(宗歩四間飛車)[編集]
錆刀四間飛車とは、第3-a 図のような陣形に組んで、角交換から右銀を攻めに使っていく振り飛車。第3-b 図は第3-a 図から居飛車側が角交換に応じて少し進んだ局面。この後の四間飛車側の狙いは4六又は2八に自陣角を打っての▲7五歩からの攻めなどである。第3-a 図にもどって居飛車側が角交換を避けて△4四歩の場合でも▲6六銀として▲5五歩や▲7五歩などから四間飛車側の飛車先突破の出足が通常の美濃囲いからのものより早く攻撃態勢が築き上がっている。 第3-c 図がその一例で、居飛車穴熊に組むため角交換を拒否してきた場合、▲6七飛~▲6八角~▲4六角~▲2八角と駒組することができる。また相手の陣形が穴熊ならば、▲4六角を活かして▲3六歩~▲3七桂~▲1五歩~▲1八香~▲6九飛から▲1九飛の地下鉄飛車も可能。
この構えは天野宗歩がこのような四間飛車を指した棋譜があることから「宗歩四間飛車」とも呼ばれている。錆刀というネーミングの由来は、この戦法が掲載している升田幸三実力制第四代名人著『升田の将棋指南シリーズ 6 四間飛車の指南』には「由来はどうかわからんが、本戦法は、『錆刀』という名前がついておるそうだ。全体的な印象から錆びた刀でゴシゴシ切るようなところがあるのでこうなったのであろう。」と記載されている。