横歩取り

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横歩取り(よこふどり、よこふとり[1]: Side Pawn Picker[2])は、将棋の代表的な戦法の一つである。15手目に先手が△3四歩(角道を開けるために突き出した、後手から見て左から3列目の)を飛車で取ってからの一連の変化を指す。大駒を交換するような激しい急戦となる可能性が高い。アマチュア同士の勝負においては変化に富んだ面白い戦法であるが、一手の過ちがすぐ敗北へ繋がる怖れがあるため、プロ棋士がこの戦法を採用するにあたっては非常に深い研究が必要とされる。そのため、現在では対局開始から詰みまで研究が進んでいる形もある。

戦法の歴史[編集]

横歩取り戦法の歴史は古く、江戸時代の棋譜でも確認されている。大橋柳雪が著した『平手相懸定跡奥義』が横歩取りについて記した最古の書物であると考えられている。しかし、明治 - 昭和初期にかけては、先手が△3四歩を取るのは悪手と見なされていた。それを示すのが「横歩三年の患い」という格言である。すなわち、たとえ横歩をとって1歩を手にするという実利があっても、陣形を整えるのが遅れるため、先手が指しにくくなるという考え方が支配的だった。

だが、昭和5年ごろから、その考え方が変わっていく。木村義雄が通説に挑み、横歩取り2三歩戦法で、横歩を取る形で高い勝率を挙げてから[3] は、先手は横歩を取るのが一般的になった。

また、相がかり戦法においては、五五の位が非常に重視されており、相手の中央位どりに対抗するために横歩をとる戦法がとられ、横歩をとられた側が中飛車にする横歩取り超急戦が流行したが(1947年(昭和22年)の第6期名人戦・第七局の塚田正夫木村義雄から名人を奪取した一局が有名)、やがて下火となった。

昭和後期となると、後手側の指し方も進歩していく。内藤國雄は横歩取り後手番(主に横歩取り△3三角戦法)を積極的に採用し、その華麗な駒さばきから内藤流空中戦法と称された。米長邦雄中原誠谷川浩司といったトップ棋士も横歩取り戦法を好んで採用した。一方で横歩取りを好まない棋士もおり、1990年王将戦では挑戦者の米長が普段は横歩取りを採用しないタイトル保持者の南芳一を意識して「横歩の取れない男に負けるわけにはいかない」と新聞紙上でコメント。その後の対局で南が横歩取りで応じてきた。

横歩取りが戦法として格段の進歩を遂げたのは1980年代末頃からである。羽生善治森内俊之佐藤康光といった、現在の将棋界を支えるいわゆる羽生世代のトップ棋士らの出現に伴い、序盤・中盤の研究が飛躍的に進歩した。その結果、横歩取りのいくつかの形では、横歩をとっても先手が指せるという結論が定まっていった。

1997年中座真によって初めて披露された横歩取り△8五飛戦法によって、横歩取り戦法は新たな局面へ突入した。後手が五段目に飛車を置くという発想は、従来のあらゆる戦法になかったため、プロ棋士たちが少年期から積み重ねてきた将棋感覚では太刀打ちできず、一時は後手の勝率が7割近くを誇るという異例の事態が起こった。この戦法の研究を重ねた丸山忠久は、1999 - 2000年のA級順位戦の後手全局で△8五飛戦法を採用して名人挑戦権を獲得し、名人戦でも後手番の全戦で同戦法を用いて名人位についた(ただし△8五飛戦法の戦績自体は1勝2敗、先手角換わりが3勝1敗での名人位奪取)。

21世紀に入っても青野照市による5八玉型(青野流)、佐々木勇気による6八玉型(勇気流)など新たな戦法が生み出され、研究が進んでいる。

戦法の概要[編集]

最初の共通手順(初手から15手まで)[編集]

△ 歩二
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 歩三
第15手 ▲3四飛 まで


▲7六歩△3四歩▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲2四歩△同歩▲同飛までの11手までは横歩取りにおける共通手順である(手順の前後があっても、最終的に11手目の形になれば良い)。ここで後手には△2三歩△8六歩の選択肢がある。プロの横歩取りではほぼ間違いなく△8六歩であり、ここではその展開を示す。以下▲8六同歩△同飛▲3四飛と移行する(右図)。

(△2三歩の展開は横歩取り△2三歩戦法を参照)

▲3四飛に対して仮に一手パスすると、先手には▲2二角成という手があり、△同銀には▲3二飛成、△同金には▲3一飛成で先手が駒得する。そのため後手はこの筋を受ける手を指さなければならない。そこで、後手には△8八角成△3三桂△3三角などの選択肢がある。

相横歩取り戦法[編集]

▲3四飛に対して△8八角成▲同銀△7六飛と、後手から角交換して先手の横歩を取る戦法。▲7七銀△7四飛▲同飛といった進行など、飛車角の総交換になるような激しい変化になりやすい選択肢であり、一気に終盤まで進む可能性がある。トップ棋士同士の対局でも、過去にわずか40数手で決着がつくこともあった(例えば、1997年島朗 - 村山聖戦では、47手で島の勝利)。プロの間でほとんど採用されない戦法だったが、2004年より三浦弘行がA級順位戦などの重要な対局で積極的に採用し勝利を収めており、2005年の名人戦第5戦(羽生善治対森内俊之)でも森内が採用した。

(詳細は相横歩取り戦法を参照)

横歩取り△4五角戦法[編集]

▲3四飛から△8八角成▲同銀△2八歩▲同銀△4五角と進む。相横歩取り戦法と同様、とりわけ激しい展開になる。かつては、谷川浩司が36手で対戦相手を投了に追い込んだこともあった。現在は研究が進み後手無理筋とされ、プロ棋士の実戦で出現する可能性は低い。

(詳細は横歩取り△4五角戦法を参照)

横歩取り△3三桂戦法[編集]

第16手目に後手が3三桂とする形。かつては脇謙二・佐藤康光などが多用した戦法。加藤一二三も自身が解説者のときに指され、解説してみると案外と有力な戦法であったため一時期よく使っていた。とりわけ佐藤は1999年に名人戦の第1戦(谷川浩司 - 佐藤康光)でこの戦法を使用し、勝利を収めている。しかしながら、現在はほとんどプロの間で採用されていない。

△3三桂に対して先手には▲3六飛▲2四飛▲5八玉などの選択肢がある。▲3六飛と引くと比較的穏やかな展開となる。一見良さそうな▲2四飛は、△4五桂から先手にとって思わしくない筋に入る。現在は▲5八玉が有力な対策とされている。横歩取りの序盤は後手に指し手の選択権があるため、先手側の有力な対策がある△3三桂戦法を好んで採用する理由はなく、△8五飛戦法が出現した後はさらに採用率は下がった。

(詳細は横歩取り△3三桂戦法を参照)

横歩取り△3三角戦法[編集]

第16手目に後手が3三角とする形。横歩取りの中では比較的穏やかな展開になり、プロ棋士の実戦例でもこの形が一番多く見られる。

△3三角に先手は▲3六飛と飛車を引く手と▲5八玉(青野流)や▲6八玉(勇気流)といった飛車を高い位置のまま駒組みを進める選択肢がある。一例として▲3六飛△8四飛▲2六飛△2二銀▲8七歩などといった展開が挙げられよう。 先後とも中住まいに組むのが普通であるが、中原囲いに組む場合もある。18手目に後手が△8四飛でなく△2二銀と指すのも手である。この場合は次に示す△8五飛戦法へと移行する。

(詳細は横歩取り△3三角戦法を参照)

横歩取り△8五飛戦法[編集]

中座飛車ともいう。横歩取り△3三角戦法の派生の1つ。△3三角から▲3六飛△2二銀と、後手が飛車引きを留保するのが従来の戦法との違いである(従来の戦法を「横歩取り△8四飛戦法」と称することもある)。その次に先手が19手目▲8七歩としたとき△8五飛の位置に引くのがこの戦法である。

先手の対策としては、▲8七歩と打たないというものがある(それでも後手が△8五飛とすると、後手が指しにくくなる)。他にもいくつか対策が考えられている。

(詳細は横歩取り△8五飛戦法を参照)

横歩取り5二玉型[編集]

横歩取りでは昭和時代には玉を5二(先手では5八)に据える中住まいがの形が多く指されていたが[4]、より優秀な中原囲いの普及やそれと組み合わせた8五飛戦法においては、玉を4一に据えることが多くなってきた[4]。しかし先手に新山崎流という有力な対策が現れ、8五飛戦法は一時衰退していた[5]

実戦で8五飛戦法に△5二玉の形を組み合わせた形を初めてみせたのは平成13年の内藤國雄であり、またその後桐山清澄が時折見せていたが、流行には至らなかった[4]

しかし平成22年、松尾歩が独自の工夫を凝らし8五飛戦法を中興した。先手に新山崎流により3筋を攻められた時に[6]、玉が△4一ではなく△5二であれば、一手「早逃げ」していて8五飛戦法側に有利[4]。その後多くの棋士の研究により、大流行に至った(ただし飛車は8五でなく8四に引くのが主流となっている[7])。

松尾はその後、第20回升田幸三賞を受賞している[4]。この形は後手の3二金が浮き駒(どの駒の利きも利いておらずタダで取られる状態)になっているという弱点もあり、1筋への端攻めに脆弱となっている[4]。2014年6月現在この形は大いに流行しているとされ、公式戦の600局以上で採用されている[4]

横歩取り△4一玉戦法[編集]

第16手目に後手が4一玉とする形。飯島栄治が著書「横歩取りハメ手裏定跡」で紹介しているが、昔からある手段。平成元年度に行われた森内俊之田丸昇戦のNHK杯戦で後手の田丸が採用し勝利したことで知られる。

この手に対して先手は▲2四飛、▲8七歩、▲3六飛の3つの手が考えられている。森内対田丸戦は先手▲2四飛とし、以下△3八歩▲同銀△8八角成▲同銀△3三角▲2一飛成△8八角成▲8七歩△7六飛と進んでいる。▲2四飛に対して△2三歩と打つ手も1940年の塚田正夫木村義雄戦(第1期昭和番附編成将棋)で指されている。

▲3六飛は1931年の金易二郎対木村義雄戦(第1期昭和番附編成将棋)で指され、「イメージと読みの将棋観」では渡辺明が推奨している手で、△7六飛を防ぎつつ飛車を安定させる意味があり、自身の実戦でも採用して▲3六飛以下は△8四飛に▲3八金とし、△5一金▲5八玉△6二銀▲8七歩△8八角成▲同銀△2二銀▲2六飛以下、勝利しているが、飯島の著書では△8八角成に代えて△2四飛と回る手があり、以下▲2七歩は△8四飛で後手が得をし、▲2八銀であると△2七歩▲同銀に角交換から△5四角があるとしている。

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ 「横歩取らず(よこふとらず)」との対比で、濁らない場合もある。
  2. ^ Kawasaki, Tomohide (2013). HIDETCHI Japanese-English SHOGI Dictionary. Nekomado. p. 99. ISBN 9784905225089 
  3. ^ 昭和5年8月25日対局、第二回日本選手権争奪戦の対金易二郎戦など。中原誠監修『将棋戦型別名局集6 横歩取り名局集』(マイナビ出版)P.36
  4. ^ a b c d e f g 長岡 2014, p. 91-93.
  5. ^ 瀬川晶司『横歩取りマップ』
  6. ^ 瀬川晶司『横歩取りマップ』
  7. ^ 瀬川晶司『横歩取りマップ』

参考文献[編集]

  • 長岡, 裕也 (2014), “ミニ講座 第20回升田幸三賞受賞戦法「横歩取り△5二玉型とは?」”, 『将棋世界』 2014年6月号 (日本将棋連盟)  - タイトルの正確な表記は、△ではなく、白抜きの5角形。
  • 沢田多喜男『横歩取りは生きている―大橋柳雪から現代まで』将棋天国社、1981年。全国書誌番号:81049107OCLC 672692198
  • 勝又清和『消えた戦法の謎―あの流行形はどこに!?』每日コミュニケーションズ、1995年。ISBN 483991091XOCLC 675562456
  • 深浦康市『これが最前線だ!―最新定跡完全ガイド (最強将棋塾)』河出書房新社、1999年。ISBN 9784309721828OCLC 170311310
  • 深浦康市『最前線物語』浅川書房〈最強将棋21〉、2003年。
  • 深浦康市『最前線物語』2、浅川書房〈最強将棋21〉、2006年。ISBN 9784861370144OCLC 169994734
  • 村山慈明『最新戦法必勝ガイド―これが若手プロの常識だ』每日コミュニケーションズ〈MYCOM将棋ブックス〉、2006年。ISBN 9784839922085OCLC 170044499
  • 勝又清和『最新戦法の話』浅川書房〈最強将棋21〉、2007年。ISBN 9784861370168OCLC 676281923
  • 『アマの知らない最新定跡』每日コミュニケーションズ〈マイコミ将棋BOOKS〉、2008年。ISBN 9784839930806OCLC 294938544
  • 瀬川晶司『横歩取りマップ』(マイナビ、2013年)

関連文献[編集]

  • 所司和晴『横歩取りガイド』週刊将棋編、每日コミュニケーションズ、1988年。ISBN 4895635236OCLC 672891507
  • 所司和晴『横歩取りガイド』Ⅱ、每日コミュニケーションズ、1990年。ISBN 4895635392OCLC 672756918
  • 羽生善治『羽生の頭脳〈9〉激戦!横歩取り』日本将棋連盟、1994年4月。ISBN 481970320XOCLC 675179167
  • 羽生善治『羽生の頭脳10―最新の横歩取り戦法』日本将棋連盟、1994年12月。ISBN 4819703218OCLC 673716293
  • 所司和晴『8五飛阻止―横歩取り道場』第1巻、每日コミュニケーションズ〈東大将棋ブックス〉、2002年7月。ISBN 9784839907716OCLC 166692632
  • 所司和晴『相横歩取り。―横歩取り道場』第2巻、每日コミュニケーションズ〈東大将棋ブックス〉、2002年9月。ISBN 9784839908188OCLC 166703557
  • 所司和晴『4五角戦法。―横歩取り道場』第3巻、每日コミュニケーションズ〈東大将棋ブックス〉、2002年11月。ISBN 9784839908669OCLC 166908282
  • 所司和晴『8五飛戦法。―横歩取り道場』第4巻、每日コミュニケーションズ〈東大将棋ブックス〉、2003年1月。
  • 所司和晴『8五飛戦法: 続。―横歩取り道場』第5巻、每日コミュニケーションズ〈東大将棋ブックス〉、2003年3月。ISBN 9784839910075OCLC 167677238
  • 所司和晴『3三桂戦法。―横歩取り道場』第6巻、每日コミュニケーションズ〈東大将棋ブックス〉、2003年5月。ISBN 9784839910990OCLC 167769566
  • 所司和晴『3三角戦法。―横歩取り道場』第7巻、每日コミュニケーションズ〈東大将棋ブックス〉、2003年7月。ISBN 9784839911539OCLC 168036553

外部リンク[編集]