珍玉

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珍玉(ちんぎょく)とは、将棋の対局において、王将の位置が通常の戦術の位置ではなく、珍奇な位置におかれているもので、特に棋戦ではあまりみかけない珍しい戦術を呼ぶ。

特に自陣とよばれる、相手の駒が入ると成ることができる位置、自分から盤面をみて三段(先手なら7~9段、後手なら1~3段)より高い位置に玉を配する中段玉などが知られる。

無敵囲い藤井システムなど居玉のまま戦う戦術なども「居玉は避けよ」という格言からみると戦法は珍奇ではあるが、珍玉との解釈はされない。

右玉・左玉[編集]

右玉左玉自体は「王飛接近すべからず」という格言に反している典型的な悪形であるという意味では珍奇ではあるが、変化無限の将棋ではしばしばこの禁を犯す棋譜も現れる。

清野流岐阜戦法
△高島 持ち駒 歩
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲清野 持ち駒 なし
図は▲2六歩まで
図 岐阜戦法

三段玉の例[編集]

三段目に位置することになる玉型自体は、天守閣美濃などもあって必ずしも珍奇ではない。 三段玉での場合は、以下のものが知られる。

花村流名古屋戦法

1955年(昭和30年)の第4回NHK杯選手権、(先)花村元司八段VS大野源一八段戦で先手花村の戦型が知られる[1]

△大野 持ち駒 歩
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲花村 持ち駒 なし
図は▲9六歩まで
図 名古屋戦法
雲隠れ玉

王飛接近かつ三段玉で、通常銀将や桂馬など攻め駒が来る位置に玉が来る非常に珍奇な戦法として知られる。

山川vs萩原戦では、相掛かりの新旧対抗・蟹雁型から、後手の萩原は右玉雁木から図のように玉を囲うが、本局のように桂馬のはねる場所へ玉を囲う、7三金型は皆無といってよく、一手で玉の姿をくらますということで雲隠れ玉と名づけた名づけ親である加藤治郎は、この戦型を忍者流の囲いと呼んでいる。

形成判断として、創案者の萩原は自分の有利さを信じていたが、山川のほうは、びっくりしたが指されてみると敵飛の横利きが強く、こちらの攻めを全部消されていて困ったとし、先手が不利とみていた。ただし肝心の勝負のほうは▲5五歩△同歩▲同角から、後手は△8六歩▲同歩△8五歩の継ぎ歩を狙うが、▲7七桂~6五桂の順が決まり、先手の勝利となる。▲6五桂に対して後手が△5四銀などと防ぐと今度は継ぎ歩攻めを利用する▲8五桂が生じてしまった。結局後手の有利といっても形勢は微差だったとされる。

先手山川次彦 - 後手萩原淳 (棋士)戦 1956年読売棋戦
△ 持ち駒 角歩3
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 歩
図は△7三玉まで
図 雲隠れの例
先手松田茂役 - 後手大山康晴戦 1956年三社棋戦
△ 持ち駒 歩
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 歩2
図は△7三玉まで
図 雲隠れの例

松田vs大山戦は、タテ歩取り模様からの図のようになったもの。後手の大山は時の名人。名人までが△7三玉と囲い、これを最善とみているのである。当時の観戦記にも、さすがの松田も瞬間自分の目を疑い、観戦記者に「名人にもあるまじき王立ちだと書いて下さい」と頼んだという。

なお、大山はその後1981年にもこの珍形を用いている。

この戦型のメリットは、玉を戦いの中心からできるかぎり遠ざけることと、飛車の横利きを攻防に利かすことの2点とみられるが、大山の場合は相手松田陣の壁銀▲8八銀をとがめる向きもあるのではとされた。肝心の勝負のほうは途中松田の好手によって大山のさばきが封じられたが、終盤松田に失着が生じ、珍玉戦法側の勝利となる。

△ 持ち駒 角歩3
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 角歩
図は▲4七玉まで
図 久夢流
△持駒 なし
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲持駒 角
図は▲6六金まで
図 先手久夢流中飛車
△持駒 -
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲持駒 歩
図は△6三玉まで
図 後手久夢流振飛車
久夢流

かつて間宮純一という棋士がいて久夢斎(きゅうむさい)とも称し、奇人変人といわれていたが、理由のひとつがその棋風にあった。残された棋譜は多くないが、図がその局面。見た瞬間特異な棋風とわかる。これは、間宮は最も安全な玉の居場所は敵陣である、と考えており、序盤から入玉を念頭に置いた指し回しをしたもの。玉の位置は先手から見ると4七か6七(後手から見ると4三か6三)の三段目が理想、という本人の言葉もある。だが、プロ相手にはそう入玉がうまくいくはずもなく、勝率はさほど高くなかった。ただしさすがに勝ったときは面白いということで、将棋機関誌が時たま取り上げられている。

△ 持ち駒 歩
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 なし
図は△1五歩まで
図 稲庭流
△ 持ち駒 歩
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
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▲ 持ち駒 なし
図は△6六歩まで
図 米長vsボンクラーズ戦
稲庭流

歩を突かずにひたすら自陣で駒を繰り替えて待つ。特徴はその狙いにある。相手玉を詰まして勝とうとするのではなく、相手の時間切迫による勝利を狙う。初出は1997年のコンピュータ将棋選手権のスーパー将棋。開発者の黒田久泰が発明したこの戦術を今野剛人が改良し、稲庭流として知れることになった。打開が苦手なコンピュータのスキを突いた戦法。

棒玉

棒玉と呼ばれる戦法で実戦例としてよく知られるのが、袖飛車#棒玉袖飛車と呼ばれるものがある。ただし玉は右隅の穴熊にもぐるために飛車の上をすり抜けていくというものである。

この他、升田幸三実力制第四代名人が小池重明元アマ名人と指した角落ち戦で現れたものがある。小池重明#エピソード参照。小池といえば「新宿の殺し屋」の異名を取り、当時アマ棋界最強の声もあり、戦前の予想ではいくら升田が強くてもさすがに角落ちでは厳しいのではないかと思われていた。しかし升田はそんな声を一掃する。上手の升田は飛車の頭にずい、と玉を上がる指し方で勝利している。

新米長玉

2012年に、当時将棋連盟会長の米長邦雄永世棋聖が、将棋ソフト「ボンクラーズ」と平手で対局したのは一大ニュースとなるが、ソフト対策として米長が用意していた順が▲7六歩に対する△6二玉である。対人ではまず指さない手であることは米長も認めていることであるが、対ソフトとしては有効という判断である。強豪ソフト「ボナンザ」開発者の保木邦仁から「△6二玉がいいのでは」という助言を受けたことも米長は明かしている。

図はその中盤。米長は△8六歩▲同歩△7二玉▲8八飛△5五歩なら必勝と振り返っている。実戦は△同歩▲同角△4四歩▲7六歩と進み、以下先手が勝利している。

先手花村元司-後手丸田祐三 大阪棋戦
△ 持ち駒 角
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 角
図は▲2七玉まで
図 花村流山賊囲い
先手山田道美-後手大友昇 大阪棋戦
△ 持ち駒 歩
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 角
図は▲9七玉まで
図 山田流山猫戦法
先手丸田祐三-後手灘蓮照 大阪棋戦
△ 持ち駒 歩
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 なし
図は△4三玉まで
図 灘流宙ぶらりん囲い
花村流山賊囲いと英春流カメレオン

図の花村vs丸田戦は、普通の角換わり戦から先手の花村が3八金-3七桂-2六銀型の棒銀にしてから6八にいた玉を右に移動させた局面。囲いの名称は加藤治郎が、棒銀冠の玉とでもいうより、隘路づたいに険しい山にたてこもり、頭に棒銀の冠を戴いて得意然としている山賊を連想させるところから、山賊囲いや山塞囲いと呼ぶほうがふさわしいとした。戦局は先手からの▲1八香~1九飛~1五歩を警戒して後手が玉を3一から4一へと逃げ出し、途中先手の悪手もあって勝負は後手が勝利している。

花村流山賊囲いに類似する戦法として、「英春流」にカメレオンと名づけられている戦法がある。英春流#カメレオン戦法参照。英春流カメレオンはすばやく袖飛車にして主導権を握るものと、二枚銀嬉野流のように攻める順とがあるが、この他に花村流山賊戦法のように棒銀と見せかけて右銀を飛車先に配置し、そこからさらに玉を右へと囲うものもある。

山田流山猫戦法

図の山田vs大友戦は、後手が筋違い式阪田流から戦局が持久戦になったものであるが、膠着状態になったため、先手の山田は5~8筋の位を取り、玉を端に構えた。この構えは山猫玉と名づけられ、珍形ではあるが本局の承引となった一着とされた。名前の由来は、この一戦で山田が大友の将棋を「毒のないガラガラヘビのようなものでおどかしだけ」とたとえ、大友は「君のは牙の抜けた山猫だろう、ぎゃあぎゃあうるさいだけだから」と返した問答からきている。そして山田は7五歩や9七玉を指すときもいちいちからかいの言葉をかけるので、大友が無理攻めを敢行するが、先手山田は飛車は成らしたが1段金を二枚並べて相手の攻め筋を消して勝利。こうしたことから心理的珍戦法と呼ばれた。

灘流宙ぶらりん囲い

丸田vs灘戦(大阪棋戦)では、後手の灘が銀を二枚に並べる神代流とよばれる最古の指法から△7四歩から袖飛車の気配を見せ、それに構えた先手の丸田の▲9六歩に△6四歩から位取りに転じた。先手丸田は▲6六歩で6筋の位を取りに行くと後手は△3五歩から4五歩とすばやく3筋と4筋の位を占めてから悠々飛車を三間に振った。そして先手が7筋方面に専念する間に、後手は玉を5二から4三にあがる指し方をみせた。この時点で王飛接近の悪形であるが、この後先手丸田が▲6五歩と位を取ったのをみて後手灘が△6二飛と転じて反撃を先手がもろに相手をして後手が快勝することになる。

中段玉[編集]

灘流空中楼閣

大山康晴との名人戦で現れた形である。相居飛車で自玉頭から、もりもり、盛り上がっていく。寄せにくい空中楼閣を築き、入玉を果たして大山を追いつめるも、寄せで一失があり、大山の入玉を止められずに敗れた。

灘式四段玉

灘-二見戦(日経大阪棋戦)や灘-二上達也戦(第十一期王将戦 1961年)などが知られる。二見は3筋位取り、後述の銀立ち陣を得意としており、これは相手の出ようで居飛車、振り飛車いずれにも変化する陽動戦法であった。これに対して先手の灘は▲4九の金を動かさない駒組みを用いて、お互いが玉を構えた左側の位を取る展開となって図の局面となる。この後は後手の二見も玉を2三に構えるが、先手の灘は▲8五歩から相手の飛車を攻める指し方をみせて137手の熱戦となって先手が勝利した。

先手灘蓮照-後手大山康晴
△ 持ち駒 歩2
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 歩
図は▲9六玉まで
図 灘流端玉空中楼閣
先手灘蓮照-後手二見敬三
△ 持ち駒 歩
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 歩2
図は△4二角まで
図 灘流四段玉
難攻不落・銀立ち陣

『B級戦法の達人』(マイナビ将棋文庫)で紹介された作戦。昭和の頃に一部棋士がときどき指していた他、持ち時間の短いアマチュア棋戦でときどきみられた。角換わり回避などの出だしから▲7七に構えた銀を、▲7五歩~7六銀とまっすぐ立って構えるのが本戦法の骨子。さらにここから玉を9筋を経由して8六までたどり着ければ完成。ただし中段玉に構えると自陣の隙で後手からの角打ちを考慮する必要がある。このため実際は二段玉で戦うことが多い。

△ 持ち駒 なし
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 なし
図 銀立ち陣
先手米長邦雄-後手真部一男 1983年2月
△ 持ち駒 なし
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 なし
図は△3一角まで
図 米長玉vs銀立ち陣1
先手米長邦雄-後手真部一男 1983年2月
△ 持ち駒 桂香
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
Shogi zver 22.png
▲ 持ち駒 角歩4
図は△8五歩まで
図 米長玉vs銀立ち陣2

プロの実戦では、1983年の早指し選手権決勝第1局、米長vs真部戦が知られる。優勝した真部の後手早石田に対して先手米長が早石田封じの6八玉あがりを見せたので、後手が図のように居飛車引き角にしてすばやく飛車先を交換。先手7七玉の新型米長玉から飛車を転換する左玉を見せたのに対して後手は銀立ち陣に構えた。

脚注[編集]