三間飛車

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三間飛車の駒組みの例

三間飛車(さんけんびしゃ・さんげんびしゃ、: 3rd-file Rook[1])は将棋の戦法の一つ。振り飛車戦法に分類される。飛車を先手ならば7筋、後手ならば3筋に振る。

概要[編集]

名前の由来は、飛車を振った場所がそれぞれの視点で左から3列目に当たることである。四間飛車に対する長所としては、角や左銀の活用がしやすいことが挙げられる[2]

角道を止めてから飛車を動かす従来の振り飛車は、居飛車穴熊の攻略が困難であるがため相手に穴熊に囲われると勝率が低かった。三間飛車の場合は攻め駒の活用はしやすいものの、穴熊から飛車が遠いことから、四間飛車党の棋士からは敬遠されるようになっていた時代がある[3]。ただし、この時代にも中田功小倉久史など、三間飛車のスペシャリストと呼ばれるプロ棋士が活躍しており、両者の中田功XP・コーヤン流三間飛車、下町流三間飛車は対居飛車穴熊でも高い勝率を上げていた。三間飛車の場合、左銀を5七にも6七にも使えるため、持久戦にも急戦にも対応できるとされている[4]

急戦に対しては四間飛車よりも強く、先手三間飛車に対しては急戦なしという格言がある。急戦では一手の差が大きいため、先手番・後手番で戦い方が全く異なる。大山康晴は後手番では対中飛車急戦の対策等で三間飛車に振り直す他は、ある日を境に後手三間飛車を用いることはほとんどなかったという話がある[5]。その一方で、ある時期から重要な場面でのエース戦法のような扱いになっていたという評価もある[6]

角道を止めないうちに7五歩と突く攻撃的な石田流という指し方もある。角交換をしない持久戦型と角交換も辞さない早石田に大別される。早石田戦法はハメ手の要素が多かったが、升田幸三実力制第4代名人が升田式石田流を発案したことで、プロ間でも見直され本格的な戦法として発展していった[7]。『振り飛車には角交換』の常識が見直されたこともあって、三間飛車における居飛車穴熊対策の主流の指し方の一つになっていた。

その後、居飛車側がミレニアム囲いや穴熊での四間飛車対策を進めていたことに加え、elmo囲い急戦が大流行した結果、プロ棋戦での四間飛車の勝率が低下した。また、中飛車も同時期に超速などの居飛車の対策に苦戦し、2018年頃よりゴキゲン中飛車はほとんど出現しなくなり、先手中飛車も勝率が落ち込んだ。

その結果、elmo囲い急戦に強く[8]、持久戦にも急戦にも対応できるノーマル三間飛車の使用率が2018年頃より大幅に上がり、プロ棋戦においても振り飛車の主力戦法となった。

特徴[編集]

居飛車急戦において、四間飛車より1手得をすることがある。これは、飛車の移動にかかる手数による[9]。以下では、振り飛車側を先手として説明する。

三間飛車に対する居飛車の主な急戦策には4五歩早仕掛け三歩突き捨て急戦4六銀左戦法棒銀などがある。このうち4六銀左戦法や棒銀など7筋から攻めてくる戦法に対しては、最初から戦いが起こる筋に飛車を振っているので四間飛車より手得する[10]

四間飛車は左銀を7八→6七と活用するのに対して、三間飛車は6八→6七や6八→5七と活用できる幅が広い。また中飛車と比較しても、金を5八に使えることから金の活用の自由度でも優っている。

戦法[編集]

△ 持ち駒 なし
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93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
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▲ 持ち駒 なし
図は▲7八金まで
図 下町流三間飛車
△ 持ち駒 なし
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94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
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▲ 持ち駒 なし
図は△5一金まで
図 7筋位取り三間飛車
△ 持ち駒 なし
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92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
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▲ 持ち駒 なし
図は▲6七金まで
図 神吉流三間飛車

三間飛車と一口にいっても、3筋に飛車を振ったあとの戦い方は千差万別である。角道を止めてから玉を美濃囲いに収めて、じっくり戦う昭和の三間飛車。穴熊に組まれてもポイントを主張して、さばきを狙う平成の三間飛車。そして、囲いは後回しにしてもまずは攻撃の布陣を築き、居飛穴許さじの心意気で戦う令和の三間飛車まで、その時の時代背景や、棋士や棋風の違いとともに、いろいろな形が盤上に出現している。

三間飛車党の中には、この戦型しか指さないなどこだわりを持つ棋士も多く、その専門性に畏敬の念を込めて職人とも呼ばれてきた。

下町流三間飛車[編集]

東京下町に在住する小倉久史にちなんで、命名された戦法。下町流は具体的な基本形はなく、バランスの良い駒組みから、居飛穴相手に飛車交換をして勝つ三間飛車を、コンセプトとして掲げているが、例としては後手居飛車穴熊に対し▲7八金と上がった図。王の堅さこそ居飛穴に劣るが、金銀がバランス良いのが特徴。図から△5一金とさらに固めようものなら、▲7四歩△同飛▲同飛△同歩で飛車交換を狙っていく。居飛車穴熊に対して飛車交換はセオリーに反するようであるが、下町流は大駒の打ち込みに強いのが長所で、図の場合は次に▲8二飛と打てば桂香が拾えて、その桂香を手駒に穴熊を攻略できることになる。

位取り三間飛車[編集]

先手なら7筋、後手なら3筋の飛車先の位を取って指す三間飛車としては後述の石田流や菅井流と同様であるが、飛車を浮かずに7六(3四)の地点に左銀を配する。1980年代中頃まで指されていたが、大山康晴大内延介など、振り飛車党でも愛用する棋士は限られていた。内藤国雄は1983年に『将棋マガジン』誌上でこの戦法の講座を担当していた他、各種棋戦で時たま採用していた。森けい二も先後それぞれで愛用している[11]

大野流三間飛車[編集]

先手5七銀型(後手5三銀型)の三間飛車で、大野源一が愛用していた。振り飛車党の大野は四間飛車以外の銀が中央に繰り出せる振り飛車を利用していて、弟弟子の大山康晴も棋士人生後半年に良く指していた。銀を4六(6四)への活用や角を5九(5一)から3七(7三)への活用を念頭にしていたため、4(6)筋ではなく3(7)筋を突き、更に端歩も突くのを省略していた。

神吉流三間飛車[編集]

神吉流はフットワークの軽さが持ち味である。三間飛車から玉を囲う前に図のように6七金と上がる形を神吉宏充が好んで指したことで知られている。先に6七金と上がるのは、美濃囲いに固執せずに振り飛車穴熊も含みにしているからである。

一見6七金は上の守備から離れて損なようであるが、金銀の厚みで居飛車念典の仕掛けに対応し、その間に振り飛車穴熊に潜ってから▲3八飛と転じて▲3五歩と玉頭を攻めるのが、真の狙い。さらに5七の銀も4六に上がって応援に繰り出せば、迫力のある攻めになる。

△ 持ち駒 なし
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92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
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▲ 持ち駒 なし
図は▲6七金まで
図 ▲5七銀-6七金型三間飛車
△ 持ち駒 なし
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91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
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▲ 持ち駒 なし
図は△3五歩まで
図 ▲5七銀-6七金型三間飛車
△ 持ち駒 なし
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91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
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▲ 持ち駒 なし
図は△3五歩まで
図 石田流久保システム

石田流[編集]

アマチュアに大人気の石田流は石田検校が考案した三間飛車の駒組み。

石田流本組

ジックリと石田流本組に組み上がると、飛車角銀桂の攻め駒が理想的な配置にあり、駒の働きは抜群。玉は堅く攻めやすい形が長く愛用されている理由と見られる。先手石田流▲9七角型+腰掛銀であれば▲6五歩△同歩▲同銀、相手が△8四飛といった浮き飛車で▲5六歩-5七角型であれば▲7四歩△同歩▲6五歩等と攻めるのが一例。

石田流久保システム

久保利明が用いたことで知られる。図のように▲7九銀型で石田本組みに組む。後手の棒金には△8三金の際に▲7八飛とし、△5四歩から5三銀もしくは7二飛には▲6七金から7七桂で対応する。

早石田

角道を止めないうちに三間に飛車を移動させて仕掛ける乱戦。この石田流に対して、居飛車側が強く応じると、飛車角が華麗に乱舞する。

升田式石田流

升田幸三が考案した先手番での石田流。升田は名人戦などでこの戦法を使用し、アマチュア間でも人気となった。特に升田が名人戦で指したことで棋界に広まる。升田流誕生局といわれる、大山との第30期名人戦第2局(1971年4月)が棋戦で升田式石田流の初見参として知られる。攻める振り飛車、角交換振り飛車の元祖といえ、またスター棋士だった升田が名人戦に挑戦した際に連採することで従来は奇襲戦法とされていた指し方を大舞台で用い、勝利をもぎ取ったため当時の将棋ファンは湧いたという。

昭和棋界における最大のライバル関係といえば、升田幸三と大山康晴の関係をおいて他にないが、両者の対戦は同一カードの通算対局数としては米長邦雄―中原誠戦、谷川浩司―羽生善治戦に続く第3位である。升田と大山がぶつかった最後のタイトル戦となる1971年の第38期名人戦七番勝負である。そこで升田が披露。そしてわかりやすさも将棋ファンに人気が出たゆえんとされる。

升田式石田流の優秀性は現代将棋においても、その攻め筋に新しく生まれた現代の振り飛車に、大きく影響を与えている。

新・石田流

早石田で悪手とされていた飛車先交換を鈴木大介九段が研究し直した戦法。

鈴木流早石田は、後手居飛車△8五歩に▲7四歩△同歩▲同飛とした形。従来はここで△8八角成▲同銀に△6五角と打たれるので、無理筋とされていた変化であるが、鈴木は定跡の先も深く研究て、自身が佐藤康光棋聖に挑戦した、第7期棋聖戦第3局でも採用した。

△6五角以下は▲5六角△7四角▲同角△7二金▲5五角△7三歩▲5六角△1二飛と、力と力のねじり合いに突入した。

久保流早石田は、久保利明が佐藤康光棋王(当時)に挑戦した、第 期棋王戦第2局(2009年2月)で見せた新構想。こちらは△8五歩▲4八玉△6二銀の交換を入れてから先手三間飛車側が▲7四歩と仕掛け、以下△7二金に▲7五飛と浮く。中段飛車で手を渡して角交換になれば▲7七桂~▲8五飛とぶつける手を含みにしている。以下△4二玉▲7三歩成△同銀▲2二角成△同銀▲7七桂△5四角▲5五角と進み、久保が快勝する。

後に△7四歩▲4五飛の進行も現れているが、後に△8八角成▲同銀△3三角で後手十分と見られており、近年では指されていない。

強烈なインパクトを残した鈴木流、久保流は、早石田の定跡に一石を投じ、新・石田流とも称され、いずれも升田幸三賞を受賞している。

楠本式石田流

アマ強豪楠本誠二考案。角を大きく展開して、遠見の角で居飛車側の飛車のコビンを狙う。居飛車穴熊に対しては囲い側端歩を突かずに米長玉にして、成込んだ馬を引き付ける。

ムリヤリ早石田/3・4・3戦法/4→3戦法

3・4・3戦法は後手番で安全に升田式石田流に組むための戦法。いきなり三筋に振ると角交換からの▲6五角が厳しいので、△3五歩とした後一度四間飛車にしてから振り直す。

初手から▲7六歩△8四歩▲7八飛と三間飛車に進めてもそこで△8五歩と突かれると、▲7五歩とはできない(△8六歩で必敗形) から、石田流にはできないというのが従来の考え方であったが、それに挑戦したのが5手目▲7七飛の通称「ムリヤリ早石田」。対して△3四歩には▲7五歩あるいは▲7八金から▲7六飛の形を作り、石田流を目指す。

なお▲7五歩に△7七角成は▲同角△2二銀▲1五角で先手優勢となる。

また7七飛に後手△8六歩は、▲同歩△同飛▲8七歩△8二飛▲7五歩△6二銀▲7八金△4二玉▲4八玉△3二玉▲3八玉△3四歩▲7六飛が有力。この順は女流棋戦で1局指されている。

歩を3四にとどめる工夫がなされた4→3戦法も存在する。4→3戦法は乱戦を防ぎながら升田式石田流を目指すことのできる作戦。じっくりと戦いたい時にオススメであり、ダイレクト向かい飛車が強情な戦法なら、4→3戦法は柔軟な戦法である。

4→3とは、いったん四間飛車に振ってから三間飛車に振り直すことを意味している。

出だしは角道オープン四間飛車と同様で、ひとまず△4二飛と振っておく。玉を7二まで移動させたあと、三間に飛車を振る。△7二玉まで指したことにより▲2二角成から6五角の筋は消えている。△3二飛に▲2五歩なら△3五歩と突いていく。▲2四歩△同歩▲同飛なら△8八角成▲同銀△2二飛がノーガード戦法を利用した角交換系の振り飛車でお馴染みになっている反撃である。▲2四歩を突かずに▲5八金右なら△3四飛と浮く。このとき1手損しているが、升田式石田流の将棋となる。

鬼殺し[編集]

ハメ手の奇襲戦法。米長邦雄による改良型である新鬼殺しも存在する。

これを使うと 「鬼も逃げだす戦法」というのがその由来とされている。初手から▲7六歩△3四歩▲7七桂△8四歩▲6五桂と、桂を跳ねていくのが鬼殺しの基本。対して▲5三桂成を防ぐ△6二銀は自然だが、▲7五歩△6四歩に▲2二角成△同銀▲5五角と打たれて、以下△3三銀は▲6四角△5二金右▲7四歩△6三金▲7八飛△6四金▲7三歩成など。

鬼殺しの受け方は△6二銀のところで△6二金と上がる順である。対して▲7五歩△6四歩▲2二角成。同銀▲5五角は△6三金である。横に利く金と銀の違いが出ている。

新感覚の三間飛車[編集]

菅井竜也がタイトル戦で見せた新感覚の角交換振り飛車#菅井流三間飛車は、戦法の枠を飛び越えたスケールの大きい構想で、これまでの繊細でさばきを目指す三間飛車に、力強さを加えた新感覚の三間飛車。

2017年8月、羽生善治王位(当時)との第8期王位戦第5局で、誰もが阪田流向かい飛車の出だしと思わせたが、菅井は飛車は2筋ではなく3二飛と三間飛車に振った。さすがの羽生も慎重な駒組みで対抗したが、左金を力強く前線に押し出して、居飛車の攻め駒を牽制。タイミング良く金をさばいて快勝した。王位獲得に華を添えた新構想であった。

新時代の令和に入ると、菅井流はさらに進化する。藤井聡太との竜王戦予選(2019年5月・千日手局)では先手藤井の▲6八玉に対し後手菅井は△4二金▲2五歩△3五歩▲4八銀△3三金と、形にとらわれず大胆な駒組みを見せている。

初手▲7八飛と2手目△3二飛[編集]

2手目△3二飛今泉健司考案。先手の初手▲7六歩から、2手目に△3二飛とし、早く2手目で戦型を確定させるが、こうして角道を開けたままの三間飛車が可能となった。今泉が2度目の奨励会時代に第35回升田幸三賞を受賞した戦法で、わずかな得を追い求めている。

2手目△3二飛以下▲2六歩なら△6二玉と上がる。以下▲2五歩ならそこで△3四歩とし、▲2四歩△同歩▲同飛に△8八角成~3三角。また、▲2六歩には△4二銀も有力で、▲2五歩にもやはりそこで、△3四歩。角道を開けるのを遅らせることにより、△6二玉や△4二銀を指すことができる。これは▲7六歩△3四歩▲2六歩△3二飛で角道を開けたままであると、▲2二角成から▲6五角が厄介だからであるからで、2手目△3二飛では、この筋が解消されている。

ただし、初手▲2六歩と突かれてしまうと△3二飛には▲2五歩とされて、2筋が受からなくこれは失敗となる。手の内がバレていると簡単に封じられてしまう点には注意。

初手▲7八飛は別名「猫だまし戦法」。門倉啓太が多用している。意味は2手目△3二飛同様、後手からの△8八角成から4五角を防ぎつつ、角道オープンの三間飛車にするためである。

対居飛車穴熊用[編集]

コーヤン流/中田功XP

コーヤンの愛称で親しまれている、中田功が得意とする指し方。中央の押さえ込みを狙う真部流とは対照的に、居飛車の攻めの反動を利用して、穴熊の弱点である端へ鋭く迫るのが基本方針。

先手であれば▲6五歩と6筋の位を取って▲2五桂がコーヤン流ならではの単騎跳ねで、以下△8六歩▲同歩△同角▲8八飛△8五歩▲6六角から▲4八銀△6四角と進んでも、手にした1歩を元手に先手は▲1四歩△同歩▲1三歩△同桂▲同桂成△同香▲2五桂と、穴熊の急所である端を猛攻するのが真の狙い。大事なポイントとしては端で激しい戦いが起きるために、コーヤン流の玉のポジションは当たりを避けて▲3九玉が定位置になる。左辺を受け流して端攻めの猛攻から、一気に穴熊玉を攻略する。

トマホーク

5筋不突の居飛車穴熊に対し玉頭銀・端桂を繰り出していく。アマチュアのタップダイスが四間飛車の戦法やコーヤン流など既存の三間飛車戦法を参考にまとめた戦法に対し、視聴者がコメントを打ち込むことのできる動画サイトで命名された。山本博志もトマホークは小学生の頃(タップダイスの動画が投稿される以前)から指していたと述べているように、従来から三間飛車党の間では端桂戦法の名で指されていた構想である。

四間飛車には長らく藤井システム以外の有力な穴熊対策がなかったのに対し、三間飛車には多くの穴熊対策があった。しかし、1980年代後半から2017年頃までプロ棋士の間では、ノーマル三間飛車は三間飛車のスペシャリストと呼ばれる棋士以外はほとんど指さないという時期が続いていたため、四間飛車党の棋士などから、三間飛車は穴熊に弱いと誤解されていた。 2017年頃よりノーマル三間飛車が振り飛車の主力戦法に復帰したことにより、三間飛車端桂戦法の対穴熊に対する優秀性が認識された。棋士では小倉久史の愛弟子である山本博志の得意戦法として知られる。

先手三間なら、1七桂の端への跳ねがトマホークを象徴する手で、以下△3二金▲2五桂△2四角に、▲6五歩と角筋を通して、タイミングを計ってから▲1三桂成と飛び込み、猛攻を開始する。山本は奨励会三段リーグ時代にこの戦法で藤井聡太をも倒している。一撃必殺の破壊力が魅力だとされる。

トマホークの基本は美濃囲いの玉を先手なら4八後手なら6二に留めているのがポイントである。他の戦法と同様、速攻を狙う場合には戦場となる端に自玉が近づかないほうがよいという考えである。その先手の構えから後手が△1二香と穴熊を目指すのは、現在は危険な駒組みと見られている。以下▲1六歩△1一玉▲5六銀△2二銀▲4五銀△8四飛▲1七桂が手順の一例。▲5六銀~4五銀は3四の歩を狙っているが、これだけなら△8四飛の浮き飛車で簡単に受かるので、従来は効果が薄いとされてきた。しかし、▲1七桂が秘手。この裏から跳ねる桂がトマホークの骨子。以下△3二金なら▲2五桂△4二角▲6五歩で、先手は▲6六角で飛車を揺さぶってから、機を見て▲1三桂成からの端攻めを決行すれば、穴熊は堅いが角筋が通っている状態で端を攻めるため、かなりの破壊力がある。先手三間ならば▲5八金左まで指せればコンパクトで見た目以上に堅い。攻め始めさえすれば、先手がペースを握ることができる優秀な戦法である。

かなけんシステム

三間飛車を得意にしているアマ強豪の金澤健一、通称かなけんが用いる、5筋突穴熊対策として知られる。先手三間飛車対後手居飛車穴熊として、三間飛車側が腰掛け銀に構えてから、△4四銀には▲6五銀から7四歩、△4四歩なら▲7四歩から6五銀、△5五歩には▲4五銀△8四飛▲9五角など、穴熊が組み上がる前に動く。

藤井システムとの融合

元々四間飛車の戦法である藤井システムを三間飛車に応用したもの。久保利明(久保システム)や佐藤和俊が用いている。

藤井システムの強力な攻め筋と、急戦に強い三間飛車の特性を掛け合わせた。佐藤和俊が指し始めてNHK杯で準優勝するなど、活躍の原動力にもなった。

臨機応変に玉を左側へ囲う指し方もあり、どんな居飛車にも自在に対応できる、強みも持ち合わせている。居飛車側の作戦の多様化にも、うまくマッチした戦法である。

後手居飛車側が△3三角と穴熊を目指したとして、以下例として▲3六歩△4四歩▲4六歩△4三金▲3七桂△2二玉▲4八飛△1二香▲4五歩と進めば、藤井システムの攻撃力が生きてくる。以下は3筋や端を絡めて攻めれば、後手が受けきるのは大変である。また△3三角と上がらずに居飛車が急戦を匂わせてくれば、▲4八玉から玉を囲い、三間飛車の強みを生かして、仕掛けを受け止める。

さらには、後手の△4四歩を見て6筋の歩を伸ばさず飛車を4筋(右四間飛車)に振り直し、雁木囲いへと変化し玉を左に囲う久保流もある。

真部流

真部一男九段が愛用した形。金銀4枚の高美濃囲いが特徴的で、居飛車穴熊に対しても先手4(後手6)筋で大きく位を張って見劣りしない構え。ただし穴熊の弱点である端を狙わずに、中央志向が真部流の基本方針で、▲4五歩-4六銀型から▲5五歩△8六歩(△5五同歩は▲同角が飛車取りで好調)▲同歩△5五歩▲5四歩と拠点を作って、丁寧な指し回しで押さえ込みを狙っていく。以下△7三桂なら▲8八飛行△6五桂▲5五角といった要領。堅い穴熊の金銀には少しも触れずに、外堀から遠巻きに攻めて、決して勝ち急がないのが指しこなすコツであり、うまくハマれば穴熊にまったく力を出させない、いわゆる「穴熊の姿焼き」を狙える可能性を秘めている。

大山流

中田功の師・大山康晴十五世名人が愛用した大山流は決まった形こそないものの、いわゆるノーマルな三間飛車の原型ともいえる形である。居飛車穴熊が猛威を振るった昭和の時代に、大山康晴は相手に存分にクマせて戦った。

一見無策に見えるようでも、三間飛車から浮き飛車にする形を好んだり、美濃囲い側の右桂は跳ねないなど、大山なりのこだわりはあったようであり、特に後者は有名で、▲3七桂(△7三桂)と桂を跳ねるポジションには角を転回して、3七角と配置して、飛車のコビンを狙う形を得意としていた。

この指し方自体はこれからの将棋であるが、居飛穴の堅陣に勝ちきるまでは、山あり谷ありの中終盤をミスなく指す技術が要求され、実戦的には勝ちにくいとされる。大山だからこそ指しこなせた戦型ともいえ、それゆえに三間飛車側も、個性や工夫が求められるようになった。

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Kawasaki, Tomohide (2013). HIDETCHI Japanese-English SHOGI Dictionary. Nekomado. p. 43. ISBN 9784905225089 
  2. ^ 中田功『コーヤン流三間飛車の極意 急戦編』12頁
  3. ^ 藤井猛は「いまの居飛車党は三間飛車に対しては穴熊さえ知ってれば対応できる」と発言したことがあるという(勝又『最新戦法の話』232頁)
  4. ^ 『コーヤン流の極意』(中田功)、『三間飛車戦記』(小倉久史)、将棋列伝(藤倉)
  5. ^ 『現代に生きる大山振り飛車』56頁
  6. ^ 『大山中原全局集』
  7. ^ 勝又『最新戦法の話』208頁
  8. ^ 杉本和陽『さわやか流疾風三間飛車』
  9. ^ 石川陽生中田功安西勝一『振り飛車党宣言2』
  10. ^ 中田功『コーヤン流三間飛車の極意 急戦編』13-14頁
  11. ^ 例えば2002年03月14日 銀河戦、vs.中座真 戦では先手、1998年07月17日 竜王戦、屋敷伸之 戦では後手番で採用。

関連項目[編集]