阪田流向かい飛車

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△ 角
Shogi zhor 22.png
91 81 71 61 51 41 31 21 11
92 82 72 62 52 42 32 22 12
93 83 73 63 53 43 33 23 13
94 84 74 64 54 44 34 24 14
95 85 75 65 55 45 35 25 15
96 86 76 66 56 46 36 26 16
97 87 77 67 57 47 37 27 17
98 88 78 68 58 48 38 28 18
99 89 79 69 59 49 39 29 19
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▲ 角
阪田流向かい飛車

阪田流向かい飛車(さかたりゅうむかいひしゃ)は、将棋戦法のひとつ。相居飛車模様から後手が変化する力戦振り飛車。元となる定跡は江戸時代からあり[1]阪田三吉1919年5月11日木見金治郎の七段昇段披露会席上で土居市太郎を相手に指した一局(東西両雄棋戦、結果は阪田の勝ち)が著名で、のちにこう呼ばれるようになった。

概要[編集]

▲7六歩△3四歩▲2六歩△3ニ金▲2五歩という相居飛車模様から、△3三角▲同角成△同金として後手が向かい飛車に振る。急戦策と持久戦策があり、いずれもさばきよりも抑え込むことが中心で居飛車党でも使いこなしやすい戦法である。筋違い角を組み合わせる[2]など、先手の飛車先を逆襲する狙いは単純明快ながら破壊力があり、相手にする方も甘く見ていると一気に潰される展開になる。なお記録では阪田自身が阪田流向かい飛車と呼ばれるものを用いたのは上述の七段昇段披露会の一局のみで、有名な南禅寺の決戦(先手木村義雄 後手阪田三吉、結果は木村の勝ち)などで用いた戦法は阪田流ではなかった[3]。その後、小林健二木屋太二によって改良された。

実例[編集]

この戦法に対し豊川孝弘が2010年の著書『阪田流向かい飛車戦法』でこのような急戦策は上級者には通用しないことが多いと述べているなど、一時やや下火になる。しかし現代では流行している一手損角換わりと序盤の出だしが共通していることもあり、特に先手の趣向で序盤で▲7八金△9四歩の交換が入った場合、これらが後手が飛車を振る際にポイントになる手なので、後手が阪田流にすることも多く、山崎隆之糸谷哲郎渡辺明[4]森下卓[5]らが採用している。

また元々、ノーマル向かい飛車やダイレクト向かい飛車を得意とする、佐藤康光土佐浩司[6]らに採用例がある。現代将棋において、本戦法は前述の通り急戦策は成立しづらい為、前線に出た金で模様を良くし持久戦を志向するのが基本となっている。

脚注[編集]

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  1. ^ 1862年3月15日渡瀬荘次郎小林東四郎戦を参照(結果は渡瀬勝ち)。
  2. ^ 豊川孝弘『パワーアップ戦法塾』より。
  3. ^ ちなみに、南禅寺の決戦で後手の阪田は二手目で端の9四の歩を突いて、日本中を驚かせた
  4. ^ 2016.9.9 第66期王将戦二次予選など
  5. ^ 2018.4.25 第31期竜王戦 3組昇級者決定戦
  6. ^ 2015.8.19 第57期王位戦予選など

参考文献[編集]