糸谷哲郎

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 糸谷哲郎 八段
名前 糸谷哲郎
生年月日 (1988-10-05) 1988年10月5日(28歳)
プロ入り年月日 2006年4月1日(17歳)
棋士番号 260
出身地 広島県広島市
師匠 森信雄
段位 八段
戦績
タイトル獲得合計 1期
一般棋戦優勝回数 1回
2017年3月18日現在

糸谷 哲郎(いとだに てつろう、1988年10月5日 - ) は、将棋棋士森信雄門下。棋士番号は260。広島県広島市西区出身[1]

広島市立井口台小学校を経て[1]2007年3月広島学院高等学校卒業。大阪大学文学部卒業。同大学院文学研究科修了[2]

棋歴[編集]

関西所属であり、豊島将之村田顕弘稲葉陽とともに「関西若手四天王」と呼ばれる棋士の一人[3]

プロ入りまで[編集]

1998年(平成10年)、小学校4年で第23回小学生将棋名人戦に広島県代表で出場。西日本大会で佐藤天彦(5年、福岡県代表)らを破り、テレビ放送される全国準決勝進出まであと1勝としたが、船江恒平(5年、兵庫県代表)に敗れる。同年9月、6級で奨励会に入会。同期入会には、髙﨑一生(前記小学生名人戦で優勝)、船江恒平(同準優勝)、戸辺誠(同3位)、広瀬章人(同北海道代表)、佐藤天彦、及川拓馬田中悠一甲斐智美石内奈々絵ら。佐藤天彦、糸谷、広瀬章人、高崎一生、戸辺誠らは奨励会時代に「平成のチャイルドブランド」としてとりあげられたこともある。

村山聖山崎隆之片上大輔は、広島将棋センターの先輩であり、森信雄門下の兄弟子でもある。

2006年(平成18年)の第38回奨励会三段リーグで、14勝4敗の1位の成績で中村太地とともに四段に昇段した。

プロ入り後[編集]

2006年、奨励会三段として第37回新人王戦に出場し、途中でプロの四段に昇段して優勝。このような事例は森内俊之以来2人目である。授賞式の謝辞で「いまの将棋界は斜陽産業。僕たちの世代で立て直さなければ」とコメントした[4]。この年度は、全棋士中1位となる公式戦14連勝も記録。将棋大賞の連勝賞・新人賞を同時受賞するというデビューであった。

初のネット公式棋戦である大和証券杯ネット将棋・最強戦の第1回(2007年(平成19年))に出場。前年の新人王戦優勝により参加資格を得た。結果は、1回戦で三浦弘行に敗退。

2008年(平成20年)5月1日、竜王ランキング戦5組準決勝で勝利。これにより、プロ入りから2連続昇級を決めるとともに、五段へ昇段する。

第59回(2009年度)NHK杯戦で、3人の永世称号資格者(谷川浩司=十七世名人資格者、森内俊之=十八世名人資格者、渡辺明=永世竜王資格者)を破り、永世六冠の資格を持つ羽生善治名人と決勝で戦うが、敗れて準優勝となった。なお、準決勝の対・渡辺戦では、糸谷得意の早指しに渡辺も早指しで対抗して対局が早々と終了したため、放送時間の後ろに久々に臨時番組が挿入された(「NHK杯将棋名局選」 = 丸田祐三九段による昔のNHK杯戦の解説)。

次の第60回(2010年度)NHK杯戦では前回準優勝により第2シードとなり、2回戦からの登場。またも決勝まで勝ち上がったが、再び羽生に敗れて準優勝。なお、準決勝では丸山忠久を39手で破ったが、これはNHK杯戦本戦の最短手数記録である[5]

第36期(2010年度)棋王戦本戦で、羽生、丸山らに勝ちベスト4進出。棋王戦の準決勝以降は2敗失格システムであるが、窪田義行、渡辺に敗れ、タイトル挑戦権獲得を逸する。

他棋戦での活躍に対して、順位戦では初参加(第65期・2006年度)から4期は昇級争いに絡めずにいたが、5年目となる第69期(2010年度)で佐藤天彦(10戦全勝)に次ぐ9勝1敗・2位の成績でC級1組へ昇級。その後も順位戦においてコンスタントな成績を収め、C級1組在位3年目の第72期(2013年度)で初戦から9連勝を遂げ、最終局を待たずしてB級2組への昇級を決めた。

2011年(平成23年)9月、第19期銀河戦では、準決勝で羽生に勝つも、決勝で渡辺明に敗れ準優勝。

2012年(平成24年)1月12日、第60期王座戦一次予選(対平藤眞吾戦)で勝利し、五段昇段後公式戦120勝の勝星昇段で六段に昇段。

2014年(平成26年)9月8日、第27期竜王戦挑戦者決定三番勝負(対羽生善治戦)第3局で勝利し、森内俊之竜王への挑戦権を得た。これをもって、昇段規定により七段に昇段。

2014年(平成26年)12月4日、第27期竜王戦七番勝負第5局で森内俊之に勝利、4勝1敗で制して竜王の座に就いた。初のタイトル獲得。広島出身の棋士がタイトルを持つのは升田幸三以来、56年ぶり[6]。昇段規定により八段に昇段。

2015年(平成27年)12月3日、第28期竜王戦七番勝負第5局で渡辺明に1勝4敗で敗れ、竜王の座から失冠した[7]

その一方、同時期に行われた第65期王将戦では、2次予選を勝ち抜き定員僅か7名の挑戦者決定リーグ入り。4勝2敗[8]と勝ち越し、3位の成績で次期リーグへの残留を決めた。また、第74期順位戦でも好調を維持し、8勝2敗・26人中1位の成績でB級1組への昇級を決めた。

2016年(平成28年)7月25日、第64期王座戦決勝で佐藤天彦 に勝ち挑戦者となる。羽生善治王座(三冠)とのタイトル戦五番勝負は、第3局が10月4日に山形県上山市の「葉山館」にて行なわれ、0勝3敗のストレートで糸谷のタイトル奪取は成らなかった。

学歴[編集]

プロ入りから1年後の2007年大阪大学文学部に合格。現役プロ棋士が日本の国立大学に合格・進学したのは初めてのことである[9](ただし、同門の片上大輔が東京大学在学中にプロになるなど、国立大学出身 の棋士はいる)。哲学・思想文化学専修に所属。卒業後はさらに大学院に進学。大学院在籍中に竜王を奪取し、棋界初の異色のタイトルホルダーとなった。一時将棋専念のため休学していたが[10]、後に復学し2017年3月に大学院修士課程を修了し[2]修士(文学)の学位を授与される[11]北陸先端科学技術大学院大学の教授を務めている飯田弘之六段(引退)が東京農工大学で工学博士を取得した例はあるが、タイトル獲得歴のあるトップ棋士が修士以上の学位を授与されるのは初めて。

人物[編集]

  • プロ入り後の2006年5月1日のデビュー戦(第78期棋聖戦)で橋本崇載に勝つ。終局直後に橋本が「強すぎる。怪物だ!」と叫んだ[12]ことから、ニックネームは「怪物」「怪物くん」。一部のファンの間では「ダニー(先生)」という愛称も使われる[13]
  • 奨励会に在籍していた時期、幹事だった畠山鎮から「奨励会員の中でこんなに叱った子はいない」と述懐するくらい、厳しく礼儀作法を教わった。棋士になってからも二人は交流があり、糸谷のいない席においても畠山はよく彼の話題を口にする(将棋世界の関西若手の特集等においては、しばしば糸谷の才能を評価している旨の発言をする、また第23期竜王戦決勝トーナメント久保利明郷田真隆戦において、控え室で検討していた畠山が「居飛車が苦しいです」と発言したところ記者に「断言ですか?」と訊かれ、「文句があるならかかってこい、糸谷!!!!」と何故かその場にいない糸谷の名前を口にした[14]
  • 同じく奨励会時代、よく将棋倶楽部24でのネット将棋を指していたが、当時プロ入りしたばかりの渡辺明に目をつけられ、一方的に負かされていた(渡辺曰く「糸谷狩り」)[15]。しかしこれに奮起して徐々に対戦成績でも互角となり、後には「むしろ強敵になった」という[15]
  • 大のスイーツ好き[9][16]。関西将棋会館の棋士室を訪れる際はスイーツを差し入れることが多いという[17]。2014年の棋聖戦ではおやつスポンサーとして高級洋菓子店のブールミッシュが協賛に入ったことから、糸谷が同社のスイーツを解説する一幕もあった[18]
  • 関西の若手棋士によるユニット「西遊棋」では、タイトル挑戦者となってもイベントの受付係を務めるなど、将棋の普及に努めている[9]。師匠の森によると、恰幅のいい和服姿の似合う、魅力あふれる個性のある棋士であるという[19]
  • 2015年王将戦挑戦者決定リーグ戦の対羽生戦で、当時竜王だった糸谷は、本来上座に座らければならなかったが、下座に座ったため、羽生が上座に座っていいのかと戸惑った。糸谷は、「羽生さんは偉大な先生ですので、上座に座るべきです」と敬意から意図して上座を譲ったという。

対局関連[編集]

  • プロ入りから間もない2006年6月20日のC級2組順位戦(対堀口弘治戦)で、うっかり角を成る場所を間違え、プロの公式戦では非常に珍しい“純粋王手馬”(他に代償や狙いがない王手馬取り)をかけられた。しかし、大差であるにもかかわらず、(王手馬は71手目だったが)119手目まで指し続けてから投了した[要出典]
  • 2007年4月17日、竜王戦6組準々決勝の戸辺誠との対局の中で、相手の駒を取った際、取った駒は自分の駒台に置いたものの、自分の駒を違うマス目に置いてしまう[20]という非常に珍しい反則負けを喫した[要出典]
  • 奨励会時代(12歳当時)には、佐藤天彦との対局で、棋譜並べの癖が出てしまい、取った駒を相手の駒台に置いてしまい、当時の奨励会幹事であった井上慶太に自ら申告し、裁定の結果、反則負けとされた[21]
  • 2014年竜王戦七番勝負の第5局では、対局に気合が入りすぎ、自分の手番で指す際に勢い余って森内竜王の駒に触れ、駒の向きを乱してしまった。自分の駒に相手が触るのを嫌う棋士もいるため、向きを整え直すのは失礼とあえて直さず対局を続行した[要出典]

TCG[編集]

  • TCGマジック:ザ・ギャザリング(MtG)を嗜んでおり、2010年の日本選手権ではベスト16に入るほどの腕前を持つ[22]。2015年にはベルギーブリュッセルで開催されるプロツアー「タルキール龍紀伝」(世界大会)に特別枠で招待された[23]。将棋とMtGについて「対人ゲームとして共通する部分は多い」といい、「相手の行動を読んで、基礎を覚えれば、相手をミスに追い込める。最終的に『相手をミスに追い込む』というのが対人ゲーム」と語っている[24]
  • 2017年7月には、ポケモンカードゲームの新拡張パック「ひかる伝説」の発売に合わせて行われたシールド戦に参加。ポケモンカードゲームは初体験だった上に、ポケモンワールドチャンピオンシップスのチャンピオン経験者なども参加するという悪条件ながらも優勝を飾った[25][26]

昇段履歴[編集]

  • 1998年(平成10年): 6級 = 奨励会入会
  • 2004年(平成16年): 三段
  • 2006年(平成18年)4月1日 : 四段 = プロ入り
  • 2008年(平成20年)5月1日 : 五段(竜王ランキング戦連続2回昇級) 6組3位(第20期) → 5組決勝進出(第21期) → 4組(第22期)
  • 2012年(平成24年)1月12日 : 六段(勝数規定・五段昇段後公式戦120勝)
  • 2014年(平成26年)9月8日 : 七段(竜王挑戦)
  • 2014年(平成26年)12月4日 : 八段(竜王位1期獲得)

主な成績[編集]

タイトル履歴[編集]

登場回数 2回 獲得合計 1期

登場回数 1回

棋戦優勝[編集]

優勝合計 1回

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

将棋大賞[編集]

  • 第34回(2006年度)連勝賞・新人賞
  • 第42回(2014年度)優秀棋士賞

その他表彰[編集]

  • 平成26年度広島市民賞[27]

著書[編集]

単著[編集]

共著[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 将棋の糸谷七段が竜王位”. 中国新聞 (2014年12月5日). 2014年12月12日閲覧。
  2. ^ a b 糸谷八段、文学修士に 阪大院でハイデッガー研究 - 毎日新聞・2017年3月17日
  3. ^ 「羽生世代がもたらした、速さと若さの時代」(倉沢鉄也)WEBRONZA+社会・メディア - WEBマガジン - 朝日新聞社(Astand)
  4. ^ “「今の将棋界は斜陽産業」 新人王表彰式で18歳糸谷四段”. 朝日新聞. (2006年12月9日) 
  5. ^ 1週間後の決勝の放送の中で明らかにされた。
  6. ^ 振猛の糸谷七段(26)竜王位を奪取。
  7. ^ 竜王戦第5局、渡辺棋王が勝ち3期ぶりに復位
  8. ^ このうちの1勝には、当期の挑戦者となった羽生善治に唯一の黒星を与えたものも含まれている。
  9. ^ a b c “糸谷七段が新竜王に、26歳阪大大学院に在籍中”. スポーツ報知. (2014年12月5日). http://www.hochi.co.jp/topics/20141205-OHT1T50022.html?from=related 2014年12月7日閲覧。 
  10. ^ 竜王戦、「怪物くん」糸谷が森内倒す 棋界初、異色の哲学専攻
  11. ^ 「糸谷八段、文学修士に 阪大院でハイデッガー研究」(毎日新聞webニュース・将棋 2017年3月17日 08時30分)
  12. ^ 剣 (2007年1月9日). “本物の強さ”. 第25回朝日オープン将棋選手権本戦第5局. asahi.com. 2010年3月11日閲覧。
  13. ^ 前代未聞!?棋士によるフットサル大会を生中継。レポート:いしかわ ごう - SOCCER KING・2016年6月16日
  14. ^ 「第23期竜王戦決勝トーナメント・久保利明二冠対郷田真隆九段」46手目のコメントを参照。
  15. ^ a b スペシャル対談 渡辺明竜王×佐藤天彦名人「将棋新時代はボクたちが作る」 - マイナビ将棋情報局・2016年8月5日
  16. ^ 棋聖戦81期盤寿記念企画 ザ・対決!! - たこやき本舗
  17. ^ 関西若手女流棋士の好みのタイプは? - NHKテキストVIEW・2013年9月25日
  18. ^ 糸谷哲郎六段のスイーツ解説(1) - 棋聖戦中継plus・2014年6月2日
  19. ^ 糸谷新竜王誕生!12月4日木曜日 森信雄の日々あれこれ日記:So-netブログ.2014年12月6日閲覧.
  20. ^ 具体的には、8八にあった先手(糸谷)の玉に後手(戸辺)が△7八馬と王手をかけ、それに対して先手がその馬を自分の駒台に置きながら▲8七玉と動かした。これは指了図としては8七に玉を動かしたので、馬を取れていない王手放置という反則となっている。
  21. ^ 剣 (2007年1月9日). “伝説の事件”. 第25回朝日オープン将棋選手権本戦第5局. asahi.com. 2010年3月11日閲覧。
  22. ^ 予選終了時点の順位表より。6回戦14回戦ではフィーチャーマッチ(注目の対戦)にも登場した(リンクは全て MTG-JP より、2012年12月28日閲覧)
  23. ^ “TCG「マジック:ザ・ギャザリング」最新セット「タルキール龍紀伝」が発売!プロツアーに将棋界からの刺客・糸谷哲郎竜王が特別参戦”. Gamer. (2015年3月27日). http://www.gamer.ne.jp/news/201503270030/ 2015年3月27日閲覧。 
  24. ^ 糸谷竜王インタビュー! 「将棋とマジックと私」”. MTG-JP (2015年4月11日). 2015年6月3日閲覧。
  25. ^ 「ポケモンカードゲーム」のシールド戦「ロイヤルマスク100枚争奪戦!」生放送イベントをレポート!新拡張パック「ひかる伝説」を先行体験 - Gamer・2017年7月3日
  26. ^ ロイヤルマスク100枚争奪戦!ポケモンカードゲーム「ひかる伝説」特別番組 - ニコニコ生放送・2017年7月2日
  27. ^ 糸谷哲郎竜王が「広島市民賞」を授賞

関連項目[編集]

外部リンク[編集]