所司和晴

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
 所司和晴 七段
名前 所司和晴
生年月日 (1961-10-23) 1961年10月23日(55歳)
プロ入り年月日 1985年6月27日(23歳)
棋士番号 172
出身地 東京都江東区
師匠 平野広吉
段位 七段
戦績
2017年1月9日現在

所司 和晴(しょし かずはる、1961年10月23日 - )は、将棋棋士平野広吉七段門下。棋士番号は172。東京都江東区出身、千葉県育ち。千葉県立船橋旭高等学校[1]

棋歴[編集]

1985年度の関東奨励会で9連勝し、四段昇級。第45期C級2組順位戦で9勝1敗となり、3位でC級1組に昇級。C級1組には15期在籍した。

2005年に第68期C級2組順位戦降級点2となった時点でフリークラス宣言した。2010年に現役勤続25年表彰。

棋風[編集]

  • 格別、これといった特徴はなく、柔軟な指しまわしで大抵の戦法や囲いにも対応する。
  • 平手から駒落ちまで様々な定跡を研究しており、著作が多いことから「定跡伝道師」と呼ばれている。特に「東大将棋」シリーズが有名。
  • 詰将棋に対しては懐疑的であり、「宗看・看寿の詰将棋さえ解けば最低でもプロ四段になれる」という米長邦雄永世棋聖の持論を、全面否定したことがある[2]

人物[編集]

世界の将棋類[編集]

  • 将棋類に詳しく、将棋・チェスシャンチー(中国象棋)・チャンギ(朝鮮将棋)・マークルック(タイ将棋)の5種類を同時に指す「異種5面指し」が可能[3]
  • シャンチーでは日本の第一人者。国際的には「所司和晴」の中国語読み「スオスー・ホーチン」の名で知られている。1999年に世界選手権「ノンチャイニーズ」の部で優勝し、棋聯大師(フェデレーションマスター・FM)の称号を獲得した。ノンチャイニーズの部優勝は通算3回(1999年、?、2007年)。2009年は3大会に参加し、中国江蘇省淮安市で開催された「“韓信杯”シャンチー国際名人戦」で世界選手権4位に入賞経験のある趙汝権(中国香港、特級国際大師)から勝ち星を上げた。また、各国1位選手(上位2カ国と開催国のみ2人)が出場するアジア選手権(個人戦)は2勝2敗3引き分けで18人中9位(自己ベスト)。 OCAの第3回アジアインドアゲームズベトナムハノイ)は男子団体戦(3人制)に日本代表で参加し6位(中国チームの王斌(男子個人快速戦優勝)と引き分け)。 2010年アジア競技大会に日本代表として出場し、1勝4敗2分の17位に終わった。
  • チャンギでも、2009年に中国ハルビン市で行われた第1回世界チャンギ大会およびフォーラムに日本選手の1人として出場した。ベスト32の本戦トーナメント1回戦で敗退[4]

趣味・嗜好[編集]

弟子[編集]

事件・被災[編集]

  • 2017年1月4日、煙草の火が原因で自宅が全焼したが、病院に搬送された本人および家族には、さいわい命に別状はなかった[6]。退院後には、ブログで軽症だったこと等の報告と心配を掛けたことを謝罪した[7]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照(ただし、四段昇段は旧規定)。

  • 1978年 6級 = 奨励会入会
  • 1980年 初段
  • 1985年6月27日 四段 = プロ入り
  • 1987年4月1日 五段(順位戦C級1組昇級)
  • 1992年10月29日 六段(勝数規定)
  • 2005年4月27日 七段(勝数規定)

主な成績[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

主な著書[編集]

ほか多数

参照[編集]

  1. ^ JOC チェス/チェス・シャンチー
  2. ^ 週刊将棋「宗看、看寿でプロになれるか」(2004.11.10)
  3. ^ 所司七段ブログ 2008年8月15日
  4. ^ 日本将棋連盟
  5. ^ ファミ通.com「SOUL SACRIFICE DELTA(ソウル・サクリファイス デルタ)特設サイト」(2014.1.27)
  6. ^ 時事ドットコムニュース「所司棋士、火災で軽傷=自宅が全焼」(2017.1.5)ほか
  7. ^ 「所司七段ブログ」(2017.1.7)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]