及川拓馬

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 及川拓馬 六段
名前 及川拓馬
生年月日 (1987-05-06) 1987年5月6日(32歳)
プロ入り年月日 2007年10月1日(20歳)
棋士番号 268
出身地 埼玉県北葛飾郡松伏町
師匠 伊藤果八段
段位 六段
戦績
2014年3月9日現在

及川 拓馬(おいかわ たくま、1987年5月6日 - ) は、将棋棋士伊藤果八段門下。棋士番号は268。妻は女流棋士上田初美

埼玉県北葛飾郡松伏町生まれ、所沢市育ち。東京電機大学高等学校卒。

棋歴[編集]

  • 父に教えられ、5歳で将棋を始める。小学3年で所沢に転居し、所沢市立小手指小学校5年の1998年9月に、6級で奨励会入り[1]。奨励会入り以前は、同じ埼玉県出身・同年代の金井恒太渡辺正和と対戦する機会も多かった。その頃のタイトルに、彩の国小学生名人(小4)など。
  • 初参加の竜王ランキング戦6組準決勝(2008年5月2日)で勝利し、プロ入りから最短で6組を抜ける。
  • 第57期(2009年度)王座戦で、挑戦者決定トーナメントに進出。深浦康市王位(当時)に勝って、ベスト8。
  • 2018年度に入り、第68回 NHK杯戦 予選決勝で窪田義行七段に勝ち、本戦へ出場(三回目)[2]。一回戦で加藤桃子女王に116手で敗れた。その後は高勝率を維持し続け、第77期順位戦ではただひとり全勝街道を走って残り1局を残してC級1組への昇級を決めた[3]。また第4期叡王戦本戦にも進出し、増田康宏橋本崇載を破ってベスト8まで進出した(挑戦者となった永瀬拓矢に破れた)。

棋風[編集]

  • 本人は「得意戦法は特にない」とのこと[4]
  • 詰将棋作家として著名であり[5]、『将棋世界』2017年4月号から「詰将棋サロン」の選考・執筆担当。

人物[編集]

  • 「おいくん」の愛称がある[6]
  • 所沢市立小手指中学時代には、卓球部に所属し県大会でベスト8入りなどの結果を残している。高校では、ギター部を友人とつくり活動していた。[7]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

主な成績[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 広報ところざわ 平成21年3月号 6、7頁/みんなの広場
  2. ^ 2010年(第60回)、2016年(第66回)の計2回、NHK杯戦・予選を勝ち抜き本戦出場。
  3. ^ 第77期C級2組順位戦 10回戦の結果|棋戦トピックス|日本将棋連盟” (日本語). www.shogi.or.jp. 2019年3月4日閲覧。
  4. ^ a b 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「村田顕弘・及川拓馬 新四段誕生のお知らせ
  5. ^ 及川拓馬どちらが詰み!? 及川拓馬六段の詰将棋講座がスタート」『エキサイト(NHK将棋講座テキスト 2017年7月号より)』、2017年7月31日。2018年9月20日閲覧。, オリジナルの2018-9-20時点によるアーカイブ。
  6. ^ 将棋世界付録「現役プロ棋士データブック2016 【上】」など
  7. ^ 所沢市中心市街地活性化拠点施設 野老澤町造商店 所沢将棋物語その4 所沢で育った初のプロ棋士 及川拓馬
  8. ^ 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「及川拓馬五段と上田初美女流三段が入籍
  9. ^ 上田初美ueda823 on Twitter」『』、2017年4月6日。2018年9月20日閲覧。, オリジナルの2018-9-20時点によるアーカイブ。
  10. ^ 上田初美@ueda823 on Twitter」『』、2017年9月21日。2018年9月20日閲覧。, オリジナルの2018-9-20時点によるアーカイブ。
  11. ^ “なぜ及川拓馬は子育てをしつつ強くなれたのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.14】” (日本語). ニコニコニュース. オリジナルの2018年10月21日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20181021215230/http://originalnews.nico/142234 2018年10月21日閲覧。 
  12. ^ 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「及川拓馬四段が五段に昇段
  13. ^ 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「及川拓馬五段が六段に昇段

関連項目[編集]

外部リンク[編集]