豊島将之

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 豊島将之 八段
名前 豊島将之
生年月日 (1990-04-30) 1990年4月30日(27歳)
プロ入り年月日 2007年4月1日(16歳)
棋士番号 264
出身地 愛知県一宮市
師匠 桐山清澄
段位 八段
戦績
2017年11月22日現在

豊島 将之(とよしま まさゆき、1990年4月30日 -) は、将棋棋士桐山清澄九段門下。棋士番号は264。愛知県一宮市出身、大阪府豊中市育ち[1]関西大学第一高等学校卒、関西大学中退。

棋歴[編集]

史上初の平成生まれのプロ棋士である。

関西所属であり、糸谷哲郎村田顕弘稲葉陽とともに「関西若手四天王」と呼ばれる棋士の一人[2][3]

4歳の頃、テレビで見かけたことをきっかけに将棋を始める。5歳で大阪府豊中市に転居後は、関西将棋会館道場で腕を磨き、9歳でアマ六段まで上達した。当時道場での対局姿が週刊将棋の写真記事として掲載された事がある。また道場や大会、イベントなどには母親が付き添っている事が多かった[4]

小3時代の9月に6級で奨励会に入会。成績には波があったが、小5の9月までに1級に昇級するというスピード出世で、史上初の小学生プロ棋士の期待がかかった。しかし、そこから初段昇段までに1年半を要した。それでも三段昇段は中2の4月で史上最も早かった(後に藤井聡太が更新)、2007年3月に三段リーグを14勝4敗の1位で抜けるまでに2年半(5期)かかり、プロ入りは関西大学第一高等学校2年になってからであった[5]

公式戦への登場は、第36期新人王戦における14歳6か月で,これは藤井聡太の14歳5ヶ月に次ぐ史上2番目の年少記録である[6]

プロ1年目の2007年度は、8月3日から10月9日まで9連勝(王位戦の予選で谷川浩司を破った一局も含まれている)。10月23日に1敗を喫した後、さらに、10月30日から1月11日まで10連勝する。いわば、良いとこ取りで19勝1敗で、年度勝率も全棋士中3位の0.714という活躍を見せる。

2009年度の初戦も白星となり、連勝を12に伸ばしたものの、次の対局(5月1日、第35期棋王戦予選、対・稲葉陽)で敗れ、その後に阿久津主税が13連勝したため連勝賞を逃した。しかしその後も破竹の勢いを見せ、5月から6月にかけて10連勝、8月から10月にかけても10連勝している。また第22期竜王ランキング戦5組で優勝。初参加からの2年連続優勝は、行方尚史に次ぎ14年ぶり2人目。その後の竜王戦本戦トーナメントでは、当時絶好調の稲葉陽と久々のタイトル挑戦を狙う田中寅彦を破り、ベスト9に入った。また第59期王将戦において、一次・二次予選のトーナメントを7連勝で駆け抜け、初のリーグ入りを果たす。王将リーグは定員7名、残留4名という棋界随一の難関であり、十代でのリーグ入りは加藤一二三屋敷伸之に続く史上3人目で、谷川浩司羽生善治もなし得なかった快挙である。リーグ表にタイトルホルダー、永世称号者がずらりと5名並ぶ中で2勝を挙げる健闘を見せたが、残留はできなかった。順位戦では、初参加から3期目となる第68期C級2組で開幕から8連勝。2戦を残して早々とC級1組への昇級を決めた(最終成績は10勝0敗)。2009年度は全棋士中1位の45勝(14敗)と勝率0.763を記録する大活躍で、第37回将棋大賞の最多勝利賞と勝率1位賞を受賞[7]

2010年度は、第60期王将戦で二次予選を勝ち抜き、2年連続で王将リーグ入り。羽生、森内俊之等の並み居る強豪を破り、最終局で佐藤康光との1敗同士の直接対決を制して5勝1敗で挑戦権獲得、六段に昇段[8]。自身初のタイトル挑戦となる。久保利明王将との七番勝負では2-4で敗退し、タイトル奪取はならず。2010年度は、第38回将棋大賞の新人賞を受賞[9]

2011年度は、第70期順位戦C級1組で、7勝3敗で2位となり、B級2組への昇級を決める。

2012年度は、4月19日竜王ランキング戦連続2回昇級により七段昇段。また、第71期順位戦B級2組で9勝1敗で2位となり、B級1組への二年連続昇級を決めた。

2014年度、第62期王座戦挑戦者決定戦で丸山忠久を破り、羽生王座への挑戦権を獲得するも、2勝3敗で奪取ならず。

2014年3月29日、第3回将棋電王戦第3局にてYSSと対局し、83手で勝利した。

2015年度、第86期棋聖戦挑戦者決定戦で佐藤天彦を破り、再び羽生棋聖に挑むも、1勝3敗で敗れる。

2016年10月23日にJT将棋日本シリーズ佐藤天彦名人に勝ち棋戦初優勝。

2016年度の第75期順位戦B級1組にてA級昇格のかかった最終戦で糸谷哲郎に勝利し、8勝4敗の成績で終了し、同じくA級昇級のかかった山崎隆之阿久津主税の直接対決は山崎が敗れて、今期の順位の差で豊島が2位の成績で自身初のA級昇級を果たし、同時に八段昇段となった。

2017年、第67期王将戦・挑戦者決定リーグ戦において5勝1敗で1位となり、久保利明王将への挑戦を決めた[10]。七番勝負は2018年1月7日から8日にかけ、静岡県掛川市の「掛川城・二の丸茶室」にて第1局が開幕する予定。

棋風[編集]

居飛車(対・振り飛車矢倉角換わり後手番一手損角換わり横歩取りなど)、振り飛車(三間飛車向かい飛車中飛車など)、相振り飛車のいずれも指しこなし、また、攻め合いの将棋も持久戦も指すという、序盤、中盤、終盤と隙のない典型的なオールラウンドプレーヤーであり、「豊島?強いよね。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ」と同じ棋士の佐藤紳哉からも評価されている。電王戦での二つ名は「若き天才オールラウンダー」。

また力戦形も得意としていて、最速の勝ちを目指すよりは抜群の大局観で押し切る将棋が豊島の真骨頂である。

人物・エピソード[編集]

  • 趣味はバドミントンと読書。好きな作家は東野圭吾綾辻行人
  • 真部一男(2007年11月24日に死去)にとっての最後の対局(同年10月30日)の相手となった。この一局は33手で後手の真部が投了したものであった。実は真部は、次の34手目に幻の△4二角と打つ妙手を発見していたが、その手を指すと豊島が長考に沈み、自分の体が持たないであろうと考えたから投了したという[11]
  • 高校卒業後関西大学文学部に在籍していたが、対局が多忙なため一年で自主退学[12]
  • 2016年10月30日、渋谷の将棋会館で行われる第2期叡王戦本戦で久保利明九段と対局する予定だったが、久保が午後2時の開始時刻を午後7時と勘違いして大阪の自宅にいたため既に間に合わない状態であり、既定の持ち時間1時間を経過した午後3時に豊島の不戦勝となった。この対局はニコニコ生放送で生中継されていたが、この間、豊島は相手の分の駒も並べたり、腰を少し上げたり、上を見上げるなどして待ち、不戦勝成立後には一礼して駒を片付け、「対局を楽しみにされていた方がたくさんいらっしゃったと思うので、申し訳ない」と述べた[13][14]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 1999年9月 6級(小学3年) = 奨励会入会
  • 2000年2月 5級( 〃 )
  • 2000年5月 4級(小学4年)
  • 2001年1月 3級( 〃 )
  • 2001年5月 2級(小学5年)
  • 2001年9月 1級( 〃 )
  • 2003年2月 初段(小学6年)
  • 2003年9月 二段(中学1年)
  • 2004年4月 三段(中学2年の4月 = 当時史上最速[15]) - 2004年度後期より三段リーグ
  • 2007年4月1日 四段 = プロ入り
  • 2009年5月8日 五段(竜王ランキング戦連続2回昇級 = 第22期5組決勝進出を決めた日付での昇段)[16]
  • 2010年11月29日 六段(タイトル挑戦 = 王将戦)
  • 2012年4月19日 七段(竜王ランキング戦連続2回昇級 = 第25期3組決勝進出を決めた日付での昇段)[17]
  • 2017年3月10日 八段(順位戦A級昇級)

主な成績[編集]

一般棋戦優勝[編集]

優勝合計 1回

タイトル戦登場[編集]

  • 王将戦挑戦 2回(2010年度 = 第60期、2017年度 = 第67期)
  • 王座戦挑戦 1回(2014年度 = 第62期)
  • 棋聖戦挑戦 1回(2015年度 = 第86期)
登場回数4、獲得0

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

竜王ランキング戦
  • 第21期(2008年度)6組優勝
  • 第22期(2009年度)5組優勝
初参加から2期連続優勝は、行方尚史以来史上2人目
  • 第25期(2012年度)3組優勝

将棋大賞[編集]

  • 第37回(2009年度) 最多勝利賞、勝率一位賞 (※:連勝は1勝差で2位、対局数は2局差で2位)
  • 第38回(2010年度) 新人賞
  • 第39回(2011年度) 最多勝利賞[18]
  • 第42回(2014年度) 最多対局賞、名局賞(羽生善治と対局した第62期王座戦第5局)
  • 第44回(2016年度) 連勝賞

コンピューター将棋[編集]

  • 2014年3月29日、第3回電王戦のプロ側3番手としてコンピュータ将棋ソフトのYSSと対戦。序盤から中終盤まで圧倒する内容で佐藤紳哉ら前2局の敗戦の雪辱を果たし、プロ側に初勝利をもたらした。

著書[編集]

単著[編集]

共著[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 毎日新聞 2011年2月11日 雑記帳
  2. ^ 2010年2月13日放送の「囲碁・将棋ジャーナル」、および、2010年2月14日放送のNHK杯テレビ将棋トーナメント
  3. ^ 「羽生世代がもたらした、速さと若さの時代」(倉沢鉄也)WEBRONZA+社会・メディア - WEBマガジン - 朝日新聞社(Astand)
  4. ^ Kansai University News Letter No.14(2008年6月)のインタビューより2009年12月8日取得
  5. ^ 豊島将之・金井恒太 新四段誕生のお知らせ 日本将棋連盟 2007年3月17日
  6. ^ 読売新聞「豊島将之三段が14歳6か月で公式戦初出場の最年少記録」 東京朝刊2004年10月28日14頁。
  7. ^ 第37回将棋大賞が決まる! 日本将棋連盟 2010年4月1日
  8. ^ 豊島将之五段が六段に昇段 日本将棋連盟 2010年11月30日
  9. ^ 第38回将棋大賞が決まる! 日本将棋連盟 2011年3月31日
  10. ^ 日本将棋連盟公式web・棋戦トピックス「第67期王将戦挑戦者は豊島将之八段に決定」(2017年11月22日)
  11. ^ ちなみに、真部が指さなかった「幻の△4二角」に対して、死去後の真部に升田幸三賞特別賞が贈られている。
  12. ^ 将棋世界2011年3月号
  13. ^ 久保利明九段、異例の遅刻で不戦敗 相手の豊島将之七段に「良い人すぎる」の声【将棋】 ハフィントンポスト 2016年10月31日
  14. ^ トップ棋士が対局に来ない... ニコ生「不戦敗」の一部始終を中継 J-CASTニュース 2016年11月1日
  15. ^ 4年後の2008年に、佐々木勇気がこの記録に並ぶ。現在は藤井聡太の中学1年の10月が最速。
  16. ^ 豊島将之四段が五段に昇段(5月8日付) 日本将棋連盟 2009年5月9日
  17. ^ 豊島将之六段が七段に昇段 日本将棋連盟 2012年4月20日
  18. ^ 第39回将棋大賞が決まる! 日本将棋連盟 2012年4月3日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]