ゴールデンステート・ウォリアーズ

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ゴールデンステート・ウォリアーズ
Golden State Warriors
呼称/略称 W's , Dubs GSW
チームロゴ バスケットボールの中にゴールデン・ゲート・ブリッジが描かれている。
所属リーグ  NBA アメリカ合衆国の旗カナダの旗
カンファレンス  ウェスタン・カンファレンス 
ディビジョン  パシフィック 
創設 1946年
チーム史 フィラデルフィア・ウォリアーズ
(1946-1962)
サンフランシスコ・ウォリアーズ
(1962-1971)
ゴールデンステート・ウォリアーズ
(1971 - )
本拠
ゴールデンステート・ウォリアーズの位置(アメリカ合衆国内)
ゴールデンステート・ウォリアーズ

カリフォルニア州の旗 カリフォルニア州 オークランド
アリーナ オラクル・アリーナ 1966年開設
収容人数 19,596人
チームカラー ロイヤルブルー     ゴールデンイエロー    
オーナー ピーター・グーバー
ジョー・レイコブ
GM ボブ・マイヤーズ
ヘッドコーチ スティーブ・カー
優勝歴 BAA:1回(1947年)
NBA:3回 NBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.pngNBA FINAL CHAMP.png
(1956年、1975年、2015年)
ファイナル進出 8回(1947年, 1948年, 1956年, 1964年, 1967年, 1975年, 2015年, 2016年)
ディビジョン優勝 9回(1948年, 1951年, 1956年, 1964年, 1967年, 1975年, 1976年, 2015年, 2016年)
永久欠番

 13 ,  14 ,  16 ,  17 ,  24 ,

 42 
NBADL提携チーム サンタクルーズ・ウォリアーズ
公式サイト http://www.nba.com/warriors/
ユニフォーム
Kit body yellowsides.png
Homeのジャージ
Kit shorts twoyellowsides.png
チームカラー
Home
Kit body yellowsides.png
Awayのジャージ
Kit shorts twoyellowsides.png
チームカラー
Away
Kit body bluesides.png
Alternateのジャージ
Kit shorts twobluesides.png
チームカラー
Alternate
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ゴールデンステート・ウォリアーズGolden State Warriors)は、カリフォルニア州オークランドに本拠を置く全米プロバスケットボール協会(NBA)のチーム。ウェスタン・カンファレンス、パシフィック・ディビジョン所属。Golden Stateとはカリフォルニア州の愛称。ウォリアーズ(Warriors)の頭文字「W(ダブリュー)」から、チームの愛称として「W's」や「Dubs」(ダブス)が用いられることもある。warriorとは戦士を意味する。

歴史[編集]

フィラデルフィア・ウォリアーズ[編集]

ウォリアーズの創設は1946年で、NBAの前身であるBAA発足時に参加したチームの一つとして始まった。当時はフィラデルフィアに本拠を置き、フィラデルフィア・ウォリアーズという名称だった。BAA初年度から現在まで残っているのは、ウォリアーズの他ボストン・セルティックスニューヨーク・ニックスのみである。ジョー・ファルクスを擁したウォリアーズは、BAA最初のシーズンに優勝を果たした。

ウォリアーズが次にリーグを制したのはおよそ10年後の1956年で、この時代のスター選手はポール・アリジンニール・ジョンストンだった。チームは1959年ウィルト・チェンバレンを獲得。新人のシーズンからMVPを受賞したチェンバレンは今も破られない数多くのNBA記録を打ち立てるが、この時代の強豪ボストン・セルティックスに阻まれNBAファイナル進出は実現しなかった。

サンフランシスコ・ウォリアーズ[編集]

チームが1962年カリフォルニア州サンフランシスコに本拠地を移し、西地区所属のサンフランシスコ・ウォリアーズとなったのち1964年にはNBAファイナルに進出するが、ここでもセルティックスに優勝を譲った。3年後の1967年にウォリアーズは再びファイナルに進み、この頃にはリック・バリーネイト・サーモンドがチームの中心だったが、移籍したウィルト・チェンバレンを擁するフィラデルフィア・セブンティシクサーズに敗退した。

ゴールデンステート・ウォリアーズ[編集]

1972年にチームはサンフランシスコ湾の東岸オークランドに移転しゴールデンステート・ウォリアーズと改称した。 NBAのライバルリーグだったABAに移籍していたリック・バリーがこのシーズンからウォリアーズに戻り、1975年にチームはNBAファイナルに進出、苦戦しながらもワシントン・ブレッツを4勝0敗で下し、チーム史上3度目の優勝を果たした。

長期低迷期へ[編集]

以後のウォリアーズの成績は、リーグでは中堅ないし弱小のチームとして推移していった。1970年代末期から1980年代の期間は、ロバート・パリッシュバーナード・キングワールド・B・フリーなど有名な選手を擁していたが、プレーオフに進出できないシーズンが続いた。

ウォリアーズが脚光を浴びるのは、ドン・ネルソンが監督に就いた80年代末以降だった。得点力の高いクリス・マリンミッチ・リッチモンドティム・ハーダウェイは、3人の頭文字から人気ラッパーになぞらえて「ラン・TMC」と呼ばれ、ウォリアーズはリーグで最も点を取るチームになった。チーム成績が50勝以上のシーズンもあったがプレーオフでは勝ち切れず、ネルソンは1995年にチームを去った。

その後のウォリアーズはさらに低迷を続けた。チームのエースだったラトレル・スプリーウェルP・J・カーリシモ監督に首絞めを加えた悪名高い事件はこの時期に起き、1999年にスプリーウェルはジョン・スタークスらと交換でニューヨーク・ニックスに放出された。

1998年のNBAドラフトアントワン・ジェイミソン2001年のNBAドラフトジェイソン・リチャードソントロイ・マーフィーギルバート・アリーナスを獲得したが、アリーナスとチーム再建の柱として期待されたジェイミソンは2003年ダラス・マーベリックスに放出され、アリーナスはワシントン・ウィザーズに移籍した。 2004年にマリンがウォリアーズの副社長に昇格し、トレードでバロン・デイビスなどのスター選手を獲得したものの、ドン・ネルソンがチームを離れた1995年以降はプレーオフに進出できないシーズンが続いていたが、ネルソンがHCに復帰した2007年に13シーズンぶりにプレーオフ進出を果たし、プレーオフ1回戦で、ダラス・マーベリックスを相手に7試合制導入後初めてとなる第8シードチームが第1シードチームに勝つ快挙を成し遂げた。

復活の兆し[編集]

低迷が続いたウォリアーズであったが、後にチームの中心となる選手達をドラフトすることとなる。同様にチームとフィットする選手をトレードやFAで獲得、チームの軸を再構築し始めた。

スプラッシュ・ブラザーズ

強豪への飛躍[編集]

2014-2015シーズン 40年ぶりの優勝

開幕からステフィン・カリークレイ・トンプソンの "スプラッシュ・ブラザーズ" が好調を維持し、若手のハリソン・バーンズドレイモンド・グリーンも、更なる成長を見せ、12月14日に行なわれた対ニューオーリンズ・ペリカンズ戦は、オーバータイムにもつれる接戦となったが、ウォリアーズが128-122で競り勝ち、球団新記録となる16連勝を達成した。 球団新の連勝記録に加え、ウォリアーズはアウェイゲームでも球団記録となる10連勝を記録した[6]。しかし、続くアウェイでのメンフィス・グリズリーズ戦で敗れこれらの記録の更新はならなかったものの依然として好調を維持している。またスティーブ・カーヘッドコーチは、新人コーチながらNBAオールスターゲームのチームウェストのヘッドコーチを務めた。オールスター戦後も快進撃は止まらず、レギュラーシーズンではチーム史上最高の67勝を記録。プレーオフでも快進撃が止まることはなく、1975年以来40年振りのNBAファイナル進出を決めた。レブロン・ジェームス率いるクリーブランド・キャバリアーズとの対戦となったNBAファイナルは、一時1勝2敗と先勝を許したものの、第4戦からのアンドレ・イグダーラの先発起用が的中。更にシーズンは泣かず飛ばずだったデビッド・リーの奮闘で流れを取り戻し、その後3連勝で40年振りのチャンピオンに輝いた。

2015-2016シーズン 偉業達成、無念の敗退

前年度NBAチャンピオンで自信をつけたウォリアーズは翌シーズンも快進撃を展開し、記録づくめのシーズンとなった。シーズン当初はスティーブ・カーヘッドコーチが背中の手術の為に休養を余儀無くされるという不測の事態に遭遇したもののアシスタントコーチのルーク・ウォルトンが代理ヘッドコーチとしてチームをまとめ、開幕から連勝街道を突っ走った。結局12月12日のミルウォーキー・バックス戦を95-108で敗戦し、[7][8]、開幕から連勝記録は24、前シーズンからの連勝記録も史上2位の記録である28で止まったもののリーグを席巻する快進撃を見せ、カーヘッドコーチも2016年1月22日のインディアナ・ペイサーズ戦からコーチ職に復帰した。カーが復帰するまでの率いてきたウォルトンの成績は39勝4敗という素晴らしいものだった。そしてオールスターが明けて後半戦に入り2月25日マイアミ・ヒート戦との接戦を制し、1995-1996シーズンのマイケル・ジョーダンスコッティ・ピッペンを擁するシカゴ・ブルズを超える速さで50勝に到達。そして2月28日にはオクラホマシティ・サンダーとの試合を制しNBA史上最も早くプレーオフ出場を決めた。3月7日オーランド・マジック戦でホーム45連勝を達成しNBA記録を更新したが、4月1日のボストン・セルティック戦で今季ホーム初黒星を喫し昨季から続いていたホーム連勝は54連勝で止まった。4月8日のサンアントニオ・スパーズの勝利で、1995-96シーズンにシカゴ・ブルズが72勝10敗を記録したのに続くシーズン 70勝 に到達。更に3日後の同じくスパーズ戦でも勝利し、72勝 に到達。そしてシーズン最終戦となった13日のメンフィス・グリズリーズ戦で勝利し、前述のブルズの記録を更新するNBAシーズン新記録の 73勝 を達成した。レギュラーシーズンで連敗なし、同一対戦相手に2敗以上しなかったというのも史上初である。またチームとしての3ポイントシュートも記録更新となる1077本成功させている。ホーム成績は昨季と同じ39勝2敗で歴代3位タイとなった(歴代1位は同率で85-86シーズンのセルティックスと今季ウォリアーズと首位を争ったスパーズの40勝1敗)。

プレーオフでは、ヒューストン・ロケッツポートランド・トレイルブレイザーズをそれぞれ4勝1敗で退けるも、オクラホマシティ・サンダー戦ではプレーオフ初ホーム敗戦と敵地でシーズンを通して初の連敗を喫し、一時1勝3敗と王手をかけられた。しかしそこからステフィン・カリークレイ・トンプソンが奮起。絶体絶命の状態から3連勝で巻き返し、見事4勝3敗と逆転で2年連続のカンファレンス優勝を達成。過去プレーオフでシリーズ1勝3敗になったケースは232あり、その状況からシリーズを逆転した例は9チームのみであった(最終的にNBAファイナルを制覇した例はその内のさらに3チームのみ)。NBAファイナルでは2年連続でクリーブランド・キャバリアーズと対決することとなった。

2連覇を狙ったNBAファイナル、4試合を終えて3勝1敗と王手をかけたウォリアーズだったが、第4試合の試合中のファウルが後日フレグラント1に格上げになったことでドレイモンド・グリーンがフレグラントファウルの累積により、第5試合目を出場停止処分となった。グリーンを欠くこととなった第5戦ではアンドリュー・ボーガットが膝を負傷し復帰まで6~8週間かかると診断されファイナル絶望、試合も敗れた。第6試合ホームのキャバリアーズは勢いをそのままに連勝し逆王手をかけて最終戦までもつれこむこととなる。第7試合4Q残り1分まで同点という接戦であったがカイリー・アービング3ポイントシュートが決まり追い詰められた。その後点を取ることができず結果89-93で敗れ、レギュラーシーズン・ポストシーズン含め初の3連敗を喫したウォリアーズはファイナル敗退が決まり、レギュラーシーズン73勝という偉業を達成しながらも失意のままシーズンを終えた。

2016-2017シーズン 王座奪還へ

王座奪還を狙うウォリアーズは、昨季途中からウォリアーズへの移籍の噂があったケビン・デュラントと開幕前の7月4日に口頭合意、7日に2年5430万ドルで正式契約を交わした。彼を巡ってはオクラホマシティ・サンダーロサンゼルス・クリッパーズサンアントニオ・スパーズボストン・セルティックスマイアミ・ヒートとの激しい競合があった。デュラントの獲得に伴いサラリーキャップを超過してしまった為、ダラス・マーベリックスからマックス契約の提示を受けていた制限付きFAのハリソン・バーンズにはマッチ(同額提示して引き止め)せず、さらに出場時間の短さや膝の怪我が懸念されていたアンドリュー・ボーガットをトレードで同じくマーベリックスへ放出した。その後ほぼ同時期にザザ・パチュリアを破格の1年290万ドル、自身初優勝を狙うベテランのデイビッド・ウェストも格安の1年ミニマム契約で獲得した。

シーズンごとの成績[編集]

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

シーズン  % プレーオフ 結果
フィラデルフィア・ウォリアーズ (ABA)
1946-47 35 25 .583 1回戦勝利
カンファレンス決勝勝利
BAAファイナル優勝
ウォリアーズ 2, セントルイス 1
ウォリアーズ 2, ニックス 0
ウォリアーズ 4, シカゴ 1
1947-48 27 21 .563 BAA準決勝勝利
Lost BAAファイナル
ウォリアーズ 4, セントルイス 3
ボルティモア 4, ウォリアーズ 2
1948-49 28 32 .355 カンファレンス準決勝敗退 ワシントン 2, ウォリアーズ 0
フィラデルフィア・ウォリアーズ (NBA)
1949-50 26 42 .382 カンファレンス準決勝敗退 シラキュース 2, ウォリアーズ 0
1950-51 40 26 .606 カンファレンス準決勝敗退 シラキュース 2, ウォリアーズ 0
1951-52 33 33 .500 カンファレンス準決勝敗退 シラキュース 2, ウォリアーズ 1
1952-53 12 57 .174
1953-54 29 43 .403
1954-55 33 39 .458
1955-56 45 27 .625 カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ウォリアーズ 3, シラキュース 2
ウォリアーズ 4, フォートウェイン 1
1956-57 37 35 .514 カンファレンス準決勝敗退 シラキュース 2, ウォリアーズ 0
1957-58 37 35 .514 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ウォリアーズ 2, シラキュース 1
セルティックス 4, ウォリアーズ 1
1958-59 32 40 .444
1959-60 49 26 .653 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ウォリアーズ 2, シラキュース 1
セルティックス 4, ウォリアーズ 2
1960-61 46 33 .582 カンファレンス準決勝敗退 シラキュース 3, ウォリアーズ 0
1961-62 49 31 .613 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ウォリアーズ 3, シラキュース 2
セルティックス 4, ウォリアーズ 3
サンフランシスコ・ウォリアーズ
1962-63 31 49 .388
1963-64 48 32 .600 カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
ウォリアーズ 4, セントルイス 3
セルティックス 4, ウォリアーズ 1
1964-65 17 63 .213
1965-66 35 45 .438
1966-67 44 37 .543 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
ウォリアーズ 3, レイカーズ 0
ウォリアーズ 4, セントルイス 2
シクサーズ 4, ウォリアーズ 2
1967-68 43 39 .524 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ウォリアーズ 4, セントルイス 2
レイカーズ 4, ウォリアーズ 0
1968-69 41 41 .500 カンファレンス準決勝敗退 レイカーズ 4, ウォリアーズ 2
1969-70 30 52 .366
1970-71 41 41 .500 カンファレンス準決勝敗退 バックス 4, ウォリアーズ 1
ゴールデンステート・ウォリアーズ
1971-72 51 31 .622 カンファレンス準決勝敗退 バックス 4, ウォリアーズ 1
1972-73 47 35 .573 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ウォリアーズ 4, バックス 2
レイカーズ 4, ウォリアーズ 1
1973-74 44 38 .537
1974-75 48 34 .585 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ウォリアーズ 4, ソニックス 2
ウォリアーズ 4, ブルズ 3
ウォリアーズ 4, ワシントン 3
1975-76 59 23 .720 カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
ウォリアーズ 4, ピストンズ 2
サンズ 4, ウォリアーズ 3
1976-77 46 36 .561 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ウォリアーズ 2, ピストンズ 1
ウォリアーズ 3, レイカーズ 4
1977-78 43 39 .524
1978-79 38 44 .463
1979-80 24 58 .293
1980-81 39 43 .476
1981-82 45 37 .549
1982-83 30 52 .366
1983-84 37 45 .451
1984-85 22 60 .268
1985-86 30 52 .366
1986-87 42 40 .512 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ウォリアーズ 3, ジャズ 2
レイカーズ 4, ウォリアーズ 1
1987-88 20 62 .244
1988-89 43 39 .524 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ウォリアーズ 3, ジャズ 0
サンズ 4, ウォリアーズ 1
1989-90 37 45 .451
1990-91 44 38 .537 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ウォリアーズ 3, スパーズ 1
レイカーズ 4, ウォリアーズ 1
1991-92 55 27 .671 1回戦敗退 ソニックス 3, ウォリアーズ 1
1992-93 34 48 .415
1993-94 50 32 .610 1回戦敗退 サンズ 3, ウォリアーズ 0
1994-95 26 56 .317
1995-96 36 46 .439
1996-97 30 52 .366
1997-98 19 63 .232
1998-99 21 29 .420
1999-00 19 63 .232
2000-01 17 65 .207
2001-02 21 61 .256
2002-03 38 44 .463
2003-04 37 45 .451
2004-05 34 48 .415
2005-06 34 48 .415
2006-07 42 40 .512 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ウォリアーズ 4, マーベリックス 2
ジャズ 4, ウォリアーズ 1
2007-08 48 34 .585
2008-09 29 53 .354
2009-10 26 56 .317
2010-11 36 46 .439
2011-12 23 43 .349
2012-13 47 35 .573 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
ウォーリアーズ 4, ナゲッツ 2
スパーズ 4, ウォリアーズ 2
2013-14 51 31 .622 1回戦敗退 クリッパーズ 4, ウォリアーズ 3
2014–15 67 15 .817 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル優勝
ウォリアーズ 4, ペリカンズ 0
ウォリアーズ 4, グリズリーズ 2
ウォリアーズ 4, ロケッツ 1
ウォリアーズ 4, キャバリアーズ 2
2015–16 73 9 .890 1回戦勝利
カンファレンス準決勝勝利
カンファレンス決勝勝利
NBAファイナル敗退
ウォリアーズ 4, ロケッツ 1
ウォリアーズ 4, トレイルブレイザーズ 1
ウォリアーズ 4, サンダー 3
ウォリアーズ 3, キャバリアーズ 4
通算勝敗 2,555 2,875 .471  
プレーオフ 110 125 .463 優勝4回

主な選手[編集]

現役選手[編集]

ゴールデンステート・ウォリアーズ ロースター
プレーヤー スタッフ
Pos. # 名前 国籍 年齢 身長  体重 出身
G 21 イアン・クラーク (Ian Clark) アメリカ合衆国の旗 25 (1991/3/7) 6ft3in(1.91m) 173lb(78kg) ベルモント大学
F エルギン・クック (Elgin Cook) アメリカ合衆国の旗 23 (1993/01/14) 6ft6in(1.98m) 210lb(95kg) オレゴン大学
G 30 ステフィン・カリー (Stephen Curry) キャプテン アメリカ合衆国の旗 28 (1988/03/14) 6ft3in(1.91m) 181lb(82kg) デビッドソン大学
F 35 ケビン・デュラント (Kevin Durant) アメリカ合衆国の旗 27 (1988/09/29) 6ft9in(2.06m) 215lb(98kg) テキサス大学
F 23 ドレイモンド・グリーン (Draymond Green) アメリカ合衆国の旗 26 (1990/03/04) 6ft7in(2.01m) 230lb(104kg) ミシガン州立大学
G/F 9 アンドレ・イグダーラ (Andre Iguodala)6th キャプテン アメリカ合衆国の旗 32 (1984/01/28) 6ft6in(1.98m) 207lb(94kg) アリゾナ大学
G キャメロン・ジョーンズ (Cameron Jones) アメリカ合衆国の旗 27 (1989/05/04) 6ft4in(1.93m) 185lb(84kg) 北アリゾナ大学
C 15 デイミアン・ジョーンズ (Damian Jones) アメリカ合衆国の旗 23 (1993/06/30) 7ft0in(2.13m) 245lb(111kg) ヴァンダービルト大学
G 34 ショーン・リビングストン (Shaun Livingston) アメリカ合衆国の旗 31 (1985/09/11) 6ft7in(2.01m) 175lb(79kg) ピオリア・セントラル高校
F 5 ケヴォン・ルーニー (Kevon Looney) アメリカ合衆国の旗 20 (1996/02/06) 6ft9in(2.06m) 222lb(101kg) UCLA
F 20 ジェームス・マイケル・マカドゥー (James Michael McAdoo) アメリカ合衆国の旗 23 (1993/01/20) 6ft9in(2.06m) 230lb(104kg) ノースカロライナ大学
G 0 パトリック・マッカウ (Patrick McCaw) アメリカ合衆国の旗 20 (1995/10/25) 6ft6in(1.98m) 180lb(82kg) UNLV
C ジャベール・マギー (JaVale McGee) アメリカ合衆国の旗 28 (1988/1/19) 7ft0in(2.13m) 252lb(114kg) ネバダ大学リノ校
C 27 ザザ・パチュリア (Zaza Pachulia) ジョージア (国)の旗 32 (1984/02/10) 6ft11in(2.11m) 275lb(125kg) ジョージア (国)
G フィル・プレッシー (Phil Pressey) アメリカ合衆国の旗 25 (1991/02/17) 5ft11in(1.8m) 175lb(79kg) ミズーリ大学
G/F 11 クレイ・トンプソン (Klay Thompson) アメリカ合衆国の旗 26 (1990/02/08) 6ft7in(2.01m) 205lb(93kg) ワシントン州立大学
F/C 18 アンダーソン・ヴァレジャオ (Anderson Varejao) ブラジルの旗 33 (1982/09/28) 6ft11in(2.11m) 260lb(118kg) ブラジル
PF 3 デイビッド・ウェスト (David West) アメリカ合衆国の旗 36 (1980/08/29) 6ft9in(2.06m) 250lb(113kg) ザビエル大学
G エリオット・ウィリアムス (Elliot Williams) アメリカ合衆国の旗 27 (1989/7/20) 6ft5in(1.96m) 180lb(82kg) メンフィス大学
G/F スコット・ウッド (Scott Wood) アメリカ合衆国の旗 26 (1990/06/21) 6ft6in(1.98m) 164lb(74kg) ノースカロライナ州立大学
ヘッドコーチ
アメリカ合衆国の旗 スティーブ・カー (Steve Kerr)
アシスタントコーチ
  アメリカ合衆国の旗 マイク・ブラウン (Mike Brown)
  アメリカ合衆国の旗 ロン・アダムス (Ron Adams)
  アメリカ合衆国の旗 ジャロン・コリンズ (Jarron Collins)
  アメリカ合衆国の旗 ウィリー・グリーン (Willie Green)

記号説明
キャプテン キャプテン
(S) 出場停止(Suspended)
(-) ベンチ外(Inactive)
Cruz Roja.svg 故障者(Injured)
DL  :Dリーグ・アサイン
(+)  :シーズン途中契約
FA  :フリーエージェント
DP  :ドラフト未契約

外部リンク

更新日:2016年09月18日


年代別主要選手[編集]

太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人

1940年代 (プレーオフ進出:4回 ファイナル進出:2回 優勝:1回)

1950年代 (プレーオフ進出:6回 ファイナル進出:1回 優勝:1回)

1960年代 (プレーオフ進出:7回 ファイナル進出:2回)

1970年代 (プレーオフ進出:6回 ファイナル進出:1回 優勝:1回)

1980年代 (プレーオフ進出:2回)

1990年代 (プレーオフ進出:3回)

2000年代 (プレーオフ進出:1回)

2010年代 (プレーオフ進出  : 4回 ファイナル進出:2回 優勝:1回)

コーチ、その他[編集]

歴代ヘッドコーチ[編集]

栄誉[編集]

殿堂入り[編集]

なし

永久欠番[編集]

チーム記録[編集]

ゴールデンステート・ウォリアーズのチーム記録

脚註[編集]

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外部リンク[編集]